薬を飲んでいるのに、いっこうに良くならない。
そんな経験はありませんか。歳を重ねると病気が増え、気づけば毎日たくさんの薬を飲んでいる。でも、体が軽くなった実感はない。本書は、その違和感に正面から答える一冊です。
著者の佐古田三郎さんは、国立病院機構・刀根山病院の院長を務めた神経内科医。大阪大学で新薬の臨床試験に取り組んできた、西洋医学の最前線にいた人です。その人が「薬という小さな分子一つで病気を克服しようという考えは誤りだ」と言い切る。代わりに提唱するのが、食事と睡眠を土台から立て直す「現代養生訓」でした。西洋医学を否定する本ではなく、その最先端を歩いてきた人だからこそ書けた一冊だ、という点が私にはいちばん効きました。
「部分」を治しても、人は治らない
著者がもっとも強く拒むのは、病気だけを診て患者を診ない医療のあり方です。臓器ごとに細分化し、病名に対して薬を出す。その積み重ねで、高齢者は気づけば何種類もの薬を抱えることになる。今の医療保険制度が「一つの病気ごとに治療をする」仕組みになっているからだ、と著者は構造の側から指摘します。
ここで本書が持ち出す比喩がいい。診療ガイドラインを「寄せ集めの美人画」と呼ぶのです。優れたパーツ(エビデンス)をいくら集めても、全体として美しい一枚の絵にはならない、と。彫刻家ジャコメッティの「部分から全体に至る道はない」という言葉まで引いてくる。神経内科医がアートを語る、その越境ぶりに本書の射程の広さが表れています。
この章で気持ちが軽くなるのは、減薬もまた立派な治療だと言い切ってくれる点です。長年薬を飲み続けた患者に「本当は杖なしで歩けるんですよ」と語りかける。なかには、薬を減らすほうがかえって動けるようになる人さえいる。なぜそんなことが起こるのか。その答えは、ぜひ本書で確かめてほしいところです。
万病の元は「腸の漏れ」にある
本書でいちばん驚いたのは、脳の病気が腸から始まっているという話でした。
腸は「第二の脳」と呼ばれ、内壁には脊髄に匹敵するほどの神経細胞が張りめぐらされている。腸内細菌は100兆にも及ぶ。この腸の状態が脳の機能を左右する——「腸脳相関」という考え方です。カギになるのが「リーキーガット症候群」、つまり腸もれ。腸壁のつなぎ目が緩んで穴が開き、未消化の食べ物や毒素が血液中に漏れ出して全身で炎症を起こす。
白砂糖や小麦粉などの精製した糖質も未消化のまま取り込まれ、体じゅうに運ばれていくことで、(中略)免疫の誤作動によるアレルギー、リウマチ、甲状腺機能障害、ぜんそく、多発性硬化症などを引き起こす要因になると考えられています。(本書より)
朝の菓子パンと甘い飲み物が、巡り巡って脳の不調につながりうる——この一本の線をどう描くのか。パーキンソン病の原因物質が腸から脳へ「上っていく」という仮説まで紹介され、脳だけを見ていては絶対に見えない景色が広がります。腸と脳をつなぐ具体的なメカニズムは、本書の説明で追ってみてください。
食べ方の処方箋と、「いかに食べないか」
腸を立て直す具体策として、著者は昔ながらの日本食への回帰を6つのポイントで挙げます。ここでは一つだけ。「肉より魚」を選ぶ理由が腑に落ちました。揚げ物や炒め物の油に多いオメガ6脂肪酸は摂りすぎると慢性炎症を促進し、魚の油に多いオメガ3はそれを抑える。現代人はオメガ6が過剰でオメガ3が不足しがちだから、魚を増やす。単なる「和食は健康」という標語ではなく、脂質の質という土台から説明されるので説得力が違います。残り5つのポイントは本書で確かめてください。
さらに踏み込むのが「何を食べるか」より「いかに食べないか」という章です。断食や糖質制限で体内の糖が枯渇すると、肝臓でケトン体が作られ、脳のエネルギー源になるうえ酸化ストレスへの耐性まで高める。ただし著者は極端な糖質制限には注意を促し、別のすすめ方を提案します。自身の病院で行った少食の臨床例も生々しく、ある患者では認知症テストに、別の患者では歩行や睡眠にまで変化が現れた——その具体的な数字と結果は、本書で確かめる価値があります。
睡眠と朝の光が、体を回す
後半の睡眠の章で目を開かされたのは、息が完全に止まる「無呼吸」より、自覚しにくい「低呼吸」のほうこそ警戒すべきだという指摘でした。気道が狭まって呼吸が浅くなり、毛細血管への酸素供給がじわじわ滞る。著者はそれを、致死量に届かない微量の毒に重ねます。日本人はあごが小さい骨格ゆえ、やせ型の女性でも低呼吸に陥りやすいという話は、私にとってまったくの盲点でした。
そしてもう一つ、誰でも今日からできる処方箋。
朝、目が覚めたらまずカーテンを開けるということ。そして、晴れた日には必ずひなたぼっこをすること。(本書より)
朝の光が脳の「時計遺伝子」をリセットし、各臓器のリズムを整え、夜の眠りの質まで底上げする。カーテンを開けるという何でもない行動が、体の根っこのリズムを動かしている。光療法でパーキンソン病の薬が減ったという海外の追跡研究も紹介されますが、その規模と結果は本書で。
どんな人に効くか
向いているのは、検査では異常がないのに不調が続く人、何種類もの薬を減らしたい人、朝が菓子パンと甘い飲み物の人、いびきや日中の眠気が取れない人です。具体的な暮らしの場面に心当たりがあるほど効きます。逆に、特定のサプリや成分で一発逆転を狙いたい人には合いません。本書が一貫して語るのは、遠回りに見える生活の立て直しこそ近道だ、という話だからです。
読み終えて残るのは、特定の食材リストではありませんでした。腸も脳も睡眠も、つながった一つのシステムとして動いている。だから一点を薬で叩くより、土台を整え直すほうが確実だ——その見方の転換です。著者は最後に養生を碁にたとえ、定石を覚えるだけでは碁が強くならないように、知識を詰め込むだけでは健康にたどり着けない、と締めくくります。あまり理屈に走らず、生活のバランスを。その最後の一手がどんな言葉だったかは、本書のページをめくって受け取ってほしい。
明日の朝、いつもの菓子パンに手を伸ばす前に、一度この本のことを思い出してみてください。その小さな選び直しから、体の手応えは静かに変わり始めます。
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