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『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』田中圭一|うつは「弱さ」ではなく体の非常ベルだった

健康・メンタル ✍ 田中圭一
約8分で読めます

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『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』
目次

「このトンネルには、出口がないんじゃないか」。

うつの渦中にいる人は、しばしばそう感じます。先が真っ暗で、終わりがいつ来るのかもわからない。著者の田中圭一さんは、その感覚を「うつトンネル」と名づけました。約10年、彼自身がそこを手探りで歩いた人です。

この本が他の数あるうつ本と決定的に違うのは、トンネルを「抜けた人」だけを17人集めて並べたところにあります。原因の解説でも、医学的な治療マニュアルでもない。出てきた人が現にいるなら、出口は確かにある。本書はその一点を、当事者の実例で証明しようとする本です。

しかも漫画です。文字を追う気力が尽きている人でも、絵なら受け取れる。届け方そのものが、すでにこの本のやさしさを物語っています。

図解

読む前に知っておきたい、この本の立ち位置

最初に断っておくと、田中さんは医師ではありません。だから本書は「こうすれば治る」と上から処方する本ではない。抜けた人たちが「何をしたか」を集めて見せるだけです。

この距離感が、実は効きます。うつの最中にいる人にとって、断定や正論ほど苦しいものはない。「がんばれ」も「こうすればいい」も、できないからつらいのに、と心がしぼむ。

本書はそれをしません。ただ足跡を並べて、選ぶのはあなただ、という姿勢を貫く。押しつけがましさがないからこそ、ページをめくれます。

裏を返せば、臨床的・薬学的な治療法を体系立てて学びたい人や、万人に効く唯一の正解を探している人には物足りないかもしれません。本書の価値は、正解の提示ではなく「出口は人の数だけある」という多様性そのものにあるからです。

具体的には、薬を飲んでも良くなってはまた落ちる繰り返しに自分を責めている人、計算ミスや誤字が急に増えて前の自分と違う気がする人、身近な誰かのうつにどう接していいかわからない人。そういう心当たりがあるなら、入口として申し分ない一冊です。

核心は「うつは弱さではなく、体の非常ベル」という再定義

本書を一文に圧縮すると、こうなります。うつは心の弱さではなく、「これ以上ムリをするな」と体が鳴らす非常ベルである。

ここがすべての土台です。田中さんはもともと仕事好きの人でした。ところが知人の紹介で、ゲーム開発ツールの営業という畑ちがいの仕事に就く。向いていないと感じながら、周囲の期待に応えようと限界を超えて働いた。

クレーム対応に追われ、いつしか自分で自分を嫌いになっていった。サラリーマンとマンガ家の兼業で、365日休みなしの時期もあったといいます。

合わない環境で無理を積み重ねると、心が体に反抗を始める。それが症状として噴き出す。これがうつの正体だ、というのが田中さんの見立てです。

この再定義の何が大事か。「弱さ」だと思えば、解決策は「強くなれ」になり、できない自分をさらに責める悪循環に入ります。でも「非常ベル」だと捉え直せば、やるべきことは正反対になる。

鳴っているベルに従って、いったん止まればいい。休むのはサボりではなく、警報への正しい応答だ、と。この一語で、休むことへの罪悪感がずいぶん軽くなる人は多いはずです。

お化けの正体がわかれば、ただの妖怪になる

本書でいちばん意外で、しかも実用的なのが、うつのぶり返しと「天気」の関係です。

回復に向かう途中、何の前触れもなくガクッと落ちる。著者はこれを「突然リターン」と呼びました。良くなってきたのに、また。普通は自分の心が弱いせいだと考え、再び自分を責めます。

ところが田中さんは、毎日の精神状態と気温をグラフに記録し続けた。すると法則が見えた。10度近い激しい気温差があるとき、突然リターンが起きていたのです。人によっては気圧の低下が引き金になることもある。

ここで使われる比喩が見事です。正体不明の不安は「幽霊」のように怖い。だが引き金が気温差だとわかれば、それは正体のある「妖怪」に変わる。妖怪なら、もう怖くない。来る条件がわかれば、身構えて対処できるからです。

こいつらは「幽霊」じゃなくて「妖怪」だ

田中さんがこの「気圧の変化がうつの引き金になる」という気づきをツイートしたところ、5000人以上にリツイートされたといいます。同じ感覚を抱えていた人が、それだけ大勢いたということ。

原因を「自分の弱さ」という内側ではなく「天気」という外側に置けたとき、人は不安を自分から切り離せる。

別の体験者、編集者の折晴子さんも近い境地にたどり着いています。山登りを通じて、自分の精神状態は「お天気」のように外的要因でころころ変わるものだと客観視できるようになった。自分のせいではなく、天気のせい。そう思えるだけで、気がぐっと楽になったといいます。

治療の入口が「自分を好きになる」だなんて

では根っこの原因にはどう向き合うのか。本書の答えは、拍子抜けするほどシンプルです。自分を好きになればいい。ただそれだけ。

田中さんの転機は、書店で偶然手に取った一冊でした。精神科医・宮島賢也さんの『自分の「うつ」を治した精神科医の方法』です。そこで彼は、自分のうつの正体が「合わない職場で無理をして、心が自分自身を嫌いになっていたこと」だと腑に落ちます。

そこから始めたのがアファメーション、つまり自己暗示です。やり方は驚くほど簡単で、朝、目が覚めた直後に「自分が好き」「自分をほめる言葉」を心の中で唱えるだけ。

なぜ朝なのか。起き抜けは、意識できる部分(顕在意識)と無意識の部分(潜在意識)の境界が曖昧で、肯定の言葉が心の奥に入りやすいからだと説明されています。脳がまだガードを固めていない時間帯を狙う、というわけです。

田中さんはこれを3週間続けた。すると気持ちが目に見えて明るくなっていった。たった3週間で、です。

自分を好きになればいい ただそれだけです

ただし、うつの深刻さを軽く見るのは禁物です。脚本家の一色伸幸さんは、うつを「心の風邪」ではなく「心のガン」と表現しました。放置すれば死に至りかねない重病だ、という認識です。希死念慮についても、リアルな言葉が残っています。

ただただ思うことは「死にたい」ではなく 消えてなくなりたい

死にたいのではなく、存在そのものを消したいほど疲れ果てている。この微妙な、しかし決定的な区別は、当事者の苦しみを周りが理解するうえで大切な手がかりです。「自分を好きになる」という軽やかな処方と、「心のガン」という重い現実認識が同居しているところに、本書の誠実さがあります。

抜け出し方は、人の数だけある

本書の本当の強みは、回復の道が決して一本道ではないと見せてくれる点にあります。17人のうつヌケが、それぞれ違う出口を見つけている。代表的なものを挙げます。

ミュージシャンの大槻ケンヂさんは、武道館に立った絶頂期にパニック障害を発症し、自分を重病と思い込む心気症にも苦しみました。救いになったのが森田療法の考え方です。

「不安」も「葛藤」もなくすことはできない だから「不安」はあるがままにすておいて 今自分がすべきことをすればいい

不安と戦うのをやめたら、不安と並んで歩けるようになった。消そうと焦るほど不安は大きくなる、という逆説をついた知恵です。

精神科医のゆうきゆうさんは、視点を丸ごとひっくり返します。物事を悪い方に考えるのは欠点ではない。太古の昔、最悪の事態を想像できた人ほど危機を避けて生き残った。

つまりネガティブ思考は、生存のための優秀なDNAなのだと。落ち込んだときは「自分はリスク管理能力が高い」と捉え直す。

弱点が一瞬で強みに反転します。彼はさらに、嫌なことがあったらノートを半分に割り、「客観的事実」と「主観的感想」を分けて書く日記も勧めています。

読み返すと、自分の考え方のクセ(認知の歪み)が見えてくるからです。

フランス哲学研究者の内田樹さんは、頭で身体を支配するのをやめ、合気道などを通じて身体の声を聞くアプローチをとりました。具体的なのが「ムリくり深呼吸」。

息を限界まで吸って10秒止め、ゆっくり吐く。これを10〜20回繰り返すと横隔膜の緊張がほどけ、身体の側から強制的にリラックスできる。内田さんは2年でトンネルを抜けました。

ゲームクリエイターの照美八角さんは、若くして大プロジェクトを任され、行き詰まって心身を壊し、退社します。バイクで旅に出た後、別の現場のディレクターから「その仕事はきみにしかできない」と言われ、救われた。

自分が壊れる前に「逃げる」道もあるんだ!

逃げたことが結果的に正解だった。その後は他社で大ヒットを連発しています。「人から必要とされる」感覚が、うつヌケの大きな鍵になっている例です。

エッセイストのまついなつきさんは、離婚して3人の子を一人で育てる重圧と借金でうつになりました。「このまま死ぬんだ」と思った朝、子供たちに起こされて決意し、物を大量に処分して生活そのものをダウンサイジングする。背負いすぎた「責任」を減らすことで、トンネルを抜けました。

ほかにも、ブラック企業と父への恐怖を抱えたずんずんさんが、10年ぶりに父へ電話して「私のこと愛してる?」と聞いた話。趣味のミリタリーグッズとそれを語り合える息子が支えになった牛島えっさいさんの話。

原因も出口も、本当にひとりひとり違う。だからこそ、どれか一つが自分に重なる可能性が高い、とも言えます。

今日からできる、小さな3つ

本書から実践できることを、3つに絞ります。いずれも本に書かれている方法だけです。

第一に、気分と天気を並べて記録する。毎日の気分の落ち込みと、その日の天気・気温差・気圧をメモに並べてみる。田中さんがやったことそのものです。

数週間続けると相関が見えてくる。原因が見えれば、漠然とした不安が「ただの妖怪」に変わります。コツは、1日でやめないこと。相関は並べて初めて浮かび上がります。

第二に、朝、自分をほめる言葉を唱える。目が覚めた直後、まだぼんやりしているうちに「自分が好き」と心の中で唱える。これがアファメーションです。最初は形だけでも構わない。続けることが潜在意識に届く条件で、田中さんは3週間で手応えを感じました。

第三に、「逃げる」を選択肢として紙に書く。限界を感じているなら、休職や退職を「やってはいけないこと」ではなく、紙に書き出せる選択肢に格上げしてください。逃げは負けではなく、命と心を守る正当な防衛です。

ただし一つだけ、強い注意があります。著者は自分の判断で薬をやめて泥沼化した経験から、医師に黙って勝手に断薬することは非常に危険だと警告しています。環境は変えても、薬だけは必ず医師と相談して。ここは本書が珍しく断定する、譲れない一線です。

おわりに

この本を貫くメッセージは、最後の一言に集約されます。

出てきた人がいるということは 出口があるという確かな証拠です

うつは特別な人だけがなるものではない、と田中さんは言います。誰の心にも眠っていて、無理が重なれば顔を出す。だからこそ、抜けた人の足跡には意味がある。

誰かの出口が、そのままあなたの出口とは限らない。でも、出口がいくつもあるという事実が、トンネルの中の人に「自分の分も必ずある」と思わせてくれます。

トンネルの中にいるとき、まぶしい日差しも青い空も、もう二度と味わえないと感じる。でも、抜けた人たちは口を揃えて言います。それは、また戻ってくる、と。

今日できることは、たぶん一つで十分です。気分と天気を、ノートに並べて書いてみる。それだけ。


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