会議で完璧に正しい提案をしたのに、誰も動かなかった。そんな経験はないだろうか。問題がそこにあると論理で証明し、原因を分析して正解を突きつける。それだけでは現場は1ミリも変わらない。人は正論では動かないからだ。
『コンサルを超える 問題解決と価値創造の全技法』は、その苦い事実を起点に問題解決を語り直す791ページの大著だ。著者の名和高司さんは、マッキンゼーに20年弱、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)に6年在籍し、いまは一橋ビジネススクールでエグゼクティブMBAを教える。
世界の二大コンサルを内側から両方見てきた稀有な立場から書かれている。しかも本書が最終的に狙うのは問題解決のさらに先——マイナスをゼロに戻す「問題解決」から、ゼロを無限に広げる「価値創造」への跳躍である。
分厚い一冊のエッセンスを、ここで一気に整理する。

「正しさ」より「信じさせて動かす」技術
問題解決を、著者は論理だけの作業とは捉えない。調査と分析を尽くした最後に、論理を超えた直観や感性が要る——だからこれは学者に教えきれない「総合芸術」だと言い切る。
構成要素は二つある。課題を分解して病原を突き止める「分析力」と、その本質から解決のストーリーを組み立てて実行に移す「構築力」だ。多くのビジネスパーソンは前者で満足して止まる。
だが、問題があると指摘するだけでは何も解決しない、と著者は釘を刺す。
ここで効いてくるのが心理だ。大事なのは最も正しい答えを出すことではなく、その答えを当事者に信じさせ、実行させることにある。
人には現状維持バイアス——変化がもたらす不利益を利益より過大に見積もる心理——がある。だから正論を振りかざすほど反発を招く。遠回りでも相手の腹落ちを引き出したほうが、結局は速く動く。
編集部として付け加えれば、これは「正しさの証明」に自己満足しがちな分析職への手厳しい警告でもある。
本書で最も実務に効く問いが「WHY NOT YET?」だ。やるべきだと全員が分かっているのに進まない。その理由の裏に、組織固有の病巣が隠れているという発想である。
「DXを進めるべき」で合意しているのに動かないとき、何をすべきか(HOW)を悩んでも空回りする。掘るべきは「なぜまだできていないのか」。時間がない、失敗が怖い、評価制度が邪魔をしている——本当の壁が見えて初めて打つ手が決まる。
壁の正体はたいてい「聖域」、著者の言う「OBゾーン」だ。「うちの業界のルールだから」と無意識に選択肢から外している不文律に、あえてアイデアを打ち込む。
そこに競合が手つかずのホワイトスペースが眠っている。
マッキンゼーとBCG、二つの流儀を腑分けする
本書の強みは、著者の立ち位置そのものにある。ファクト重視のマッキンゼーと、心理重視のBCG。相反する二つの流儀を両方トップクラスで経験した人が、その違いを腑分けし、両方を「超える」道を示す。
だから机上論にならない。トヨタ、リクルート、富士フイルム、任天堂といった実在企業の事例が、理屈の隣に必ず置かれている。
問題の本質に迫る分析は、二社とも似ている。決定的に違うのは相手をその気にさせるやり方だ。マッキンゼーはデータを揃えて「答えはこれです」と高い理想を最初に突きつけ、原則3か月で去る。
著者の表現では、その実行力は「3か月で1割」。対して日本で独自進化したBCGは、すぐ答えを教えず相手が自ら気づくよう伴走し、1案件に3年かけることもある。
こちらは「3年で7割」。導入企業から見れば、3か月で1割の実行力を取るか、3年で7割を取るかの二択になる。著者はどちらが正しいとも言わない。
相手と状況で使い分ける判断こそが技法だと示す。この「正解を一つに決めない」姿勢は歯切れが悪くも映るが、現場を知る者ほど頷けるはずだ。片方の流儀しか知らなければ、その作法を絶対視してしまう。
両方を内側から見た者だけが、道具箱として距離を置いて眺められる——本書の説得力は、この二重の当事者性に支えられている。
勝負の半分は「課題設定」で決まる
問題解決の7ステップのうち、著者が全体の50%を占めると言うのが最初の「課題設定」だ。名和さんは、最初の課題設定を誤れば後工程で何をやってもピンボケになると説く。逆に正しいイシューさえ立てられれば、それだけで半分は解けたも同然だという。
出発点は仮説である。全要素を集めてから考えるのではなく、「こういうことではないか」と仮説を持って現場を見に行く。手当たり次第にデータを集める非効率を、著者は「犬の道」と呼ぶ。
まず仮説、それから検証。この順番が最速で本質に迫る。真因の急所が「チョークポイント」だ。因果のループの中で本当の根っこになっている一点で、ここを解けば全体が生き返る。
到達手段はトヨタ発祥の「WHYを5回」。表面の現象をそのまま裏返しただけの答え——著者が「フリップ・ザ・コイン」と呼ぶ安易な提案——を、これで避ける。
象徴的なのがエレベーターの逸話だ。待ち時間への苦情に、鏡を設置したら解決した。本質は時間の長さではなく「手持ち無沙汰に待つ」という時間の質だったからだ。現象そのものではなく、その裏にある心理を見にいく——それが真のイシューの在り処である。
マイナス潰しから、ゼロを無限に広げる仕事へ
ここから本は大きく折り返す。問題解決はマイナスをゼロに戻す仕事にすぎない。これからはゼロを無限に広げる「機会発見・価値創造」へ頭を切り替えろ、と著者は迫る。
象徴がトヨタのマインドだ。他社にどれだけ褒められても自己採点は「1割」。問題がない状態を、伸びしろのない最大の危機と捉える。逆に課題が満載の組織は、それを機会に変えれば異次元の成長ができる。
ピンチをチャンスへ「10倍返し」する姿勢である。
見る先も変わる。いま何があるかではなく、次にどんな可能性が開けるか——アップルのスティーブ・ジョブズが好んだこの視点を、著者は繰り返し引く。
現状の延長で積み上げるリニア思考を抜け、まだ誰も気づいていない未来の機会に賭ける。既存市場での消耗戦から一歩離れる構えだ。とはいえ、危機感を煽るだけで価値は生まれない。
編集部の見立てでは、この折り返しの肝は「不満をどう機会の言葉に翻訳するか」という一点にある。
その具体策が、トレードオフをトレードオンに変える発想だ。「品質を上げればコストが上がる」という二者択一を、両方を高いレベルで両立させる。代表例が「スマート&リーン」——はじめから品質を徹底的に磨けば、不具合対応や余計なコストが減り、結果的に総コストも下がる。
任天堂のWiiがそうだった。ソニーが高性能・高価格を追う中、任天堂は3歳から95歳まで直感的に遊べる価値を出しつつ、不要な機能を削って低価格を実現し、お茶の間の団らんという新市場を作った。
経済価値と社会価値を同時に取るCSV(共通価値の創造)も、同じ延長にある。理想論に聞こえるが、両立を最初から設計思想に組み込む点が肝で、後付けの帳尻合わせとは根本的に違う。
AIに奪えないのは、IQを超えたEQとJQ
AI時代に人間が残せる力を、著者は3つの指数で説明する。IQは論理的に正しさを出す力、EQは相手の感情に共感し人の心を動かすストーリーを描く力、そしてJQは損得ではなく「何が本当に善か」を自分の軸で判断する倫理観だ。
マッキンゼー流の正解出しは自然科学に近く、AIが得意とする領域——だから「近い将来AIに負ける」と著者は警戒する。人間最後の砦はEQとJQのほうにある、と。
分かりやすい実例がDeNAの南場智子さんの変化だ。コンサル時代は隙のない理論で相手を追い詰めていたのが、経営者になってからは3割のロジックと7割の勘で決断し、共感を重んじる人に変わったという。
IQからEQ・JQへの移行そのものである。そして本書は冒頭の一文へ帰る。著者いわく「二一世紀のバリューを創っていくのは、問題解決のプロではなく、価値を真善美の『善』に基づき判断できる人だ」。
目指すのは「働き方」改革ではなく「働き甲斐」改革だ、というのが結論だ。倫理を持ち出すぶん抽象度は上がるが、正解がコモディティ化するという現実を踏まえれば説得力はある。
競争優位は幻想、狙うは「学習優位」
最後の柱は、静的な戦略論への異議である。ポーター流の「持続的競争優位」を、著者は幻想と切り捨てる。あらゆるものがダイナミックに動く以上、不動のポジションに安住することこそ最大の危機を招く。
だから目指すのは、既存の構造を壊し実践から学び続ける「学習優位」だ。好例が日東電工の「三新活動」。土木用の粘着テープの技術を医療用テープへと一コマずつ「ずらし」続け、いまも売上の35〜40%が新製品という会社になった。
飛び地の多角化ではなく、強みを地道にずらす連続技が、想像もしなかった新分野に届く。支えるのは、お金で買えない組織のカルチャーやDNA——7Sに象徴される真似できない力だという。
イノベーションを、著者は3段階で捉える。答えを見つける「0→1」、勝ち筋を作って横展開する「1→10」、圧倒的にスケールさせる「10→100」だ。
多くの人は画期的なアイデアが出ないことを嘆くが、著者は逆を言う。0→1のアイデアはすでに世に溢れコモディティ化しており、組織が本当に躓くのは事業モデルに仕立てる1→10と、デファクトにする10→100だ、と。
手本はリクルート。世の中の「不(困りごと)」に注目し、社内コンテストから「ゼクシィ」「ホットペッパー」を生み、勝ちパターンを「型紙化」して横展開した。
ひらめきを再現可能な仕組みに変えて初めて、価値創造は続いていく。名和さんは本書をこう締める。「見てから跳ぶのではなく、跳ぶことによって見えてくる」。
完璧な分析を待つより、まず一歩を出す。今日、跳んでみる場所はどこだろうか。
