「リーダーシップ」と聞いて、あなたは誰の顔を思い浮かべましたか。リンカーン、ガンジー、創業者然としたカリスマ経営者。たぶん、その名前が頭をよぎった瞬間に、心のどこかで小さなスイッチが切れたはずです。「ああ、これは自分とは関係のない話だ」と。
野田智義さんと金井壽宏さんの『リーダーシップの旅~見えないものを見る~』は、まさにその切れたスイッチを正面から問題にします。偉人を思い浮かべて自分を退場させるその反応こそ、リーダーシップ論をいちばん遠ざけている元凶だ、と。
著者の片方はビジネススクールを起こした実践家、もう片方は組織行動論の第一人者です。実務の熱量と学術の冷静さがぶつかり合うことで、本書はリーダーシップを「特別な人の才能」から「ふつうの人の生き方」へと、静かに、しかし強引に引きずり下ろしていきます。
編集部として読んでいて何度も背筋を正された一冊なので、その核心を出し惜しみせず紹介します。

「すごいリーダー幻想」が、あなたを観客席に座らせる
本書が最初に壊しにかかるのは、私たちが無意識に抱えている思い込みです。著者はそれを「すごいリーダー幻想」と名づけ、リーダーシップ論における諸悪の根源だと断じます。
理屈はシンプルです。偉人やカリスマを基準にした瞬間、人は「自分には無理」「住む世界が違う」と思考を止める。本来は人を勇気づけるはずの偉人像が、逆に人を観客席に縛りつけ、グラウンドから遠ざけてしまう。幻想は励ましではなく、撤退の言い訳として機能してしまうわけです。
では本物のリーダーシップとは何か。著者が象徴として挙げるのが、天安門事件で戦車の前に一人で立ちふさがった、名も知れぬ青年です。地位も権限も組織的な後ろ盾も一切ない。
あるのは「私はこれを許せない」という思いと、その場の行動だけ。それでも、あの瞬間に彼は確かにリーダーシップを発揮していた。
ここに本書の出発点があります。リーダーシップは肩書きや役職から発生するのではなく、一人称の「私はこうしたい」という主観から始まる、という主張です。
「一般的には」でも「会社としては」でもない。だから旅は、まず自分自身を率いる「リード・ザ・セルフ」から始まる。自分は何のために存在し、何を本当に大切にしたいのか。
著者はこれを「内なる声を聴く」と表現します。
頭で「できる」と信じ、心で「どうしてもやりたい」と感じる。この頭と心が一致する瞬間、本書の言葉でいう「吹っ切れ」がなければ、旅の一歩は踏み出せません。
「リーダーシップとは、私たち一人一人が自分の生き方、仰々しく言えば、生き様を問うことだ。」
リーダーシップは地位の問題ではなく生き方の問題だ、という一行に、本書のすべてが凝縮されています。能力開発の本を期待して開くと肩透かしを食らうかもしれませんが、私はここでこそ本書の値打ちが決まっていると思います。
仕事ができる人ほど、リーダーになれないという逆説
本書を読み解く鍵は、「マネジメント」と「リーダーシップ」をきっぱり分けて考えることです。ここを混ぜてしまうと、議論の筋が一気にほどけてしまいます。
マネジメントの本質は「複雑性への対処」です。見えるものを分析し、計画を立て、地位に基づく権限で組織を統制する。求めるのは安定と持続。驚きは敵です。
一方リーダーシップは「創造と変革」を扱う。まだ見えないものを見て、人の価値観や感情に訴え、命令ではなく自発的な協力を引き出す。こちらは驚きと不確実性だらけの未踏の領域に踏み込みます。
著者がここで持ち出す言葉が「非連続」です。挑戦する前は「そんなの無理だ」と思われ、成し遂げた後は「なんだ、当たり前じゃないか」と言われる。事前の不確実性と事後の常識性のあいだには、なだらかな坂ではなく断崖がある。
リーダーはその断崖を飛び越える人だ、という捉え方です。新大陸発見後に難癖をつけられたコロンブスが、卵の底を割って立ててみせた逸話が、まさにこの非連続を体現しています。
そして本書がいちばん痛いところを突いてくるのが、ここからの逆説です。有能なマネジャーほど、リーダーになれない。なぜなら既存のルールに過剰適応しているから。
ルールを完璧にこなせる人ほど、ルールそのものを壊す側に回れない。著者はこれを組織の「イナーシア(慣性)」と呼びます。組織化を進め、成功体験を積むほどに、過去への適応が深まり、変化できない遺伝子を自ら埋め込んでしまう。
これは正直、耳が痛い指摘です。「ちゃんとやっている」「評価もされている」という自負は、裏を返せば「決められた枠の中で上手に泳いでいるだけ」かもしれない。
優等生であることと、リーダーであることは、まったく別の能力なのだと突きつけられます。倒産寸前の日産でカルロス・ゴーン氏が起こしたのも、コスト削減という効率化の話ではなく、部門最適に陥った社員の意識そのものを変える、非連続な変革でした。
救いもあります。役職や権限がなくても、状況に応じて自ら動き、人を巻き込む人を、本書は「エマージェント・リーダー(自然発生的リーダー)」と呼びます。
公園で缶蹴りのルールを提案する子ども。旅行を仕切る友人。リーダーシップは会議室や役員フロアだけでなく、日常のあちこちに転がっている。だから誰にとっても他人事ではない、というわけです。
「描けないから忙しい」――多忙という名の逃避
旅の一歩を阻むものは何か。本書が名指しするのは、外の障害ではなく、私たち自身が陥る心理の罠です。なかでも強烈なのが「アクティブ・ノンアクション(不毛な多忙)」という概念。
忙しく動き回っているのに、本質的な創造や変革は何ひとつ進んでいない状態を指します。要するに、忙しさを装った逃避です。
スマントラ・ゴシャールらの調査では、エネルギーは高いのに集中力が低い「空回りタイプ」が、マネジャー層の四割を占めていたといいます。四割という数字の重さは無視できません。
できる人、責任感の強い人ほど、目の前の依頼や会議や人脈維持に追われ、本当に意義のある挑戦からは無意識に目を背けてしまう。忙しさは、ちょうどいい免罪符になるのです。
ここで本書がもっとも刺してくる一行を紹介します。
「忙しいから絵が描けないのではなく、描けないから忙しいだけだ」
順番が、逆だった。描く絵が定まらないから、その空白を埋めるように忙しさへ逃げ込む。私はこの一文を読んで、自分のスケジュール帳が言い訳の塊に見えてきました。
同じ構図で著者は「自分探し」の罠も指摘します。一見すると軸を探す前向きな行動に見えて、その多くは目の前の現実からの逃避にすぎない。本当に大事なのは、遠くを探すことではなく、今いる場所でハードルを飛び越えることだ、と。
では、どうすれば逃避から抜け出せるのか。著者の答えは「後ろのドアを閉じる」です。前の新しいドアを開けるには、これまで積み上げた地位や信用という退路を、自分から断つ勇気がいる。
楽天の三木谷浩史さんが阪神・淡路大震災を機に興銀を辞めて起業したとき、彼が本当に避けたのは事業の失敗ではなく、「挑戦しないまま人生を後悔すること」という最大のリスクでした。
失敗より後悔のほうが怖い、という基準の置き方がリーダーの一歩を生むのだと思います。
ただし著者は、闇雲に退路を断てとは言いません。組織の中で変革を起こすなら、信用の使い方が要になる。本書が引くのは、社会心理学者ホランダーの「イデオシンクラシー・クレジット(特異性を許容する信用)」という概念です。
まず既存のルールで成果を出し、信用という貯金をつくる。そして、いざビジョンを実現する勝負どころで、それを惜しまず全額投じて周囲を巻き込む。貯めるだけで使わなければ、宝の持ち腐れです。
優等生の真面目さは、ここで初めて武器に変わります。
軸は研修室では育たない――「修羅場」と4つの力
旅の途上で、リーダーは力を磨いていきます。本書はそれを四つに分解します。要点を出し惜しみせず並べておきます。
構想力は、時代の流れを感じ取り、まだ見えない世界像を思い描く力。宅配便という未踏の事業を構想し、成長段階ごとに描く絵の大きさを変えていったヤマト運輸の小倉昌男さんが好例です。実現力は、コミュニケーションで人々の共感を得て、構想を現実に変える力。著者いわく、優れたリーダーとは「自分の夢を、みんなの夢であるかのように言い換えられる人」です。
そして著者が特に重んじるのが、残る二つ。意志力は、頭と心を一致させ、困難を越えて行動に移す力、知行合一を支える力。基軸力は、やると決めたことをやり遂げる、ぶれない・逃げない姿勢の礎です。
構想や実現の技術は学べても、最後にものを言うのは「それでも進む」という意志と軸だ、という配分が本書らしい。
では、この四つはどこで磨かれるのか。答えは教室ではありません。ロミンガー社の調査では、経営幹部がリーダーシップに役立ったと答えた経験のうち、「仕事上の経験」が七割、「誰の薫陶を受けたか」が二割を占め、研修はわずか一割でした。
リーダーは研修室ではなく、現場の修羅場で作られる。この数字は、研修頼みになりがちな組織への静かな警告でもあります。
とりわけ基軸力は、痛みを伴う「トレードオフ」の決断を重ねることでしか育たない。一方を取れば他方を捨てるしかない。最終責任者として結果を引き受けるギリギリの場面で、自分にとって本当に大切なものと、そうでないものがあぶり出される。
この自分との対峙の回数だけ、軸は太くなる。逆に言えば、決断を避け続ける人の軸は、いつまでも細いままだということです。
象徴的なのが、アフガニスタンで医療から井戸掘り、灌漑水路の建設まで陣頭指揮をとった医師、中村哲さんです。二十年以上、草の根の寄付を頼りに全長十四キロの水路を引いた。
空爆が始まり、他団体が次々と退避するなかでも、彼は「自分は逃げ足が遅いから」と踏みとどまり続けました。基軸力とは、こういう姿のことなのだと、説明よりも先に納得させられます。
スマイルズの遠山正道さんが、ファストフードへの出向中に「一人の女性がスープを飲むシーン」を思いつき、それをストーリー仕立ての企画書に変えてスープストックトーキョーを生んだ話も、見えないものを見て言葉で人を動かした実例として効いています。
さらに本書は、磨いた経験を「語ること」を勧めます。キーワードは「TPOV(Teachable Point of View=教えられる持論)」。
自分の修羅場を内省し、リーダーシップについての持論を言語化して他者に渡す。GEのジャック・ウェルチ氏が研修所を「毎年一万人の革命家を生み出す場所にしてくれ」と頼んだ逸話が、その思想の背景にあります。
経験は語って初めて、次の誰かのリーダーシップの種になるのです。
利己でいい――そして旅は「返礼」へと向かう
本書の精神的な到達点は、最終章にあります。ここが、いちばん肩の力が抜けて、同時にいちばん深い。
著者は、旅の原動力は最初「利己」でいい、と堂々と肯定します。「世のため人のため」と最初から無私を掲げる必要はない。むしろ初めから無私を強調しすぎる人のほうが、嘘くさいし危うい、とまで言う。
「モテたいから」でいい。「自分が納得したいから」でいい。動機が小さくても、出発できればそれでいいのだ、と。私はこの一節に、正直ほっとしました。
立派な志を持てない自分を責めなくていいのだ、と背中を押される気がしたからです。
ところが、旅を続けて人に助けられる経験を重ねるうちに、変化が訪れます。「自分のため」と「人のため」の境界線が、じわじわと溶けていく。利己と利他がシンクロしていく。著者の言葉を借りれば、究極の利己は利他である、ということです。
京セラの稲盛和夫さんの話が決定的です。創業まもない頃、待遇保証を求める社員から連判状を突きつけられ、三日三晩話し合った末、彼は経営の目的を「自分の夢の実現」から「全従業員の物心両面の幸福を追求する」ことへと書き換えました。利己が利他へと反転する瞬間が、生々しく描かれます。
旅の終盤で生まれるのが「ノブレス・オブリージュ(高貴なる責任)」です。旅の途中で周囲から授かった力はギフトであり、それをくれた相手にではなく、他の人や社会へと返していく。これが本書のいう「返礼の旅」です。
ただし著者は、ここで物語を美しく閉じたりしません。リーダーシップの「暗黒面」にもきちんと触れます。ヒトラーの例が示すように、強力な影響力はフォロワーを集団催眠的に依存させ、自律性を奪い、誤った方向へ導きうる。
カリスマは組織を強くするどころか、フォロワーの自己調整の力を萎えさせることがある。だからこそ、利他へのシンクロと高い倫理観が歯止めになる、と。
光だけを語らず影まで引き受けるこの誠実さが、本書を単なる励まし本から一段引き上げています。
読み終えて――問われているのは、結果ではなく一歩
本書を閉じたとき、リーダーシップの定義が静かに書き換わっているはずです。それは「すごい人が持つ能力」ではなく、「自分の内なる声に従って、一歩を踏み出すこと」でした。
具体的なスキル本ではないぶん、行動に落とすには自分で噛み砕く必要があります。それでも入り口はある。手帳の予定をひとつ消し、その時間で「自分は今、何から目を背けているか」を紙に書いてみる。
退路をひとつだけ選び、いつまでに手放すか日付を入れてみる。修羅場で学んだことを、ひとつだけ後輩に言葉で渡してみる。どれも小さいけれど、アクティブ・ノンアクションから抜け出し、後ろのドアを閉じ、返礼を始める、確かな一歩です。
著者が最後に置く一行が、すべてを物語ります。いつ旅が続けられなくなっても、自分に納得できるよう一歩を歩み続ける。旅の結果よりも、そのこと自体がいちばん重要ではないか――。結果ではなく、歩むこと自体に意味がある、という宣言です。
あなたにとっての「戦車」、立ち向かいたい現状は何でしょうか。その向こうに、あなたが見たい景色は何でしょうか。深い森の沼地に、たった一人で足を踏み入れる勇気が、今日のあなたにあるかどうか。
本書が問うているのは、たぶんそれだけです。今のままでいいのか、と一度でも思ったことがある人には、効きます。
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