「クリエイティブ」という言葉を聞くと、多くの人は美大出身のデザイナーやコピーライターを思い浮かべます。
私もそう思っていました。だから、この本を最初に手に取ったとき、自分には関係のない業界の話だろうと身構えたのです。
ところが、開いて数十ページで前提が崩れました。電通の中で、コピーライターやアートディレクターといういわゆるクリエイティブ職に就いている人は、たった1割しかいないと書かれていたからです。
残りの9割は、営業やメディア、マーケティングの担当者として、課題をなんとかしている。著者の齋藤太郎さんもそのひとりで、最初の10年はテレビ局の枠の買い付けや広告営業をしていました。それが今では、サントリーの「角ハイボール」、ソースネクストの「ポケトーク」、タクシーアプリの「GO」と、誰もが知るヒットを連発しているクリエイティブディレクターです。
本書のタイトルにある「非クリエイター」とは、まさに私たちのことなのです。
こんな人におすすめ
この本は、企画・マーケティング・事業開発に携わるビジネスパーソンに、特に強くおすすめしたい一冊です。
「自分にはセンスがない」「ロジカルに整理しても突破口が開けない」と感じたことがある人。あるいは、上司や顧客から降りてきた依頼をそのまま実行することに、どこか釈然としなさを抱えている人。本書はその違和感の正体を、丁寧にほどいていきます。
具体的には、こんな悩みを持つ方に響くはずです。
- 広告やプロモーションを企画する立場で、表現を作る前の「課題設定」に自信がない人
- マーケティング部門にいて、データを見ていてもなぜか凡庸な打ち手しか思いつかない人
- 商品開発や事業開発の現場で、ターゲット設定がいつも他社の真似になってしまう人
- 経営者やリーダーとして、外部のクリエイターやエージェンシーに何をどう発注すべきか迷っている人
「自分はクリエイティブ職ではない」という人ほど、この本に書かれている思考の使い方が効きます。
この本が問うていること
本書の核心は、最初の章で示されます。クリエイティブには2つあるという指摘です。
ひとつは「表現のクリエイティブ」。デザインやコピーといった、職人的な技術や才能に支えられた領域を指します。
もうひとつが「ビジネスのクリエイティブ」。課題の本質を見つけ、仮説を立て、解決策につなげる一連のプロセスです。齋藤さんはこちらを、これからのビジネスで勝つために必須のスキルだと言い切ります。
なぜか。広告でモノが売れた時代が、もう終わっているからです。
齋藤さんは、広告を「玄関の熊の置物」にたとえます。北海道のお土産屋に必ずある、あのヒグマです。あれがあるから売れる、ないから売れない、という単純な話ではない。あくまで手段であって、目的ではない。広告だけを磨いても、ビジネス本体に問題があれば結果は出ない。だから、商品・価格・組織といった「上流」から見直す必要があるという主張です。
この本のタイトルにある「課題解決術」は、表現のテクニック集ではありません。ビジネスの上流に立ち戻って、課題そのものをなんとかする力の話です。
課題解決を3つに分ける
齋藤さんは、ビジネスの課題解決を3つのプロセスに整理します。
ここはこの本の骨格なので、最初に全体像を押さえておきます。
1. 課題の本質を見つける 探る、聞く、見るスキルを使い、本当の課題はどこにあるのかを掘り起こす段階です。
2. 仮説を立てる 想像し、考え、生み出す段階。誰に、何を、どう届ければ動くのかという仮の答えを作ります。
3. 解決策につなげる 表現のプロや専門家とチームを組み、動かす、選ぶ、伝えるスキルでアウトプットに落とす段階です。
順番が大事なのです。多くの現場では、依頼を受けるといきなり3番目の解決策の話から始まります。「広告を打ちたい」「キャンペーンを企画したい」と。でも、そもそも本当の課題は何かという1番目を飛ばすと、表現がどれだけ上手でも結果には結びつきません。
ここから先は、この3ステップに沿って、本書の主要概念を見ていきます。
ステップ1:オリエンを疑う
最初のステップで著者が強調するのは、クライアントや上司から降りてきた依頼(オリエン)をそのまま信じないという姿勢です。
オリエンは、現場のバイアスや思い込みで歪んでいることがある。経営トップの一言、過去の成功体験、社内政治。いろいろな要素が絡みついて、最初に提示される「課題」は本当の課題ではないことが多い。だから一度フラットな目線で疑ってみる必要があります。
齋藤さんがよく使うのが、こういうキラークエスチョンです。
「この商品で世の中はどう変わりますか?」
業界内の差別化ポイントや、競合との比較表ばかり見ているクライアントに、こう問いかける。すると、視野が一気に広がる。世の中にとって、自分たちの商品はどんな意味を持つのか。そこから本当の課題が見えてきます。
似た発想で、こんな例も紹介されています。あるネット証券会社のマーケティング責任者が「10年後にターゲットになる10代の中で想起を上げたい」と相談してきた。一見、戦略的に聞こえます。でも齋藤さんは、その提案を断りました。実態からかけ離れすぎた「飛び地」のアイデアだと判断したからです。
オリエンを疑うとは、断ることも含めた判断です。
ステップ1の道具:3つの眼
課題の解像度を上げるために、本書で繰り返し出てくるのが「3つの眼」というフレームワークです。
鳥の眼は、業界や世の中全体を俯瞰する視点。
虫の眼は、ターゲットの日常レベルに近づいて、リアルな行動や感情を観察する視点です。自分ごととして考えたときに違和感がないかを確認します。
魚の眼は、時代の流れや空気を捉える視点。トレンドの兆しを掴みに行きます。
この3つを行ったり来たりしながら、課題の本質に近づいていく。これが齋藤さん流の観察術です。
具体的にどう機能するのか。「角ハイボール」の事例がわかりやすいです。
2008年当時、ウイスキー市場は25年連続で縮小していました。ユーザーの8割は50〜60代以上。ここまでが「鳥の眼」で見える事実です。
ところが「虫の眼」で街に出ると、立ち飲み屋では若者がウイスキーのソーダ割りを安く飲んでいる。当時の生ビールが約480円だったのに対し、立ち飲みのウイスキーソーダ割りは約380円。若者にとって、コスパの良い選択肢として実は機能していたのです。
そこに「魚の眼」で時代の空気を重ねる。ハイボールという飲み方を、もっと格好いい文化として再定義できないか。こうして「30代向けに、ウイスキーの新しい飲み方を提案する」という本質的な課題にたどり着きます。
3つの眼は、別々のスキルではありません。同じ課題を、3つの距離感で見る訓練です。
ステップ2:ターゲットに憑依する
仮説を立てる段階で、齋藤さんが使う言葉が「憑依」です。
ターゲットになりきり、脳を同期させるかのように、その人の1日を想像し尽くす。朝起きて何時に家を出て、どこで何を買い、誰と過ごし、何時間スマホを触り、何に怒り、何に救われるのか。自分中心のバイアスを排除して、対象の人になりきって考える、という意味です。
ここで大事なのが、ターゲットを「絶対これを欲しがる1人の実名」レベルまで絞り込むこと。「30代の女性」では足りない。実在する特定の知人の顔が浮かぶレベルまで具体化する。
ポケトークの事例が示唆的です。最初の発想では「ビジネスマンの英会話用」がイメージされていました。でも、ターゲットを「たまにしか海外旅行に行かないシニア層」に絞り込んで憑依してみると、まったく違う風景が見えてきます。
英語が話せないまま海外旅行に来た人にとって、ポケトークは「暗い洞窟に入るときの松明」のような存在になる。そこから明石家さんまさんを起用した大規模キャンペーンが生まれ、製品はビジネスマンではなくシニアの旅行客に深く刺さっていきました。
ターゲットを絞ると、メッセージは強くなる。逆に、誰にでも届けようとすると、誰にも届かない。これは多くのマーケターが頭ではわかっていて、現場では忘れてしまう原則です。
飛び地に行かない
仮説作りで、もうひとつ重要な言葉があります。「飛び地に行かない」です。
新しいアイデアを考えるとき、つい突拍子もない方向に飛びたくなる。今のブランドイメージを刷新したい、若返らせたい、という欲が出る。でも、その企業やブランドが元々持つ歴史や「法人格」を無視して、まったく関係のない方向に振ると、消費者は「無理をしている」「キャラ変が嘘くさい」と見抜きます。
安易に現状を変えてしまうことは、課題の解決につながらないばかりか、本当に大切な土台を壊すことにもなりかねません。
これは、新しさを否定する話ではありません。ベースを大事にしつつ、新しい要素を加えて磨き込んでいく。それが本当の意味での更新だ、という話です。
「変えないで磨き込む」ことのほうが、「新しく変える」より、はるかに大変で重要だと齋藤さんは言います。
タグラインとコンセプトワード
仮説を言葉にする段階で出てくるのが、2つの言葉です。
タグラインは、その商品やサービスの価値を、ターゲットの便益として一言で表す言葉。外向けの言葉です。
コンセプトワードは、プロジェクトの方向性をチーム内で共有するための言葉。北極星の役割を果たします。「困ったらGO!」が、タクシーアプリGOのプロジェクトで掲げられたコンセプトワードでした。
齋藤さんがチームに必ず問うのは「一言で言えば、それって何?」という問い。答えられないなら、まだ仮説が固まっていない。この一言を作ることに、プロジェクトの何割もの時間を使う価値がある、と本書は言います。
タグラインもコンセプトワードも、長い説明資料の代わりにはなりません。むしろ、長い説明資料を作る前に、一言で言える何かをチームで共有する。そこからすべてが始まります。
ステップ3:プレゼンしないプレゼン
3つ目のステップ、解決策を実行する段階で本書がもっとも刺激的なのは「プレゼンしないこと」が最強のプレゼンだ、という主張です。
プレゼンに必要なことは共感を得ることであって、説得をすることではない、ということです。
正面から論破して、自分の案を採用させる。よくある景色です。でも齋藤さんは、それを否定します。
理想は、ターゲットや方向性を決める段階から、クライアントとディスカッションを重ねる。一緒に考え、一緒に決める。最終的にクライアント側が「いつの間にか自分たちで決めた」という当事者意識を持っている状態を作る。これがゴールです。
そのために使うテクニックが、いくつか紹介されています。
ひとつは「Yes, but」。的外れな意見が出ても、いきなり否定しない。まず「ああ、この人は話を聞いてくれる人なんだ」と相手に安心してもらう。そのうえで、別の角度から提案を重ねていきます。
もうひとつが「絶対評価のバー」を持つこと。100案出てきたうちの「一番マシなもの」を相対評価で選ぶのではなく、自分の中の絶対基準を超えていなければ「全部ダメ」と言える。妥協すると、その先のすべてが妥協になります。
そして意外なことに、本書はプレゼンの技術として「ボソボソしゃべる」も推奨しています。立て板に水のように流暢に話すと、聞き手は受け身になる。あえて間を置き、ボソボソ語ることで、聞き手は身を乗り出して聞こうとする。プレゼンとは、相手の想像力を働かせる時間だという発想です。
図を描きまくる
実行段階の技術として、もうひとつ印象的なのが「ベン図を描きまくる」習慣です。
会議で、ホワイトボードやA3の紙に、丸を重ねていく。市場、商品、ターゲット、競合。要素を視覚化することで、チーム内の認識のズレが見えてきます。
人間が情報を受け取る知覚の割合は、視覚が83%だと本書は紹介しています。聴覚は11%しかない。言葉だけで合意したつもりが、後で全然違うことを考えていたとわかる。それを防ぐために、図を描く。
特別なフレームワークではなく、丸を重ねるだけのベン図で十分。むしろ、シンプルなほうがいいのです。
財務諸表を読む
クリエイティブディレクターでありながら、齋藤さんは「財務諸表を読む」ことを必須スキルに挙げます。意外でしたが、理由を聞くと納得します。
財務諸表は、会社の通信簿。その会社のビジネスモデルや収益構造、原価や利益率の全体像を、最も正確に教えてくれる資料です。これを読まずに広告だけ作っても、上流の課題には届きません。
たとえば、マンション販売は最終的に売り上げの10〜20%が利益として残る構造で、80〜90%は必要経費に消える。広告代理店のマージンは、かかってくる費用のおよそ10%が手数料として利益になる。こうした数字の感覚があると、クライアントの社長と同じ目線で会話ができます。
クリエイティブとビジネスは、別の島ではない。財務諸表が、ふたつをつなぐ橋になる。これが齋藤さんの実感です。
マインドの軸:自責とギバー
本書の後半は、技術ではなくマインドセットに踏み込みます。私はここがいちばん良かったです。
ひとつ目が自責。
「すべてが自分の責任だ」という自責の気持ちを持っていられれば、当事者意識も芽生えるし、失敗したときの失敗からも学べる。
トラブルが起きたとき、環境や他人のせいにすると、その瞬間は楽になります。でも、学びも成長もそこで止まる。「自分のどの行動を変えれば防げたか」を問うた瞬間から、次が変わります。
ふたつ目がギバー。
齋藤さんが大事にしている言葉に「たらいの水理論」があります。これはカルチュア・コンビニエンス・クラブの増田宗昭社長から聞いたもので、たらいの水を相手側に押し出すと、どこかで壁に当たって、いつか自分のところに戻ってくる、という話です。
情報も協力も「ギブ・アンド・ギブ・アンド・ギブ・アンド・ギブ」くらいの、与え続けるつもりでいい。
ギブ・アンド・テイクは、半分しか正しくない。先に与え続けることで、信頼の貯金が貯まり、いつか思わぬ形で返ってくる。これは仕事のテクニックというより、長い期間で生きる人間の戦略の話です。
文化と価値の創造
本書の最終章で、齋藤さんは自身の会社「dof」のミッションを紹介します。
「文化と価値の創造」。
短期的に売り上げを出す焼き畑農業のような仕事ではなく、後世に残る文化と価値をつくる仕事を選ぶ。クライアントを「業者」ではなく「パートナー」と捉え、中長期で信頼関係を築いていく。
たかが仕事ですが、されど「志事」なのです。少しでも世の中を豊かにするものにしたいし、文化と価値の創造につながる仕事がしたい。
この一節を読んで、自分の手元の仕事を眺め直したくなりました。今やっていることは、誰の何を変えるのか。1年後、5年後、10年後に、何を残すのか。
クリエイティブとは、表現の派手さではなく、こういう問いを自分に向け続ける態度のことなのだと思います。
明日からの実践アクション
本書を読み終えて、私が自分の仕事に持ち帰ろうと思ったことを4つだけ書いておきます。
1. オリエンを一度疑う 依頼を受けたら、すぐ手を動かさず「本当にそれが解決すべき課題か」とフラットに問い直す。1分でいいから、自分の中で疑う時間を作る。
2. 3つの眼で観察する データを見る前に、現場に足を運ぶ。売り場、駅、コンビニ。鳥の眼でマクロを見たら、虫の眼で生活者のリアルに降りる。週に1回は意識的にやる。
3. ターゲットを実名レベルに絞る ペルソナを「30代男性」で止めず、知人の名前で語れるレベルまで絞り込む。「あの人なら、これを欲しがるか」を判断基準にする。
4. 一言を作る プロジェクトのコンセプトワードを、必ず一言で言えるようにする。「一言で言えば、それって何?」を自分にもチームにも問い続ける。
どれも、特別な才能はいりません。心がけと習慣の話です。
おわりに
『非クリエイターのためのクリエイティブ課題解決術』は、広告業界の裏側を語る本のように見えて、その実、すべてのビジネスパーソンに向けた「課題のなんとかし方」の本でした。
齋藤さんの言葉でいちばん心に残ったのは、課題とは何かという定義です。
課題というのは、「あるべき姿」「なりたい姿」があり、そこに到達するための距離がある状態のことです。
距離があるということは、まだそこに行けていないということ。でも、行きたい場所がある。だから、なんとかする。この本に書かれているのは、その「なんとかする」を再現可能なプロセスに分解した知恵です。
クリエイティブを、一部の天才のものから、誰もが鍛えられる総合力に開いた一冊でした。
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