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『なぜかうまくいく人の気遣い 100の習慣』藤本梨恵子|我慢する気遣いは、危険だ

コミュニケーション・文章術 ✍ 藤本梨恵子
約7分で読めます

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『なぜかうまくいく人の気遣い 100の習慣』
目次

帰り道、なぜか身体の芯から疲れている日がある。

会議で角が立たないよう発言を選び、後輩の失敗にはやんわりとしたフォローを添え、上司の顔色に合わせて相槌を打つ。一日ぶんの気遣いをやり切った達成感より先に、空っぽになった感覚だけが残る。

『なぜかうまくいく人の気遣い 100の習慣』は、この消耗の正体を心理学で解き明かす一冊だ。著者の藤本梨恵子さんは現在キャリアカウンセラーとして活動しているが、前職はデザイナーで、当時は月130時間を超える残業がざらだったという。

ストレスで前歯を折るほど自分を追い込んだ経験をきっかけに心理学を学び直し、以後、のべ1万人規模の相談に応じてきた実務家でもある。会話術のノウハウ本と一線を画すのは、感覚的になりがちな気遣いというテーマを、交流分析という心理学の枠組みで最後まで一貫して説明しきる点にある。

その藤本さんが本書で崩すのが、「気遣いのできる人は我慢強い人だ」という思い込みだ。むしろ我慢を溜め込む気遣いのほうが、いつか関係を壊す。自分を犠牲にしない気遣いこそが、結局は最も長続きする。本書が終始一貫して主張するのは、この逆説である。

図解

気が利かないのは性格ではなく、残量の問題

本書がまず読者に渡すのが、自分の状態を診断するための座標軸だ。心理学の交流分析をもとに、人が他人とどう向き合っているかを「自分を大事にできているか」と「相手を大事にできているか」の2軸で4つの状態に分ける。

自然体で気遣いができている状態、無理をして相手に合わせ続けて疲弊している状態、逆に相手を軽んじて支配的にふるまう状態、そして自分も他人も信じられなくなった状態。本書はこの4つに、誰もが知っているアニメのキャラクターの名前を当てて説明していく。

ここで効いているのは、キャラクターの面白さそのものより、位置づけの発想だ。気が利くか利かないかを、生まれつきの性格ではなく、そのときどきの精神的なエネルギー残量の問題として扱っている。だから同じ人でも、繁忙期には支配的な状態に落ち、休養が取れた週には自然体に戻る。

この見立ては、職場の評価にも波及する余地がある。「あの人は気が利かない」という人物評は、実は「あの人は今、余力がない」という状態評価に読み替えられるかもしれない。性格の欠陥として固定化する前に、まず休ませてみる。マネジメントへの応用として、この発想は十分に実用的だ。

手柄を主張しない気遣いほど、効く

気遣いの質を測る基準として、本書は跡を残すかどうかを挙げる。相手にも気づかれず、行った本人も後を引きずらない。本書はこの状態を粉雪にたとえる。触れても濡れず、積もってもすぐに溶けて消えていくような気遣いこそ理想だという。

対になるのが、隠し味の理屈だ。カレーにコクを足すコーヒーやりんごは、正体を主張しないからこそ味に厚みを与える。もし香りがはっきり自己主張してしまえば、それはもうカレーとして成立しない。

手柄を語りたがる親切も同じで、「これは自分がやりました」という主張が漏れた瞬間、行為そのものの価値が薄まってしまう、と本書は言う。

この匿名性を支えているのが想像力だ。コピー用紙を最後まで使ったら次の分を補充しておく。トイレットペーパーは芯だけの状態で放置しない。目の前にいない次の誰かの気配を思い浮かべられるかどうかが、気遣いの土台になる。

本書には、ある俳優が家庭で実践してきた小さな躾も紹介されている。トイレットペーパーの交換を怠った子どもに、次に使う人の存在を想像できていないと繰り返し伝えた結果、家族全員が自然と次の人の分まで気を配るようになったという。

完璧に振る舞おうとしすぎることの逆効果にも、本書は触れている。隙のない人より、程よく失敗を見せる人のほうが親しみを持たれるという指摘だ。跡を残さない気遣いと、隙を隠さない在り方は、一見矛盾するようでいて、どちらも自分を大きく見せようとしない点でつながっている。

もっとも、この美意識をそのまま鵜呑みにするのは危うい。自己申告や発信が評価に直結する職場では、跡を残さない気遣いは正しく可視化されないリスクを抱える。

無償の親切であることと、成果を周囲に伝えることは本来両立できるはずで、本書はその線引きまでは踏み込んでいない。匿名性を貫くか、要所だけ言葉にして伝えるか、読み手が自分の職場に合わせて選ぶ必要がある。

我慢は美徳ではなく、返済の必要な負債

本書の中で最も鋭いのが、我慢についての章だ。気を遣う人ほど、不満や違和感を飲み込んで我慢することを美徳だと考えがちだが、著者は次のように釘を刺す。

「気遣いの観点からは、我慢は美徳ではなく、危険なのです。」

理由は感情の仕組みにある。自分を抑える行為には心理的なエネルギーを使う。そのエネルギーには限りがあり、使い切ると自制が利かなくなる。我慢は美徳ではなく、抑え込んだ感情がどこかで漏れ出す、返済義務のある負債だ。積み上げた先に待っているのは、ある日突然の怒りの爆発と、自分で壊してしまった人間関係になる。

爆発する前にも、我慢は形を変えて漏れ出す。相談に乗ってもらっておきながら、出てくる提案をことごとく退けてしまう受け答えのパターンを、本書は交流分析の用語で無意識の心理ゲームと呼ぶ。相手をうんざりさせるだけで、相談した本人にも得るものがない。

対処として本書が勧めるのが、我慢する代わりにその都度率直に伝える態度と、地雷を踏まれる前に自分から先に共有しておく予防的な一言だ。理屈としては筋が通っている。

ただし、この処方箋が機能するには、率直に言っても関係が壊れないという安全な土台が前提になる。上下関係が固定された職場で部下の側からこれを実践するのは、本書が想定するより難易度が高いはずだ。

理不尽な怒りを外から向けられたときの受け方も、本書は別に用意している。元車掌で武道の経験もある人物の体験として、電車の遅延で乗客に詰め寄られたとき、川を流れる葉が岩を自然によけるように、相手の勢いに逆らわずさっさと詫びて受け流す構えが紹介される。

この受け流しは、自分の感情を押し殺す我慢とは別物だ。ダメージを最小限にとどめるための技術であって、自分を犠牲にする行為ではない、という線引きが効いている。

心のガソリンは、他人ではなく自分で入れる

気遣いを続けるには、注ぐ側の心が空になっていては話が始まらない。本書はここで、褒め言葉やねぎらいといった心理的な栄養をどう受け渡すかに焦点を移す。

意外なのが、褒められたときに「いえ、そんな」と否定する反応の扱いだ。本書はこれを謙虚さではなく、心の栄養を受け取り損ねている状態だと言い切る。

「気遣い上手は、受け取り上手。」

拒み続ければ、自分の中に良いものが残らず、他人に分け与える余白も生まれない。では自分にどう栄養を注ぐか。本書が挙げる方法は拍子抜けするほど簡単で、何かをやり終えた瞬間、結果の出来不出来に関係なく自分をねぎらう一言を心の中でかけるというものだ。

毎日1〜2分、感謝を意識する時間を持っただけで、他者への優しさや幸福感まで高まったという研究も本書は紹介している。

この給油を邪魔するのが、幼少期に刷り込まれた内なる号令だという。完璧であれ、一生懸命やれ、他人を喜ばせろ、急げ、強くあれ。5つとも一見立派な心構えに見えるが、四六時中これに従っていては休む隙がない。だからこそ意識的に「がんばらない日」を作る必要がある、というのが本書の処方だ。

心の中で自分を褒める行為に、照れくささを覚える読者もいるだろう。その場合は、声に出す代わりに、その日こなした作業を紙に書き出して眺めるだけでも近い効果が見込める。

他人からの評価を待つ前に、自分で自分の心を満たしておく。ここが崩れると、気遣いはただの持ち出しになる。

自分の弱みへの向き合い方にも、著者自身の経験が挟まれる。デザイナーだった頃の著者は誤字脱字の見落としが多かったが、それを叱る代わりに上司が代わりにチェックを引き受け、著者を企画とデザインに集中させたという。

短所を無理に消そうとするより、得意な仕事に手を伸ばす時間を確保したほうが、本人の成果も周囲からの評価も上がる。コップを満たす主体は自分でも、満たし方を設計するのは周囲の役目でもある。

言葉ひとつで、相手に残る印象が変わる

気遣いの技術として最も応用が利くのが、言葉選びの章だ。本書は交流分析の値引きという概念を使い、相手の能力や状況を軽んじる言葉が知らないうちにどれだけ出ているかを指摘する。

代表例が「前も言いましたよね」「メールに書いてあります」といった、正しいが冷たい返しだ。相手は表面上は謝りながら、内心では距離を置く。本書はこれを、相手に恥をかかせない言い換えに差し替えることを勧める。

正論を通すことより相手の気分を守ることのほうが、結果として物事をスムーズに運ぶという理屈だ。

言葉の癖についてもう一つ興味深いのが、否定語の扱いだ。人の脳は「緊張しないで」と言われても、いったん緊張する場面を思い浮かべてしまう。だから望ましい状態をそのまま言葉にする言い換えが効く、と本書は説く。

言葉選び以上に効くのが、聞き方だという指摘もある。相手の表情や声のトーンのわずかな変化から、言葉の裏にある本音を読み取る観察の技術を、本書は詳しく解説する。相談を受けたときは、解決策を差し出す前に、まず気持ちを受け止める。アドバイスは、共感のあとに置いて初めて届く。

信頼づくりにも、似た発想が使える。メリットだけを並べる説明は、聞き手に何か裏があるのではと警戒される。あらかじめ相手が気にするだろう弱点を自分から開示しておく両面提示のほうが、結果として話が通りやすい。

もっとも、この配慮を職場の内側にまで一律に適用すると、率直なフィードバックが必要な場面まで丸くなりすぎる恐れがある。相手を傷つけない言い回しと、成長のために必要な直言とは、本来は別の判断軸だ。

本書はこの線引きまでは踏み込んでおらず、読み手が自分の職場に合わせて調整する必要がある。

明日、変えられること

本書を読み終えて、まず一つだけ試すなら、自分への一言だ。

タスクを一つ片付けるたびに、出来のよしあしにかかわらず、心の中で自分をねぎらってから次の作業に移る。他人からの評価を待たずに、自分の心を先に満たしておく。

気を遣うことに疲れ切っている人ほど、まず注ぐべき相手は自分自身だという本書の主張は、読み終えたあとも長く残る。


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