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ブクドリ | BOOK DRIP

書けないのは、書く前に自分で消しているから

約3分で読めます コミュニケーション・文章術
目次

誰に何を書くかは決まっている。構成も頭にある。それなのに、手が動かない。

この状態を、ピーター・エルボウは自己検閲と呼びました。

『自分の「声」で書く技術』の核にあるのは、単純な指摘です。言葉を生み出そうとしながら、同時に編集しようとすると、言葉は死ぬ。

書けないのではなく、書いた端から自分で消しているだけでした。

生み出す作業と、直す作業は同時にできない

エルボウの処方は、フリーライティングです。

手を止めずに10分間、書き続ける。修正しない、評価しない、戻らない。週に最低3回、慣れてきたら15分、20分と延ばしてもいい。

内容の質は問いません。目的は良い文章を書くことではなく、検閲を働かせないまま言葉を出すことにあります。

この方法の背景には、著者自身の苦い経験があります。

オックスフォード大学に留学していた頃、冷笑的な個人指導を受けてエッセイが書けなくなりました。その後ハーバード大学の大学院に進みますが、1学期目の論文を不出来と評価され、放り出される前に自ら退学しています。

書けなくなる原因が評価だったと知っている人が書いた方法論です。

構成は、書き出したあとに見えてくる

もうひとつ、エルボウが提案するのがグローイングという考え方です。

最初から完璧な計画や構成を目指すのではなく、まずは混沌を受け入れて大量に書き出す。すると事後的に、文章の重心がどこにあるかが現れてくる。

時間配分の例も具体的です。4時間あるなら、1時間を4回に分ける。それぞれの1時間のうち、最初の45分はできるだけ速くひたすら書き、最後の15分で重要なことを振り返って1文に要約する。

準備が要らないという話ではありません。誰に何を書くかを決める作業と、言葉を出す作業と、直す作業は、それぞれ別の時間に置くべきだという話です。

同時にやるから、どれも進まなくなります。

見せる相手を間違えると、また書けなくなる

書いたあとの扱いも、同じくらい重要でした。

エルボウが提唱するティーチャーレス・クラスでは、参加者は作品の良し悪しを判断しません。改善策も教えません。

代わりに読者が伝えるのは、読んでいるあいだに自分の頭の中で何が起きたか、どんな映像が流れたかという主観的な体験です。

ルールも細かく決まっています。作品を声に出して読むときは必ず2回読み、1回ごとに最低1分の沈黙を置く。ネガティブな評価は、最初の3〜4回は禁止する。

本書には、こんな場面が出てきます。ある女性がクラスで自分の詩を配ったとき、全員が感銘を受けませんでした。ところが彼女が2回朗読すると、メンバーが詩の中に何かを聞き取って心を動かされます。

彼女は、自分の言葉が読み手に届いたという体験をして、また書きたいと思うようになりました。

書き続けられるかどうかは、書く力より、最初の読者が誰かで決まる部分があります。

明日からできること

誤解:書く材料は、自分の中から出てくるもの → 編集者の竹村俊助さんは『書くのがしんどい』で、逆のことをしています。自分の内側から原稿をひねり出すのをやめ、編集者の視点で他人の話や出来事を取材して発信するようにした。

結果、5,000人未満だったTwitterのフォロワーが半年で1万人を超え、noteは累計50万PVに届いています。

自分に語ることがないと感じているなら、材料の場所を間違えているだけかもしれません。

正しいアプローチ:10分だけ、消さずに書く時間を作る → 開いたファイルを閉じずに、10分だけ手を止めない。バックスペースを押さない。誤字も直さない。

そのあとで、直す時間を別に取る。書きながら直そうとすると、どちらも中途半端になります。

もうひとつ、下書きを人に見せるときの頼み方を変えてみてください。「どう思う?」ではなく「読んでいて、どこで止まった?」と聞く。

前者は評価を求める質問で、返ってきた言葉が次の検閲になります。後者は体験を聞く質問なので、直す場所が具体的に分かります。

おわりに

文章がうまい人は、消さずに書けている人ではありません。

消すタイミングを、書き終えたあとに置いている人です。

同じ作業を、順番を変えてやっているだけでした。


この記事で参考にした本

『自分の「声」で書く技術 自己検閲をはずし、響く言葉を仲間と見つける』ピーター・エルボウ → フリーライティング、グローイング、ティーチャーレス・クラス。書けなさを能力ではなく手順の問題として扱った古典。

『書くのがしんどい』竹村俊助 → 材料を自分の外に取りに行くという発想。編集者の視点で書くことの具体例が並ぶ。


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