意見を変えられる人が、いちばん正確になる
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意見をころころ変える人は、信用されにくい。会議でもそうです。
ところが統計学の世界には、まさにそれを正しい手続きとして定式化した法則があります。ベイズの法則です。
シャロン・バーチュ・マグレインの『異端の統計学 ベイズ』は、この法則を一文でこう表しています。客観的な情報に基づいて、自分の意見を変える。
たったこれだけです。にもかかわらず、この考え方は200年以上にわたって「非科学的だ」と攻撃され続けました。
なぜ叩かれ、なぜ復活したのか。ここに、不確実な状況で判断する技術の核心があります。
「当てずっぽうから始める」ことが、批判の的だった
ベイズの法則の手続きは、3段階です。
まず、当てずっぽうでも仮説を立てる。これを事前確率と呼びます。
次に、新しい出来事を観察する。
最後に、観察結果に照らして仮説の確からしさを修正する。これが事後確率です。そして事後確率が、次の事前確率になります。
批判されたのは、最初の一歩でした。出発点に主観が入る。確率とは、繰り返し試行した頻度で定義されるべきだ、という立場から見れば、これは科学ではないことになります。
R・A・フィッシャーら頻度主義の統計学者からの攻撃は、かなり激しいものでした。
ただ、ここには一つの事実があります。データが十分に集まれば、初期の主観の違いは吸収され、同じ結論に収束することが示されています。
つまり、出発点が主観であることは、必ずしも欠陥ではない。更新を止めなければ、出発点の差は消えていきます。
現場は、理論より先にこれを使っていた
理論の世界で異端扱いされていた間も、ベイズは現場で使われ続けました。
たとえば、第二次世界大戦。アラン・チューリング率いる暗号解読チームは、ベイズの考え方を使ってドイツ軍の暗号機エニグマを解読しています。ただしこの成果は、戦後も長く軍事機密として伏せられました。
もうひとつ、アメリカ海軍の捜索です。行方不明になった水素爆弾や、沈没した原子力潜水艦スコーピオンの探索に、ベイズ探索理論が使われました。
海の中を探すという問題は、データが極端に少ない状況です。同じ条件で何度も試行することはできません。1回限りの出来事に、頻度の統計は使いにくい。
そこで、専門家の見立てで「このあたりにありそうだ」という初期分布を置く。捜索して見つからなければ、その海域の確率を下げ、他の海域の確率を上げる。これを繰り返します。
見つからなかったという結果も、情報として使われている点が面白いところです。空振りが、次の一手の精度を上げている。
仕事でも同じ場面があります。たとえば、新規開拓のリスト。100社に当たって10社が反応したとき、多くの人は「10件の成果」と数えます。ベイズ的に見れば、反応しなかった90社の属性も、次のリストを絞るための情報です。
更新を止めた瞬間、正確さは失われる
ここまで来ると、冒頭の話に戻れます。
意見を変えることは、一貫性のなさではありません。新しい情報が入ったのに意見が変わらないなら、その情報を使っていないだけです。
問題は、変え方のほうにあります。
鈴木進介さんは『ノイズに振り回されない情報活用力』で、情報が多すぎる状態では引き算が要ると書いています。すべてを取り込もうとすると、判断軸が消える。
つまり、何でも取り入れて意見を変えるのは、更新ではなく漂流です。
区別は、こうなります。更新とは、仮説を持ったうえで、それを支持するか否定するかが判定できる情報だけを取り込むこと。漂流とは、仮説がないまま、目に入った情報で立場が動くこと。
たとえば、施策の効果を判断するとき。「この施策が効いているなら、来週の継続率が上がっているはずだ」と先に置く。この形にしておくと、来週のデータが仮説を上げるか下げるかを判定できます。
仮説がないままダッシュボードを眺めても、意見は動きません。都合のいい数字が目に入るだけです。
明日からできること
誤解:判断を変えないことが、一貫性である → 情報が変わったのに判断が変わらないのは、一貫性ではなく更新の停止です。判断の理由が変わっていないかを見るほうが本質的です。
正しいアプローチ:仮説と「どうなったら考えを変えるか」をセットで書く → 「この案がうまくいくと思う。もし1か月後に◯◯が改善していなければ、考えを変える」。この2行を先に書いておくと、あとで自分をごまかせなくなります。
もうひとつ、5分でできることがあります。
いま自分が強く信じている業務上の判断を1つ選び、「これが間違いだとしたら、どんな事実が観測されるか」を書き出す。
書けないなら、その判断は反証できない形になっています。反証できない意見は、更新もできません。
書けたら、その事実が実際に起きていないかを確認する。それだけで、更新の材料が手に入ります。
おわりに
正確さは、最初に正しく当てることではありませんでした。
外れたときに、外れた分だけ動かせるかどうかです。空振りを情報として数えられる人は、回数を重ねるほど当たる場所に近づいていきます。
意見を変えるのは、負けではありません。
この記事で参考にした本
『異端の統計学 ベイズ』シャロン・バーチュ・マグレイン → 事前確率と事後確率という更新の手続き、エニグマ解読や潜水艦捜索での実用。200年の論争史がそのまま推論の話になっている一冊。
『ノイズに振り回されない情報活用力』鈴木進介 → 情報過多の時代に必要なのは足し算ではなく引き算という視点。更新と漂流を分ける材料になる。
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