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『深く、速く、考える。』稲垣公夫さん|頭が悪いんじゃない、脳のクセに負けてるだけ

思考法・問題解決 ✍ 稲垣公夫さん
約8分で読めます

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『深く、速く、考える。』
目次

「もっと深く考えろ」と言われて、深く考えられた人を見たことがありません。

私もそうでした。資料を前にして腕を組み、うなる。1時間うなっても、出てくるのは最初に浮かんだ案と大差ないもの。これはもう才能の問題だと諦めていました。

でも本書を読んで、考えが変わりました。深く考えられないのは、IQでも才能でもない。脳に「浅く考えたがるクセ」が組み込まれているからだ——著者の稲垣公夫さんはそう言い切ります。

トヨタの製品開発研修やA3報告書のノウハウをベースに、誰でも訓練で身につく「深速(しんそく)思考」を体系化した一冊。状況を俯瞰して因果関係を素早くまとめ、深い思考をハイスピードで回す技術です。

図解

こんな人におすすめ

ひとつでも心当たりがあるなら、原因はたぶん能力ではありません。考える「やり方」を持っていないだけです。本書がおもしろいのは、まずその前提を「深い思考=高いIQや専門知識」ではないと退けるところ。

高度な知識をただ当てはめるだけの浅い思考はAIにすぐ代替される。逆に身近な問題でも、要素同士の因果に注目して考えれば立派な「深い思考」になる、という整理です。

考えられないのは、脳が「サバンナ仕様」のままだから

本書のいちばんの肝は、出発点で「自己責任論」をきっぱり退けるところにあります。

著者いわく、人間の脳は数十万年前のサバンナ生活に最適化された「バージョン1.0」のまま。現代の複雑な環境に合わせてアップデートされていません。

猛獣からすぐ逃げるために、じっくり考えるより反射で動くほうを好む。同じ作業を繰り返せば「こういうものだ」という思い込みが生まれ、最初に浮かんだ案を最善だと信じて考えを打ち切る。

著者はこの3つを脳の「仕様バグ」と呼びます。そして最大の問題が、物事の「深い構造」——背後に隠れた因果関係や本質——が見えなくなることです。

本質的なこととは、普遍的・抽象的なことですが、人の脳はそれが「見えていても気づかない」ようにプログラムされているのです。

見えてるのに、気づかない。これを裏づける有名な実験があります。心理学者が学生に2つの問題を出した。ひとつは「正常な組織を傷つけず、弱い光線で胃の腫瘍だけを破壊するには?」という医学の問い。

もうひとつは「地雷に囲まれた要塞の独裁者を、少数の軍で倒すには?」という軍事の問い。表面はまるで違うのに、構造は同じです。強い力を一点に集めると周囲を壊す。

だから力を分割し、複数の方向から同時に当てればいい——光線を分けて多方向から腫瘍に当て、軍を分けて多方向から要塞に攻め込む。答えは構造的に同一です。

なのに、この類似に気づけた学生はわずか1割ほどだった。私たちの脳は、形・色・分野といった表面の属性に気を取られ、根っこの構造を見落とす。だからこそ深く考えるには、このクセを補う「道具」が要るわけです。

ここで本書が「理解」をどう捉えているかも押さえておく価値があります。著者にとって理解とは、新しいことがらを自分がすでに知っている何かに結びつけること。

引っかかりが多いほど深い理解になり、孤立した「点」のままの知識は丸暗記と同じで使えない。中学で習うオームの法則を、目に見えない電気のまま暗記するのではなく、タンクの高さの差を電圧、ホースの太さを抵抗、流れる水量を電流と「水」に置き換えて理解する——このアナロジー(たとえ話)こそ深い理解への近道だ、と。

知識は点で覚えるより因果で面につなぐ。この発想が、次の道具へまっすぐつながっていきます。

因果関係マップ——見えない構造を、紙の上で見える化する

その道具の中心が「因果関係マップ」です。複雑な事象の背後にある因果や構造を図にして、脳が苦手な「深い構造を見抜く」作業を紙の上で肩代わりさせる。

原因と結果を四角い箱に入れて矢印で結ぶ型と、変化する数量(変数)を丸で囲んでプラス・マイナスの相関で結ぶ型の2種類がある。作り方も拍子抜けするほど素朴で、文章や事象から意味の塊を探し、重要な要素を取り出し、一言でラベルをつけて抽象化し、ラベル同士の関係を見つけ、全体を図にする——たったこれだけです。

膝を打ったのは、身近な題材を「解剖」していく手つきでした。たとえばAKB48の成功。「チームが複数ある」「毎日公演する」「総選挙がある」といった特徴を、ただ並べるのではなくマップで因果としてつなぐ。

すると「多数のメンバーがいるから毎日公演できる→だからファンが増える」「総選挙で競争が生まれる→だから猛練習でレベルが上がる」という”儲かる仕組み”の鎖が一目で浮かび上がる。

バラバラの事実が、構造として立ち上がる瞬間です。

そしてこのマップが本当に効くのは、戦略の核心である「トレードオフ」をあぶり出すから。すべての顧客価値を同時に高めることはできず、何を優先して何を捨てるかが戦略になる。あちらを立てればこちらが立たず、という関係をどう割り切るか。その視点で本書は繁盛企業を次々に解剖していきます。

鳥貴族の材料費率は60%。それでも儲かる構造

ここが本書のいちばん腑に落ちる部分です。

居酒屋業界では材料費率(原価率)の平均は30%で、これを低く抑えるのが定石。ところが鳥貴族は、材料費率を60%まで「上げて」いる。280円均一で全国450店舗以上、年商180億円超。

国産鶏肉を店内で串打ちし、専用グリル機まで開発する徹底ぶりです。普通なら「原価が高すぎて潰れる」話。なのに儲かる。からくりは、上げた材料費を別のコストの削減で吸収しているからです。

1階を避けて出店し家賃を3割安く抑える、調理を標準化する、小口の客より40%安い値段で大量に鶏肉を仕入れる。「安さ」と「おいしさ」のトレードオフを、捨てる場所と注ぐ場所のメリハリで両立させている——表面の「280円均一」を眺めても本質は見えず、マップで構造を描いて初めて腑に落ちる。

同じ構造の企業が次々挙がります。大戸屋はチェーンの常識であるセントラルキッチンをあえて使わず、一皿あたり10秒・10円前後のコスト増を引き受けて店内調理にこだわり、できたての味で女性客をつかんだ。

QBハウスは理髪店の常識だった洗髪や顔そりを廃止し、料金前払い・駅構内出店・10分の作業標準化に振り切って、低価格と短時間に集中した。スーパーホテルは客室の電話や凝った内装を切り捨てる一方、防音構造・高級マットレス・大浴場という「快眠」直結の部分に金をかけ、客室稼働率約90%・リピート率約70%という格安ホテルとしては破格の数字を出している。

捨てるべきところで思い切り捨て、効くところに集中投下する。この割り切りの構造は、因果関係マップにすると一目で見える。アマゾンが好循環(はずみ車)を1枚の概念図にまとめ、それを「秘伝のタレ」として外に出さなかった逸話も、本質を突いた1枚の図が何百ページの文書よりも価値を持つことを物語っています。

天才も、結局は「借りて」いる——アナロジー思考

もうひとつの武器が「アナロジー思考」です。これが画期的なアイデアの源になります。

「画期的なアイデアは、何もないところから出てくるものだ」という誤解があります。しかし実際には、天才でも、ほかの誰か・何かからアイデアを借りて発想しています。

アナロジー思考とは、目の前の問題の「深い構造」を抜き出し、似た構造を持つ遠い分野から解決策を借りてくること。鍵は、表面ではなく構造の類似を見抜く力です。

本書の例が鮮やかで、第一次大戦前のドイツ軍の兵站担当者は「大量の人と物資を短期間で撤収・移動・設営する」課題を、アメリカのサーカス団に着想を借りて解いた。

専用列車で一晩のうちに移動・設営する仕組みが、軍とまったく畑違いなのに構造は同じだったからです。旧ソ連の例はもっと意外で、極寒で氷が付着して転覆するカニ漁船を、常識と真逆の「海水を船体にかける」方法で救った。

極寒では大気で凍る度合いより海水の持つ熱量が勝るため、かえって氷が溶けるのです。

だから行き詰まったときの問いが大事になる。ゼロから抱え込まず、「この問題を、すでに解決している会社・サービス・製品は世の中にないか?」と外に目を向ける。発想は才能ではなく検索だ、と言われた気がしました。

ロジカルでも直観でもない、その「あいだ」

深速思考の立ち位置も腑に落ちます。論理的に分解するロジカルシンキングは、組み合わせが膨大になりがちで、抽象化しすぎると机上の空論になりやすい。

猛烈な速度で考える直観思考は優れているけれど属人的で、できる人とできない人の差が大きく体系的に教えにくい。深速思考はこの2つの中間に位置し、鍵になるのが「抽象化思考」です。

抽象化思考は、現実とのつながりをある程度保ちながら徐々に抽象度を上げていく思考で、そこが抽象思考との差です。

現実から足を離さず、少しずつ抽象度を上げる。だから空論にならず、誰でも訓練で身につく。論理と直観の「いいとこ取り」というわけです。しかもこの力は陳腐化しません。

本書には、1970年代から上流の生産計画や要件定義で抽象化能力を鍛え続けた先輩が、IT技術が移り変わっても本質的な力が活き、70歳近い今もコンサルの仕事が絶えない、という話が出てきます。

鍛え方も地獄の特訓ではなく、自分の限界の「ちょっとだけ外」に出る程度の負荷を毎日続ける「ベイビーステップ」。脳に少しプレッシャーをかけて常識の外を考える訓練を1年続ければ思考の枠は大きく広がる、と著者は言います。

あるソフトウェア会社の研修では、半年後に95%が「業務で役に立つ」、80%が「思考回路が変わった」と答えた——訓練で変わる、という裏づけです。

おわりに

私がこの本でいちばん救われたのは、「深く考えられないのは脳のクセであって、あなたの能力の問題ではない」と言い切ってくれたことです。

才能だと思っていたものが、実は道具と習慣の問題だった。因果関係マップで構造を見える化し、アナロジーで遠くから借り、ベイビーステップで毎日鍛える。

やることは地味で、すぐに始められます。まずは通勤路で閉店した店ややたら多い薬局に「なぜだろう?」と仮説を立てる。気になった店をA4一枚の因果図にする。

壁にぶつかったら「他業界で誰が解決済み?」と問う。日常そのものが訓練場になる。

次に資料を前にしてうなりそうになったら、まず紙を出して、原因と結果の矢印を1本だけ引いてみる。そこから景色が変わります。


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『具体と抽象』細谷功さん 本書の核心「抽象化思考」を、もっと根本から鍛えたい人へ。具体と抽象を往復する力こそ、因果関係マップを描く土台になります。相互補完の一冊です。

『右脳思考』内田和成さん 深速思考が目指す「論理と直観のいいとこ取り」を、別の角度から語る本。ロジカルシンキングの先に何があるのかを知りたい人に響きます。

『問題発見力を鍛える』細谷功さん AIに代替されないのは「問いを立てる力」だという主張が、本書のAI時代の問題意識とまっすぐ重なります。深く考える前に、何を考えるかを掘りたい人へ。


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