決算書は「信用できない相手」のために生まれた
目次
決算書をいちばん熱心に読むのは、会社を疑っている人です。
成績表のつもりで眺めると、売上や利益の大きさばかりに目が行きます。 けれど会計の歴史をたどると、決算書のしくみは「この相手を、本当に信用していいのか」という不安が生まれるたびに、一つずつ足されてきました。
田中靖浩さんの『会計の世界史』は、イタリア、イギリス、アメリカをまたぐ500年の会計の歩みを、絵画や音楽の話も交えて描いた本です。 この記事では、その流れを「誰が誰を信用できなかったか」という一点で読み直します。 そうすると、決算書を開いたときにどこから読めばよいかが見えてきます。
作る人と読む人は、立場が違う
最初に、決算書を作る人と読む人の関係を確認しておきます。
公認会計士の金子智朗さんは『教養としての「会計」入門』で、会社は「人様のお金」で事業をしていると書いています。 お金を出す株主と、実際に経営する人が別々になっている。これが所有と経営の分離です。
金子さんは、決算書を作って外に見せる財務会計を「港で待つ貴族のための会計」とたとえます。 船に乗る乗組員は、海の上で何があったかを知っています。港で待つ出資者は知りません。
知っている側が報告し、知らない側がそれを受け取る。 この差がある限り、報告する側には、数字を都合のよい形に整えたくなる誘惑がついて回ります。 決算書の歴史は、この誘惑とのつきあい方の歴史として読めます。
イタリア:仲間の取り分を疑う
最初の舞台は15世紀のイタリアです。地中海貿易で、商人たちが仲間と組んで商売をしていました。
田中さんは、志を同じくする仲間でも、一緒に商売をすると「儲けの分配」をめぐる混乱がいちばん大きな問題になると書いています。 たとえば、航海から戻った仲間が「今回の儲けはこれだけだった」と言っても、確かめる手段がなければ争いになります。
そこで頼られたのが、日々の取引を記録する簿記でした。 数学者のルカ・パチョーリは1494年の数学書『スンマ』で、商人たちに広まっていた複式簿記を27ページにわたって整理しました。 この本が教科書になり、帳簿をつける習慣がヨーロッパに広がっていきます。
記録の信用を支えたのは公証人です。 紙が高価で、計算できる人も限られていた時代に、公証人は契約や相続を文書にして「お墨付き」を与える、地位の高い職業でした。
逆に、記録が甘くなると何が起きるか。 『スンマ』と同じ1494年に、メディチ銀行が破綻しています。ロレンツォ・デ・メディチの代には管理がずさんになり、支配人に利益を前借りさせることまで起きていたと、本書は伝えています。 身内の組織でも、帳簿の規律がゆるめば崩れていきます。
オランダとイギリス:見知らぬ株主に説明する
17世紀に入ると、疑う相手が変わります。
1602年に生まれたオランダ東インド会社は、アジアとの香辛料貿易に必要な巨額の資金を、家族や仲間ではなく見知らぬ人々から集めました。 田中さんはこの出資者を「ストレンジャー株主」と呼びます。顔も知らない相手に結果を「説明する(account for)」責任が、Accounting という言葉の起こりになりました。
仲間なら、多少の不満は人間関係のなかで収まります。 ストレンジャーが気にするのは、配当と株価の値上がりだけです。説明が足りなければ、お金を引き上げるか、責任を問うしかない相手です。
19世紀のイギリスでは、鉄道がさらに難しい問題を持ち込みました。 線路や車両に巨額を投じた年を、支出のとおりに計算すると大赤字になってしまう。そこで、設備の費用を何年かに分けて計上する減価償却が広まります。
これで利益は現金の出入りから切り離されました。本書の言葉を借りれば、利益は「一種の架空の概念(fiction)」になったのです。 何年に分けるか、毎年いくらずつ配るか。そこに作る側の判断が入り込む余地が生まれました。 悪意をもった費用の配り方こそが粉飾の始まりだ、というのが田中さんの見立てです。
実際に「鉄道王」と呼ばれたジョージ・ハドソンは、出資金を別の会社に流用する粉飾をして失脚しました。 法律の側も動いています。イギリスでは1844年の株式会社法が、貸借対照表の監査を初めて法律で義務づけました。 この義務はその後いったん任意に戻されるなど、監査の制度は行きつ戻りつしながら根づいていきます。
アメリカ:まだ株主ですらない人を守る
20世紀のアメリカで、守る相手はさらに広がります。
1920年代の株式ブームでは、インサイダー取引や株価操作が横行しました。1929年の大暴落のあと、ルール作りが一気に進みます。 1933年の証券法は、株式を売り出す会社に、独立した会計士が証明した財務諸表を求めました。翌1934年には証券取引委員会(SEC)が設立されます。
初代の長官に選ばれたのは、相場で大儲けした張本人のジョセフ・ケネディでした。 本書によれば、ルーズベルト大統領は「泥棒を捕まえるには、泥棒が一番」と語ったといいます。手口を知り尽くした人物のもとで、市場のルールが整えられていきました。
疑う側は、ここでまた広がりました。今の株主だけではありません。これから株を買うかもしれない、まだ見ぬ投資家全員です。 そのため決算書は、決まったルールで作り、外部の目で確かめ、誰にでも公開する形になりました。
ルールが違えば、同じ会社の姿も変わります。 1993年にニューヨーク証券取引所へ上場したドイツのダイムラー・ベンツは、同じ年の純利益が、ドイツの基準では約6億マルクの黒字、米国の基準では約18億マルクの赤字でした。 物差しを変えるだけで、黒字の会社が赤字になる。統一された基準が求められる理由が、この一例によく表れています。
疑う側の目で、決算書を読む
ここまでをたどると、決算書のしくみは、預けた側が預かった側を確かめるための道具として足されてきたことがわかります。 そう考えると、読むときに目を向ける場所が変わります。よくある三つの誤解と、その読み方を挙げます。
誤解1:利益は「確定した事実」である
減価償却から始まったように、利益には作る側の見積もりが入っています。 たとえば、設備を何年で償却するか、回収できない売掛金をいくら見込むか、工事の進み具合に応じて売上をどれだけ計上するか。 2015年に発覚した東芝の不適切会計について、田中さんは、将来受け取る工事収入を早めに計上していた点を挙げています。
有価証券報告書の注記には、会社が見積もりに頼った項目を説明する欄があります。 金額が大きく、判断の幅が広い項目ほど、疑いの目を向ける価値があります。
誤解2:監査済みなら、数字は正しい
監査は、決算書に重要な誤りがないかを第三者が確かめるしくみです。一つひとつの数字をすべて保証するものとは違います。 公認会計士の小山晃弘さんは『ぶっちゃけ会計のことがまったくわかりません・・・』で、会計士の主な仕事はこの監査で、顧客は監査を受ける義務のある大企業や上場企業が中心だと説明しています。
読む側がまず開きたいのは、監査報告書のなかの「監査上の主要な検討事項」です。 監査人が特に注意を払った論点が書かれていて、その会社のどこに判断の難しさがあるかがわかります。 会計方針を変えていないか、監査人が交代していないかも、有価証券報告書のなかで確かめられます。
誤解3:良いニュースも悪いニュースも、同じ速さで出てくる
報告する側にとって、悪い知らせは出しにくいものです。 金子さんは、会計の保守主義の原則を、悪い知らせを早く出すための考え方として解説しています。
たとえば、減損や引当金が毎年少しずつ遅れて出てくる会社と、早めに出し切る会社があるとします。 同じ利益の額でも、後者のほうが数字を信じやすいはずです。 何年分かの決算を並べて、損失の出し方に癖がないかを見ると、会社の姿勢が見えてきます。
数字の前に、文章から読む方法もあります。 小山さんは、有価証券報告書は前半の「主要な経営指標等の推移」や「事業の状況」から読むよう勧めています。 会社が自分の言葉で何を説明し、何を説明していないかを先に見ておくと、数字のどこを疑えばよいかが絞れます。
疑いに答える用意が、信頼をつくった
決算書を疑いながら読むと聞くと、ひねくれた読み方に思えるかもしれません。 けれど、パチョーリが整理した帳簿も、イギリスの監査も、アメリカの開示ルールも、疑いに答える形で生まれました。 疑われても答えられる用意があるからこそ、見知らぬ人どうしでもお金を預け合えるようになったのです。
次に決算書を開くときは、利益の数字より先に、監査報告書と注記を一ページずつめくってみてください。 500年分の「この相手を信用していいのか」が、そこに積み重なっています。
この記事で参考にした本
『会計の世界史』田中靖浩さん → 簿記、株式会社、監査、会計基準が、イタリア、オランダとイギリス、アメリカでそれぞれ生まれた経緯
『教養としての「会計」入門』金子智朗さん → 財務会計は「港で待つ貴族のための会計」。所有と経営の分離と、保守主義の原則の意味
『ぶっちゃけ会計のことがまったくわかりません・・・』小山晃弘さん → 公認会計士の仕事としての監査と、有価証券報告書を前半の文章から読む方法
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