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『問題解決のジレンマ』細谷功さん|知識が増えるほど、新しい問題が見えなくなる

思考法・問題解決 ✍ 細谷功さん
約10分で読めます

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『問題解決のジレンマ』
目次

問題を解く力を磨くほど、新しい問題を見つける力は失われていく。この逆説が本書の出発点です。

私たちは長いあいだ、知識を増やすことを無条件に善だと信じてきました。本書はその前提を真正面から疑います。

AIが知識処理を肩代わりする時代に、人間に残された仕事は「誰も気づいていない問題を見つける」こと。その邪魔をするのが、皮肉にも自分が蓄えてきた知識なのだと、著者の細谷功さんは言います。

こんな人におすすめ

最後の点が本書の特徴だと感じます。多くの本は「問題発見が大事」と説いて終わりますが、本書は、ではどう頭を動かすのか、という手触りのある方法のところまで踏み込んでくれます。

この本の核心――「問題解決のジレンマ」とは何か

現代では、求められるスキルが「川の下流」から「川の上流」へ移っています。与えられた問題を効率よく解く能力から、問題そのものを発見し定義する能力へ、です。

背景にあるのは、コンピュータやAIが知識量とパターン認識で人間を追い越し始めた現実です。IBMのAI「ワトソン」がクイズ番組で人間に勝ったのは、その象徴的な出来事でした。本書の刊行は2015年。生成AIが普及する前にこの転換を見据えていた点に、いま読むと驚かされます。

ここで本書が突きつけるのが「問題解決のジレンマ」です。知識や経験を蓄え、問題解決能力を高めるほど、既存の枠組みに囚われ、新しい発想が阻害される。解く力と見つける力は、求められる思考回路が正反対であるために、構造的に両立しにくいのです。

これは個人の努力不足の話ではありません。優秀な人ほど、解く力を磨いた分だけ見つける力が鈍るという、能力の代償として起きる現象です。だから自覚しにくく、たちが悪い。

このジレンマを解く鍵を、細谷さんは意外な場所に見いだします。それが「無知」です。

経営学の父ドラッカーは亡くなる直前、もし書き残せたテーマがあるとすればそれは「無知(イグノランス)のマネジメント」であり、自身の最高傑作になっただろうと語ったと言います。哲学の父ソクラテスもまた「無知の知」に行き着きました。

顧客の役に立つためには、何も知らないことが最大の武器です。過去の経験にもとづく知識を活かすのではなく、頭のなかをまっさらな状態にして問題と向き合う必要に、折に触れてせまられるはずですよ。

ドラッカーのこの言葉が、本書全体を貫いています。知識を捨てることが、新しい知識を生む入り口になる。その逆説をどう実践に変えるか、というのが本書の主題です。

知らないことすら知らない「未知の未知」

問題発見の核心に迫るため、本書はまず知と無知を構造的に分解します。元米国防長官ラムズフェルド氏の概念を借りて、世界は3つの同心円で説明されます。

知っていると自覚している「既知の既知」。知らないと自覚している「既知の未知」。そして、知らないことすら自覚していない「未知の未知」です。

既知の既知は過去の知識を使うルーチンワークに、既知の未知は狭い意味での問題解決に対応します。これに対し、新しい問いそのものを生み出す問題発見は、いちばん外側の「未知の未知」を相手にする活動です。

多くの人や組織は、「既知の未知」の内側を世界のすべてだと誤解します。けれど本当のイノベーションは、その外に広がる「未知の未知」に目を向けることから始まります。

リスクマネジメントでも、本当に深刻なのは想定済みのリスクではなく、想定すらしていなかったリスクなのだ、という指摘には実感がこもります。

本書はこの感覚を「コンビニで売っていないものを考える」という演習で示します。棚にあるものは簡単に挙げられますが、棚にないものは無限にあって、ふだん意識に上りません。その無限の領域こそ、問題発見の現場なのだという比喩は、私の頭に長く残りました。

「知」とは事実と解釈の組み合わせである

では、そもそも「知」とは何か。本書はここを丁寧に定義します。知とは事実と解釈の集合体であり、知識とはそれを再利用できる形に固定した「スナップショット」だと言います。

事実は誰にとっても同じで、変わりません。著者はこれを0次元の「点」に喩えます。一方、解釈は人や時代によって変わる主観的な意味づけで、「分ける(分類)」と「つなげる(関係づけ)」という行為から成る、広がりを持つものです。

知識が便利なのは、この組み合わせをある時点で固定するからです。固定するから何度でも使い回せる。

ところが、時間が経つと事実のほうは動き続けるのに、固定された解釈は動きません。両者のあいだに乖離が生まれる。この乖離こそが「問題」の正体だと著者は言います。問題とは外から降ってくるものではなく、固定された解釈と動く事実のズレとして発生する、という見立ては鮮やかです。

ここから無知の分類も導かれます。単に知らない「事実の無知」、視点はあるが範囲が狭い「範囲の無知」、そして視点そのものが欠けていることに気づかない「次元の無知」。

最も気づきにくく、問題発見に決定的なのが、この次元の無知です。新しい視点に気づけなければ、新しい問題は永遠に見つかりません

なぜ問題解決の達人は問題発見が苦手なのか

問題解決は、まず問題の範囲を特定し、境界線を引くことから始まります。この線引きが「閉じた系」を生みます。

閉じた系は囲碁や将棋のように、変数を固定して内部の最適化を一気に加速させます。これは強力です。ただし閉じているがゆえに、外の変化には対応できず、やがて陳腐化します。組織も製品も個人の知識も、同じライフサイクルをたどります。

ここで先ほどの「事実と解釈の乖離」が効いてきます。事実は変わるのに、一度固定された解釈は変わらない。この歪みを発見し、線を引き直す人がイノベーターだと著者は言います。

問題を解く人は線の内側を最適化し、問題を見つける人は線そのものを引き直す。役割が根本から違うのです。

この違いを、本書は川の流れで描きます。上流(問題発見)は不確実で抽象的、ゼロベースで、創造性が問われ、確率論的に多産多死を許す世界。下流(問題解決)は確実で具体的、資源は蓄積済みで、効率性が問われ、決定論的に百発百中を目指す世界です。

ところが社会も企業も学校も、評価や管理がしやすい「下流」の価値観に最適化されがちです。標準化され、数字で測れるものが優遇される。その結果、上流で活きる創造性や主体性を持つ人材が育ちにくいという、構造的な矛盾を抱えることになります。

評価制度そのものが問題発見を抑え込んでいる、というのは耳の痛い指摘です。

アリの思考とキリギリスの思考

本書はこの対立を「アリ(問題解決型)」と「キリギリス(問題発見型)」のアナロジーで鮮やかに描きます。両者は3つの軸で真っ向から対立します。

1. ストック対フロー(知識の扱い方)。アリは冬に備えて食料を蓄えるように、知識をコツコツ蓄積することを最大の備えと考えます。「今あるもの」を活かす、持つ者の発想です。キリギリスは知識を使い捨ての道具とみなし、「今ないもの」からゼロベースで発想します。

2. 閉じた系対開いた系(境界線の意識)。アリは自分の巣や常識という線を引き、内と外を区別します。固定された解釈を通して事実を見るので、事実が解釈に反していると、事実のほうを変えようとさえします。キリギリスは線を引かず、常に外に目を向け、解釈がおかしいと思えば新しい解釈をつくり直します。

3. 固定次元対可変次元(問題の捉え方)。アリは決められた変数を、コストや効率という数値で比べられる低い次元で最適化しようとします。キリギリスは変数そのものを増減させ、「跳ぶ」という動きで土俵を変えます。その関心は最適化ではなく、「未知の変数そのもの」を見つけることに向かいます。

問題なのは、両者が同じ土俵で議論すると、具体的で論理的なアリが必ず勝ってしまうことです。低い次元に合わせさせられたキリギリスは、次元を上げる「跳ぶ」能力を封じられ、真価を発揮できません。

しかもアリの目には、キリギリスは真面目に働かず遊んでいるように映ります。会議で奇抜な案がいつも論破されてしまう光景を思い出す人は多いはずです。

だからこそ著者は、両者を安易に「混ぜる」のではなく、メタの視点で特性を理解したうえで適材適所に「組み合わせる」マネジメントを説きます。キリギリスには組織の外で自由に動ける場を与え、アリにはその成果を具体化し最適化する役割を担わせる、というように。

知識は「知的負債」になる――アンラーニング

キリギリスの思考へ転換する第一歩が、知識のリセット、すなわちアンラーニングです。

知識は一度得ると後戻りできない不可逆性を持ちます。便利な反面、環境が変われば古い解釈は陳腐化し、「思い込み」や「偏見」となって発想の足枷になります。著者はこれを「知的負債」と呼びます。資産だと思っていた知識が、いつのまにか負債に変わるという発想の転換は強烈です。

本書はこれを、冷蔵庫に入った象を外に出さなければ新しくキリンを入れられない、という比喩で説明します。新しい上位概念を入れるには、まず古い概念を一時的に捨てる作業が要る。象を出すのは難しい。だからアンラーニングも難しいのです。

この文脈で、無知が積極的に働く場面も整理されます。何も知らない白紙の素人視点は、「そもそも何が問題なのか」を予断なく問う武器になります。また「知りすぎていること」は「できない理由」に向かいやすく、決断を鈍らせます。

リスクを取る場面では、知らないことがむしろプラスに働く。知識(解釈)は偏見と裏表の関係にあるので、意識的にリセットすれば自分中心のバイアスも外せる、というわけです。

自分が無知だと自覚する――メタ認知

ただし無知の活用には、単に知識がない状態ではなく、「自分が無知であること」を自覚する側面が欠かせません。これがソクラテスの「無知の知」です。

無知の知とは、自分自身を客観的に見る「メタ」の視点を持つことだと著者は言います。人は「自分中心」のバイアスで主観的に物事を捉えがちですが、上から見るメタの視点を持てば、自分の思考の限界や、知らず知らずに引いている線に気づけます。

それは自分を相対化すること、つまり「自己と他者」という軸で自分を眺めたり、「今・ここ・これ」という時間や空間の縛りから離れて物事を見たりすることを意味します。

著者はこのメタ認知を、すべての思考回路を起動させる「問題発見の第0ステップ」と位置づけます。何かを始める前の、いちばん最初の一歩というわけです。

次元を上げる3つのメタ思考法

では、どうやって思考の次元を上げるのか。本書は3つの具体的な方法を示します。いずれも、目の前の具体(下位概念)からいったん離れ、より上位の概念で捉え直すアプローチです。

一つ目は抽象化とアナロジーです。個別の事象から共通する構造を抜き出し(抽象化)、それを一見無関係な遠い分野に当てはめる(アナロジー)。

Netflixの創業者ヘイスティングスは、DVDレンタルの延滞料への不満という具体的な事象から、スポーツジムの「月定額制」という構造を借りてきて成功しました。

抽象と具体の落差が大きいほど、飛躍は遠くへ届く。そして最後は必ず具体に落とし込む。その往復がセットです。

二つ目は思考の軸です。物事を捉える視点を意図的に設定します。価格や大きさのような定量軸だけでなく、主観対客観、保守対革新といった対立軸を複数立てることで、思考の死角をなくせます。

軸を見つけるコツは両極端、つまり遠いもの同士で対立させること。これは何でも白黒に分ける「二者択一」とは違い、曖昧な灰色を表現するための座標軸を用意する、という発想です。

三つ目はWhyの探求です。5W1Hの中で唯一、上位概念へ遡れる問いが「なぜ?」です。HowやWhatが問題を解くための問いであるのに対し、Whyだけが問題そのものを導き出します。

たとえば「喫茶店の競合は?」を、コーヒーを売る手段で考えれば同業他社しか見えません。けれど「なぜ顧客は来るのか」という目的で問い直すと、休憩する場所、人と会う場所、時間をつぶす場所というニーズが浮かび、競合はコンビニやファミレス、さらには公園やオフィス、スマートフォンにまで広がります。

これが「土俵を変える」という発想です。

なぜ知識管理ではなく「無知の管理」なのか

この一連のアプローチ全体を、本書は「イグノランスマネジメント」と呼びます。知っていることを管理するナレッジマネジメントの対極にある考え方です。

ただし両者は敵対するわけではありません。著者は、無知の管理が知識創造の入り口を補完し、強化する役割を担うと位置づけます。知識をためること自体を否定するのではなく、ためた知識をいったん脇に置ける状態をつくること。それが新しい知を生む蛇口を開ける、という関係です。

実践のトリガーとして本書が挙げるのが「特異点」への注目です。職場や社会で「変だ」「常識外れだ」「禁止すべきだ」と否定的に見られている事象こそ、新しい潮流の芽だと言います。

著者は、組織が禁止しがちな社内SNSやBYOD(私物端末の業務利用)のような事象を例に挙げ、「もしそれが主流になったら」という視点で肯定的に捉え直すことを勧めます。

短期的に潰すアリの反応ではなく、長期で芽を読むキリギリスの反応です。

おわりに

本書が刊行されたのは2015年、ワトソンが人間に勝ち、AIが知識処理で人を追い越し始めた時期でした。知識を蓄えることは、それまで疑いなく善とされてきました。けれどAIが知識処理を担う時代に人間が問われるのは、誰も気づいていない問題を発見し、定義する力です。

本書を読んで私が痛感したのは、自分の「正しい」という確信こそが、実は思考の壁になっているという事実でした。象を外に出すのは難しい。けれども、自分が何を知らないかを自覚するメタの視点を持つこと、それが新しいフロンティアを切り開く第0ステップなのだと思います。

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