本文へスキップ
ブクドリ | BOOK DRIP

「顧客の声」だけでは、未来は見えない。

約5分で読めます 戦略・経営・事業
目次

「顧客の声に耳を傾けろ」

上司から何度も言われた。 だから、聞いた。

主力顧客のA社に新製品の提案をした。 「小型化」を売りにした。

「そんな小さいの、使わないよ。もっと高性能なものが欲しい」

顧客の声に従って、高性能版の開発に集中した。


3年後。

市場シェア1位だった自社が、5位に落ちていた。

その小型製品を作った新興企業が、トップになっていた。

「なぜ、顧客の声を聞いたのに…」

この逆説を、何度も経験してきた。


「正しい経営」が、会社を殺す

前職でのことだ。

既存顧客の声を忠実に聞いて製品開発をした。 顧客満足度は上がった。 売上も伸びた。

でも、2年後。 新しい競合が、まったく別の市場から現れた。

自社の製品より「性能が劣る」ものだった。 でも、「シンプルで安い」という価値があった。

そして、その価値を求める顧客が、想像以上に多かった。


クリステンセン氏は『イノベーションのジレンマ』で、こう言っている。

優良企業が失敗するのは、「経営が下手」だからではない。「経営が上手すぎる」からだ。

ハードディスク業界の話だ。

14インチドライブで成功していたメーカーがあった。 新興企業が8インチドライブを提案してきた。

容量は小さい。 1MBあたりのコストも高い。

既存顧客であるメインフレームメーカーに聞いた。

「そんな小さなドライブは必要ない。もっと大容量が欲しい」

だから、8インチドライブを無視した。 合理的な判断だ。


でも、新興企業は別の市場を見つけた。

ミニコンピュータ市場。

そこでは「大容量」より「小型」が重要だった。

やがて、8インチドライブの性能は向上した。 メインフレーム市場にも十分な水準になった。

そのとき、かつての王者は手遅れだった。


クリステンセン氏はこれを「バリュー・ネットワーク」と呼んだ。

企業は、自社を取り巻く顧客、サプライヤー、コスト構造によって、どの技術に価値を見出すかが決まってしまう。

だから、破壊的技術の価値は「見えない」。


顧客の声を聞くことは、正しい。

でも、「既存顧客だけ」の声を聞くことは、危険だ。

破壊的技術の価値を見出すのは、「まだ存在しない市場」や「既存とは異なる顧客」だからだ。


大企業が小さな市場を無視する理由

もう一つ、構造的な問題がある。

組織の規模と市場の規模が、合わない。

破壊的技術が生み出す新市場は、最初は小さい。 年間数千万円規模。

でも、年間売上40億円の企業が20%成長するには、翌年8億円の新規売上が必要だ。

数千万円の市場では、成長目標に届かない。

だから、「優先順位が低い」と判断される。


14インチドライブの巨人CDC(コントロール・データ)の話だ。

本社では約10億ドルの事業が動いていた。

100万ドルの注文にすら、誰も興味を示さなかった。

あるマネージャーはこう言っている。

「5万ドルの注文に夢中になれる組織が必要だった」


問題は、経営者の意志や能力ではない。

組織の「価値基準」が、小規模市場への投資を許可しないのだ。

コリンズ氏は『ビジョナリー・カンパニーZERO』で、組織の能力を3つに分けている。

  1. 資源(人材や資金)→ 柔軟に動かせる
  2. プロセス(仕事の進め方)→ 硬直的
  3. 価値基準(優先順位の判断基準)→ 硬直的

資源は移動できる。 でも、プロセスと価値基準は変わらない。

だから、破壊的イノベーションには、別の組織を作る必要がある。


HPのインクジェット部門。 IBMのPC部門。

どちらも、主流組織から切り離された独立組織として設立された。

小さな市場に全力を注げる、別のコスト構造と価値基準を持つ組織。

「市場がうまみのある規模に成長してから参入しよう」という戦略は、ほとんど失敗する。

その頃には、新興企業が揺るぎない地位を築いているからだ。


私も失敗した。

「まだ市場が小さいから、様子を見よう」

そう判断したプロジェクトがあった。

2年後、その市場は10倍に成長した。

でも、その頃には新規参入はもう遅かった。


カリスマなしでも動く組織を作る

では、どうすればいいのか。

コリンズ氏はこう言っている。

「時を告げるのではなく、時計を作れ」

「時を告げる」とは、カリスマ経営者が優れた判断を下し続けること。

破壊的技術が現れるたびに、トップが「これは本物だ」「これは無視していい」と判断する。

でも、その経営者がいなくなった瞬間、組織は判断力を失う。


「時計を作る」とは、その経営者がいなくなっても組織が自律的に機能する仕組みを作ること。

コリンズ氏は、偉大な企業には「ANDの才能」があると言っている。

「創造性 AND 規律」 「革新 AND 実行」 「理想主義 AND 現実主義」

二者択一ではなく、両立できるという発想だ。


破壊的イノベーションへの対応でも同じだ。

「既存事業の収益 AND 新規事業への挑戦」 「効率的な組織運営 AND 小さな実験の許容」

IBMはメインフレーム事業という巨大な主流組織とは別に、フロリダに独立したPC部門を設立した。

部品調達から販売チャネル、コスト構造に至るまで、メインフレーム事業とは全く異なるルールで運営した。


重要なのは、直面しているイノベーションが「持続的」なのか「破壊的」なのかを見極め、それぞれに適した異なる経営原則を使い分ける仕組みを組織として持っていること。


今日、あなたにできること

「顧客が求めていないもの」リストを作る。

既存顧客が「必要ない」と言った技術やサービスをリスト化する。

その中に、異なる顧客層にとっては価値があるものがないか、考える。

破壊的技術は、最初は「性能が劣る」「利益率が低い」という理由で却下される。

でも、その技術が「小型」「シンプル」「安価」という別の価値を持つ場合、既存とは異なる市場が存在する可能性がある。


よくある失敗

既存顧客の声だけを聞いて判断すること。

破壊的技術の価値は、既存顧客ではなく「まだ存在しない市場」が決める。

だから、「顧客が求めていないもの」にこそ、未来があるかもしれない。


参考書籍

  • クレイトン・クリステンセン氏『イノベーションのジレンマ』 破壊的イノベーションの理論を体系化した名著。優良企業がなぜ失敗するかを解明。

  • ジム・コリンズ氏『ビジョナリー・カンパニーZERO』 偉大な企業が「時計を作る」仕組みを解説。永続する組織の設計図がわかる。

  • クレイトン・クリステンセン氏『イノベーションへの解』 破壊的イノベーションへの対応策を具体化。どう立ち向かうかがわかる。


合わせて読みたい

『イノベーションへの解』クレイトン・クリステンセン 「破壊的イノベーション」を予測可能にする3つの理論を解説。顧客の声だけでは見えない市場機会の見つけ方がわかる。

『ジョブ理論』クレイトン・クリステンセン 顧客が「雇用」する真の理由を見抜く3つの視点を解説。表面的な声ではなく、本質的なニーズを理解する方法がわかる。

『「良いアイデア」で起業した人が、だいたい失敗する理由』 顧客の声を聞いたはずなのに失敗する原因を解説。市場に出る前に知っておくべき落とし穴がわかる。