新商品の会議で、手元には年齢別、性別別、所得別の集計表が山ほどあります。それでも、改良した商品がぱったり売れません。そんな経験をした人に読んでほしいのが、クレイトン・クリステンセンさんの『ジョブ理論』です。
出発点にあるのは、イノベーションの結果に不満を抱く幹部が94パーセントに上る、という指摘です。データも分析ツールも揃っているのに外れが続くのは、質問そのものが間違っているからだ、と本書は言います。
属性で顧客を分けるやり方が教えてくれるのは、どんな人がよく買うかという相関までです。なぜ買ったのかという因果には届きません。そこで本書が差し出すのが、次の見方です。
顧客は製品が欲しいのではなく、自分の生活で起きた「片づけるべきジョブ」を解決するために製品を「雇う」のです。

ミルクシェークは、朝の退屈な運転を片づけていた
ミルクシェークが雇われた仕事は、朝の退屈な運転中に気を紛らわせ、昼まで腹をもたせることでした。本書の看板になっている事例は、あるファストフードチェーンのミルクシェークです。同社は買い手を年齢と性別で切り分け、味と価格に手を入れましたが、売上は動きませんでした。
流れが変わったのは、誰が買うかより、何のために買うかを観察し始めてからです。早朝に、ひとりで来て、ミルクシェークだけ買って車で去っていく客がいます。聞いてみると、彼らが片づけたいのは、長くて退屈な通勤の運転中に気を紛らわせ、昼まで空腹をしのぐことでした。
この仕事の候補として、ミルクシェークはよくできていました。片手で持てて、ストローで吸うから時間がかかり、どろりと濃いので腹にもたまります。バナナは一瞬で終わり、ベーグルは指が汚れ、ドーナツでは昼を待たずに腹が鳴ります。
真の競合は、バナナやベーグルや、何も買わないという選択でした。他店のミルクシェークは相手にならなかったわけです。
さらに興味深いのは、同じ客が午後にも来ることです。午後のジョブは、子どもを喜ばせるご褒美を渡したいというものに変わります。朝向けには粘りを強めて自動販売機で素早く買えるようにし、午後向けには飲みやすく軽くして小さなサイズを用意します。
属性ごとの平均を見ていると、この二つの違うジョブが混ざってしまい、誰の用も満たさない中途半端な改良に着地します。
ここでの教訓は、同じ人でも場面が変われば別の製品を雇うということです。顧客を人として括るより、場面として観察したほうが、手を打つ先が絞れます。
競合の外側に広がる「無消費」
成長の入口は、競合の外側で何も買わずにいる「無消費」の人たちのジョブにあります。多くの会社は、同業他社からシェアを奪う戦いに力を注ぎます。本書が注意を促すのは、その外側にもっと大きな市場があることです。今は誰も解決策を出していない「無消費」の領域です。
あなたの業界にも無消費はあるはずだ、と本書は問いかけます。
無消費:今の解決策が高すぎる、複雑すぎる、不便すぎるといった理由で、何も買わないことを選んでいる状態。
彼らのジョブを見つけることが、イノベーションの入口になります。
事例に選ばれるのがサザンニューハンプシャー大学(SNHU)です。かつては学生数2,500人の小さな地方大学で、新学長のポール・レブランクがオンライン教育に乗り出しました。
ただ、従来の大学と同じ土俵で戦っても勝ち目は薄かったのです。
そこで目を向けたのが、過去に大学を中退し、仕事と家庭を回しながら学位を取りたい30代の社会人です。時間も資金も足りず、従来の大学にとっては顧客の外にいた人たちでした。
けれども彼らには強いジョブがありました。家族への約束を果たしたい、子どもに手本を見せたい、経済的に安定したいのです。機能面だけでなく、感情や社会的な面を抱えた願いです。
SNHUは、このジョブに合わせて組織を組み替えました。入学希望者への電話は10分以内に応じることを目標にし、数週間かかっていた入学手続きを数日に縮め、学生ごとに担当のアドバイザーを付けました。
その結果、10年後の学生数は3万4,000人超となり、全米で最大級のオンライン大学に育ったと本書は伝えています。
編集部が注目するのは、ここで変わったのが広告や学費の設計にとどまらず、組織の動かし方まで含まれる点です。ジョブを真剣に受け止めると、会社の内側にも手が入ります。
製品は真似されても、体験を支える仕組みは真似されにくい
長く続く優位は、機能や価格ではなく、ジョブを解決する体験とそれを支える仕組みから生まれます。機能や価格はすぐに追随されます。しかし、ジョブを最後まで解決するために作られた体験と、それを支える手順の束は、簡単には写し取れない、と本書は述べます。
挙げられるのは、GMが提供する車載サービスのオンスターです。事故時の自動通報、盗難車の追跡、遠隔でのドア解錠と機能は多いですが、解決しているジョブは機能の一覧にはありません。
本質は心の平穏、つまり、事故にあっても誰かが助けてくれるという安心感にあります。それを支えるのが、24時間365日のコールセンターと、訓練されたオペレーターです。
競合が同じ機能を並べることは可能ですが、顧客が買っているのは機能の束ではありません。同じ機能は作れても、この安心を一貫して届ける仕組みを真似るには、時間も投資も要ります。
メイヨー・クリニックも同じ構図で描かれます。多くの病院が個々の専門医の腕で争うのに対し、同院が売っているのは、最善の医療を受けているという確信です。
複数の医師にかかるとそれぞれ違うことを言われて不安になります。そこで予約を代わりに調整し、検査データをまとめ、専門医のチームで診断します。優秀な医師を引き抜くことはできても、この統合された体験の手順までは写し取りにくいのです。
本書はここから、製品を磨くより体験を設計し、機能より手順で差を付けることが、長く続く優位につながると結びます。
この二例は、いずれも成功した大組織の話である点に注意したいところです。
小さな会社が同じ水準のプロセスを築くには何が足りないのか、本書はあまり語りません。編集部は、ここが読者の側で補うべき宿題だと考えます。
明日から使う三つの観察と一つの指標
顧客の奮闘を観察し、感情と社会の面を掘り、測る指標をジョブ解決に寄せましょう。実践編では三つのアクションが示されます。
奮闘の瞬間を観察しましょう。顧客が製品を使いながら四苦八苦している場面を探し、とくに間に合わせの対処策に目を留めます。本来の用途とは違う使い方をしていたり、複数の製品を組み合わせて凌いでいたりするのは、満たされていないジョブがある印です。例として、重曹が冷蔵庫の脱臭剤になっていることや、風邪薬のナイキルが睡眠の助けとして飲まれていることが挙がります。聞き方にも工夫が要り、満足度を尋ねるより、何を解決したくて使ったのかを尋ねるほうが実りがあります。顧客は改善点なら話せても、自分のジョブを言葉にするのは苦手だからです。
感情と社会の面を掘りましょう。ジョブには機能の面のほか、感情や社会の面があります。購買を左右するのは、むしろ後者だと本書は見ます。P&Gのパンパースは、中国市場で、価格が半分の現地品に苦戦していました。調べると、親たちには、夜泣きが減れば子の脳の発達に良い、良い親でいたい、という思いがありました。そこで広告では吸水性の話を脇に置き、ぐっすり眠って子どもが賢くなるという価値を訴え、価格が2倍でも売上は大きく伸びたそうです。
測る指標をジョブ解決に寄せましょう。SNHUの電話応答時間は、顧客が人生を変える決断を今すぐ実行したいというジョブを、そのまま映す指標でした。従来の大学の出願数や合格率は、内部の都合を測っています。従来の大学が見てきたのは、顧客のジョブと関係のない内部の数字でした。売上、利益率、市場シェアを追うだけでは、ジョブがどれだけ片づいたかは分かりません。測るものが行動を決めるので、ジョブの解決度を測れば、組織はそちらへ動きます。
事例の勢いに頼りすぎない
鮮やかな成功事例に引きずられず、ジョブの見立てが正しいかは読者が自分で確かめる必要があります。最後に、読むときの留保を記しておきます。本書の事例は、ミルクシェークやSNHUのように鮮やかな成功が中心で、ジョブを見誤ったときの失敗は薄いのです。ジョブという言葉が便利なぶん、何でもジョブに見えてしまう危うさも残ります。
観察したジョブが本当に正しいかを確かめる方法は、読者が自分で工夫しなければなりません。
また、数字の出典は本文中で十分に示されません。94パーセントも、SNHUの学生数も、パンパースの売上の伸びも、確かめるなら元の資料に当たる必要があります。
結論部で本書は、この見方を持てば競合の範囲が同業他社を超えて広がると言います。何もしないことや間に合わせの対処策も相手になり、無消費という大きな市場も視野に入ります。
さらにデミングの言葉を借りて、正しい質問をしなければ何も発見できない、と念を押します。
それでも、「どんなジョブを片づけたくて、顧客はその製品を雇うのか」という問いは、会議の空気を変える力を持っています。
まず今週、自社の製品を間に合わせの方法で使っている顧客を一人探し、何を片づけようとしていたのかを尋ねてみてほしいのです。
合わせて読みたい
クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ』──なぜ優良企業が「正しい経営判断」で破綻するのか?破壊的イノベーションを見極める3つの視点 著者のそれ以前の著作で、堅実な大企業が新興勢力に足をすくわれる仕組みを解き明かした一冊です。無消費の市場に目を向ける意味が、ここで理解しやすくなります。
【クレイトン・クリステンセン】『イノベーションへの解』──「破壊的イノベーション」を予測可能にする3つの理論 破壊的な変化を実際に起こす際の戦い方を扱います。ジョブを見つけたあと、どう形にするかを考えるときに役立ちます。
セオドア・レビット『マーケティング発想法』 人はドリルではなく穴を求めている、という有名な言い回しの出どころです。ジョブ理論の源流を確かめたい読者に向いています。
『リーン・スタートアップ』エリック・リース|6ヶ月かけて誰も欲しがらないモノを作った話 ジョブの仮説を素早く試す方法論をまとめた本です。観察で見つけた仮説を検証する段階で参考になります。
