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ブクドリ | BOOK DRIP

「文法から始めたから話せない」は、半分だけ正しい

約6分で読めます 学習・インプット
目次

三単現のsは、テストなら落とさない。なのに、口で話すと抜け落ちる。

学校で英語を学んだ人なら、覚えのある現象だと思います。ルールは説明できるし、穴埋め問題なら正解できる。それでも会話では “He go to…” と言ってしまう。

よく聞く説明は「文法から始めたのが間違いだった」というものです。赤ちゃんは文法書を読まずに話せるようになる。だから音から入り、文法は後回しにすべきだ、と。

この説明は、半分は当たっています。ただ、残りの半分まで捨てると、せっかく学んだ文法が本当に無駄になってしまいます。

「説明できる文法」と「口から出る文法」は、別の知識

第二言語習得の研究では、言葉の知識を2種類に分けて考えます。

ひとつは、言葉で説明できるルールの知識です。「主語が三人称単数で現在形なら、動詞にsを付ける」と言えるタイプの知識で、明示的知識と呼ばれます。

もうひとつは、説明はできなくても、使うときに自然に働く知識です。たとえば母語の日本語で「は」と「が」を使い分けるとき、多くの人はルールを意識していません。こちらは暗示的知識と呼ばれます。

この区別を強く打ち出したのが、言語学者のスティーブン・クラッシェン氏です。1982年の著書『Principles and Practice in Second Language Acquisition』で、意識して覚える「学習」と、意味のあるやり取りの中で身につく「習得」を分けました。

興味深いのは、学んだ文法が実際に働く条件を、クラッシェン氏が3つ挙げている点です。

  • 考える時間が十分にあること
  • 意味より、形の正しさに注意が向いていること
  • そのルールを知っていること

筆記テストは3つとも満たします。普通の会話は、最初の2つを満たしません。クラッシェン氏自身、会話でルールを使おうとしすぎると話し方がたどたどしくなり、相手の話に注意が向かなくなると書いています。

冒頭の三単現のsは、まさにこの構図です。知識はある。でも、それを取り出す時間と注意が、会話の中には残っていない。

エンジニアの牛尾剛さんは『ITエンジニアのゼロから始める英語勉強法』で、知っているだけの語彙と区別して、会話で反射的に口をついて出る語彙を「レスポンシブボキャブラリ」と呼んでいます。文法にも同じ区別が当てはまります。

「文法を学んだのに話せない」の正体は、持っている知識の種類と、会話が求める知識の種類のずれです。

それでも、文法を教えることには効果がある

では、文法は後回しでいいのか。ここで研究は、少し意外な方向を指します。

クラッシェン氏は、意識して学んだ知識は、習得された知識には変わらないと考えました。この主張は大きな影響力を持ちましたが、その後の実証研究とはかみ合わない部分が出てきます。

応用言語学者のジョン・ノリス氏とローデス・オルテガ氏は2000年、1980年から1998年に発表された第二言語の指導効果に関する実験研究を統合しました。分析対象は49件です。

結論は3点でした。特定の文法項目などに焦点を当てた指導は大きな効果を生む。ルールを明示する指導のほうが、明示しない指導より効果が大きい。そして効果は一時的なものではなかった。

ただし、留保が付きます。2人自身が、研究ごとの測定方法の違いが効果の大きさに影響している可能性を認めています。ルールを意識して答えられるテスト形式に偏っていたのなら、明示的な指導が有利に出るのはある意味で当然です。

この弱点に一歩踏み込んだのが、ニーナ・スパダ氏らによる2010年のメタ分析です。英語の文法項目を扱った41件の研究を、項目が単純か複雑かで分けて比べました。

明示的な指導のほうが効果が大きい傾向は、単純な項目でも複雑な項目でも変わりませんでした。さらに著者らは、明示的な指導が、テストで使う知識だけでなく自発的に言葉を使う場面にも寄与すると結論づけています。

反対側からの証拠もあります。カナダのフランス語イマージョン教育では、授業そのものをフランス語で受ける生徒たちが、聞く力と読む力ではネイティブに近い水準に達しました。ところが話したり書いたりすると、文法の誤りが長く残ったんです。

これを調べたメリル・スウェイン氏は1985年、理解できるインプットだけでは足りず、自分で言葉を組み立てて出す経験が必要だと論じました。音から入れば文法は自然に身につく、という話も、それだけでは成り立たないわけです。

知識が口から出るには、「練習」という橋がいる

学んだ文法には効果がある。でも、学んだだけでは会話で取り出せない。この間をつなぐ考え方が、ロバート・デカイザー氏らのスキル習得理論です。

車の運転やテニスと同じく、言語も3つの段階を経て身につくと考えます。

  1. ルールを知っている段階
  2. ルールを頼りに、実際にやってみる段階
  3. 考えなくてもできる段階

デカイザー氏と鈴木祐一さんによる2025年の解説では、2段目への移行は意外に早いとされています。デカイザー氏の1997年の実験では、最初の16問ひと区切りの練習で、ほぼ済んでいました。時間がかかるのは3段目です。速く、正確に、楽にできるようになるまでには、長い練習が要ります。

もうひとつ見逃せないのが、スキルの特異性という考え方です。練習した方向にしか、スキルは伸びにくい。

たとえば同じ解説で紹介されているデ・ヨング氏の2005年の研究では、スペイン語学習者に聞き取り中心の訓練を積ませると、処理は速くなりました。一方で、話すときの誤りは有意には減らなかったと報告されています。

学校の文法学習の大半は、読んで選ぶ、書いて埋める練習です。それで伸びるのは、読んで選ぶ力と、書いて埋める力です。

話す力が伸びなかったのは、文法から始めたせいというより、文法を話す練習に一度も通さなかったせいだと考えるほうが筋が通ります。

認知科学者の今井むつみさんも『学びとは何か』で、近い構図を描いています。事実の断片を貼り付けるように覚えた知識は、使う手続きと結びついていないので、使えない「死んだ知識」になりやすい。熟達して処理が自動化すると、意識的な注意を別のことに回せるようになる、とも説明しています。

会話に置き換えると、自動化された文法は、注意を「何を言うか」に回す余裕を生みます。三単現のsに注意を取られているうちは、話の中身まで手が回りません。

文法の「置き場所」を変える

順番の話に戻ります。

12ヵ国語を独学で身につけたKazu Languagesさんは、『ゼロから12ヵ国語マスターした私の最強の外国語習得法』で、音を真似てフレーズを覚えるところから始めるよう勧めています。

ただ、文法を捨ててはいません。覚えたフレーズから法則を自分で予想し、簡単な文を組み立ててから、文法解説で「答え合わせ」をする流れです。使える材料が手元にある状態で文法に触れるので、ルールを知ったその場で使う練習に移れる。私はこの流れを、スキル習得理論とよく噛み合う設計だと読んでいます。

一方で、意識して学んだ知識がどこまで暗示的知識に変わるのかは、研究者の間でもいまだに決着していません。「正しい順番はこれだ」と言い切れる段階にはない。言えるのは、文法をどこに置くかです。

誤解:文法をひととおり終えてから、話し始める → 知識は増えますが、話す練習に通らないまま積み上がっていきます。

正しいアプローチ:文法を1つ学んだら、その日のうちに口で使う → 知識が新しいうちに使う練習に通せば、2段目の「やってみる」段階へすぐ進めます。

誤解:文法は要らないので、聞き流すだけでいい → イマージョン教育の結果が示すとおり、聞くだけでは話すときの誤りが残りやすい。

正しいアプローチ:話してみて、詰まったところだけ文法で確かめる → 使う場面から文法に戻るので、その知識は最初から使い道と結びつきます。

具体的には、次の3つから始められます。

  • たとえば過去形を学んだ日なら、昨日したことを英語で5文、声に出して言う。紙に書かず、口で組み立てるのがポイントです
  • 自己紹介や仕事の説明など、同じ話題を1分間英語で話して録音する。聞き返して引っかかった文法を1つだけ調べ、もう一度同じ話題で話す
  • 5分しかない日は、今日の予定を英語で3文、独り言で言ってみる

どれも、文法を「話す練習」に通すための仕掛けです。

おわりに

文法から始めたこと自体は、失敗ではありませんでした。足りなかったのは、その知識を口で使う練習です。

教科書の隅に残っている文法は、まだ橋を渡っていない材料です。今夜、1つだけ選んで、声に出してみてください。


この記事で参考にした本

『ゼロから12ヵ国語マスターした私の最強の外国語習得法』Kazu Languagesさん → フレーズから法則を予想し、文法解説で答え合わせをする学び方

『学びとは何か』今井むつみさん → 使う手続きと結びつかない知識が「死んだ知識」になる理由と、熟達による自動化

『ITエンジニアのゼロから始める英語勉強法』牛尾剛さん → 知っている語彙と、会話で反射的に出る語彙を分ける「レスポンシブボキャブラリ」という見方


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