「やりたいことを見つけよう」「個性を表現しよう」。
その言葉に、息苦しさを感じたことはありませんか。世の中で輝いて見える人は、みんな才能と強烈な個性を持っているように見える。じゃあ「表現できる自分」なんて持っていない人は、どうすればいいのか。
この本は、その問いに正面から答えてくれます。著者の井上大輔さんは、外資系企業を渡り歩いてきたマーケターです。提案するのは、自分を表現する「アーティスト」のような生き方ではなく、相手の期待に応える「マーケター」のような生き方。マーケティングの思想を人生に応用すれば、才能がなくても「あなたが必要だ」と言われ続ける人になれる、という一冊です。
こんな人におすすめ
- 「やりたいこと」や「自分の夢」が分からず、キャリアに迷っている人
- 自己アピールが苦手で、自己表現で勝負するのは向いていないと感じている人
- 実力はあるはずなのに、職場で正当に評価されていないと悩むビジネスパーソン
- 相手の本音を引き出し、人間関係を円滑にする技術を身につけたい人
この本の核心――自分ではなく、相手からスタートする
本書の主張は、一言で言えます。
「自分を表現するのではなく、人の期待に応えることを追求するのです。」
これだけ聞くと「他人に合わせて自分を殺すのか」と思うかもしれません。でも井上さんの言いたいことは逆です。
「自分こそが応えられる『誰かの期待』を見つけ、自分なりのやり方でそれに応えていく。これを『自分らしさ』と呼ばずして何と言いましょう。」
自分らしさは、自分の内面を掘って見つけるものではない。誰かの期待に応える関係の中で、にじみ出てくるもの。だから「相手から始める」ことと「自分らしく生きる」ことは、矛盾しないのです。
象徴的なのが、マイクロソフトのサティア・ナデラさんの面接エピソードです。「君はCEOになりたいのか?」と聞かれたとき、彼はこう答えました。「皆さんがなって欲しいと思うなら」。誰かの期待に応えることが、そのまま自分の道になる。彼はその後、本当にCEOになりました。
そして本書には、判断に迷ったときの強力なコンパスがあります。
「迷ったらより多くの人の役に立つことをしろ」
マーケティングという思想――それは「価値の交換」のデザイン
「マーケティング」と聞くと、広告や宣伝を思い浮かべる人が多いでしょう。でも本書はこう言います。
「マーケティングとは、相手からスタートし、相手の役に立ち、相手から必要とされること」
「マーケティングとは『価値の交換』をデザインすること」
つまりマーケティングは特定の部署のスキルではなく、あらゆる人が使える「生きる知恵」だ、と。井上さんは、世の中に広まったマーケティングの3つの誤解を解いていきます。
- 「マーケティングとは広告宣伝のこと」→ 違う。何をいい商品とするかを考えることもマーケティング
- 「いい商品をつくれば勝手に売れる」→ 違う。いい商品なのに知られていないものは山ほどある
- 「顧客の声を聞いたらイノベーションは生まれない」→ 違う。顧客の深層心理から生まれた革新は山ほどある
最後の点が興味深いところです。ヘンリー・フォードは、人々に「何が欲しいか」と聞けば「もっと速い馬」と答えただろうと考えました。でも彼は、その言葉の裏にある「速く移動したい」という本音を見抜いて、自動車を生んだ。P&Gも、研究室のアイデアを必ず顧客との対話を経て商品化し、液体洗剤を世に出しました。
歌手の西野カナさんも同じです。自分のこだわりだけで作るのではなく、リスナーにアンケートをとって歌詞を調整し、ヒット曲を量産した。相手の声から価値が生まれる、という実例です。
STEP1 市場を定義する――最も大きく貢献できる場所を選ぶ
ここから本書の中心、マーケティングの4ステップに入ります。最初は「市場を定義する」。自分が価値を提供する相手を決める工程です。
ポイントは、ニッチを狙わないこと。
「自分が貢献できる範囲内で、なるべく大きな市場を選ぶ」
YouTuberのHIKAKINさんは、最初はボイスパーカッションという独自性の高い動画から始めました。でもその後、ライバルだらけでも市場が圧倒的に大きい「ゲーム実況」へ広げた。誰もやっていない場所より、自分が貢献できて母数の多い場所を選ぶ。そのほうが多くの人を満足させられるからです。
STEP2 価値を定義する――相手が本当に欲しいものを知る
次は、相手が何を求めているかを見抜く工程です。ここで登場するのが本書の看板ツール「価値の4象限」。価値を「機能的か情緒的か」「顕在的か潜在的か」の2軸で分けます。
- 実利価値(機能的・顕在的):今すぐ具体的に役に立つ価値
- 保証価値(機能的・潜在的):問題を起こさない、無難で安全という価値
- 評判価値(情緒的・顕在的):他人から見てセンスがいい、という意味のある価値
- 共感価値(情緒的・潜在的):自分の生き方の「おまもり」になる価値
たとえば天然水。ただ喉を潤す(実利価値)だけなら何でもいい。でもボルヴィックや「い・ろ・は・す」を選ぶ人は、エコなブランドを選ぶ自分に満足している。これは情緒的な価値です。
この4象限は、職場の自分にも当てはめられます。数字を上げる営業(実利価値)だけが価値ではない。和を乱さない人(保証価値)、組織の顔になる人(評判価値)、企業文化を体現する人(共感価値)。多様な価値の軸で自分を見直すと、新しい立ち位置が見えてきます。
ただし、忘れてはいけない前提があります。
「相手が知覚できない差異には、価値がない。」
どれだけ機能を高めても、相手がその違いを感じ取れなければ、価値はゼロ。作り手の自己満足を戒める厳しい一言です。
では相手の本音をどう知るのか。鍵は対話です。人は自分の欲しいものを自覚していなかったり、うまく言葉にできなかったりする。だから、相手がリラックスする「雑談」を顧客インタビューのつもりで使い、本音を探り当てる。
「『顧客の声を聞く』というのは比喩的な表現です。実際には、相手が意識していないことや、意識していながら声に出したくないことも含めて、『相手が何を求めているか理解する』ことを目指していきます。」
STEP3 価値をつくりだす――機能・主張・外観の3要素
求められる価値が分かったら、それを形にします。本書は商品やサービスを3つの要素に分解します。
- 機能・品質:実際の実務能力や中身
- 主張(プロポジション):どんなスタンスで、何を提案するのか
- 外観(パッケージ):見せ方や振る舞い
「い・ろ・は・す」を例にすると、「エコ」という主張が、つぶせる薄いボトル(機能)にも、ナチュラルなデザイン(外観)にも一貫して表れている。3要素が一本の筋で通っているから、価値が伝わります。
そして磨き上げるときは、大勢ではなく「真実の一人の顧客」の声を聞きながら対話で微調整していく。いいアイデアは、ゼロからのひらめきではありません。本書はこう言います。人より多くの情報を入れ、人との対話という刺激から生まれるものだ、と。
STEP4 価値を伝える――伝えないのは、存在しないのと同じ
最後の工程は、自分の価値を相手に届けること。これには3段階あります。「覚えてもらう」「好きになってもらう」「選んでもらう」。
「『知ってもらう』と『覚えてもらう』は決定的に違う」
ただ知られるだけではダメ。必要なタイミングで思い出してもらえなければ意味がない。だから、繰り返し伝え、自分ごとにしてもらい、心を動かす工夫が要ります。
ここで本書がぶつけてくるのが、衝撃的な数字です。グローバル企業で出世する要因を分析した「PIEの法則」。
「Performance(仕事の実力)1割、Image(印象)3割、Exposure(どれだけ目立っているか)6割」
実力は、たった1割。残り9割は印象と「目立っているか」で決まる。これを「不公平だ」と思うかもしれません。でも選ぶ側の立場で考えると腑に落ちます。候補者リストに、実績データはあっても顔も知らない人が混ざっていたら、選びにくいですよね。だからこそ、
「本当に気にしなくてはいけないのは、いかにして相手の役に立つか、ただその1点です。」
自分をアピールするのは、自慢ではなく「義務」だ、と井上さんは言います。どんなに優れた価値も、相手に知られなければ役に立てないのだから。いわれのない批判は無視して、伝え続ける。
伝え方そのものにもコツがあります。何を言うか(What to Say)だけでなく、どう言うか(How to Say)。
「『理解する』と『腹落ちする』は、別の話です。」
フリーターの友人に「いつまでも遊んでないで就職しなよ」と正論をぶつけても反発されるだけ。でも一緒に将来の夢を語った後で「この先どうするの?」と問えば、同じ言葉でも腹落ちする。伝え方が、相手の行動を変えるのです。
自己実現の呪い――成長を狙うほど、成長できない
本書でいちばん逆説的なのが、この概念です。「自己実現の呪い」。
成長や自己実現を意識しすぎると、かえって最大の成長機会である「他者への貢献」を見失ってしまう、というジレンマです。
ではどうすれば成長できるのか。本書のロジックはこうです。まず相手に貢献する。すると「配られるカード(仕事の機会)」が増える。実務経験が積み重なり、結果として飛躍的に成長する。
「『偶然』を『キャリアアップの機会』に変える秘訣の1つは、『配られるカード』を増やすことでした。」
これには根拠もあります。仕事の成長をもたらす要因は、実務経験が7、上司のアドバイスが2、読書や研修が1。経験こそが人を育てる。そしてスタンフォード大学のクランボルツ教授の研究によれば、個人のキャリアの8割は偶然の出来事で決まる。だから機会を増やすことが、何より大事になります。
ただし、すべての機会に飛び込めという話ではありません。
「だから、嫌なことからは逃げてもいい、と私は考えています。嫌な人からも逃げてかまいません。ただし、『心地が悪い』ことから逃げてはいけません。」
自分を壊す「嫌なこと」からは逃げていい。でも、ただ未経験で「心地が悪い」だけのことは、成長のチャンスとして引き受ける。この線引きが、優しくて現実的です。
明日から何を変えるか
本書を踏まえて、今日から試せることを3つに絞りました。
1. 「やりたいこと探し」を、「応えられる期待探し」に変える 自分の内面を掘るのをやめて、目の前の相手(顧客・上司・同僚)が本当に欲しているものを想像する。自分の強みが分からないなら、過去に人から感謝された場面を振り返ってみる。
2. 雑談を「顧客インタビュー」として使う 相手の本音は、かしこまった場では出ません。雑談の中で、相手が何に価値を感じているかを聴き取る。自分が話すより、相手の「買う理由・買わない理由」を探るつもりで。
3. 自分の価値を伝えることをためらわない PIEの法則を思い出して、実力を磨くのと並行して「知ってもらう」努力をする。自慢ではなく、相手の役に立つための情報提供だと考える。ここで義務感が自慢に転ぶと逆効果なので、あくまで相手起点で。
おわりに
この本の根っこには、温かいメッセージがあります。
「あなたにも必ず、あなたにしか埋めることができない『世界の欠けたピース』があるはずです。」
世界を大きなジグソーパズルにたとえると、一人ひとりに「自分にしか埋められない欠けたピース」がある。やりたいことが見つからなくても、強烈な個性がなくても、誰かの期待に応えるその場所が、あなたの居場所になる。
井上さんは、これからの時代を「ホールネス(全体性)」の時代と呼びます。社会が個人を成り立たせ、個人が社会を成り立たせる。自己表現に疲れたとき、「相手から始める」という発想は、肩の力を抜かせてくれます。やりたいことがない自分を、責めなくていい。そう思えるだけで、読んだ価値のある一冊でした。
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『マーケット感覚を身につけよう』ちきりんさん 「売れるもの」を見抜く感覚を養う一冊。本書の「市場を定義する」「相手が本当に欲しい価値を知る」を、市場を読む目という角度から鍛え直せます。
『THIS IS MARKETING』セス・ゴーディン 「成長しそうな最小の市場」を見つける原則を説いた本。本書のSTEP1「自分が貢献できる範囲で市場を選ぶ」と発想がそっくりで、相手起点のマーケティング観を補強してくれます。
『顧客起点マーケティング』西口一希さん たった一人の顧客から戦略を立てる手法。本書の「真実の一人の顧客」の声を聞くという考え方と直結し、相手を深く知る技術を実務レベルで学べます。



