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『自衛隊メンタル教官が教える 折れないリーダーの仕事』下園壮太|「頑張れ」が、チームを壊す日

リーダーシップ・組織 ✍ 下園壮太
約7分で読めます

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目次

最近、あの部下の態度が悪くなった——そう感じたとき、多くの上司は原因を性格ややる気に求める。だから叱り、指導し、意識を変えさせようとする。本書はその発想を、まるごとひっくり返す。

態度が変わったのは、その人が「ダメになった」からではない。ただ疲れているだけで、休ませれば何もしなくても元の「良い人」に戻る、と言い切るのだ。

著者の下園壮太は、陸上自衛隊で初めて心理教官を務めた人物である。何千件ものカウンセリングと、「負け」が許されない組織で培われた知恵を土台に、疲弊しきった職場をどう生き延びるかを説く。

世に溢れるリーダー論とは、立っている足場がまるで違う。以下では、その核心を編集部の視点で整理し直していく。

「勝つため」ではなく「負けないため」のリーダーシップ

本書の出発点は、リーダーシップには二種類あるという割り切りだ。ひとつは「勝つためのリーダーシップ」。メンバーが元気で意欲もある状態を前提に、やる気を引き出して成果を最大化する攻めの技術で、巷のリーダー本の大半はこちらを扱う。

もうひとつが本書の主役、「負けないリーダーシップ」だ。すでに疲れ果て、意欲の落ちたメンバーをなんとか動かし、最低限の戦力を保つ守りの技術である。

下園はメンバーの半数以上が疲弊した職場を「戦場」と呼ぶ。そこでは攻めの手法が逆効果になる。疲れた人に「もっと頑張れ」と刺激を入れると、かえってやる気を根こそぎ奪い、崩壊を早めてしまうからだ。

目標も変わる。売上を伸ばすことではなく、状況が好転するまでの二年間をもちこたえること。誰一人潰さずに生き延びることが、有事のリーダーの勝ち筋になる。

この発想の根には、攻撃力ばかりを重んじて兵士の疲労や補給という「ダメージコントロール」を軽視した旧日本軍への、著者の強い反省が横たわっている。死者の六割以上が病死で、その多くが餓死だったという史実。国家予算の四%を注ぎ込みながら、防御を軽んじて沈んだ戦艦大和。気力で乗り切ろうとする精神論の危うさを、本書は歴史から繰り返し引き出す。編集部としても、この「守りを軽んじる文化」への警告は、慢性的な人手不足に悩むいまの日本の職場にこそ、そのまま刺さると感じる。

蓄積疲労は3段階で進む——見えない「2倍モード」

本書の土台が「蓄積疲労の3段階モデル」だ。第1段階の通常疲労は、一晩眠れば回復する状態で、協調性もあり「良い人」でいられる。問題は第2段階、著者が「2倍モード」と呼ぶ状態である。

疲労が翌日に持ち越され、同じ出来事から受けるショックも、回復にかかる時間も、すべて二倍になる。イライラし、疑心暗鬼になる。そして第3段階の「3倍モード」では、うつや潰瘍といった明確な病気のサインが表に出る。

厄介なのは、第2段階の人が表面上はパフォーマンスを保ててしまうことだ。本人も周囲も気づかない。下園はこれを「ステルス疲労」と名づける。大きなプロジェクトが終わってアドレナリンが切れた瞬間、時間差で一気に噴き出し、ある日突然の離脱をきっかけにチームがドミノ倒しになる。

数字も生々しい。月80時間超の残業を続ければ健康な人でも三か月で第2段階に入り、睡眠4時間未満ならわずか二週間だという。

ここで本書がもっとも力を込めるのが、態度の悪い「嫌な人」は性格の問題ではない、という一点だ。人の優しさは意志や人格ではなく、栄養と疲労という物理的な条件にこそ支配されている。食事の栄養価を落とすと被験者全員が意地悪で自分勝手になり、食事を戻すと再び紳士に戻った——本書はそんなイギリスの実験を引く。

だから第2段階の部下は、教育ではなく休養で元に戻る。ここを取り違えて叱責を重ねるほど、事態は悪化する。人を数字ではなくエネルギー残量で見よ、というのが本書に一貫する眼差しだ。

そして戦場で「全滅」とは、全員が倒れることではない。七割が生き残っていても、組織として機能しなくなればそれは全滅だ。三割が欠けた時点でチームは終わる。だから一人も第3段階に落とさないことが、勝敗を分ける。この線引きの厳しさが、本書の危機感の高さを物語っている。

休ませ、仕事を切る——守りの二大仕事

ここから、リーダーがやるべき五つの仕事に入る。前半の二つは「疲労のコントロール」と「仕事を切ること」だ。

疲労管理の要は休養で、鍵は「3連休」にある。土日だけの2連休では翌週の不安で脳が休まらない。金曜か月曜をつなげて三日にすれば、中の一日を仕事の心配がまったくない完全な休養に充てられる。

回復の方法は拍子抜けするほど地味だ。温かい食事、良質な睡眠、水分補給——自衛隊が災害派遣の現場で実践する三大手法である。ジョギングやサウナ、旅行はむしろ逆効果になりやすい。

肉体も頭脳も感情も、同じ源からエネルギーを引き出すからだ。だから休養は「空いた時間に取るもの」ではなく、予定表に最初から仕事として組み込む。

繁忙期は「50分歩いて10分休む」式のこまめな回復で乗り切る。疲労は溜まるほど回復に何倍もかかるから、第2段階に落ちる前に小刻みに戻すのが最も効率的なのだ。

二つ目の「仕事を切る」は、真面目なリーダーほど苦手とする。第2段階の職場の戦力は通常の三分の一——著者いわく「3分の1の法則」——しかない。

その前提で業務量を設計しろ、と本書は迫る。邪魔をするのは、壁を必死でよじ登り宿題をやり切る「子どもの心の強さ」だ。本書が求めるのは、目的のためにあえて「やらない」と決める「大人の心の強さ」。

切り方は、丸ごとやらない、完成度を下げる、時間で区切る、延期する、の四つ。ここで見落とされがちなのが順番で、仕事を減らさぬまま残業だけ規制すると、責任感の強い部下ほど自宅に持ち帰り、休息の場が消えてしまう。

だから残業削減より先に仕事を切る。上からの圧力を自分でせき止め、部下には「これだけやればいい」と安心させる——本書はこれを「ダム型のリーダー」と呼ぶ。

個人的には、この「せき止める」覚悟こそ、いまの中間管理職に最も欠けているものだと思う。

伝え、団結させる——不安と人間関係を管理する

三つ目は「伝えること」。疲れたメンバーは、不安や不公平感という「感情の眼鏡」で世界を見る。情報の空白があれば、そこを最悪の被害妄想で埋めてしまう。

だからリーダーは、確定していなくてもしつこく伝える。使うのは三点セット——「現状(まだ未定だ)」「個人的な予測(たぶんこうなる)」「制約事項(来週の会議で決まる)」。

この三つを分けて示すだけで、部下は落ち着きを取り戻す。役割分担は必ず全員のいる場で行い、指示は数値で言い切って復唱させる。そして怖くても、リーダー自身は落ち着いた様子を演じる。

四つ目は「団結させること」。過酷な現場で最大のストレスは、任務でも環境でもなく人間関係だという。第2段階では我慢に使うエネルギーも二倍かかり、些細なことが許せなくなる。

ここでのリーダーの仕事は、仲直りさせることではない。エネルギーの枯れた者同士を話し合わせるのは傷を深めるだけで、正解は担当替えや席替えで「物理的に距離を離す」ことだ。

この身も蓋もない処方箋は、精神論に慣れた耳には冷たく響くが、実務的にはこれ以上なく正しい。予防策として勧められる「からだ電池・こころ電池」も強力だ。

「朝を100%として今の残量は何%か」を一人十秒で言い合うだけで、「あの人が不機嫌なのは自分のせいではなく、電池が10%だからだ」と分かり、無用な誤解が消える。

団結の土台は日頃の信頼にあり、本書は信頼で動かす「心腹統御」と強制で従わせる「威圧統御」を区別して、前者の蓄積こそが有事の厳命を支えると説く。

もっとも、電池残量の共有のような施策が機能するのは、弱さを開示しても攻撃されない土壌があってこそだ。上司が最初に自分の低残量を正直にさらせるか——本書の実践は、結局のところリーダー自身の胆力に跳ね返ってくる。

リーダー自身のダメージをコントロールする

そして五つ目、最も見落とされがちなのが、リーダー自身のダメージコントロールだ。ここまでの実践には莫大な体力が要る。脳が疲れていると新しいやり方への拒否感が本能的に働くため、リーダー自身がまず休まないかぎり、どんな正論も実行には移せない。だから最優先は、リーダーが自分を回復させることだ。

本書には、不振の部署を任された部長が、まず一週間の休みを取ることから再建を始めた事例が出てくる。感情のケアも要る。部下に怒鳴るのは、サル山のボスが威嚇するのと同じ「どっちが上か」の本能にすぎない。

目的は勝ち負けではなく部下に変わってもらうことなのだから、一歩引いて「頼む」ほうが合理的だ、と本書は諭す。

不安には、あえて「最悪のケース」を紙に書き出して向き合う。部署の取り潰し、評価の低下——冷静に並べれば、ビジネスの最悪は命まで取られない「なんとかなるレベル」だと気づける。

孤独に戦わず「参謀」を持ち、いざとなれば潔く「辞める強さ」を持つ。判断力を失ったまま椅子にしがみつくより、退く決断のほうがよほど責任ある態度だ、という指摘は重い。

この本の凄みは、部下の不機嫌もミスも人間関係のもつれも、気合や性格ではなく「エネルギー残量」という一本の物差しで説明しきるところにある。読み手に残る宿題は、実はひどくシンプルだ。

自分の通常業務をまず一つ手放し、チームのタスクを必要性順に並べて下位を丸ごと切り、朝礼の冒頭に電池残量の共有を差し込む——できるのは、それだけでいい。

「ない袖は振れない」。エネルギーが減れば、それに応じて仕事を減らすしかない。この当たり前を、覚悟を持って実行できるかどうか。折れないチームの分かれ目は、たぶんそこにある。


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