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『精神科医の本音』益田裕介|「5分診療」は冷たさではなく算数だった

健康・メンタル ✍ 益田裕介
約7分で読めます

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『精神科医の本音』
目次

「診察はたった5分でした」

そう聞くと、投げやりな治療を思い浮かべませんか。私も長い間そう思っていました。

ですが、この5分には裏付けがあります。国内で精神科に通う人はおよそ400万人。対して精神科医の数はおよそ1万5000人にとどまります。単純に割れば、1人あたりにかけられる時間はごくわずかです。

『精神科医の本音』は、YouTube登録者30万人超の精神保健指定医・益田裕介さんが、診察室の内側を診療報酬の点数や医師数といった数字ごと明かした一冊です。制度と数字を積み上げて「なぜ今の精神医療はこうなっているのか」を説明していく構成で、体験談を集めた本とは毛色が違います。

途中には精神医療の歴史も差し込まれます。患者を縛っていた拘束具を外した医師、病名の分類の土台を作った研究者、そして国内で人権侵害が問題化した過去の事件。いまの制度がどんな反省の上に組み立てられているかを知ると、5分診療という現在地への見方も少し変わってきます。

読み終えると、精神科への不信のいくつかは誤解だったと分かります。同時に、期待していたのとは違う場所だということも分かります。数字と制度で語られる本なので、慰めより仕組みを知りたい人向きです。

図解

こんな人におすすめ

自分の治療のためだけでなく、人を預かる立場の教科書としても読めます。ただし本書は感情に寄り添うタイプの本ではありません。開く前に、その前提だけは共有しておきたいところです。

余談ですが、本書は「心療内科」という看板についても触れています。本来は内科の一分野で、ストレスに由来する胃潰瘍や過敏性腸症候群を診る科です。

ところが街の開業医では、実質的に精神科医が兼ねているケースがほとんど。精神科という言葉の重さを和らげるための看板だと著者は説明します。受診先を選ぶときは、看板の文字よりも通いやすさや実際の対応を優先していい、という助言は覚えておく価値があります。

「5分で終わる」には、理由があった

本書がまず解体するのは、5分診療への不信感です。

再診(通院精神療法)の診療報酬は、5分から30分未満なら一律3300円。30分を超えても4000円にしかなりません。長く診るほど、クリニック側の収入対効果は下がっていく計算です。

もう一つの要因は医師の絶対数です。患者数400万人あまりに対し、精神科医はおよそ1万5000人。研究職や入院専従の医師を除くと、外来を担当できる人数はさらに絞られます。

著者自身のクリニックでも、年間で診られる患者数は800〜900人が限界だと明かされ、初診の予約は1ヶ月待ちが普通だと書かれています。

もし「1人に1時間」を理想として押し通せば、多くの人がそもそも診察にたどり着けなくなります。短い診察時間は、怠慢の結果ではなく、限られた人手を広く配分するための最適化の結果なのです。

保険適用外のカウンセリングについても、同じ構図が出てきます。認知行動療法のように効果が実証された心理療法でも、保険点数の設計では割に合わないと本書は数字で示します。

医師と看護師がまとまった時間をかけて対応しても、加算される点数は通常の再診とほとんど変わらない。丁寧にやるほど人件費が持ち出しになる仕組みなら、保険診療の枠内でカウンセリングが広まらないのも当然だと納得させられました。

ここで著者が付け加える一言が印象的でした。事前に症状を数字で整理して伝えられれば、5分でも治療方針の優先順位を決めるには十分だという主張です。診察を受け身で終わらせない工夫の余地が、患者側にもあることを教えてくれます。

費用の実感も具体的に書かれています。保険適用なら初診はおよそ2500円、再診はおよそ1500円。金額が事前に分かっているだけで、受診への心理的なハードルが下がる人もいるはずです。

診断名が変わるのは、誤診とは限らない

転院すると病名が変わることがあります。これを著者は一律に誤診と呼びません。

精神科の診断の多くは、原因を特定できないまま、自覚症状の数を基準に病名を仮置きする方式が取られています。しかも症状は重なって出ます。仕事のストレスで適応障害になり、そこへ不安症状やうつ状態が乗ることは珍しくありません。

どの症状を治療の入口に据えるかは、診た医師の判断で変わります。

加えて、後から診る医師のほうが経過を全部知っているという事情もあります。初診では見えなかった特徴が、数ヶ月たって現れることも普通にあるからです。

たとえば、ストレスの原因から離れれば回復するのが適応障害で、離れても脳の機能低下が続くのがうつ病です。この違いは、時間が経過してみないと判別がつきません。だから現場では、まず適応障害として休養を勧め、それでも戻らなければ診断を見直す、という順序が取られることが多いといいます。

病名がぶれることを「いい加減な医療」と切り捨てるか、「慎重に経過を見た結果」と受け止めるか。この説明を読むと、後者の見方が持てるようになります。

とはいえ、これは何度説明を求めても納得できる理由が返ってこない場合まで我慢しろという話ではありません。別の医師の意見を聞く権利は、患者側に普通にあります。

ただし何ヶ所も渡り歩くこと自体が目的化すると、治療が前に進まなくなる面もあります。この線引きも、最終的には専門家との対話の中で決めていくしかありません。

実際、うつ病は5年以内の再発率が40%を超えるというデータも紹介されています。一度で完治を目指すより、山や谷があることを織り込んで長い目で経過を見ていく発想のほうが、現実に近いのかもしれません。

薬が効くタイミングと、やめていいタイミングは別問題

抗うつ薬の説明は、徹底して物理的です。SSRIは、脳内のセロトニンが再び回収されるのを妨げ、神経細胞のすき間にとどめておく薬だと説明されます。

セロトニンの働きが底上げされると、萎縮していた神経細胞が少しずつ枝を伸ばして育っていく。この成長を待つ必要があるため、効果を実感できるまでには2週間から1ヶ月かかります。

一方、吐き気などの副作用は服薬を始めた直後の数日がもっとも強く出ます。効果は遅れて訪れるのに、副作用だけが先に訪れる。この順番を知らないまま、「効かないのに気持ち悪いだけ」と考えて、自己判断で服薬を中断してしまう人が少なくないと本書は指摘します。

うつ病の患者のうち、およそ3分の1は薬なしでも自然に回復し、3分の1は薬で回復が早まり、残る3分の1には部分的にしか効かないという内訳も示されます。薬は万能でも無力でもない、中くらいの道具だという位置づけです。

この章は、読み手がいちばん誤読しやすい箇所だとも感じました。だからここは強調しておきます。服薬を続けるか、量を変えるか、やめるか。この判断を、自分の体感だけで下すのは危険です。合わなければ調整してもらえばいいだけの話であって、それは自己判断で中断することとは別物です。

違和感があるなら、次の診察を待たずに電話や相談窓口を使って一言伝える。本書が数字で示しているのは、その一言を後回しにする理由は実はない、ということでした。

複数の薬を少量ずつ同時に出されて説明もないまま不安になったときも、対処の順番は同じです。自己判断でやめるのではなく、まずは処方の意図を医師に尋ねる。それだけで解消することも多く、疑問を持ち越したまま服薬を続けるほうが、かえって回復を遠ざけます。

治すのではなく、共存する

本書の芯にあるのは、精神科の治療が発症前の自分に100%戻ることを目指してはいない、という前提です。再発率は低くなく、発達障害の特性や過去の傷を薬で消し去ることもできません。

だから治療とは、自分の凹凸を受け入れ、社会の中でどう折り合いをつけるかを学び直すプロセスだと本書は位置づけます。

この文脈で興味を引かれたのが、著者が「一緒に泣いてくれる医師」を名医と認めない点です。名医の条件は、患者の感情に飲み込まれないことと、目の前の課題に優先順位をつけられることの2つだけだと言い切ります。

距離が近すぎると、患者側は医師への依存を深め、医師側もまた感謝の言葉で自分の存在意義を確認してしまう。もたれ合いが固定化すると、治療はいつまでも終わりません。

突き放しているようで、これは自己犠牲型の医療は長続きしないという現実への対処法なのだと理解すると、見え方が変わります。

もう一つ意外だったのが、病気を周囲に明かすことを著者があまり勧めない点です。的外れな励ましで二次被害を受けたり、噂話の材料にされたりするリスクのほうが、理解を得られる幸運より重いという判断からです。

ただ、誰にどこまで話すかは職場や家庭の事情によって変わります。迷う場面では、一人で決め切らず主治医やカウンセラーに相談しながら決めるほうが安全でしょう。

加えて、管理職の立場で読むと刺さる指摘があります。働けない人が増えているのは人が弱くなったからではなく、仕事の側の複雑さが上がったからだ、という見立てです。

単純作業だけで成立していた仕事の多くが、いまはマルチタスクを前提にしている。以前なら普通に働けていた人たちが、この変化についていけずに脱落し、適応障害やうつという形で精神科の入口に立つ。

部下の不調を本人の甘えとして扱う前に、環境側が変わった可能性を疑う価値はありそうです。

おわりに

本書には、長く飲酒をやめられなかった患者が、何年もたってからふと断酒を決意し、のちに自分から支援者側に回ったという話が出てきます。著者はそこにこう書いています。

「『人の性格や気質は変わらない』とよく言われますが、臨床の実感として、人は変わります」

数字と制度に徹した本の締めくくりに、この一文が置かれている。その配置に、著者がこの仕事を続けている理由がにじんでいる気がしました。

もし今、理由もなく涙が出たり、夜中に目が覚めて眠れなかったりしているなら。まず必要なのは自己診断ではなく、症状を書き留めて、専門機関の窓口に相談することです。困ったときに頼れる先を、この本は制度の仕組みごと教えてくれます。


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