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ブクドリ | BOOK DRIP

「うちのケースは特別」が、見積もりを壊す

約4分で読めます リーダーシップ・組織
目次

予算内、期日内、想定した効果。この3つを同時に達成したプロジェクトは、全体の0.5%しかありませんでした。

オックスフォード大学のベント・フリウビヤは、世界136か国、1万6000件超のプロジェクトを集めたデータベースを分析しています。『BIG THINGS』で示されたその数字が、0.5%です。

残りの99.5%は、どこかが崩れている。予算が超過するか、納期が延びるか、期待した便益が出ないか。

面白いのは、その原因が「実行力の差」ではなかったことです。フリウビヤの結論は、失敗は始まる前にほぼ決まっている、というものでした。

今日は、その「始まる前」で何が起きているかを見ていきます。

見積もりを壊すのは、楽観ではなく「独自性バイアス」

見積もりが甘くなる理由として、よく「楽観的だから」と言われます。

でもフリウビヤは、もう一段深いところを指しています。人は自分の案件を「前例のない、特別なもの」と感じる。だから、似た過去の案件を参照せず、頭の中で工程を積み上げて数字を出してしまう。彼はこれを独自性バイアスと呼びます。

これがやっかいなのは、積み上げた本人には論理的に見えることです。

たとえば、システム刷新の見積もりを立てるとき。要件定義に3週間、設計に4週間、開発に8週間、テストに3週間。足し算はどこも間違っていません。間違っているのは、その足し算に「起きるはずのないこと」が一件も入っていない点です。

キーパーソンの異動、仕様の解釈違い、他部署の承認待ち。どれも個別に見れば「今回は起きないだろう」と思える。ところが過去の類似案件を数十件並べると、そのうちのどれかは必ず起きています。

自分の中から見た計画(内部視点)と、外から似た事例を眺めた計画(外部視点)では、出てくる数字が違う。フリウビヤが繰り返し指摘するのは、この差です。

過去の平均から始めると、精度が上がる

対処法は、意外なほど地味です。

積み上げをやめて、まず「同じ種類の過去案件が、実際に何日かかったか」の平均値を置く。そこから自分の案件の事情に応じて微調整する。これが参照クラス予測(RCF法)です。

順番が逆になっている点が重要です。ふつうは自分の計画を作ってから、最後に少しバッファを足します。RCFでは、他人の実績を先に置いて、そこから動かす。

たとえば、社内の勉強会をひとつ立ち上げるとします。頭の中の見積もりは「準備2週間」でしょう。でも、過去に同僚が立ち上げた3件を思い出すと、告知から初回開催まで1か月半かかっていた。この1か月半のほうが、あなたの2週間より正確です。

プロジェクトマネジメントの実務書も、同じ方向を向いています。橋本将功さんは『プロジェクトマネジメントの基本が全部わかる本』で、タスクは「いつまでに」という期限ではなく「何人日かかるか」という工数で見積もり、計画には1.2〜1.5倍程度の余裕を組み込むべきだと書いています。

ここでの1.2〜1.5倍は、サボるための余白ではありません。過去に必ず起きてきたことのための枠です。

ただ、参照クラス予測にも限界があります。本当に前例のない取り組みでは、参照すべき過去がない。その場合は、せめて「一番近い他業界の事例」を探すことになります。それでも、頭の中の積み上げよりはマシです。

「勝てる戦」を選ぶほうが、うまく回す技術より効く

もうひとつ、見積もり以前の話があります。

山口周さんは『外資系コンサルが教えるプロジェクトマネジメント』で、成功し続けるリーダーの秘訣は特殊な管理技術ではなく、「確実に成功が見込める案件だけを手掛ける」目利きにあると書いています。

引き合いに出されるのはナポレオンです。軍事学者クラウゼヴィッツは、ナポレオンが強かった理由を「勝てる闘いしかやらなかったから」と評しました。

これは冷たい話に聞こえるかもしれません。でも、実務ではかなり救いになる考え方です。

うまくいかない案件の多くは、進め方が下手なのではなく、そもそも成立条件が揃っていない。目的が「複線型人事制度を導入する」のような手段のままになっている。決裁者が誰なのか決まっていない。必要な人員が他案件と掛け持ちになっている。

山口さんが挙げる問いは、ひとつだけです。「そもそも、何のためにやるのか」。

この問いに、社内の建前を使わずに答えられないなら、着手の前に立ち止まる価値があります。段取りの改善では、目的の不在は埋められません。

明日からできること

3つの知見を、行動に落とします。

誤解:見積もりは、工程を細かく分解するほど正確になる → 分解の精度を上げても、内部視点のままなら「起きるはずのないこと」は入りません。細かさと正確さは別物です。

正しいアプローチ:まず過去の類似案件の実績を1つ探し、それを起点にする → 社内のどこかに、似た規模の案件が必ずあります。企画から完了まで実際に何か月かかったか。その数字を最初に置いてから、自分の事情で調整します。

もうひとつ、今日からできることがあります。

いま抱えている案件について、「そもそも何のためにやるのか」を一文で書いてみる。書けないなら、それは進め方の問題ではありません。上司や依頼元に確認する材料ができた、ということです。

見積もりを出す前に、5分だけこの2つをやる。それだけで、後半の消耗はかなり減ります。

おわりに

計画が崩れると、人は「見通しが甘かった」と自分を責めます。

でも1万6000件のデータが示しているのは、甘さの正体が性格ではなく、参照する場所の間違いだということです。自分の頭の中ではなく、他人の実績を見る。

見積もりは、想像力ではなく記録の仕事です。


この記事で参考にした本

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』ベント・フリウビヤ、ダン・ガードナー → 1万6000件超のデータから、計画が崩れる構造と参照クラス予測という処方箋を示した一冊。

『プロジェクトマネジメントの基本が全部わかる本』橋本将功 → 工数での見積もりとバッファの持ち方など、日本の現場で使える実務のディテールが詰まっている。

『外資系コンサルが教えるプロジェクトマネジメント』山口周 → 管理技術より前に「勝てる案件を選ぶ」ことと目的の明確化が効く、という視点をくれる。


合わせて読みたい

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』ベント・フリウビヤ氏|計画通りに終わるのは0.5% このコラムの土台にした本の紹介記事です。参照クラス予測やモジュール化をもっと詳しく知りたい人はこちらから。

『プロジェクトマネジメントの基本が全部わかる本』橋本将功さん|PMの仕事は「球拾い」だった 見積もりや契約、リスクの潰し方を実務レベルで知りたい人へ。明日の段取りに直結する内容です。

『外資系コンサルが教えるプロジェクトマネジメント』山口周|プロジェクトが失敗する原因は、始まる前に決まっている 「勝てる戦を選ぶ」と「目的を言語化する」の2点を深掘りした記事。着手前の判断を変えたい人におすすめです。