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『ファンダメンタルズ×テクニカル マーケティング』木下勝寿|データ分析だけでは、売れない商品は売れない

マーケティング・営業 ✍ 木下勝寿
約7分で読めます

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『ファンダメンタルズ×テクニカル マーケティング』
目次

2020年、そごう・西武が出した一枚の広告が話題をさらった。上から読むとネガティブ、下から読むと同じ文章がポジティブへ反転する、という凝った仕掛けで、SNSでは大きく拡散した。しかし本書によれば、これは売上にはつながらなかったという。

理由として著者が挙げるのは拍子抜けするほど単純だ。その広告には、その百貨店でしか言えない強みが一つも入っていなかった。話題性という「どう伝えるか」だけが独り歩きし、肝心の「何を伝えるか」が空っぽだった、というわけだ。

『ファンダメンタルズ×テクニカル マーケティング』は、この「バズったのに売れない」という現象の正体を解きほぐす一冊である。著者の木下勝寿は、資本金1万円で一人で立ち上げた会社を東証プライム上場(北の達人コーポレーション)まで育てた経営者だ。

借り物の理論ではなく、自分の手で広告費を投じ、回収してきた実務の側からこの本は書かれている。ここは評価の分かれ目でもある。実務家の本は数字の出所を鵜呑みにはできないが、現場の肌感覚を言語化する筆致には教科書にない説得力がある。

マーケティングを株式投資に見立てる二層構造

タイトルの二語は、もともと株式投資の用語だ。企業の業績や財務といった本質的価値を分析するのが「ファンダメンタルズ分析」、株価チャートの動きから売買を判断するのが「テクニカル分析」である。木下はこの対比をそのままマーケティングへ持ち込む。

ファンダメンタルズマーケティングは、商品そのものやユーザーのペルソナ、そしてインサイト(人を本当に購買へ動かしている深層心理)を掘り下げ、感情を土台にコミュニケーションを設計する営みだ。対してテクニカルマーケティングは、クリック率や購入率といった数値をもとに広告を最適化していく営みを指す。

本書の主張は最後まで一貫している。データに基づくテクニカルな運用は、すでに売れている商品を効率よく売ることはできても、売れていない商品を売れるようにはできない。人間の感情と商品の本質を理解するファンダメンタルズという土台があって、はじめてデータの力が活きる。

だから著者は、数字を見て設定をいじるだけの運用を「デジタルオペレーションにすぎない」と切り捨てる。AIが運用を自動化していく時代に、機械へ明け渡せない人間の仕事はどこにあるのか——本書はその問いへの答えとして読める。

なお前提として、著者はWebとリアルの違いを強調する。リアル店舗には競合との物理的距離があり、売り場の広さに限りがあり、広告出稿に高いコストがかかった。

Webではこの3つがほぼ消え、自社の商品は世界中の商品とクリック一つで比較される。旧来のマーケティング理論をそのまま持ち込んではいけない、という警告が全体の下敷きになっている。

「誰に・何を」で9割が決まり、USPが勝負を分ける

広告は「誰に」「何を」「どう」伝えるかの三要素でできている。初心者ほど「どう」、つまり表現の奇抜さへ逃げるが、著者は勝負を決めるのは「誰に」「何を」だと繰り返す。冒頭のそごう・西武がまさにその失敗例だった。

では「何を」をどう探り当てるのか。手元の商品資料を読むだけでは届かない。「商品」「ユーザー」「競合」の三つを徹底的に調べ、とりわけユーザーインタビューを通じてインサイトをつかめ、と説く。

ここで登場するのが「ネカマバレ」という耳に残る言葉だ。ターゲットの生活実感や感情を理解しないまま作った広告は、「わかっていない素人が作っている」と受け手に見透かされる。

著者はこれを「マーケッターの恥」と呼ぶ。リサーチのゴールはデータ収集ではなく、自分の言葉でこの商品の魅力を語り、相手に「買いたい」と言わせられる状態に達することだ、と基準を引き上げている点が鋭い。

掘り当てるべき強みがUSP(独自の強み)である。本書はこれを、他社にない便益・他社より高い便益・実績や権威などの付加価値・金銭的なお得感、の四つに整理する。

どこで戦うかを競合状況と市場のフェーズに合わせて選べ、というわけだ。「誰に」を定めるペルソナも、年齢や住まいといった属性より「最近、目の下のしわに悩んでいる」といった感情や悩みで置くほうが効く。

ただし条件を足しすぎるとand検索のように対象が狭まり市場が成り立たなくなる。ペルソナはUSPを起点に最大公約数で置く、というさじ加減が肝心だ。

感情のバトンをつなぎ、数文字のコピーで売上を動かす

土台ができたら、次はどう届けるかだ。本書が重視するのが「エモーションリレー」という概念である。ユーザーは広告を見てクリックし、説明ページ(BLP)を読み、販売ページ(HLP)で購入に至る。

この各段の間を、感情が途切れずつながったまま読み進められるよう導線を設計せよ、という考え方だ。広告コピーと遷移先LPのファーストビューがズレたり、写真のトーンが食い違ったりすると、リレーは途切れる。

著者はこれを「バグが起きる」と表現する。単体の質がどれだけ高くても、バグが起きれば購入には届かない。

改善のカギは、データの裏にある人間の感情を読むことだ。「缶ビールを買う人はおむつも一緒に買う」という有名なデータを、そのまま「ビール購入者におむつを勧める」と読むのは誤りだと著者は言う。

実際に観察すると、週末に車でまとめ買いをする夫婦が多かった。だから正解は「重いものを集めた週末まとめ買いコーナー」を作ることだった。数字は結果でしかなく、その裏の心理を読めなければ打ち手を外す。

その感情を読む力が成果へ直結する場面として、本書は「マイクロコピー」を挙げる。著者の会社では、注文プルダウンの横に「お1人様2個まで」というたった8文字を添えただけで、購入者の約半数が2個買い、売上が1.5倍になったという。

申し込みボタンを「注文する」から「試してみる」に変えるとクリック率が1.2倍、「試してみる→」と矢印を足すと1.44倍になったとも紹介される。

面白いのは掛け算の発想だ。1.2倍の工夫を四回重ねれば約2倍、六回で3倍、九回で5倍になる。コストを使うのではなく知恵を使うのが本物のマーケティングスキルだ、という一文に本書の姿勢が凝縮されている。ただし数字の出所は自社事例が中心で、条件がそろえば誰でも同じ倍率を得られるとまでは読まないほうが誠実だろう。

もっとも、こうした改善を勘だけで回すと今度は数字に振り回される。そこで著者は運用を切り分ける「鉄板公式」を用意している。獲得単価はクリック単価と購入率(CVR)で動き、ROASは獲得単価と客単価で動き、獲得件数はクリック数とCVRで動く——という三本の分解式だ。

件数が減ったからと反射的に入札を上げるのではなく、公式のどこが崩れたのかを特定してから手を打て、という指針である。感情から立てた仮説と、この数式による分解。

その両輪がそろって初めてチューニングは機能する、という組み立てが本書の背骨になっている。

売上ではなく「1人あたりの利益」を頂点に置く

本書がもっとも経営的になるのが利益の話だ。著者はKPIの頂点に「1人あたりの利益」を据える。式は「LTV(顧客生涯価値)×粗利率 − 獲得単価」。

継続率も解約率も、この利益を上げるための一要素にすぎないと位置づける。しかも正確なLTVはざっくりした平均では足りず、顧客台帳を作って一人ひとりの累計購入額から割り出すべきだ、と手間を惜しまない姿勢を求める。

続いて「売上最小化、利益最大化の法則」。広告費を増やせば獲得件数は伸びるが、ある段階から収穫逓減が働き、利益額そのものが下がり始める。だから利益が悪化する寸前の「最適獲得単価」を見極め、そこで投資を「寸止め」せよ、という。

売上を追い続けると、かえって利益を削るという逆説である。

もう一つが「AB-Xテスト」だ。AとBを比べてマシなAを選ぶ普通のABテストを、著者は退ける。マシなほうを選んでも、AもBもどちらも採算割れという可能性があるからだ。

プロがやるべきは、採算の合わないAとBをまとめて捨て、まったく別の第三案Xを考えること。しかも「何を言うか」のテストと「どう言うか」のテストはレイヤーが違うので、混同せず分けて回せ、と念を押す。

オバマ大統領選で寄付募集の画像とコピーを検証し「家族写真」と「CHANGE」の組み合わせに行き着いた結果、約60億円の増収効果を生んだという逸話が、その差の大きさを象徴している。

知名度を追わず、感情を読む人間が残る

最後に視座が経営レベルまで上がる。ここで語られる「LCC戦略」が示唆に富む。利益の出ないEC企業は、大手航空会社のように全路線を網羅し、ターゲット外にまで知名度を広げて売上やシェアの最大化を狙いがちだ。

だが格安航空は黒字になる路線だけに特化する。知名度を上げず、ターゲット層にだけ知られて利益を出す——ECもこちらを真似るべきだ、と著者は言う。

「認知度と利益はほぼ無関係」とまで言い切る潔さがある。同じ発想でSEOも、アルゴリズムの穴を突く小技は短命であり、「良い会社、良い商品になること自体が長期的で究極のSEOだ」と説く。

大手の成功事例をなぞる同質化も、市場が成熟した段階では差別化にならず埋もれる。中小にとっては「大手がやっているからこそやってはいけない」という逆張りが、むしろ生存戦略になるという指摘だ。

ここまで来ると本書は広告運用のノウハウ本というより、規模で戦えない者がどこに陣を張るかを説く戦略書に近い。

そして、これらを実行するマーケター自身に求められるのが「視点のゼロリセット」である。「女性はこうだ」「この媒体はこうだ」という過去の思い込みを捨て、まず実際のクリエイティブを見て「なぜこの結果になったのか」と人間の感情の仮説を立て、その答え合わせとして数値を確認する。

順番が逆になると、数字に振り回される。30年前も今も「誰に」「何を」「どう」伝えるかが大事で、Webに置き換わったのは「どう」だけ——「誰」「何」は一切変わっていない、という著者の言葉が本書を貫く。

新しいツールの習得に追われる人ほど、一度立ち止まって、自分の商品を「その人でしか言えない言葉」で語れるかを問い直す価値がある。


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