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『「答えのないゲーム」を楽しむ 思考技術』高松智史|正解のない問いは「プロセス」で勝つ

思考法・問題解決 ✍ 高松智史
約7分で読めます

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『「答えのないゲーム」を楽しむ 思考技術』
目次

「これで合っていますか」。上司にそう尋ねて、なぜか渋い顔をされた経験はないだろうか。高松智史『「答えのないゲーム」を楽しむ 思考技術』は、この一言に潜む落とし穴から話を始める。

問題は、上司だってその答えを知らないことだ。にもかかわらず、私たちは「正解を持っている人」を探してしまう。つまり、答えのない問題を、答えのある問題として処理しようとしている。

ここに、本書が剥がそうとする「クセ」の正体がある。

義務教育から受験、資格試験まで、私たちは正解が一つに決まる世界に長く浸かってきた。ところが社会に出た途端、キャリアの築き方も新規事業も、正解が一つに定まらない問いばかりになる。

本書はこのギャップを、根性論ではなく「思考の技術」で埋めようとする点に特徴がある。以下、編集部の視点で核心を追いながら、どこが効き、どこに留保が要るかも書き添えていく。

学校で染みついた「正解探し」が、社会では逆効果になる

まず、土俵が二つあることを押さえたい。一方は「答えのあるゲーム」。1+1のように正解が確定し、合っていれば終わり、違えば別を試す世界だ。学校のテストが典型で、かつては「大企業に入れば安泰」のように、人生設計にも既製の答えが用意されていた。

もう一方が「答えのないゲーム」。ここでは正解が一つに定まらないので、「これで合ってますか」と聞いても誰も答えられないし、答えても人によってバラバラになる。

著者の指摘で耳が痛いのは、上司に正解を求める行為の構造分析だ。それは答えのないゲームを相手に押しつけ、自分だけ答えのあるゲームの安全圏に居座る態度だという。

報告・連絡・相談すら、そのままでは「答えのあるゲームの作法」にすぎないと切り込む。ここは少し過激に響くだろう。ホウレンソウ自体が悪いのではなく、正解が決まらない場面でそれだけに頼ると足りない、と読むのが妥当だと編集部は考える。

とはいえ「過去の経験や人から教わったことは、答えのあるゲームでしか通用しない」という言い切りには、思考の前提を揺さぶる力がある。

「プロセスがセクシー」——答えのないゲームを戦う3つの構え

では、どう戦うのか。本書の背骨が三つのルールで、著者は暗記を勧めるほど力を込める。

一つ目が「プロセスがセクシー」。正解が判定できない以上、評価されるのは答えそのものではなく、そこへ至る過程だ。本書は「セクシーなプロセスから出てきた答えはセクシーである」と言い切る。

思いつきの一案を「どうでしょう」と差し出すのは、答えのあるゲームの作法であってダメだ、というわけだ。二つ目が「二つ以上の選択肢を作って選ぶ」。

正解がないからこそ、まず複数案を自作し、比べて選ぶ。桃太郎の物語からは「大事を為すには仲間が要る」「仲間を得るには対価が要る」と二つの示唆を引き、そこから議論して決める流れが例示される。

三つ目が「炎上、議論がつきもの」。意見が割れるのが前提だから、前へ進めるには議論が欠かせず、時には炎上しないと終わらないとまで言う。

この三つは、要するに「受け身をやめろ」という話だと読める。正解を待つ姿勢から、選択肢を自分で並べて議論を仕掛ける姿勢へ。重心の移動そのものが、本書の主張の核心だと言っていい。

ちなみに「プロセスがセクシー」「B○条件」「プラチナ示唆」といった耳慣れない造語が並ぶのは、著者の計算だ。少し変わった言葉ほど記憶に残る。桃太郎やカードゲームを題材にワークを組むのも、読者に頭を動かさせて体で覚えさせるためで、思考を「才能」ではなく「技術」として扱う姿勢が一貫している。

対比のない示唆はゴミ、100人中3人が唸る「プラチナ示唆」を狙う

三つの武器の一つ目が「示唆」だ。示唆とは、ファクトから言えること。英語のImplication、コンサルで言う「So-What」に当たり、事実の裏にある意味を指す。

ファクトだけで戦うのが答えのあるゲーム、ファクトから示唆を紡いで前へ進むのが答えのないゲーム、という対応づけが分かりやすい。

示唆には絶対条件がある。対比だ。本書は「対比のない示唆は、ただのゴミ」と言い切る。二つの事柄を比べて差を際立たせなければ、それは示唆ではなく単なる感想で終わる、と。

言語化が苦手な人のために構文も用意されている。「〇〇にもかかわらず、××ということは□□に違いない」。この型に流し込むと、思考が自然と示唆の形に整う。

入り口になるのは「違和感」だ。普通ならこうなるはずなのに、なぜこうなっているのか。その引っかかりが、示唆の起点になる。

身につけるための「口癖」も具体的だ。「見たままでですが」と切り出し、「何が言えるわけ?」と自分に問い、「それは何人中何人?」で希少性を測り、「〜にもかかわらず構文で言うと?」

で対比へ落とす。桃太郎から教訓を引く練習や、誕生日の一覧表から「世界は自分を中心に回っている」を導くワークなど、遊びながら思考を鍛える仕掛けが並ぶ。

抽象的な「考える力」を、口に出せる手順まで分解しているのが、この章の親切さだ。

著者が最上位に置くのが「プラチナ示唆」。100人中3人しかピンとこない、常識の外から来る変化球の示唆を指す。誰でも思いつく示唆に価値はなく、狙うべきはこの希少な一手だという。

ここは刺激的だが、実務では全員がうなずける示唆の価値も小さくない。プラチナ示唆はあくまで「狙う姿勢」として受け取り、日々は対比のある示唆を量産する。

その二段構えが現実的だろう。

相手ではなく「条件」を否定するB○条件で、議論を壊さない

二つ目の武器が、議論術「B○条件(ビーマルじょうけん)」。著者の造語で、説得を水掛け論にせず進めるための型だ。出発点は、相手の意見を正面から否定しないこと。相手の案をBとすると、いきなり否定する「B×」は水掛け論の始まりで、目上の相手なら関係まで壊しかねない。

代わりに、こう組み立てる。「もし〇〇なら、あなたの意見は正しい。だが今回は〇〇ではないので、正しくない」。相手の案が成り立つ条件をいったん認め、その条件が今回は満たされないと示す。

否定するのは相手ではなく「条件」だ、という発想の切り替えがうまい。自分の案を通す「A○」と組み合わせれば、対立を避けながら結論を誘導できる。

練習は、立場を守らなくていい「相談の聞き役」から始めるとよい、という助言も実践的だ。

題材も生活に近いものばかりだ。算数のひっかけ問題、公務員とミュージシャンの結婚を巡る是非、アメフト観戦の子供無料化、コーヒーショップの新規事業。

いずれも正面衝突を避け、条件で相手の主張を崩す練習になっている。身近な素材で反復させるあたりに、技術として体に入れさせようという設計思想がにじむ。

編集部として付け加えるなら、これは論理の技術であると同時に、相手の体面を守るための作法でもある。顔を潰さずに反論を通す。その配慮が、正解のない議論を先へ動かす潤滑油になる。

論点→示唆→仮説→検証、思考の順番を体に刻む4ステップ

三つ目の武器「ゲーム&ゲーム」は、思考プロセスそのものを体得させる章だ。カードゲームのルールを推理するワークを通じて、問題解決の順番を頭に刻む。手順は四つ。

ステップ1は「論点を立てる」。何が分かればこの問題が分かったと言えるのか、を先に決める。ここを飛ばしていきなり作業に入るのが最悪だ、と釘を刺す。

論点は大枠(X)とサブ論点(Y)に分ける。注目したいのは、MECE(モレなくダブりなく)よりも重要度で構造化せよ、という指摘だ

網羅性を追うより効く順に並べろというわけで、実務家の勘所を突いている。ステップ2は「ファクトから示唆を抽出する」。示唆の技術をここで使い、類似例まで広げると精度が上がる。

ステップ3は「仮説を作る」。情報が足りなくても立ち止まらず、暫定的な答えを作り切る。すべてのファクトを一度に使わず、最重要の論点に通じる「軸となるファクト」に絞るのがコツだ。

ステップ4は「仮説を検証する」。まだ使っていないファクトと辻褄が合うかを確かめる。ここで独特なのが「リアリティ・スイッチ」。論理だけでなく、感情や感覚として違和感がないかまで見る。

矛盾があればステップ3へ戻る。

引っ越しの物件選びから企業の戦略立案まで、同じ四つで回る、というのが著者の主張だ。四段階そのものは目新しくないが、示唆とB○条件という武器が各ステップに組み込まれ、一つの体系として噛み合う設計が、本書ならではの妙味である。

どのゲームを戦っているのか——難易度で構えを変える

最終章は「ゲーム感覚」。同じ努力でも、どのゲームを戦っているかで最適解が変わる、という視点だ。たとえば「ロマネコンティ思考」は、自分で決めた目標を最重視し、他人との比較を手放す構え。

「ポジレロ思考」は、達しても満足せず際限なく高みを追う構え。どちらが正しいという話ではなく、状況で使い分ける。

とりわけ効くのが「100分の3のゲーム」という捉え方だ。100人中70人が受かる勝負と、3人しか受からない勝負では、戦い方がまるで違う。難関では圧倒的に時間を投じ、リスクを取った発言に踏み込む覚悟が要る。

普段は勝率の高いゲームで勝ち癖と実力を蓄え、いざという難所に投下する。この配分の思想は、キャリア全体の時間の使い方にもそのまま応用が効く。

一冊を貫くのは、答えのなさを恐れるな、というメッセージだ。答えがないからこそ、プロセスに凝れるし、選択肢を作れるし、議論を楽しめる。正解を探し続ける限り、人は受け身のままだ。

だが、プロセスをセクシーにしようと決めた瞬間、ゲームの主導権はこちらへ移る。明日、誰かに何かを差し出すとき、「合ってますか」をやめて「二案あります」から始めてみる。

答えのないゲームは、たぶんそこから面白くなる。


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