本文へスキップ
ブクドリ | BOOK DRIP
戻る

『天才IT大臣オードリー・タンが初めて明かす 問題解決の4ステップと15キーワード』オードリー・タン|競争を降りて、集合知で前に進む

思考法・問題解決
『天才IT大臣オードリー・タンが初めて明かす 問題解決の4ステップと15キーワード』

「IQ180の天才」と呼ばれる人が、まさかこう答えていました。

「180は私の身長です」

成人の知能検査は上限が160で、それ以上は測定できません。だからIQ180という数字はそもそも成り立たない。彼女自身がいちばん冷静に、そう言ってのけます。

このやり取りに、本書の輪郭が詰まっています。すごい人の頭の中をのぞく本ではありません。世界の見方を変えれば、誰でも問題解決の入口に立てる。そう示してくれる本です。

オードリー・タン氏は台湾のデジタル担当政務委員(IT大臣)として、コロナ禍のマスクマップやvTaiwanで世界の注目を集めた人物です。本書は彼女が共著者の黄亞琪さん(台湾のジャーナリスト)と作り上げた、思考の地図です。

こんな人におすすめ

会議で意見が割れたとき、どちらかを勝たせるしかないと感じる。 SNSの議論を見ていると、賛成か反対かを急かされる気がする。 正解を出さないといけない場面で、心が固くなる。

そういう感覚が日常にある人に、本書はとても効きます。

問題解決という言葉から想像される、ロジカルなフレームワーク集ではありません。むしろ手前の話です。問題に向き合う前に、自分の構えをどう整えるか。そこから始まります。

具体的には、こんな人に読んでほしい一冊です。

この本の核心

本書を貫いているのは、台湾の仏教団体・法鼓山の創設者である聖厳法師から贈られた言葉です。

向き合って、受け入れて、対処して、手放す。

オードリー・タン氏は、これをオープンソースコミュニティでの開発プロセスと重ね合わせます。他者のアイデアを理解し、自分のプロジェクトに取り入れ、世界とシェアし、独占権を放棄する。長年彼女が現場で繰り返してきたサイクルと、聖厳法師の四段階がぴたりと一致した。本書は、この発見を骨格にしています。

中心の主張はシンプルです。問題解決でいちばん大切なのは、競争でも二項対立でもありません。「すべての人の側に立って対話する」ことです。情報を透明にして、人々の不完全さを補い合う。そこから集合知が立ち上がり、社会は前に進んでいく。

注目したいのは、「個人の競争力」という言葉そのものを彼女が否定している点です。これは英語のcompetenceの誤訳で、本来は「中核能力(コア・コンピタンス)」を指す。社会のほとんどの競争は団体戦であり、個人間の競争は陸上競技くらいしかない。ここまで言い切ります。

私たちが当たり前のように追いかけてきた「競争力アップ」は、実は土台から少しずれていたのかもしれません。

本書の全体像

本書は4つのステップと15のキーワードで構成されています。

STEP 1は「問題と向き合う」。ここでは「解決思考」「エンパシー」「多重視点」「取捨折衷」の4つが扱われます。問題を拒絶せず、ありのまま観察し、対話を始める段階です。

STEP 2は「問題を受け入れる」。「持続可能な開発」「集合知」「不完全主義」の3つです。直面した問題を、社会や未来の一部として共有する段階に入ります。

STEP 3は「問題に対処する」。「透明性」「ソーシャル・イノベーション」「市民協力」「熟読」の4つ。具体的な行動とシステムを通じて、社会的なインパクトを与えていきます。

STEP 4は「問題を手放す」。「競争からの脱却」「自分と向き合う」「至高の喜び」「死を見つめる」。解決の先にある、内面の安定と社会への還元を見つめる段階です。

おもしろいのは、4つのステップが線形の手順ではないところです。同じ姿勢を、外側(社会)と内側(自分)の両方に向けていく。包摂的に対話する自分と、自分自身に対話する自分。両方が揃って初めて、問題解決のサイクルが回ります。

エンパシーは、感情の共有ではない

「エンパシー」は本書の重要語のひとつですが、よく使われる「共感」とは少し違います。

オードリー氏が言うのは、相手の状態に自分も合わせて落ち込むことではありません。自分の経験を引き出しにして、相手の状況を想像する作業です。

たとえば、相手が「昨日はよく眠れなかった」と言ったとき。自分が睡眠不足のときどんな対応をしてほしかったかを思い出す。ゆっくり話す。例を多めに添える。そうやって相手の状態に「対応」していくのがエンパシーだと言います。

ここに、面白い続きがあります。相手の話を聞いている最中、頭の中には反論や意見がふっと浮かびます。それを無視して、最後まで黙って聴き終える。これだけで、性急な判断(アンカリング効果)が抜けていきます。

本書では、対話力アップの「10分間練習」が紹介されています。

ペアになって、最初の5分は片方が話し、もう一方は絶対に口を挟まずに聴く。その後の5分で、聴き手は何を聴いたかを話し手に説明する。役割を交代してもう一度。

たったそれだけです。でも、私たちは普段これすら満足にやれていません。話を聴きながら反論を組み立て、相手の言葉が終わる前に口を開く。それを何十年も続けて、対話できないと嘆いている。シンプルだけど、効きそうな練習です。

多重視点と「取捨折衷」

エンパシーが個人と個人の間の話なら、「多重視点」はもっと広い視野の話です。

ゼロサム思考、つまり「私が得をすれば相手が損をする」という枠組みを捨てる。自分の頭の中に複数の人々の立場を同時に取り込み、それぞれの視点を代弁できるようにする。それが多重視点です。

ここで重要なのが「取捨折衷」という言葉です。共通認識(コンセンサス)に全員でたどり着く必要はないと、彼女ははっきり言います。「みんなが反対しない状態」を作れれば、それで十分。誰も反対しないからこそ、創造性が生まれる空間ができます。

具体例として登場するのが、台湾の公開討議プラットフォーム「vTaiwan」です。

オンラインとオフラインの新旧ビジネスの衝突、たとえばUberとタクシー業界の対立。これをvTaiwanで議論するときは、「Uberはシェアリングエコノミーかどうか」のような言葉の定義論争には持ち込みません。代わりに、「職業運転免許証を持たないドライバーが通勤中と帰宅中に他人を乗せて1日に20往復して料金を徴収した事案」という具体的な事象を取り上げる。そこから「多元化計程車方案(多様化タクシープラン)」という折衷案が生まれていきました。

定義に固執せず、具体に降りる。これが取捨折衷の実装です。

集合知と「開門造車」

STEP 2で出てくる「集合知(CI、Collective Intelligence)」と、それを支える造語が「開門造車」です。

開門造車とは、本来の「閉門造車(独りよがり)」をもじった彼女の言葉です。最初から完璧なものを密室で作り上げるのではなく、プロセスを開放する。「自分もできるという人は、どうぞやってください(你行你来)」と他者の参加を促す。

この姿勢は「不完全主義」とセットになります。完璧を求めず、互いに補い合う。自分は天才ではなく、ただの「思考の運び手」にすぎない。そう位置づけることで、他人のアイデアを排除する必要がなくなります。

象徴的なエピソードがあります。台湾の客家委員会や経済部中小企業センターが、オードリー氏の写真を二次創作で広告に使っていました。客家伝統歌曲をもじった「唐鳳過台湾」、脳波でコントロールする仙人のような図案。彼女自身は最初、それを知りません。後から見て苦笑しつつも、芸術作品のように楽しんで受け入れた。

普通なら肖像権の話になりますが、彼女は自分の肖像権や著作権を放棄しています。インターネット上で公開することで、未来の誰かが想像もつかない使い方を思いついてくれる。それを期待しているのです。

「思想とは、誰か一人だけで創造されるものではなく集合知の結晶であり、みんなのアイデアを凝縮したもの」。本書の核を一言で表すなら、この一文かもしれません。

透明性と、ピンクのマスク事件

STEP 3で核になるのが「透明性」です。

なぜ透明性をそこまで重視するのか。理由はシンプルで、「透明性がなければ人々の真の意味での参加は望めず、市民参加が伴わない透明性は役に立たない」から。情報公開と市民参加は両輪で、片方だけだと回りません。

象徴的な事例が、コロナ禍の台湾で起きた「ピンクのマスク事件」です。

ピンクのマスクを着けて学校に行った男の子が、からかわれてしまった。中央感染症指揮センターに苦情が届きます。さて、どう対応するか。

普通なら、いじめた側を叱ったり、ピンクのマスクの配布を止めたりする選択肢が浮かびます。でも、台湾の対応は違いました。

陳時中(チェン・シージョン)指揮官と幕僚たちが、そろってピンクのマスクを着けて記者会見を開いたのです。

結果として、「ピンクのマスクはかっこいい」という認識が広まりました。さまざまな色のマスクが続々と発売され、選択肢が一気に増えていく。叱責ではなく、行動で価値観を変える。集合知が動いた瞬間です。

このとき、感染対策に対する世論調査では満足度94%を記録しました。残りの6%は不満を持っていた人たちです。彼女はこう言います。

「不満を感じる6%の人々こそが、多くのイノベーションの源なのです」

クレームを邪魔者扱いせず、システムの死角を教えてくれる貴重なフィードバックとして受け取る。透明性は、不満を歓迎する文化とセットでようやく機能します。

高速スキャン読書法と、「200ページの我慢」

オードリー氏のインプット術として有名なのが、「高速スキャン読書法」です。

見開き2ページを2秒のペースで読む。400ページの本なら400秒、つまり10分弱で読み切ってしまう。文字を視覚で脳に取り込み、頭の中で音読も解釈もしない。

正直、彼女のような知能でなければ難しいと思える方法です。本人もメタ認知能力に依存している部分があると暗に認めている。ここは万人向けではありません。

ただ、考え方の本質は誰にでも応用できます。

数百ページある本を読むとき、最低でも最初の200ページは作者の話の腰を折らずに一気に読み通す。そのあいだ、頭の中で「賛成・反対」のジャッジをしない。読み終えたらすぐ眠る。睡眠中に脳が情報を整理し、翌朝にはキーワードの関連性が文脈構造として記憶に定着している。

このやり方が示しているのは、読書中の自分の「脳内補完」がどれだけ理解を歪めているか、ということです。私たちは読みながら絶えず自分の意見を挟み、結局は自分の枠の中で本を読んでいる。判断保留は、本にも対話にも効きます。

競争を降りる、ということ

STEP 4は、視線が外から内へ反転します。

中心になるのが「競争からの脱却」です。先ほど触れたとおり、「個人の競争力」という言葉自体が誤訳で、本来は「コア・コンピタンス(中核能力)」だとオードリー氏は言います。

社会のあらゆる競争は団体戦であり、個人間の競争は意味を成さない。一人だけ秀でた個人がいるチームをつくるのではなく、チーム全体に競争力が備わるようにする。競争という概念は、心をダメージさせるだけです。

ここからつながるのが「自分と向き合う」キーワードです。

オードリー氏は1日8時間、対立構造でいつもより残業した日は9時間眠ります。睡眠は単なる休息ではなく、「セルフコンシステント(自己整合)」が起きる時間です。日中の経験や思考を脳内で整理し、矛盾のない状態にする。難しい問題に直面したときは、白黒つけずに頭に放り込んで眠る。翌朝、共通の価値観や新しい視点が自然と浮かんでくる。

睡眠と並んで重要なのが「空想・夢想(reverie)」の時間です。1日30分から1時間、スマホを手放して、注意力が宙に浮いているような状態をつくる。すぐに何かを現実化させようとせず、混沌のままで待つ。そこからひらめきが生まれる、と彼女は言います。

スマートフォンを指でスワイプし続けることへの警鐘も明確です。スワイプによって無意識に新たな刺激を受け続ける状態では、本当に一人になる時間は奪われ続ける。彼女自身は意図的にタッチペンやキーボードを介在させて、主体性を取り戻すようにしています。

法喜充満と、ログインからログアウトへ

最後の2つのキーワード、「至高の喜び」と「死を見つめる」は、彼女の人生観を凝縮しています。

「法喜充満」は、承認を求めず、思考を伝える役割に徹することで得られる幸福感です。誰かに認められて満たされる喜びとは別の場所にある、深い満足。彼女が誠品書店の呉旻潔(マーシー・ウー)董事長と対談した際、「人間は思考の運び手にすぎない」という点で共感し、ユーダイモニアと呼ばれる種類の幸福を共有したと書かれています。

そしてもう一つ、本書全体を貫く彼女の信念がこれです。

「いつかログアウトする(この世を去る)ときの世界は、ログインした(生まれてきた)ときよりももっとよくなっている」

幼少期に先天性の心臓病を患い、3〜4歳のころには「手術が受けられる年齢まで生きられる確率は50%」と医師から告げられた経験。そこから彼女は、肉体は思考の運び手にすぎないと悟り、毎晩眠る前に心配事を手放すことを「死と向かい合う練習」として捉えるようになります。

死を恐れるのではなく、ログアウトの瞬間まで世界を少しずつ良くする。シンプルだけど、ここまで一貫した姿勢を持って動いている人は多くありません。

実践アクション

本書から取り出せる実践は、たくさんあります。ただ、全部やろうとすると続きません。私が読みながら、自分の生活に即したのは次の4つでした。

1. 評価を保留して、最初の200ページ(あるいは5分)を聴き切る 本でも会議でも、最初の段階では「賛成・反対」を頭の中で組み立てない。データだけインプットする。判断は、ひとまず後ろに置く。

2. 解けない問題は、頭に入れたまま眠る 睡眠を削らない。難しい問題こそ「脳に預ける」。8時間寝て、翌朝の自分に判断を委ねる

3. スワイプを減らし、空想する時間をつくる スマホを置いて、何もしない時間を1日30分でも確保する。生産性を上げるための余白ではなく、混沌のままで待つ余白を持つ。

4. 1日15分、自分の利益にならない「シェア」をする Wikipediaを編集する。オープンソースに貢献する。地域コミュニティで小さく動く。共創を体感する小さな実験を、生活に組み込む。

「10分間傾聴練習」は職場でやれる人がやってみる価値があります。家族や友人とでも、1日5分の片方向リスニングを試すだけで、自分が普段どれだけ相手の話を遮っているかに気づけます。

おわりに

本書は、最先端のITやデジタル民主主義の話と、老子・墨家・禅宗のような東洋哲学が、当たり前のように同居しています。

普通なら違和感を持ちそうなこの取り合わせが、不思議と腑に落ちるのは、彼女自身の中でその二つが矛盾なくつながっているからだと思います。コードを書くことも、人と対話することも、眠ることも、彼女の中では同じ姿勢の現れです。「向き合って、受け入れて、対処して、手放す」。

読み終えたあとに残るのは、テクニックよりも構えです。

判断を急がない。誰かを負かさなくていい。一人で完璧にしなくていい。眠る前に、心配事を手放す。そして、ログアウトする日までに、世界を少しでも良くする。

それだけのことを、これだけ深く、これだけ具体的に書いてくれている本に、私はあまり出会ったことがありません。

問題解決の本というラベルだけだと、見過ごしてしまうかもしれません。でも、ここに書かれているのは、私たちが社会と関わり続けるうえでのOSの話です。

OSを少しだけ書き換える。そんな読書体験になる一冊です。


合わせて読みたい

【☕#136】三浦麻子『「答えを急がない」ほうがうまくいく』|あなたの人生を変える「曖昧さ」との上手な付き合い方 オードリー・タン氏が繰り返し説く「性急な判断を保留する」という姿勢を、心理学の知見から裏側で支えてくれる一冊です。本書のSTEP 1「問題と向き合う」を、自分の意思決定の癖の話として読み直したい人におすすめできます。

【☕#201】なぜ私たちは「聞いているつもり」で聞けていないのか?『LISTEN』が教えてくれる、人生を変える傾聴の技術 本書の「10分間傾聴練習」やエンパシーの定義を、もっと日常会話のレベルで実装したい人にぴったりです。オードリー氏が「対話の入口」と位置づけた傾聴を、習慣として身体に落とし込むための実践書として併読すると効きます。

【☕#231】『知ってるつもり 無知の科学』が教えてくれた、私たちが""賢くなる""本当の方法|スティーブン・スローマン&フィリップ・ファーンバック オードリー氏が「集合知」「不完全主義」「思考の運び手」と呼ぶ世界観を、認知科学の側から検証してくれる本です。個人の頭脳ではなく、人と人のあいだに知が宿るという発想を、本書の哲学とは別の入口から確かめたい人に向いています。


この記事をシェア:

前の記事
『エッセンシャル思考』グレッグ・マキューン|99%を捨てて1%に全力を注ぐ技術
次の記事
『マネジメント[エッセンシャル版]』P.F.ドラッカー|会社の目的は、利益ではなかった