応援席から、下級生のつぶやきが聞こえた。「先輩たちが負ければいいのに」。
帝京大学ラグビー部の監督だった岩出雅之さんは、この一言を偶然耳にしてしまう。就任から10年、早稲田にも明治にも慶應にも勝てない時期が続いていた。厳しく、正しく鍛えてきたつもりだった。それなのに部員は、先輩の敗北を願っていた。
『常勝集団のプリンシプル』は、この一言を境に組織を作り直した記録である。行き着いた先は、全国大学選手権9連覇。それまでの最多記録だった同志社大学の3連覇を、大きく塗り替えた。
勝ち続ける集団の条件は、強いリーダーの采配ではなく、命令なしで自分から動ける仕組みだった。本書はこの逆説を、寮の掃除当番から目標設定まで、日常のあらゆる場面に落とし込んでいく。同じ注意を同じ相手に繰り返している自覚がある人ほど、この先を読んでほしい。

指示命令は、リーダーが自分を楽にするための道具
岩出さんが最初に手放したのは、命令という道具だった。
「リーダーの指示命令は、リーダーが楽をするためのツールなのです」
指示は効き目が早い。目の前の相手を、思いどおりに動かせる。ただし、その効果はすぐに切れる。命令された側は「なぜそうするのか」を理解しないまま従うので、状況が変わった途端に応用が利かなくなる。だからリーダーは、同じ注意を同じ相手に何度も繰り返す羽目になる。
心理学者ダグラス・マグレガーが1950年代に示したX理論・Y理論を、本書は組織改革の軸に据える。人は放っておくと怠けるから管理が要る、と見るのがX理論。
人にはもともと成長したい欲求があり、権限を渡せば自分で責任を引き受ける、と見るのがY理論。岩出さんが10年かけて進めた改革は、要するにX理論からY理論への引っ越しだった。
この転換を後押しするのが、軍事分野の「ミッション・コマンド」という考え方である。目的だけを共有し、手段は現場に委ねる発想で、観察・判断・決断・行動を高速で回す「OODAループ」とも重なる。
本書はパフォーマンスを二つに分ける。決められた計画をミスなくこなす戦略パフォーマンスと、想定外の事態に現場が判断して最善手を打つ適応パフォーマンスである。
変化が速い環境では、いちいち上に伺いを立てていたのでは間に合わない。指示命令型の組織は平均点の底上げには効くが、頭打ちが早い。ここが本書全体の出発点になっている。
雑用を1年生から取り上げたら、勝てる集団になった
環境づくりの柱が、逆ピラミッド型組織である。
普通の体育会系は、1年生が掃除も配膳もこなし、4年生が特権を持つ。帝京大学はこの序列をひっくり返した。玄関やトイレの掃除、公式行事のワイシャツのアイロンがけといった雑務を、3年生と4年生が引き受ける。
理由は根性論ではなく、心理的なエネルギー配分の計算にある。地方から出てきたばかりの1年生は、新しい環境に慣れるだけで気力を使い果たしている。
そこに雑用まで重なると、学業やラグビーに割く余力が残らない。生活に慣れきった4年生には、逆に余裕がある。だから下級生が下働きから外れる分だけ、上級生が引き受ける構図にした。
雑用から解放された1年生は、勉強と競技に全力を注げるようになり、成長の速度そのものが上がった。
この設計は、部の4年間をキャリアの縮図として描き直してもいる。1年生を新入社員、2年生を中堅、3年生を中間管理職、4年生を経営幹部に見立て、社会人30年分の役割変化を4年間で経験させる。
部員は約140人いるが、公式戦のジャージを着られるのは23人だけで、大半はスタンドに回る。この人数比でチームを腐らせないための、役割の階段でもある。
岩出さんは年に一、二度、自らほうきを持って寮の玄関を掃く。そのときの反応が、学年ごとにきれいに分かれるという。1年生は気づいても、どう振る舞えばいいかわからず素通りする。
2年生は挨拶だけして「急いでいる」そぶりを見せる。3年生は「自分が代わります」とほうきに手を伸ばす。4年生になると、何も言わずに隣で掃き始め、気づけば駐車場まで一緒に掃除している。
興味深いのは、掃除の監督に気づかぬふりで駆け抜けていったはずの新入部員が、4年目には自分から箒を握る側に立っている、その反転ぶりである。本書はこれを無意識の蓄積と呼ぶ。
叱責や規則で行動を矯正するのではなく、できのいい先輩たちの立ち居振る舞いを毎日視界に入れ続けることで、本人の自覚がないまま価値観が入れ替わっていく現象だという。
蓄積量がある水準を超えた瞬間に、行動が切り替わる。だとすればリーダーの仕事は、怒鳴って変えさせることではなく、その瞬間が来るまで待つことになる。
教育心理学の有名な実験も、本書はここで引く。無作為に選んだ生徒を「伸びる子」とだけ教師に伝えたところ、結果としてその生徒の成績は本当に上向いた。部下の伸びしろを信じているかどうかという上司の内心は、隠しているつもりでも仕草や声色に漏れ出るということだろう。
上級生は教えず、質問する
自律を回す技術の一つが、3人トークだ。練習中やミーティングの合間に、学年の異なる3人組をその場でつくり、1〜2分だけ話し合わせる。ルールは一つ。上級生は聞き役と質問役に徹し、下級生に9割話させる。
以前は逆だった。先輩が9割話し、後輩は1割しか聞いていなかった。それを反転させ、「これはどういう意味だと思う?」と質問だけを投げるようにした。
効果は三つある。自分の言葉で説明すると理解が具体的になり、記憶にも残ること。自分で口にした発言には人は一貫性を持たせようとするため、行動への責任感が生まれること。
そして、問いを組み立てる側の上級生自身のコーチング力が鍛えられることだ。
もう一つの技術がSBARである。潜水艦内の情報伝達と、医療現場の伝達ミス防止のために開発されたフォーマットで、報告する側が状況・経緯・自分の評価・提案の四つを揃えてから相談に来る。
多くの部下は状況だけを持ってきて「どうすればいいですか」と丸投げする。指示を待つ癖がついているからだ。すべての報告をこの型で統一すると、メンバーは事実を伝えるだけでなく「評価して、解決案を持つ」訓練を毎日重ねることになる。
帝京大学では、ケガや体調の連絡にもこの型を使っているという。フォーマット一つで、考える習慣がつく。
給料でも罰でもなく、「楽しさ」が組織を動かす
文化づくりの土台は、意外にも「お金や罰では人は動かない」という話から始まる。
心理学者フレデリック・ハーズバーグの理論によれば、給与や設備といった外的な環境は衛生要因にすぎない。低ければ強い不満を生むが、高くしても満足には直結しない。
それどころか、成果に応じた報酬のような外発的な動機づけは、創造性を落とすことさえある。心理学者サム・グラックスバーグが創造性を要する課題で行った実験では、報酬を約束されたグループより、無報酬のグループのほうが速く解けた。
報酬への意識が、思考の柔軟さを妨げたのだ。
幼稚園児を対象にした別の実験も引かれる。絵を描くのが好きな子に「上手に描けたら賞状をあげる」と伝えたところ、その後、賞状がないと描かなくなった。
アンダーマイニング効果と呼ばれる現象で、褒め方にも同じ罠がある。結果を褒めると目的が「褒められること」にすり替わり、失敗を隠すようになる。
褒めるなら、結果よりも挑戦した過程のほうがいい。
では何が人を動かすのか。本書が置く答えは「楽しさ」である。経済学者・伊藤元重氏の分類を借りて、労働を三つに分ける。創意工夫の余地がないレイバー、決められた手順をこなすワーク、自分の意志で熱中し目標も戦略も自分で変えていいプレイ。
AIと機械化が進むほど、人に残る領域はプレイへと寄っていく。だからリーダーの役割は「我慢しろ」と言うことではなく、現場に裁量を渡してプレイの状態をつくることになる。
心理学者ミハイ・チクセントミハイが説く没入状態、いわゆるフローに入るには、四つの条件が要るという。過去の後悔や未来の不安ではなく「今」に意識を集中させること。
課題の難易度を、自分の実力より少しだけ高く設定すること。恥や罰への恐れといった間接的な動機を意識から外すこと。そして、本番でいきなり心を整えるのは無理なので、姿勢と呼吸を日常的に整える習慣を持っておくことである。
失敗の扱い方も、この延長にある。失敗を上司が責めると、部員の判断基準は「怒られないこと」にすり替わり、挑戦が消える。本書はここで定義そのものを裏返す。失敗とは避けるべき恥ではなく、次に進むための材料だという読み替えである。
2017年度の全国大学選手権決勝、8連覇中の帝京大学は前半だけで明治大学に3トライを許し、7対17と10点のビハインドを背負った。シーズン最大の劣勢である。そのハーフタイムに岩出さんが選手へ伝えた言葉が、これだった。
「厳しい時こそ楽しもう! 勝ってもよし、負けてもよし。それが成長につながる」
試合は1点差の逆転勝ちで幕を閉じ、9連覇が決まった。
目標は「7割が届く高さ」に、勝った翌年は「110」を狙う
目標設定にも、独自のさじ加減がある。7割の法則と呼ばれる考え方で、チームの目標を、メンバーの7割程度が届きそうな高さにあえて抑える。
根拠は心理学者J・W・アトキンソンの達成動機研究で、人のやる気が最大になるのは、成功確率を五分五分と感じる課題に挑むときだった。目標を下位3割にも届く高さに置けば、「自分にもできるかもしれない」という当事者意識が戻る。
上位3割は、目標が易しくても放っておけば自分でもっと高いラインを引いて自走する。だから全体がだれない。
ただし、この設計には賞味期限がある。勝ち続けた組織ほど「前年どおりでいい」という守りに入りやすいからだ。岩出さんの見立てでは、「今年もこのままでいい」と頭をよぎった時点で、チームはすでに下り坂に足を踏み入れている。
そこで打つ手は、前年の力を100とみなし翌シーズンは110を狙うという挑戦目標を、優勝した年も含めて毎回自らの手で掲げ直すことだ。挑戦して95に落ちる痛みより、守りに入って文化が澱むほうが痛手が大きい。
その判断を、岩出さんは腹をくくって引き受けている。
本書はこの現状維持への抵抗を、組織文化を「耕す」作業にたとえる。カルチャーの語源はラテン語で「耕す」を意味し、放っておけば土はすぐに硬くなる。
制度や設備は競合にすぐ真似されるが、メンバーが自ら問い、学び、成長し続ける文化そのものは簡単には模倣できない。本書はこれを、最強の競争優位に位置づけている。
この本を読んで一番残ったのは、掃除の場面だった。監督を無視して通り過ぎた1年生が、4年後には自分からほうきを持つ側に回る。叱った記録も、規則を新設した形跡もない。ただ上級生たちの毎日のふるまいが、4年という歳月をかけてじわじわ染み込んだだけである。
命令を下す側は、その瞬間だけは主導権を握った気になれる。だが、その一瞬の快感を握りつぶせるかどうかで、9連覇したチームと10年間勝てなかったチームの明暗が分かれた。
次に部下から相談を受けるとき、状況だけの報告をいったん受け取らず、経緯と本人の評価、提案まで揃えてから聞いてみる。そこから変わることは、思っているより多いはずだ。
