前の監督は、五年で三度の優勝を成し遂げたカリスマだった。ところがその人が去ると、チームに残ったのは指示待ちの選手ばかりだったという。強いリーダーが引っ張るほど、その足元では誰も自分で考えなくなる。
組織のあちこちで静かに起きているこの皮肉に、正面から答えを出そうとしたのが本書である。
著者の中竹竜二さんは、監督経験ゼロのまま早稲田大学ラグビー部を引き継ぎ、二年連続で大学日本一に導いた人物だ。しかも本人いわく「日本一オーラのない監督」。
カリスマの対極から勝った人間が書いた組織論、という一点で、まず読む価値がある。理屈は机上の空論ではなく、勝ち負けが容赦なく突きつけられる現場で検証されたものだという点も大きい。
編集部として通読して感じたのは、これはリーダー論の顔をした「手放し方」の教科書だ、ということだった。抱え込む力ではなく、いかに上手に手を放すかを説く本なのだ。
リーダーとフォロワーは「役職」ではなく「役割」で
本書の土台にある発想は、リーダーとフォロワーを地位ではなく機能で捉え直そう、というものだ。役職は組織図の上の位置を指す。対して役割は、その場面で誰が何を担うかという働きを指す。
この線引きを入れると、部長が新人をフォローする場面もあれば、新人が場を引っ張る場面もある、と自然に見えてくる。両者は上下ではなく、同じ高さで横に並ぶ。
そのうえで中竹さんはフォロワーシップを、目の前の若手をどう教えるかではなく、どうすれば彼らが勝手に育つかを考え抜くことだと定義する。主語がリーダーから相手へ移っているのがわかる。
抱えている仕事が多いほど、それは有能さの証ではなく、組織が自分に依存している弱さの証だというのが本書の見立てだ。耳の痛い転換だが、ここには留保もいる。
役職には現実に予算や人事の権限が張りついており、それを「ただの役割の一つ」と言い切れるほど組織はフラットではない。理念として受け取りつつ、権限の重さは別勘定で見ておくのが実務的だろう。
点をいくら集めても、線にはならない
本書を貫く対比が、スキルとスタイルだ。スキルは企画力や情報収集力や決断力といった個別の能力で、良し悪しで測れる。点数化でき、資格でランクづけもできる。
中竹さんはこれを点と呼ぶ。一方のスタイルは、一貫性やこだわり、その人らしさで、比べられるのは「あるかないか」だけ。格好悪くても自分の態度を貫く、オンリーワンの世界である。
こちらは線にたとえられる。
肝は両者の関係だ。点をいくら集めても点の集合にしかならず、それを一本につなぐのがスタイルである。忙しいときも失敗したときも変わらない態度、その連続が信頼を生む。
だからリーダーが磨くべきは新しいスキルの数ではなく、ブレない一本の線のほうだ、という理屈になる。説得力はある。ただしスタイル偏重は「成長しない言い訳」にも転びやすく、能力の底上げを放棄してよいわけではない、という当たり前は押さえておきたい。
スキルやスタイルの手前には、もっと素朴な土台の話もある。中竹さんは「できる」を、能力がつくことではなく、挨拶する・報告する・片付けるといった平凡なことを日々きちんとやり抜くことだと捉え直す。
これをアティチュードと呼び、派手なスキルよりも信頼の源泉になると言う。日経プラスワンの新人への不満調査でも一位は「挨拶がきちんとできない」で、技術以前のところで人は評価されている、という指摘には頷かされる。
線を引く手前に、まず地面を整えておけ、ということだ。
理想を捨て、最悪だけを避ける
ではブレない線をどう引くか。ここで本書は逆転の発想を出す。理想のリーダーを目指すのをやめよ、と。部下が複数いれば求めるリーダー像はバラバラで、力強く引っ張ってほしい人も、任せて見守ってほしい人もいる。全員の期待に応えようとすれば言動がブレ、結局は全員を裏切ることになる。
代わりに中竹さんが使うのは、最悪の像を徹底的に避ける「対極視点法」だ。日経プラスワンが会社員千三十人に聞いた最悪の上司の一位は「言うことがコロコロ変わる」で、二位は「強い者に弱く弱い者に強い」だったという。
優秀さより先に、ブレないことが信頼の土台になる。避けるべき像を消していけば一貫性が自然と残り、心理的な負担もぐっと軽い。この発想の転換は、本書でいちばん実用的な部分だと思う。
ただし避けることだけを続けると、無難で角のないリーダーにもなりうる。避けたうえで何を積むかは、結局は自分で選ぶしかない。
自走を邪魔するのが「引力」だ。リーダーは威厳を持つべき、優秀であるべき——そうした世間のすべき論を、中竹さんは引力と呼ぶ。ルールでも条件でもない、ただの印象にすぎない。
なのに多くのリーダーがこの引力と無駄に戦って消耗している、と指摘する。自身の短所を逆手に取った例も潔い。現役時代、五十メートル走七・六秒という鈍足を全力では走らず、あえて八割で走り続けて動き出しやコース取りで勝負し、「日本一足の遅いラガーマン」と呼ばれながらレギュラーを張り続けたという。
逆境を、あらかじめ「線」の上に置く
実践ツールの中心が、ビジョン・ストーリー・シナリオを連動させるVSSマネジメントだ。ビジョンはワクワクする最終ゴール、ストーリーはそこへ至る障害や挫折をあらかじめ織り込んだ物語、シナリオは要所で実際に何を言いどう振る舞うかの台本を指す。
人は平坦な道では感動しない。先に逆境を予測しておけば、実際に壁にぶつかっても、それをゴールへ続く線の一部として前向きに受け取れる。
中竹さんは監督一年目、前任のカリスマと比べられて叩かれる展開を織り込み済みだった。ある日、車中の彼に部員が「死ね、辞めろ」と叫ぶ。普通なら大事件だが、彼は「チャンスが来た」と捉えたという。
翌々日に一対一で向き合い、感情的に怒らず、その選手のプレーをちゃんと見ていたこと、不満の多くが人づての噂だったことを冷静に伝えた。二時間後、選手は泣いて謝り、翌日には全員の前で自ら謝罪する。
逆境を点で終わらせず、用意した線の上で受け止める。ピンチを信頼に変えるのがVSSの狙いだ。出来すぎた美談に読める危うさはあるが、逆境を「想定内」に変える準備の思想そのものは、現場で確かに効く。
部下の失敗を、歓迎できるか
自走する組織を邪魔するものとして、本書は意外な二つ、業務マニュアルと過剰な「安心安全」を挙げる。マニュアルは過去の成功と失敗から抜き出した「やり方」の集大成で便利だが、そこからは「なぜやるのか」という原点が抜け落ちる。
だから指示されたことしかできない人が増える。同じことがリーダーの親切にも起きる。良かれと先回りして失敗を回避させてやることが、失敗から学ぶ最大の成長機会を部下から奪う。
過保護は優しさの顔をした支配になりうる、という反転は覚えておきたい。
だから中竹さんは、本気で部下の自主性を高めたいなら大きな失敗を歓迎する覚悟を持て、と言う。その根にあるのは見返りを求めない姿勢で、彼はこれを「愛」という強い言葉で表す。
自分の弱さを認めて「わからない」と言える謙虚さのほうが、かえって組織の結束を高めるという。理屈は美しい。ただ、四半期の数字を突きつけられる企業で「大きな失敗を歓迎」を額面どおり実行できる管理職は多くない。
ここは現実の制約と折り合いをつけながら、任せる余白を少しずつ広げていく、と読み替えるのが穏当だろう。
理屈だけでは組織は動かない。本書は日々の運用に落とす仕組みも二つ用意している。一つは個人面談だ。査定の場ではなく、部下自身のスタイルと未来を確認する場として使う。
前向きに未来を向いているか、弱点克服より強みを伸ばせているか、引力に流されていないか——中竹さんのチェックは徹底して相手の芯を見にいく。この面談から生まれた変化も鮮やかで、トライを一度も取れずスランプだったウイングに、開き直ってトライを取らないウイングに徹しろと助言したところ、執着から解放された選手が翌日の試合でトライを三つ量産したという。
もう一つがチームトークで、練習や試合の合間に円陣を組み、短時間でメンバー自身が議論する。指導者がすぐ正解を渡さず、良し悪しの基準を選手が自分たちで決めていく。
ただの反省会で終わらせず、時間内に必ず次の一手まで決め切る点が肝だ。
伝え方への釘刺しも鋭い。中竹さんは「正論は刃物」だと思えと言う。正しいことを公然と大声で主張すれば、良くしようと苦心している相手のプライドを傷つけ、反発と孤立を招くだけだ。
会議で欠点を見つけても、その場で論破せず、終わってから個別に控えめに伝える。正しさは、振りかざした瞬間に人を刺す。
リーダーの最終目標は「自分を要らなくすること」
本書がたどり着く結論はシンプルだ。リーダーにしかできない仕事をゼロにすることこそ、リーダーの最大の役割である。自分にしかできない仕事を抱えるほど存在感は示せるが、それは自走する組織から遠ざかった状態にほかならない。
だから権限を握りしめるのをやめ、任せ、委ね、失敗しても口を出さずにじっと見守る。最終的に「あなたはもう要りません」と部下から言われる状態を目指す。
それを支える工夫がマルチリーダー制だ。権限を一人のトップに集めず、機能ごとに複数のリーダーを置く。ラグビーならアタックやスクラムのリーダー、企業なら戦略や企画のリーダーといった具合だ。
効果は二つある。一人が不調でも別のリーダーが機能を保つので組織が壊れにくい。そして、ある場面でリーダーを務めた人が別の場面ではフォローに回るため、全員の中に両方の役割が自然と育つ。
権限を手放せるのは自分の芯が固まっている人だけで、放すことと弱さは違う、という逆説がここにある。強い言葉で引っ張る人こそ、じつは組織を弱くしているのかもしれない——その静かな反転を、明日「君ならどうする?」と部下に問い返すところから確かめられる一冊だ。
