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『住宅営業マンぺこぺこ日記』屋敷康蔵さん|家を売るプロが、自分の家を失うまで

戦略・経営・事業 ✍ 屋敷康蔵さん
約8分で読めます

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『住宅営業マンぺこぺこ日記』
目次

住宅展示場のガラス張りのドアを、あなたは「いいメーカーを見つけるぞ」という気持ちで開ける。けれど、その瞬間に値踏みを始めているのは、あなたではなく中で待ち構えている営業マンのほうかもしれない。

『住宅営業マンぺこぺこ日記』は、ローコスト住宅メーカー「タマゴホーム」に35歳で中途入社し、52歳で退職するまでの17年を綴ったノンフィクションだ。

著者の屋敷康蔵さんは、何千万円もの家を客に売り続けたプロでありながら、最後は自分自身の住宅ローンを払いきれず、家を手放した。家を売る人間が、家を失う。

この一冊には、その救いのない皮肉がまるごと封じ込められている。

本書の語り口は、暴露でも告発でもない。展示場の現場で起きていることを、淡々と、しかし容赦なく書き留めた業務日誌に近い。だからこそ、これから家を買う人にとっては実用的な防具になり、営業という仕事に身を置く人にとっては自分の現場を映す鏡になる。

編集部としては、住宅という人生最大の買い物の「裏側の設計図」を読むつもりで開いてほしい一冊だと感じている。

図解

まず値踏みしているのは、客ではなく営業マンのほう

本書がいきなり突きつけてくるのは、立場の逆転だ。客は「どこのメーカーにしようか」と選ぶ気でいるが、実際は反対に、メーカー側から先に値踏みされている。

営業マンは「お金のニオイ」に敏感だ。来場した客の身なり、乗ってきた車の車種と状態、車検が切れていないか、職業は何か。そうした断片から、玄関に入って数秒で「ローンが通るか」「いくら出せるか」を瞬時に査定する。

面白いのは、見た目と懐具合がしばしば一致しないことだ。ボロボロの自転車でやってきた農家風の高齢者が全額自己資金で家を建て、高級車とブランド品で固めた客が借金まみれでローンが通らない。本書はそんな逆転を、現場の実感として淡々と記録する。

公務員や上場企業の社員のように金融機関の審査が通りやすい「属性の良い客」だと分かれば、営業マンの態度は一変し、猛烈にアピールして契約へと迫る。つまり、笑顔の温度すら客の「審査通過確率」に連動している。ここを知っているだけで、展示場での過剰な歓待を冷静に受け止められるはずだ。

なぜそこまで強引なのか――歩合と「追客権」の力学

営業マンの必死さには、明確な構造的理由がある。それは報酬と権利の仕組みだ。

展示場で最初にその客を接客した営業マンが、以後その客を担当して歩合を得る「追客できる権利」を握る。期限はおおむね3カ月で、客側から担当変更を申し出れば失効する。

だから営業マンは、その日誰が接客するかをあみだくじやジャンケンで決める。客の取り合いから一日が始まる、文字どおりの弱肉強食だ。

給与の内訳も生々しい。屋敷さんの固定給は22万円、手取りで18万円ほど。歩合は契約金額の1.2パーセントで、着工時・上棟時・完工時の3回に分けて支払われる。

3000万円の契約なら歩合は36万円、それを3分割で12万円ずつ受け取る計算だ。工事の進み具合によっては歩合がゼロの月もあり、収入は常に揺れている。

ここに採用側の冷たい合理がある。「金に困っている」人ほど辞めずに食らいつくため、採用側はむしろそういう人材を歓迎する。かかとの剥がれた靴とダボダボのスーツで面接に現れ「金に困っている」とアピールした人物が、その場で即採用された逸話まで本書には出てくる。

生活を人質に取られた人間が、生活を人質に取りにいく――この入れ子構造が、強引な営業の温床になっている。

「今月限定」と「仮契約」というからくり

ここが、家を買う側にとって最も実利のある部分だ。本書は購買心理を操る定番の手口を、内側からばらしてくれる。

まず「今月契約すれば食洗機をサービスします」という今月限定キャンペーン。その多くは、翌月も名前を変えてしれっと続く。ときには内容がさらに良くなることさえある。

恐ろしいのは、現場の営業マン自身もそれを知らされていない点だ。会社は販促のためにこっそり延長し、営業マンは本気で「今月だけ」と信じて客を煽る。

「敵を欺くにはまず味方から」という言葉どおり、会社は社員すら欺いている。実際、ある夫妻に「今月だけの周年記念キャンペーン」を理由に契約を急がせた著者は、翌月もキャンペーンが続いたために「知っていたんでしょう」と激怒され、自分が詐欺を働いたような後味を味わう。

「仮契約」というものは存在しない。

本書はこう言い切る。客が「とりあえず仮で」と思っているその書類は、実際には「工事請負契約」という正式な本契約だ。営業マンは心理的ハードルを下げるため「キャンペーンの権利だけ確保しましょう、間取りは後で変えられます」と説明し、他社へ流れる前に囲い込む。

初回来場からわずか数日で契約へ持っていく「スーパー短期間クロージング」と呼ばれる手法である。

資金が足りない客には、設計のすり替えが待っている。間取りや外観を自由に決める「自由設計」を望んでいても、あらかじめ仕様の決まった建売に近い「規格設計」へ巧みに誘導する。

「自由設計のいいとこ取り」と説明されて契約した夫妻が、完成後、隣にまったく同じ外観の家が建っているのを見て愕然とした、という挿話が、その危うさを物語る。

価格の真実も明かされる。大手とローコストで、使う部材や基礎の施工業者に大きな差はない。価格差の多くは、豪華なカタログ、打ち合わせの弁当、大勢のスタッフといった広告費と人件費だ。坪40万円のローコストと坪70万円の大手では、40坪で1600万円と2800万円という差が生まれる。

だからこそ値引き交渉は必ず口にすべきで、どのメーカーも値引きを前提に価格を組んでいる。ただし簡単に応じると元値が疑われるため、営業マンは「本来は無理だが特別に店長の許可を取った」というひと芝居を打って、食洗機などをサービスする。

値引きの「演出」まで設計されていると知れば、過剰にありがたがる必要がないと分かる。

現場でしか拾えない、人間観察のディテール

本書の魅力は、教科書的なノウハウではなく、現場でしか拾えない細部にある。営業マンには教訓、客には自己防衛のヒントになる話が散りばめられている。

不思議なことに、本気で家を買う気の客ほど景品をもらいたがらない。逆に景品だけが目当ての客はすぐ見抜かれ、営業所内でブラックリスト化される。常連の景品目当て客に受け取りを遠慮してもらおうとした営業マンが、逆に本社へ名指しでクレームを入れられ始末書を書かされる、という理不尽まで起きる。

クレームの中身も示唆的だ。トップ営業マンいわく、客の不満の9割は欠陥や施工ミスそのものではなく、「何かあったときの対応とスピード」に向けられる。商品の出来より、その後の誠意で評価が決まる世界だということだ。

身だしなみの破壊力も侮れない。本書が「最大の地雷」として挙げるのは口臭である。優秀なのに契約が取れずにいた55歳のベテランは、原因が口臭だったが、誰もそれを指摘できなかった。

どれだけ能力が高くても、たった一つのエチケットで商談が吹き飛ぶ。営業という仕事の不条理さが凝縮された逸話だ。

そして住宅は、そもそも総額が見えにくい商品でもある。坪単価は示されても、諸経費を含めた総額は最初の段階ではまず分からない。だから営業マンは、ローンの不安よりマイホームの夢が勝っている心理状態を狙い、客が冷静になる前に事前審査を通して既成事実を作る。これがクロージングの核心だ。

「目標」はいつ「ノルマ」にすり替わるのか

なぜ営業マンはここまで追い詰められた振る舞いをするのか。本書はその根を、社員を締め上げる組織の構造に求める。

会社は「ノルマはない」と言う。建前上はあくまで「目標」だ。けれど会議のたびに目標件数と金額を宣言させられ、未達が続けば激しく詰められる。こうしていつのまにか「目標」は「ノルマ」にすり替わる。

3カ月以上契約が取れないと「接客停止処分」となり、展示場での接客を禁じられ、過去アンケートの掘り起こしや飛び込み営業を強いられる。その飛び込みは新規開拓というより、成績不振者への見せしめに近い。車で現地まで連れて行かれ、夕方まで一人放置されることすらある。

組織は神格化された創業者を頂点とする上意下達のピラミッドで、視察時には質問を事前検閲するほどだ。営業会議は不振者の吊るし上げの場になり、新人いじめも横行する。

大手出身の51歳の新人が、年下の先輩から風船作りや草むしり、薄汚れたクマの着ぐるみでの客引きを命じられ、理不尽な「洗礼」を受ける場面もある。

この硬直した組織は、最悪の結末を呼び込む。東日本大震災後の福島では確認申請が前年比500パーセント超に跳ね上がり、生コンが通常の5倍から10倍になる「建築バブル」が起きた。

休みも取れず働かされたトップ営業マンは、その疲労の中で休日に強制参加のソフトボール大会と懇親会へ駆り出され、宿泊先のホテルで急性心筋梗塞により命を落とす。

会社はタイムカードの不正打刻でサービス残業を覆い隠そうとし、遺族は提訴に至る。

本書はここから一つの構造を明確に示す。ブラックな労働が、ブラックな営業を生む。上司からの過剰なプレッシャーが営業マンを追い詰め、それが客への強引な契約や不誠実な対応へと跳ね返る。

心理的安全性のない職場では、顧客満足も従業員の納得も決して育たない。これは住宅業界に限らず、あらゆる営業組織に通じる警句だと編集部は受け止めている。

家を売るプロが、住宅ローンで破綻するという結末

そしてすべては、著者自身の人生に収斂する。客に数千万円のローンを組ませてきた営業マンが、自分のローンを払えなくなる――この矛盾こそ本書の背骨だ。

屋敷さんは前職の消費者金融時代、35年ローンで3500万円の住宅を買った。毎月の返済は7万8000円、ボーナス払いが25万円。ところが貸金業法改正でグレーゾーン金利が撤廃され、業界は縮小していく。

住宅営業へ移ったものの歩合頼みの収入は不安定で、退職後は日に7000円から8000円の日雇い生活となり、わずかな貯金を切り崩しながら返済を続けた。

そして13年目、ついに返済不能となり、家を手放す。

家を売る人間が、住宅ローンの危険性を自分の人生で証明してしまった。だからこの本は「失敗しない家づくり」のハウツーではない。中高年の生活と痛みのドキュメントなのだ。

その教訓を、買う側の具体的な行動に落とすなら三つになる。第一に、展示場へ行く前に「その日もその月も契約しない」と家族で決めておくこと。今日買う気のない人に今日買わせるのが営業マンの仕事だから、決断のタイミングは入る前に自分で固定する。

第二に、銀行が貸せる「借入可能額」ではなく、毎月いくらまでなら不安なく返せるかを先に紙に書くこと。家を買うのに10万円の手持ちもないなら入り口から間違っている、と本書は警告する。著者自身の破綻が、何よりの証拠だ。

第三に、サービス品や口約束は必ず打ち合わせ記録書に書かせ、担当と店長のサインをもらうこと。前店長の口約束が退職後に反故にされ、後任が毎晩1時間のクレーム電話を受けた挿話が、「言った言わない」の恐ろしさを教えてくれる。

それでも本書は、最後にわずかな救いを残す。一件の仕事を精一杯仕上げて「ありがとう」をもらう、その充実感は時に金以上の対価になる、と。働くことには痛みもあるが、喜びや達成感という対価もある――その両方を抱えたまま、著者は筆を置く。

次に展示場のドアを開けるとき、あなたは値踏みされる側にいる。その事実をたった一つ知っているだけで、立ち止まれる場面はきっと増えるはずだ。


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