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『「誰かのため」に生きすぎない』藤野智哉|あなたは他人の期待に応えるために生まれてきたわけじゃない

健康・メンタル ✍ 藤野智哉
約7分で読めます

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『「誰かのため」に生きすぎない』
目次

本を開いても文字が上滑りする。テレビを眺めているのに話の筋が追えない。いつもなら手が動く料理が、今日はどうにも面倒でできない。精神科医の藤野智哉さんは、こうした小さな不具合を、心と体が発している「お疲れサイン」だと呼ぶ。

厄介なのは、他人から「疲れてない?」と言われれば反射的に「無理しないでね」と返せるのに、いざ自分の疲れとなると、そのサインにまるで気づけないことだ。

『「誰かのため」に生きすぎない』は、仕事でも家庭でも人間関係でも、つい他人を優先して自分を後回しにしてしまう「優しい人」に向けて書かれている。

著者はSNSに7万人のフォロワーを持つ現役の精神科医。語り口はどこまでもゆるく優しいのに、その奥には「時間は命そのものだ」という、きわめて切実な視点が一本通っている。

編集部としては、この一冊を単なる癒やし本ではなく、優しさの向け先を自分自身にも配分し直すための実用書として読み解いていきたい。

「時間=命」——精神科医が本音で語る、自分を最優先にする勇気

この本を貫く感覚を一言にすれば、「時間=命」に尽きる。仮に寿命を80年とすれば、与えられた時間はそのまま80年ぶんの命だ。悩む2時間も、残業する2時間も、楽しく過ごす2時間も、等しく命を2時間削っている。

だから著者は、嫌な相手のことを考える時間を「その人に自分の命を差し出しているのと同じ」だと表現する。ここまで振り切れるのには理由がある。著者自身が幼少期に川崎病を患い、心臓にこぶができ、大きくなるまで生きられるかわからないと告げられた過去を持つからだ。

運動を制限され、今も薬を飲み続けている。だから「時間は命」という言葉が、きれいごとではなく本音として響く。

あなたは他人の期待に応えるために生まれてきたわけではない、という一点こそ、この本が最後まで手放さないメッセージだ。私たちはつい、会社や家族や社会、SNSの向こうのキラキラした誰かが作った価値観に、自分を合わせにいく。合わせすぎると、自分が本当は何を心地よいと感じるのかがわからなくなり、心か体のどちらかが先に壊れる。普通の自己啓発書がここで「もっと成長しよう」と背中を押すのに対し、本書はまったく逆を行く。成功のハードルを地面すれすれまで下げてしまうのだ。「今日も朝起きられたからえらい」「歯を磨けたから大成功」。冗談のように聞こえるが、この極端な低さこそが、自己否定のスパイラルを止めるための仕掛けになっている。

がんばる前に休む——限界の手前でブレーキを踏むという発想

しんどいとき、多くの人は「もっとがんばらなきゃ」と自分を追い込む。だが著者の処方箋はいたってシンプルで、まずやるべきは休むことだ。ここで押さえておきたい区別がある。

「うつ病」は病院で診断がつく病名だが、「うつ状態」は病名ではなく、心身が消耗して気力が落ちた一時的な反応を指す。失恋やペットの死でも起こる、誰にでもありうるものだ。

そして本書が突く因果の逆転が興味深い。多くの人は「うつ病になったから休む」と思っているが、実際は適切なタイミングで休めなかったから限界を迎えたというケースが非常に多いという。だからこそ、限界に達してからではなく、その手前で休む。

それが病気を防ぐ最善策になる。とはいえ、休めない人は「休めない理由」ばかり探してしまう。そこで著者がすすめるのは、逆に納得のいく「休む理由」を前もって集めておくことだ。

「しんどい状態でやっても効率は上がらない」「今休むほうが、明日ベストで働くため、家族のためになる」。こうした言い訳をお守りのように用意しておけば、休むときの罪悪感が薄まる。

体が重くて何もできない日は、いっそハードルを笑えるほど下げてしまう。「これだけ体が重いのに、地面にめり込まずにいられてえらい」。一日中横になってダラダラ過ごすことも、「休養」という立派な予定なのだ。

この理屈っぽさは、罪悪感で動けなくなる真面目な人ほど効くだろう。

心は鍛えず、しなやかに受け流す——「逃げる」は前進だ

「傷つかないように心を鍛えて強くしよう」。よく聞く発想を、本書は正面から否定する。ポイントは、心は筋肉とは違うということだ。筋肉は負荷をかければ育つが、心は負荷をかけ続けると、鍛えられる前に折れてしまう。

だから目指すべきは硬い心ではない。著者が推すのはレジリエンス、つまり「しなやかに元へ戻る力」だ。折れない鉄の棒ではなく、風を受けてしなる枝をイメージするといい。

強い言葉をぶつけられても正面から受け止めず、「この人は今、機嫌が悪いだけだ」と受け流す。かつて孫正義さんが自分の頭髪を揶揄されたとき、「髪の毛が後退しているのではない。

私が前進しているのである」と返したという逸話が引かれる。ユーモアでかわす、あの強さだ。

ここから「逃げる」という言葉の意味も反転する。世間では、逃げるのは後ろ向きで卑怯だとされがちだ。だが著者に言わせれば、攻撃してくる人やブラックな職場から逃げる方向こそが、その人にとっての「前」である。

足は逃げるために使っていいし、避けられる試練なら避けて通ればいい。この価値観の転換は痛快だが、一つ留保も添えておきたい。何もかもから逃げてよいという話ではなく、あくまで自分をすり減らすだけの戦いを見極める目とセットで機能する主張だ、という点は読み違えないほうがいい。

いらない戦いからおりて、「べき思考」を手放す

私たちは知らないうちに、他人が決めた勝ち負けの土俵に上がっている。SNSを開けば優秀な人やキラキラした暮らしが流れてきて、つい自分と比べ、勝手にレースへ参加してしまう。

本書が定義する「強さ」は、そこにはない。強さとは「みんなと戦って勝つ」ことではなく、「いらない戦いやムダなマウントからおりる勇気を持つ」ことだと著者は言う。

土俵を降りて自分の道を歩くと決める。それが本物の強さだ。

背景にあるのは「省エネ」という生き方である。人生のあらゆる場面でフルパワーを出す必要はなく、非常時以外は本気を温存して余裕を残しておく。合格ラインが70点の試験で、不安から満点を目指して過剰に勉強するより、80点でも受かればいいと構える人のほうが、心はずっと安定している。

あわせて著者は「べき思考」に注意を促す。「社会人はこうすべき」「親ならこうすべき」といった「〜すべき」は、認知の偏りだ。やっかいなのは、その多くが自分の願いではなく、親や世間やメディアの価値観をそのまま自分のものだと思い込んでいるだけであること。

だからまず「本当にそれは自分がしたいことなのか」と疑う癖をつける。言葉のクセも見直したい。「いつも」「絶対」「100%」といった極端な言葉は過度の一般化で、「私はいつも失敗する」と口にした瞬間、事実より不安のほうが膨らむ。

極端な言葉を意識して減らすだけでも認知の歪みはゆるみ、目の前の失敗が「10年後には覚えてもいないこと」に見えてくる。

人間関係に線を引き、「頼り上手」へジョブチェンジする

「みんなと仲良く」は幻想だ、と本書は言い切る。苦手な人や嫌な人とは、心理的にも物理的にも、どんどん距離を取っていい。とりわけ厄介なのが、著者の言う「勝手にコメンテーター」だ。

あなたの人生のゴールもプロセスも知らないのに、無責任に口を出してくる外野のことである。世界には80億人がいて、その大半はあなたの人生に映り込んだエキストラにすぎない。

エキストラの評価に心を痛めるのは、どう考えても割に合わない。だから著者は、好かれたい人に好かれる技術より、嫌われたい人に上手に嫌われる技術のほうが人生には重要だ、と説く。

全員に好かれようと消耗するのをやめ、自分を搾取してくる相手から安全に離れる線を引く。それが自分を守る。

もう一つ、本書が常識をひっくり返すのが「自立」の定義だ。自立とは何でも一人で背負うことだと思われがちだが、著者はここでも逆を行く。すべてを抱えて自滅するより、「助けて」と言えるほうがずっと強い。

これを著者は「頼り上手へのジョブチェンジ」と呼び、立派な生存戦略だと位置づける。コツは、依存先を一人に集中させないこと。紙に三重丸を描いて「助けてと言える人」をリストアップし、誰か一人に頼りきるのではなく、複数の人に小分けにして甘える。

そうすれば相手の負担も軽くなり、頼るハードルも下がる。そもそも、一人休んだくらいで回らなくなる組織はシステムのほうに問題がある、という指摘は、真面目な人が抱えがちな過剰な罪悪感を的確に軽くしてくれる。

すべての土台にある「セルフラブ」——友達への優しさを自分に

ここまでの技術すべての土台に置かれているのが、セルフラブ、つまり自己受容だ。これは「あれができるから自分に価値がある」という条件付きの自信とは違う。

何もできない赤ちゃんを愛するように、欠点だらけのありのままの自分を理屈抜きに受け入れること。これができると生きるプレッシャーが消え、人生が驚くほど「イージーモード」になる、と著者は言う。

とはいえ「心から自分を愛せ」と言われても難しい。そこで本書がすすめるのが、行動という「形」から入るやり方だ。大切な友達が落ち込んで「何をやってもダメだ」と泣いていたら、あなたはきっと「毎日会社に行ってるだけでえらいよ」と声をかけ、温かいお茶を差し出すはずだ。

その優しさを、そっくりそのまま自分に向ける。「自分なんか」という口癖を、友達にかける言葉に置き換えてみる。セルフラブは気持ちから始めなくていい、まず行動から始めればいい——この順番の提案は、精神論に終わりがちなセルフケア論のなかで、いちばん実装しやすい部分だと感じる。

がんばろうと思うときほど、がんばりすぎではないかと一度立ち止まる。この本は終始、その問いを静かに差し出してくる。命を削って嫌な誰かに付き合うのをやめ、うっかり「幸せだなぁ」と感じる瞬間を拾いにいく。

まずは今日、自分のために温かいお茶を一杯淹れるところから始めればいい。


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