最初の1〜2年は少し落ち込むが、その後は急成長して大成功する。そんな右肩上がりの事業計画を、あなたも一度は見たことがあるはずです。
そして、その計画が達成された記憶は、おそらくほとんどないはずです。
本書はこの形を「ホッケースティック」と呼びます。スティックの先のように、未来だけが都合よく跳ね上がる計画。マッキンゼーのクリス・ブラッドリー氏らが、世界2393社・15年分の業績データを使って「なぜ私たちは毎年これを繰り返すのか」を突き止めた一冊です。
フレームワークを足すのではなく、数千社の実績という外部の物差しで戦略を測り直す——そこが類書と決定的に違います。
こんな人におすすめ
- 毎年、分厚い資料と長い会議の末に、結局は前年踏襲の予算に落ち着いてしまう現場にいる人
- 「うちの業界は特殊だから他社比較は意味がない」と言われ、議論が止まった経験がある人
- 大胆な提案がいつも「リスクが大きい」と潰される側にいる戦略・企画担当者
- 成功事例を集めたビジネス書を読んでも、なぜか自社では再現できないと感じている人
一つでも刺さったなら、この本はあなたの会議室の風景を変えてくれます。
戦略を劣化させる真犯人は、分析力の不足ではない
普通、戦略がうまくいかないのは「分析が甘いから」だと考えられています。本書の立場は、これを真っ向から裏返します。戦略を劣化させているのは分析力の欠如ではなく、人間の認知バイアスと、それを利用した社内政治だ——というのです。
「戦略立案のプロセスは人間の脳が不得意とするタイプの問題です。」(クリス・ブラッドリー他『マッキンゼー ホッケースティック戦略』より)
脳が苦手とするうえに、策定の場では社内政治が理性を圧倒する。だからこそ本書は、さらに精緻なフレームワークを足そうとはしません。代わりに持ち込むのが、数千社のデータという外部の物差しです。
多くの戦略本が「もっと深く考えよ」と説くのに対し、本書は「自分の頭の外に出よ」と言う。考える量ではなく、考える土俵そのものを疑えという発想で、ここが私には新鮮でした。
社内政治の駆け引きは具体的です。予算を取りやすくするため控えめに申告する。責任を負わないよう確実に達成できる計画を選ぶ。提案者の顔を立てて不採算事業に「戦略的」のラベルを貼り延命させる。
こうしてできあがるのがホッケースティックで、本書はそれを「皆にとって儀式のようなもの」と切り捨てます。誰もが非現実的だと薄々わかりながら描き続ける。
そして計画は未達に終わり、翌年また新しい右肩上がりが描かれる。未達が積み重なった計画線は、毛が何本も生えた背中に見える——本書はこの痛々しい状態を「ヘアリーバック(毛の生えた背中)」と名付けました。
身も蓋もないネーミングに、苦笑いした読者は多いはずです。
「内部の視点」が、静かに自信過剰を育てる
この社内政治の温床として本書が名指しするのが「内部の視点」です。自社の過去データ、業界内の主観、幹部の経験。それらだけで判断しようとする狭い視野を指します。
厄介なのは、情報を集めるほど判断が良くなるとは限らない点です。本書はこう警告します。
「持っている情報が詳細になるほど、人間は自分の思い込みに自信を持つようになります。そして、自信が増すほど、誤った結論に達するリスクが高まるのです。」
象徴的なのが、行動経済学の大家ダニエル・カーネマン自身がこの罠にはまった逸話です。教育省向けの教材作成で、自分たちの経験から「1〜2年で終わる」と見積もった。
ところが同種プロジェクトの4割は失敗し、成功例ですら7年以上かかっていた。その外部の実績を知らずに走った結果、完成まで8年を要し、しかも教材は使われなかったといいます。
ノーベル賞級の知性ですらこうなる。資料を分厚くする作業そのものが、安心という名の油断を生むことがある——心当たりのある人は、決して少なくないでしょう。
利益はなぜ一部の企業に偏るのか――パワーカーブ
外部の視点を持つには、共通のものさしが要ります。本書が選ぶのはエコノミックプロフィット、すなわちみなし税引後営業利益から資本コストを差し引いた指標です。
会計上の利益や売上規模ではなく、資本コストを上回って実際にどれだけ価値を生んだかを測る。規模の大きさと、価値を生んでいるかは別物だ、という割り切りがここにあります。
その物差しで世界の企業を並べると、極端な分布が現れます。これがパワーカーブです。上位20%が市場の利益の大半を独占し、中位60%はほぼ平坦、下位20%は大きな損失を出す。
富が一部に集中するべき乗則の形です。数字で見るとさらに鮮烈で、上位20%の平均エコノミックプロフィットは約14億ドル。中位60%の平均(約4700万ドル)の、およそ30倍にあたります。
しかもこのカーブは年々急になっています。上位層の利益総額は2000〜2004年の約1860億ドルから、2010〜2014年には約6840億ドルへ。
勝者と敗者の差は加速度的に開いています。そして中位層が10年で上位層へ移れる確率は、自然体では平均わずか8%。この数字を見たとき、「平均的に頑張る」ことの危うさが一気に立ち上がってきました。
カーブを駆け上がる「5つの大胆施策」
では、この低い確率をどう動かすのか。ここからが本書の科学的な核心です。業績の上下動の80%以上は、たった10の要因で説明できると著者は言います。
その内訳は、売上規模・債務水準・過去のR&D投資といった「所与の企業力」が成功への寄与30%、業界・地理の「トレンド」が25%、そして自社でコントロールできる「施策」が45%。
トレンドは「自分の足元で動く地面」のようなもので、好位置の約50%は所属業界で決まる——優れた経営者がいるから業績が良い、という帰属バイアスを、データは静かに崩します。
最大のレバーである施策は、具体的に5つ示されます。プログラマティックM&A(一発の大型買収ではなく身の丈の案件を継続的に積み重ね、10年で時価総額の30%以上に達する)、積極的なリソース再配分(10年で資本の50%以上を事業間で動かす)、業界上位20%に入る強力な設備投資、業界水準を25%以上上回る生産性向上、そして粗利改善が業界上位30%に入る差別化の促進。
いずれも「しきい値」を超えて初めて効くのがポイントで、中途半端な改善ではカーブは1ミリも動きません。
そして本書が繰り返すのは、これらが非線形に効くという事実です。1〜2つを本格実行すれば上位層への確率は8%から17%へ、3つ以上なら47%、約6倍に跳ね上がる。
実際、10年で4〜5つを実行した60社のうち40社がカーブを上昇し、下降した企業は1社もありませんでした。航空機部品のPCC社は4つを基準値以上で実行して株主総利回り27%(CAGR)を達成し、最終的にバークシャー・ハサウェイに372億ドルで買収されています。
「少し頑張る」が最も報われない、というのが本書の冷徹な結論です。
何もしないことが、最大のリスク
ここに本書の最も反直感的なメッセージがあります。大胆な施策はリスクが大きい、と私たちは思い込んでいる。しかし著者は「何もしないことが最もリスクが高いということが、データからは明らかになっています」と言い切ります。
動かない安全策こそが、いちばん危ない賭けなのです。
理屈はこうです。競合も同じように努力して成長している以上、現状から少し積み増す程度の改善ではカーブ上で停滞し、やがて滑り落ちる。Netflixのヘイスティングス氏の「素早く行動しすぎたことで企業が衰退することはない。
むしろ動きが緩慢すぎることで滅びる」という言葉が、この章の核心を言い当てています。この視点を手にすると、戦略会議で全員がスムーズに合意した瞬間こそ、危険信号に見えてきます。
実践面では、本書後半の「8つのシフトチェンジ」が効きます。新規施策も営業努力も一切織り込まない素の業績予測(モメンタムケース)を作って目標との真のギャップを数字で炙り出す。
全事業に薄く配る「ピーナッツバター型」の予算をやめ、勝てる少数へ集中させる。壮大なゴールより直近6カ月のマイルストーンを設計し、第一歩を踏めたかで評価する。
どれも、内部の視点と社内政治を切り崩すための具体的な作法です。
私がこの本を勧めたいのは、戦略・予算の現場で議論を社内政治に歪められている企画担当者と、リソースを全事業へ薄く広く配ってしまっている経営者です。
逆に、成功企業のやり方をそのまま真似たい人には向きません。本書が突きつけるのは確率を上げるための規律であって、コピー可能な正解ではないからです。
ビジネスは、最も勝つ確率が高い選択を積み重ねる確率のゲームだ——読み終えて、私は戦略会議の見え方が変わりました。分厚い資料は緻密さの証ではなく、内部の視点に閉じこもったサインかもしれない。
次にあなたの前にホッケースティックが現れたとき、こう問えるはずです。これは外部の視点で見ても、本当に跳ね上がるのか、と。
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『戦略ごっこ』 成功企業の手法を真似ても再現できない、というエビデンスベースの議論。本書が指摘する『エクセレント・カンパニー』型の生存者バイアス(市場平均を上回る確率は52%)と問題意識が重なります。
