トラブルが起きた瞬間、あなたはどれくらいの速さで「解決策」を考え始めますか。
たぶん、ほぼ反射です。私もそうでした。会議で問題が報告された途端、頭はもう「どう直すか」に向かって走り出している。でも、その速さこそが落とし穴だと教えてくれる本があります。
『ライト、ついてますか 問題発見の人間学』。ドナルド・C・ゴース氏とジェラルド・M・ワインバーグ氏による、問題解決ではなく「問題発見」の古典です。
原著は1982年、コンピューターが普及し始めた時代に書かれました。それでも要件定義やUXの現場で今なお読み継がれているのは、扱っているのが技術ではなく人間の認知だからでしょう。
本書の主張はこうです。未熟な解決者は、問題を定義する時間を惜しんで解答に飛びつく。でも本当に難しいのは、解くことではなく「何が問題なのか」を見つけることなんです。
こんな人におすすめ
- 顧客や上司から「このツールを入れて」と要望され、その通りに作ったのに「思ってたのと違う」と言われた経験がある人
- トラブルが起きるとすぐ解決策を出してしまい、後で別の問題が噴き出して困っている人
- 学校では問題を「解く」ことばかり習ってきて、そもそも問題を「見つける」練習をした覚えがない人
ひとつでも刺さるなら、この本はあなたの思考の順番を入れ替えてくれます。著者らは「問題を解くより発見する方がずっとむずかしく、ずっと面白い」と言い切ります。皮肉なことに、人生経験が豊かでこれまで多くの問題を「解いてきた」人ほど、本書の指摘に思い当たる節が増えるはずです。
この本の核心――問題とは「理想と認識のズレ」である
本書がいちばん大事にしている定義があります。
「問題とは、望まれた事柄と認識された事柄の間の相違である」(ゴース・ワインバーグ『ライト、ついてますか』より)
つまり問題は、客観的な事実そのものではありません。「こうあってほしい」と「今こう感じている」のギャップから生まれる、主観的なものなんです。
この定義の威力は、現場の多くの空回りを説明できるところにあります。私たちはつい「正しい数値」「正常な状態」を問題かどうかの基準にしがちです。
ところが本書はそれを退ける。だから「幻の問題は本物の問題」とまで言い切ります。温度計が25度を指していても、本人が「寒い」と感じているなら、そのズレは紛れもない問題です。
客観的に正常だから無視していい、とはならないわけです。
ここから実務的に重要な帰結が出ます。問題を解決するには、現実を変えるだけが手ではない。「認識」か「欲求」のどちらかを変えてもいいのです。事実を一ミリも動かせなくても、見え方や期待値を変えれば問題が消えることがある。
これは精神論ではなく、解決策の選択肢を一気に広げる発想の転換です。
そして本書全体を貫く、少し厳しい現実があります。
「問題の正しい定義が得られたという確信は決して得られない。だがその確信を得ようとする努力は、決してやめてはいけない」(同書より)
完璧な正解はない。でも探すのをやめてはいけない。このどこか禅問答めいた緊張感が、本書のトーンを決めています。
本書の進め方――寓話で問いを段階的に深める
本書は理論を堅苦しく説きません。極端だけれど妙に身近な「寓話」を出し、読者に「あなたならどうする?」と問いかける。そのうえで登場人物の失敗や気づきから、問題発見のための短い標語を引き出します。原理から演繹するのではなく、具体例から法則を立ち上げる帰納的な進め方です。
議論は段階的に深まっていきます。「何が問題か」から始まり、「問題は何なのか」「本当のところ何か」と問題の定義そのものを疑う。次に「誰の問題か」「どこからきたか」と当事者と出所を探り、最後に「本当に解きたいか」という根本的な問いへ降りていく。
表面の事象から、自分自身のメタ認知へと潜っていく構造です。ここからは、その流れに沿った6つの問いを順に見ていきます。
解く前に投げかける、6つの問い
1. 何が問題か――立場が変われば問題も変わる
象徴的なのが「ブロントサウルス・タワー」の物語です。73階建てビルのエレベーターが遅い。これに対し、待たされる利用者、家主、ビルの上層部では「何が問題か」がまるで違います。
面白いのは、ビル所有者が最初の陳情書の受領を拒んだ場面です。紙に書かれない苦情は無視すれば消える、と踏んだわけです。しかし労働者側はプラカードや悪臭爆弾でエスカレートさせ、ついには所有者の自宅にまで押しかける。無視という「解決策」が、より厄介な問題を呼び込んだ典型です。
同じ事象でも、誰の目で見るかで問題は別物になる。だからまず「これは本当に問題なのか、誰にとっての問題なのか」を立ち止まって眺める必要があります。
2. 問題は何なのか――解法を問題定義と取り違えない
人が持ち込むのは、しばしば「問題」ではなく「自分なりの解決策」です。本書はこれを強く戒めます。
「彼らの解決方法を問題の定義と取り違えるな」(同書より)
ある会社が「約400万通りの組み合わせをコンピューターで計算してほしい」と依頼してきました。プログラマのビリー・ブライトアイズは、その「計算してほしい」という解決策を鵜呑みにしません。
入札規則を論理で整理し、「最も高い利益を出す組み合わせ」という本当の問題を見抜いて、5分以内で解いてしまいます。
ところが、本当の解だと依頼主に納得させるのに20分かかった、というオチが付きます。あまりやすやすと解いてやると、相手は本当の問題を解いてもらったとは信じない。解決の速さが、かえって信頼を損なうという人間心理の妙です。
ここで一番警戒すべきは、自分の得意な解法ほど危ないという点。本書は「ことにその解法が自分の解法であるときには注意」と釘を刺します。手元にハンマーがあると、すべてが釘に見えてしまうんです。
3. 問題は本当のところ何か――すべての解答は次の問題を生む
ここで本書の有名な一節が出ます。「すべての解答は次の問題の出所」。問題を解くために状態を変えると、必ず新しい問題が発生する。期待できるのはせいぜい「よりやっかいさの少ない問題」に置き換えることだけだ、という醒めた認識です。
プリンタの印字精度を測るために、技術者が「ピンのついたアルミの棒」を作った話が効いています。針が上を向いたまま机に置かれていて、課長がお尻に孔を開ける怪我をする。良かれと思った解決が、しっかり次の問題を生んでいます。
だから本書は視点を強制的にずらすことを勧めます。「キミの問題定義を、外国人や盲人や子供について試してみよう」。新しい視点は必ず新しい不適合を作り出すからこそ、別の目で隠れたズレを探すわけです。
さらに言葉の曖昧さも疑う。問題が言葉になったら、その単語をもて遊んで隠れた前提を暴く。実際、仕様書のたった一語「too」を読み違えたせいで約50万ドルの損失が出た例まで挙げられています。
たった一語が数千万円を動かすのです。
4. それは誰の問題か――当事者自身に気づかせる
書名の由来がここです。スイスの長いトンネルの出口で、ライトの消し忘れによるバッテリー上がりが多発しました。主任技師は「昼間ならライトを消せ、暗ければつけたままに」といった場合分けの複雑な指示を書きませんでした。
代わりに立てたのは「ライト、ついてますか?」という一枚の標識だけ。運転者が自分で気づき、問題は消えました。
「他人が自分の問題を自分で完全に解けるときに、それを解いてやろうとするな」(同書より)
葉巻の煙が他の10人の迷惑になっていた授業の話も同じ筋です。教師は禁煙を強制せず、学生たちに議論させた。すると喫煙者は自分から、葉巻の代わりに毎週みんなでつまみ物を楽しむ案を出し、クラスは円満に収まります。
当事者が自分で決めると、実行への熱がまるで違う。逆に、問題に関係しているのに痛みを感じていない人がいたら、「何かをやってそれをその人物の問題にしてしまおう」。
当事者意識こそが、解決を動かす燃料なんです。
5. それはどこからきたか――出所は、たいてい自分の中にある
問題を「お役所仕事のせい」「自然のせい」にすると、それは解決を放棄することと同じになります。著者らは自分たちの経験を振り返り、問題が実は「問題解決者自身」に起因していた割合を53.27%だと書いています。妙に細かいこの数字には、半分以上は自分発なのだという自嘲がにじみます。
ポーランドのビザ審査で、不作法な役人に書類不足を指摘された女性ジャネット・ジャウォルスキーの話が示唆的です。彼女は相手を「灰色顔の役人」という記号で片づけず、名前を尋ねて「ヤンさん」という一人の人間として扱った。
すると役人は態度を和らげ、自腹で小銭を貸してコピーまで取らせてくれた。問題の出所は制度ではなく、自分の相手への接し方の中にあったわけです。
だから本書は自分を疑う姿勢を勧めます。「変化のために自分を責めてみよう、たとえほんの一瞬でも」。他人や環境を責めるより、自分の認識や行動を変えるほうが、はるかにコントロールしやすい解決策にたどり着けます。
6. 本当に解きたいか――副作用まで見てから決める
最後に、根本的な問いが来ます。「私はそれを本当に解きたいか?」。人は自分が何を欲しいか、手に入れるまで知らない。本書はこれを「くれといったものを出してやるまでは何がほしかったか知らぬものである」と表現します。
おもちゃ工場の話が分かりやすい。プログラマのトム・タイアレスは配送コスト最小化を頼まれ、製造原価が一番安い1工場に集約する案を出します。論理的には文句なしの正解です。
ところが社長と会長が閉鎖対象の工場の近くに住んでいて、引っ越す気がない。案はあっさり却下されました。口にされた要求の奥に、まったく別の望みが隠れていたんです。
解決に夢中になると、その後の副作用や、自分にとって望まない結果を見落とす。本書は「本当にほしいか考えるひまはないもの、後悔するひまはいくらでもある」と釘を刺します。
知っておきたい言葉と道具
本書には、覚えておくと現場で効く概念がいくつかあります。
魚、水を見ず。人は環境に順応すると、いつもそこにある前提を意識から外してしまう。解決者は、関係者が無意識に泳いでいる「水」を見る努力がいる、という戒めです。長く同じ職場にいる人ほど、この水が見えなくなります。
モカシン靴の法。他人の靴で生皮が足に馴染むまで歩く、というアメリカン・インディアンの諺から取られています。相手の立場に立って、同情が自然と湧いてくるまで時間をかけて問題を眺める技法です。
言葉遊びのリスト。問題が言葉で定義されたら、「肯定を否定に変える」「『および』を『または』に変える」「強調の置き場所を変える」といった操作で、隠れた前提や仕様のバグをあぶり出します。先ほどの「too」一語の損失は、まさにこの操作で防げたはずのものです。
ひとつ、はっきりした限界も押さえておきましょう。本書は数式やフレームワーク図のような定量的手法を提供しません。あくまで心構えとしての「人間学」なので、現場への翻訳は読者のセンスに委ねられます。手順書を求める人には物足りず、思考の型を求める人には刺さる、という性格の本です。
明日から何を変えるか
本書の知恵は、今日のトラブルからすぐ試せます。
1. トラブルが起きたら、まず「誰の問題か」を紙に書く 解決策を考える前に、当事者をリストアップします。同じ事象でも、誰の問題と置くかで打つ手がまるで変わるからです。
2. 持ち込まれた要望の「裏の目的」を一つ聞く 「このツールを入れて」と言われたら、その通り作る前に「それで本当は何を実現したいですか」と尋ねます。解決策ではなく目的を掘る一手間が、手戻りを防ぎます。
3. 自分の解決策が失敗する理由を、あえて3つ挙げる 本書はこう忠告します。「キミの問題理解をおじゃんにする原因を三つ考えられないうちは、キミはまだ問題を把握していない」。うまくいく理由ではなく、こける筋書きを先に書き出すのです。
おわりに
ユーモアについての一言が、地味に効きます。「ユーモアのセンスのない人のために問題を解こうとするな」。深刻すぎる態度は、柔らかい問題定義を殺してしまうからです。問題発見には、前提をもてあそぶだけの遊び心がいる、という逆説です。
そして本書が最後に残すのは、答えではなく問いです。目の前の解決策は、本当にその問題を捉えているのか。
次にトラブルが来て、反射的に手が動きそうになったら、心の中で一度だけ呟いてみてください。ライト、ついてますか、と。
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