「データは集めておけば、いつか役に立つ」。多くの企業がこの前提でDXを進めてきました。けれども、それを正面から疑うのが本書です。
象徴的なのが、アリババ幹部が藤井さんに語ったとされる言葉です。
データはソリューションにしないとお金にならないんだ
データそのものは財産ではない、と言い切るわけです。集めただけのデータは、油田の地下に眠る原油のようなもの。精製して初めて価値が生まれる。この一言が、本書全体を貫く視点を端的に表しています。
『アフターデジタル2 UXと自由』は、ビービットの藤井保文さんによるDX論の到達点です。前作『アフターデジタル』が「オフラインがオンラインに包み込まれる時代が来る」と予見した本だとすれば、本作はその社会で「では企業は具体的に何をすればいいのか」を、中国やアジアの最先端事例から立体的に描き出した一冊です。
執筆は2020年、コロナ禍のさなか。外出制限でオンライン前提の生活が一気に到来したことで、本書の世界観は出版と同時に現実になりました。予言の書が、いきなり実用書に変わったような読後感があります。

DXという言葉に疲れた人へ
「DX」という言葉に何度も触れてきたけれど、いまだに「結局それで何を変えればいいのか」がつかめない。そんな人にこそ、本書は効きます。
- 「とりあえずアプリを作ろう」「会員証をデジタル化しよう」と施策を進めたのに、顧客に響いた手応えがない人
- モノを作って売る事業をしていて、売り切りモデルの先細りに薄々気づいている企画・マーケティング担当者
- データを集める仕組みは整えたのに、それをどう価値に変えればいいか宙ぶらりんな人
どれも、読みながら「これは耳が痛い」と感じる場面のはずです。本書の良さは、こうした宙ぶらりんの感覚に名前と道筋を与えてくれるところにあります。
核心は「UXなきDXは本末転倒」
本書の主張を一文に圧縮すると、こうなります。DXとは、システムを入れることでも、データを溜めることでもなく、新しい顧客体験(UX)を作り、顧客と継続的な関係を築くことである。
藤井さんはUXを議論しないDX、顧客視点で提供価値を捉え直さないDXは本末転倒であると書きます。手段であるはずのデジタル化が、いつのまにか目的にすり替わる。その倒錯への警告が、本書の出発点です。
ここで個人的に唸ったのは、本書が「精神論で終わらない」点でした。アリババ、テンセント、NIO、スターバックスといった具体例を大量に引きながら、それを日本社会の文脈へ翻訳していく。
だから「すごい中国の話」では終わらず、「では自社で何をするか」まで降りてくる。抽象的なスローガンに飽きた読者ほど、この具体性に救われるはずです。
アフターデジタルとOMO──主従が逆転する
土台になる概念から押さえます。
アフターデジタルとは、モバイルやIoTの普及で、日常のあらゆる行動がオンラインデータ化される社会のこと。支払いも移動も飲食も、もともとオフラインだった行動がデジタル上に記録されていく。リアルがデジタルの中に包み込まれた状態です。
ここで発想の主従が逆転します。これまでは「リアルが中心で、デジタルはおまけ」でした。アフターデジタルでは「デジタルが全体を覆い、リアル接点はその中の希少な一部」になる。
注意したいのは、リアルの価値が消えるわけではないことです。藤井さんは、リアル接点は今までより重要になるが、頻度としてはレアになる、と表現します。
販売の場から、感動や信頼を獲得する場へ。役割が下がるのではなく、高度化するわけです。ここを「店舗不要論」と読み違えると、本書の真意を取り逃します。
この社会で必要になる思考法がOMO(Online Merges with Offline)です。オンラインとオフラインを分けず、一体のジャーニーとして捉え、オンラインの競争原理(高速なPDCAやデータ活用)でリアル接点まで設計する。
よく似たO2O(Online to Offline)とは根本が違います。O2Oが「ネットから店舗へ送客する」企業目線の施策なのに対し、OMOは「ユーザーはその時いちばん便利な方法を選びたいだけ」という顧客目線に立つ。
中国都市部では現金使用率が5%以下まで下がったという数字も紹介され、こうした前提がすでに生活に根づいている様子が伝わってきます。
「属性」から「状況」へ
行動データが溜まると、顧客の捉え方そのものが変わります。
従来のマーケティングは「20代女性」「年収600万円」という属性データで人を大雑把にくくっていました。本書が提唱するのは状況ターゲティングです。
たとえば「美容で自分を表現したいが、十分なお金はかけられない状況」。これは属性ではなく、その人が今いる文脈です。同じ一人でも、家族といる時と仕事中では人格が変わる。だから時系列の行動データから状況を読み解き、その瞬間に最適なものを差し出す。
わかりやすいのが配車アプリ「ディディ(DiDi)」の例です。同じ平日の夕方でも、オフィスにいる時は行きつけの居酒屋を、出張先の会議室にいる時は次の視察先を、アプリのトップに自動で出す。時間と場所という状況から提案を変えているわけです。
ここで一つ留保を加えておきたいのは、状況ターゲティングは精度が上がるほど「監視されている」という不快感と背中合わせになる点です。本書も後半でこの危うさに踏み込みますが、属性から状況への移行は、便利さと気味悪さの細い境界線の上を歩く営みでもあります。
バリュージャーニー──売って終わり、をやめる
本書がもっとも力を込めて言語化したのが、この概念です。
バリュージャーニーとは、商品を作って売ったらゴール、という従来のバリューチェーンに代わるモデル。製品も多様な顧客接点の一つと捉え、購入後も顧客に定常的に寄り添い、得られたデータをUXへ還元し続ける。点の取引ではなく、時間軸を持った線の付き合いです。
象徴的なのが中国の次世代EVメーカーNIO(ニオ)。テスラは車の鍵を渡すまでが仕事だが、NIOは鍵を渡してからが仕事だと言い切ります。
出張先まで来る充電サービス、会員専用ラウンジ、ユーザー同士をつなぐ専用アプリ。車を売るのではなく、車を起点としたライフスタイルを提供する。だから経営危機の時でさえ、ロイヤルティの高いオーナーが友人に購入を勧め、結果として次世代EVの筆頭にまで成長したと紹介されます。
スターバックスの転換も鮮やかです。ラッキンコーヒーの台頭で売上が落ちた時、「サードプレイス(くつろげる場所)」という固定観念を手放し、「いつでもどこでもサードプレイス化できる価値」へ提供価値を再定義した。
アリババと組んで専属配達員による最短7分配送を始め、2019年第3四半期に大きく成長して復権します。場所を売るのをやめて、体験を届けた──そう要約できます。
こうして利便性が高まり、世界観への愛着が増すと、ユーザーは検索や比較をやめ、いつものサービスの中で自然と買うようになる。本書はこれをコマースの遍在化と呼びます。検索窓を奪い合う消耗戦から、関係性で選ばれる世界へ。この転換こそ、バリュージャーニーが目指す終着点です。
データは「UXへの還元」で初めて価値になる
ここが本書のいちばんスリリングな主張です。
「データを持っているだけで財産になる」「データを売買すれば儲かる」というのは幻想だ、と藤井さんは断言します。冒頭のアリババ幹部の言葉がその核心でした。
ポイントは順番です。データは、目的を持って解釈し、ソリューションに変換して初めて意味を持つ。そして基本は、それを直接の儲けに使うのではなく、まずUXの改善に還元すること。
データをUXへ還元すると、ユーザーの信頼とサービスへの吸着(粘着度)が生まれ、長く使われ、結果として持続的な成果につながる。この順番を逆にした瞬間、すべてが崩れる、という警告です。
別の中国企業幹部の言葉も刺さります。ユーザーはデータを提供してくれているのに、企業はそれを自社の利益のためにしか使っていない、それでは取引関係が成り立たない、と。
日本企業がレピュテーションリスクばかり気にして守りに入るのに対し、価値還元で信任を得ようとする精神の違いが、ここで鮮やかに浮き彫りになります。
リアルとデジタルの組み合わせ方も具体的です。本書は接点を3つに分けます。対面で深い信頼や感動を生むハイタッチ、店舗の心地よさを担うロータッチ、アプリなどで高頻度に接触するテックタッチ。
平安保険のグッドドクターでは、営業担当者(ハイタッチ)が信頼構築とアプリの使い方指導を行い、アプリ(テックタッチ)の行動データをもとに最適なタイミングで再び営業する。
リアルとデジタルが相互に行き来するループを回しているわけです。この3分類は、自社の顧客接点を棚卸しする実務フレームとしてそのまま使えます。
UXインテリジェンス──ディストピアを避ける「精神」と「能力」
本書のもう一つの軸は、企業ではなく社会の側から見た視点です。
デジタルが社会の隅々まで浸透すると、企業は人々の行動を方向づける「アーキテクチャー(環境設計)」を握れるようになる。これを自社の利益のためだけに使えば、人々を監視し管理するディストピアに陥り、社会の発展が止まる。藤井さんが本当に怖れているのは、便利さの先にあるこの暗い未来です。
そこで提唱されるのがUXインテリジェンス。2つの要素からなります。
精神(Spirit)は、データを悪用せず、UXへ還元して多様な選択肢を提供し、人が自分らしい生き方を選べる社会を築こうとする倫理観。本書はNetflixを例に挙げます。長期間使っていない会員を自動で解約する仕組みを導入し、「自社の利益よりユーザーを思いやる企業」として評価されました。短期の売上を捨ててでも信頼を取る、という判断です。
ケイパビリティ(Capability)は、バリュージャーニーを企画し運用する力。ここで藤井さんは、日本と中国で目指す社会像が違うとも言います。中国が利便性で不便を解消する「フリーダム型」だとすれば、成熟した日本は自己実現や自分らしさを獲得する「リバティー型」のアフターデジタル社会を目指すべきだ、と。「多様な自由が調和する、UXとテクノロジーによるアップデート社会」という言葉に、本書の理想が凝縮されています。中国の成功を礼賛するだけで終わらず、日本が向かうべき別解を提示するこの章に、本書の品格を感じました。
日本企業への処方箋
最終章で、議論は自社への適用にまで降りてきます。
UXを企画する順序として、本書はジャーニーボードの設計を示します。いきなりビジネスモデルや収益から考えると破綻しがちなので、まず自社の系譜に基づく世界観を作り、それを体現するコア体験を設計し、顧客の成長シナリオを描き、最後に体験を自動化するシステムを考える。
逆から作るな、という強い指針です。
足りない力は、無理に自前でそろえず組み合わせる。オンライン企業は店舗運営が弱く、オフライン企業はデータ活用やデジタルコンテンツ作成が足りない。
だから世界観を共有できるパートナーと組み、ケイパビリティを補い合う。年間2億人が来店する丸井グループが「売らない店舗」を掲げ、D2Cブランドの出店支援やメルカリの出張所設置でエコシステムを築いた事例が、その好例として紹介されます。
身近な成功例も具体的です。ドコモショップなどで会員登録から出品まで直接教える「メルカリ教室」は、デジタルが苦手なシニア層を取り込み、学んだ人のLTV(顧客生涯価値)を高めました。
クリスプ・サラダワークスは、機械にできることは機械に任せるモバイルオーダーとセルフレジを導入し、混雑時の提供数が1.7倍に伸び、その仕組みをSaaSとして外販するまでになった。
そして組織論。藤井さんは、命令型組織ではもううまくいかず、対話型組織でなければDXは実現しないと言います。現場が世界観を自ら解釈し、柔軟にUXを企画・改善できる組織でなければ、この変革は回らない。
技術論で始まった本書が、最後に組織文化の話で着地するところに、DXの本質が手段ではなく人と関係性にあることが示されています。
今日から変えられる3つのこと
本書のアクションのうち、最初に効くものを3つに絞ります。
1. 顧客を「属性」ではなく「状況」で書き直す。 ターゲットを「30代男性」と置くのをやめ、「平日の夜に疲れて帰宅し、手軽に美味しいものを食べたい状況」のように、具体的な場面と悩みで書き直す。属性の枠を一度外すだけで、提案の解像度が変わります。
2. 「売った後」の接点を1つ設計する。 自社の事業を「販売して終わり」ではなく、その後に顧客とどんな接点を持ち続けられるかで捉え直す。購入後にアプリやコミュニティで何を届けられるか、まず1つ書き出してみる。
3. データの使い道を「顧客の喜び」に翻訳する。 持っているデータを「どう売上や効率化に変えるか」ではなく、「どうすれば顧客の体験をより便利で楽しくできるか」へ翻訳し直す。サントリーの自販機連動アプリ「グリーンプラス」は、歩数目標を達成すると褒められることが励みになり、ユーザーの健康行動を後押ししました。行動データを「健康というUX」へ還元した好例です。
DXの目的は、データで顧客を管理することではなく、顧客の自己実現と最高の体験に寄り添い続けること。本書を一言にすると、ここに尽きます。
明日、自社の企画書を開いたとき。そこに書かれたターゲットが「属性」のままなら、まずそこを「状況」に書き換えてみる。本書を読む価値は、その一行の差にこそ表れます。
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『デジタルマーケティングの定石』垣内勇威さん 本書がアフターデジタル時代の世界観を示すのに対し、こちらは「成果の出ない施策」を繰り返す現場の落とし穴を具体的に潰してくれます。OMOを実務に落とす前に読むと、UX不在のデジタル化を避けられます。
『コトラーのマーケティング5.0』 テクノロジーで顧客体験を革新するという論点が、本書のUXインテリジェンスと響き合います。データやAIを「人のための体験」にどう還元するか、別の角度から補強してくれる一冊です。
『世界観をつくる』水野学さん×山口周さん 本書がバリュージャーニーの起点に置く「世界観(コンセプト)」を、デザインと哲学の両面から深掘りできます。「役立つ」から「意味がある」への価値のシフトは、藤井さんが描くリバティー型社会の土台でもあります。
