高さの違う2本のレゴの柱に、橋を水平に架けてください。あなたなら、どうしますか。
たぶん、低いほうにブロックを足す。ほとんどの人がそうします。でも著者の3歳の息子は、高いほうから1個引きました。そのほうが速くて、確実でした。
ここに本書のすべてが詰まっています。私たちは何かを良くしようとするとき、無意識に「足す」ことばかり考え、「引く」という選択肢をそもそも思いつけない。バージニア大学で工学とビジネスを教えるライディ・クロッツ氏は、この見落としを実験で証明し、人生から地球環境までを変える「引き算」の力を解き明かしました。
こんな人におすすめ
- やることが増え続けて、いつも時間に追われている人
- 企画書や資料に「足す」ばかりで、かえって伝わらなくなっている人
- 問題解決のアイデアが出ず、行き詰まっている人
- 複雑になりすぎた仕事や組織を、根本から見直したい人
この本の核心――引き算は「何もしない」ことではない
まず誤解を解いておきます。引き算は怠けることではありません。
著者ははっきり区別しています。
「引き算する」のは行動で、「レス」は最終状態だ。
何もしなかった結果として少なくなる「怠惰なレス」と、意図して取り去る「引き算」のあいだには、天と地ほどの差があります。景観を遮る高速道路を撤去するにも、頭の中の古い思い込みを捨てるにも、何かを足すより、はるかに大きな労力と思考が必要になる。引き算は、もっとも能動的な問題解決なのです。
そして引き算には、足し算を上回る威力があります。著者はこう書いています。
引き算による変化は、足し算による同じ規模の変化より、大きな威力を発揮しうるのだ。
地震で壊れたサンフランシスコのエンバカデロ高速道路。市民は再建ではなく撤去を選びました。結果、渋滞はむしろ緩和され、世界有数の美しいウォーターフロントが生まれた。足すのをやめて引いたことが、ブレイクスルーを起こしたわけです。
あなたの脳は、引き算を思いつけない
問題は、引き算がそもそも頭に浮かばないことにあります。
著者の研究チームは、レゴ、文章、旅程表、格子図形など、さまざまな課題で「改変してください」と被験者に頼みました。すると、人はほとんど足し算を選びます。
数字が衝撃的です。レゴの構造物で元よりブロックが少なくなったのは、わずか2%。予定の詰まった旅程表から項目を削ったのは4人に1人。デジタルの格子模様を対称にするのに引き算を使ったのは20%でした。
なぜここまで足し算に偏るのか。著者は3つの層から説明します。
ひとつは生物学。人は何かを足すことで「コンピテンス(有能感)」を示したい本能があります。
引き算ではコンピテンスを示すのが難しくなるということだ。
足したものは形に残るけれど、引いた成果は「無くなった」だけで見えにくい。だから足すほうが評価されやすい。
ふたつめは文化。文明は足し算で発展してきました。巨大なモニュメントを建て、都市を広げる。「足し算が文明を生み、文明が足し算を呼ぶ」歴史が、私たちの思考を縛っています。
みっつめは経済。GDPの成長に象徴されるように、現代は「より多く(モア)」こそ善だという価値観に覆われています。連邦規則は1949年に約1万ページだったのが、2020年には18万ページ以上。足し算は、社会のあらゆる層で正当化されてきました。
さらに厄介なのは、忙しいときほど引き算ができなくなること。情報や仕事に処理能力を奪われると、人は手っ取り早い足し算に逃げます。本当はそういうときこそ引き算が要るのに、です。
減らす前に、減らす順番がある――レス・リスト
では、どうやって意図的に引き算するのか。本書の中心が、この「レス・リスト」と呼ぶ4つのステップです。順番に見ていきます。
1. 改善しようとする前に、まず引き算する
何かを足して直そうとする前に、不要な細部を削いで本質を見極める。緊急救命室のトリアージが手本です。医師は複雑な状況をいくつかの本質的な質問に絞り込み、どこに介入すべきかを決めます。著者はこう言います。
系を変えるのに必要なのは本質を見つけることであり、それには細部を引き算する必要がある。
2. 先に引き算をする
足し算か引き算かで迷うのではなく、足す前にまず引いてみる。ゲームのジェンガのように、引くことを最初のルールにする。心理学者レヴィンの「よい方法とは、原動力を増強することではなく、抑止力を軽減することである」という見解がここに重なります。アクセルを踏むより、ブレーキを外すほうが摩擦が少ない。
3. 気づいてもらえる「レス」を貫く
引き算の成果は目に見えないので、放っておくと誰にも気づかれません。だから可視化する。情報デザインの父エドワード・タフティは「情報を伝えないインクは消せ。情報を伝えるインクでも冗長なら消せ」と説きました。
スライドから無駄な装飾を削れば、伝えたいメッセージが際立ちます。引いた「違い」を、相手に見せる工夫がいる。
4. 引き算したものを再利用する
引いて生まれた余白や時間、資源を別のことに活かす。ドーナツの真ん中をくり抜いて「ドーナツホール」として売るように、引いたもの自体に価値を見出します。
このレス・リストを支えるのが「満足化以降のレス」という考え方です。人はつい「ほどほど」で満足し、思考を止めてしまう(満足化)。その先にある、無駄を削ぎ落とした洗練された状態に到達するには、足し算の誘惑を乗り越える必要があります。
そして削ぎ落とす困難をやり遂げたとき、人は深い没入感と喜び(フロー)を得る。引き算は、ただの節約ではないのです。
「削る」と言うな、「際立たせる」と言え――反転の技術
レス・リストの3番目に関わる、特に使えるコツを取り上げます。
人は何かを失うことを強く嫌います(損失回避)。だから「削りましょう」「やめましょう」と言うと、相手は反射的に身構える。引き算は、言葉のうえでネガティブに受け取られやすいのです。
そこで著者がすすめるのが「反転」です。同じ引き算でも、肯定的な言葉に言い換える。
都市デザイナーのケイト・オルフは、暗渠の上のインフラを取り去る提案を「きれいにする」「切り開く」と表現して、コンペで優勝しました。「削減」ではなく「本質を際立たせる」「ノイズをきれいにする」。言葉を反転させるだけで、引き算は前向きな提案に変わります。
引き算がイノベーションを生んだ例も豊富です。幼児用自転車からペダルとチェーンを引いて生まれた「ストライダー」。靴底に穴を開けて空気を見せたナイキの「エアマックス」。どちらも、足すのではなく引いたことで新しい価値を生みました。
本当に引き算によるアプローチで生産性を高めたいなら、ぜひとも「やめることリスト」を作るべきだ。
そしてもうひとつ。情報過多の現代では、引き算が思考そのものを守ります。人が処理できる情報量は1秒あたり60〜120ビットが限界。情報が多すぎると「注意の貧困」に陥り、判断の質が落ちます。
図書館が古い本を処分するように、不要な情報を意識的に「除籍」する。古い思い込みを引き算してこそ、新しい知恵が入る余地が生まれます。老子の「知識を得るには日々、足すこと。知恵を得るには日々、引くこと」という言葉が、本書を貫いています。
なお著者は、引き算だけが正解だとは言いません。
いま自分に見えていない選択肢を見つけるには、足し算か引き算かを考えるのではなく、足し算と引き算の両方を考える必要がある。
引き算は、見落とされてきたもう半分の選択肢。両方を手にして初めて、進歩が生まれます。
明日から何を変えるか
1. 「やめることリスト」を1つ作る やることリストに足すのをやめて、今週やめる予定を1つ書き出してみてください。新しい習慣を始めるときも、「何を足すか」と同じだけ「何をやめるか」に時間をかけます。
2. 足す前に、削いだ版を先に作る 資料や企画では、要素を追加する前に、わざと削ぎ落としたバージョンを一つ作る。レス・リストの第一歩を、自分のルールにします。
3. 提案するときは言葉を反転させる 「コストを削りましょう」ではなく「本質を際立たせましょう」。損を感じさせない言葉で伝えると、引き算の提案は通りやすくなります。
おわりに
私たちは「もっと」の世界に生きています。もっと稼ぎ、もっと持ち、もっと予定を詰める。そのほうが頑張っている気がするからです。
でも本書を読むと、見落としていた半分の世界が見えてきます。引くことは、諦めでも縮小でもない。本質を残し、余白を取り戻し、ときに足し算以上のブレイクスルーを起こす、能動的な技術です。
行き詰まったとき、次に何かを足したくなったとき。一度だけ、こう自問してみてください。「ここから、何を引けるだろう」。その問いが浮かぶようになっただけで、あなたの選択肢は2倍になっています。
合わせて読みたい
『具体と抽象』細谷功さん 引き算とは、細部を削いで本質だけを残すこと。その「本質を見抜く」往復運動を、抽象と具体の行き来として深く学べます。レス・リスト第1ステップの理解が立体的になります。
『問題解決のジレンマ 無知の力』細谷功さん 本書が説く「古い知識の引き算」「情報の除籍」と響き合う一冊。知識を捨てることが、なぜ新しいアイデアを生むのかを掘り下げてくれます。
『新版 思考の整理学』外山滋比古さん 「忘れる」という引き算が、頭を最強の工場に変える。情報をためこむのではなく削ぎ落とすことの効用を、別の角度から味わえます。



