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『マーケターのように生きろ』井上大輔さん|「やりたいこと」がなくても、必要とされる人になる

マーケティング・営業 ✍ 井上大輔さん
約7分で読めます

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『マーケターのように生きろ』
目次

「やりたいことを見つけよう」「個性を表現しよう」。

その言葉に、息苦しさを感じたことはありませんか。世の中で輝いて見える人は、みんな才能と強烈な個性を持っているように見える。じゃあ「表現できる自分」なんて持っていない人は、どうすればいいのか。

この本は、その問いに正面から答えてくれます。著者の井上大輔さんは、外資系企業を渡り歩いてきたマーケターです。提案するのは、自分を表現する「アーティスト」のような生き方ではなく、相手の期待に応える「マーケター」のような生き方。

マーケティングの思想を人生に応用すれば、才能がなくても「あなたが必要だ」と言われ続ける人になれる、という一冊です。自己啓発書にありがちな「もっと自分を出せ」の真逆をいく、珍しいタイプのキャリア論だと言ってもいい。

図解

こんな人におすすめ

「自分」ではなく「相手」からスタートする

本書の主張は、一言に凝縮できます。自分を表現するのではなく、人の期待に応えることを追求する。これだけ聞くと「他人に合わせて自分を殺すのか」と身構えるかもしれません。でも井上さんの言いたいことは、むしろ逆です。

「自分こそが応えられる『誰かの期待』を見つけ、自分なりのやり方でそれに応えていく。これを『自分らしさ』と呼ばずして何と言いましょう。」(井上大輔『マーケターのように生きろ』)

自分らしさは、自分の内面を掘って見つけるものではなく、誰かの期待に応える関係の中でにじみ出てくるもの。だから「相手から始める」ことと「自分らしく生きる」ことは矛盾しない――ここが、この本のいちばん効いてくる転換だと私は感じました。

自己分析を何度やっても「やりたいこと」が出てこない人は多い。それは掘り方が下手なのではなく、そもそも内面に答えがないからかもしれない。本書の発想は、その空回りから抜け出す出口になります。

象徴的なのが、マイクロソフトのサティア・ナデラさんの面接エピソード。「君はCEOになりたいのか?」と問われた彼は、「皆さんがなって欲しいと思うなら」と答え、その後本当にCEOになりました。

誰かの期待に応えることが、そのまま自分の道になる。判断に迷ったときのコンパスも明快で、「より多くの人の役に立つことを選べ」――それが本書の行動原理です。利己と利他の対立に見えて、結局は重なるのだ、という割り切りが心地よい。

マーケティングは「生きる知恵」である

「マーケティング」と聞くと、広告や宣伝を思い浮かべる人が多いでしょう。でも本書はこう言い切ります。マーケティングとは、相手からスタートし、相手の役に立ち、相手から必要とされること。

それは要するに「価値の交換」をデザインすることだ、と。つまり特定の部署のスキルではなく、あらゆる人が使える「生きる知恵」なのです。営業も技術職も主婦も、誰かに必要とされたい人すべてに関係する話だという射程の広さが、この本の懐の深さです。

井上さんは世間の3つの誤解を解いていきます。広告宣伝だけがマーケティングではない(何をいい商品とするか考えることもそうだ)。いい商品をつくれば勝手に売れるわけではない(知られていない良品は山ほどある)。

そして三つめ、顧客の声を聞くとイノベーションが死ぬわけでもない。むしろ逆で、ヘンリー・フォードは「もっと速い馬が欲しい」という声の裏にある「速く移動したい」という本音を見抜いて自動車を生んだ。P&Gも研究室のアイデアを顧客との対話を経て磨き、液体洗剤を世に出しました。

歌手の西野カナさんがリスナーへのアンケートを歌詞に反映してヒットを量産したのも同じ構図です。表に出てきた要望をそのまま叶えるのではなく、その奥の欲求を掘る。

この「相手の声の聞き方」が、本書を貫く太い背骨になっています。声を聞くこと自体ではなく、聞いた先で何を読み取るかが勝負なのだ、という整理は実務でも効きます。

「価値」を見抜き、つくり、伝える4ステップ

本書の中心には、マーケティングを4つのステップに落とし込んだ実践の枠組みがあります。順に、市場を定義し、価値を定義し、価値をつくり、価値を伝える。

STEP1の「市場を定義する」で井上さんが説くのは、ニッチを狙うなということ。自分が貢献できる範囲内で、なるべく大きな市場を選ぶ。HIKAKINさんがボイスパーカッションから始めつつ、市場の大きいゲーム実況へ広げたように、母数の多い場所のほうが多くの人を満足させられるからです。

「人と違うこと」を探しがちな私たちには、これは耳の痛い助言かもしれません。差別化に逃げず、あえて競争の多い大きな土俵で勝負する勇気を求めてくる。

STEP2の看板ツールが「価値の4象限」。価値を「機能的か情緒的か」「顕在的か潜在的か」の2軸で整理します。今すぐ役立つ実利価値、無難で安全という保証価値、他人から見てセンスがいいという評判価値、生き方の「おまもり」になる共感価値。

天然水を例にすれば、喉を潤すのは実利価値だが、エコなブランドを選ぶ人はその選択をする自分自身に満足している――これが情緒的な価値です。この地図は職場の自分にも重ねられる。

数字を上げる営業だけが価値ではなく、和を乱さない人、組織の顔になる人、文化を体現する人。多様な軸で見直すと、「実力はあるのに評価されない」と感じていた人が、自分の別の貢献の仕方を発見できます。評価されないのは価値がないからではなく、価値の種類が見えていないだけかもしれない、と。

ただし全ステップに刺さる前提があります。

「相手が知覚できない差異には、価値がない。」(同書)

どれだけ機能を磨いても、相手が違いを感じ取れなければ価値はゼロ。作り手の自己満足を戒める一言です。だからこそ井上さんは、本音を探る道具として「雑談」を重視する。

人は自分の欲しいものを自覚していなかったり、声に出したくなかったりする。かしこまった場では出ない本音を、リラックスした雑談を「顧客インタビュー」のつもりで聴き取る。

STEP3で価値を「機能・主張・外観」の3要素に分解し、「真実の一人の顧客」との対話で磨くという流れも、この相手起点の思想で一貫しています。

なお井上さんは、いいアイデアはゼロからのひらめきではなく、人より多くの情報を入れ、対話という刺激から生まれるものだ、とも釘を刺します。

出世の9割は実力ではない、という衝撃

STEP4「価値を伝える」で、井上さんは強烈な数字をぶつけてきます。グローバル企業で出世する要因を分析した「PIEの法則」。その配分は、Performance(実力)が1割、Image(印象)が3割、Exposure(目立っているか)が6割。

実力はたった1割で、残り9割は印象と露出で決まるというのです。「不公平だ」と感じる人もいるでしょう。でも選ぶ側に立つと腑に落ちる。実績データはあっても顔も知らない人は、やはり選びにくい。

だから自分の価値を伝えるのは自慢ではなく「義務」だ、と井上さんは言う。どんなに優れた価値も、知られなければ役に立てない。伝えないのは、存在しないのと同じなのです。気にすべきは、いかに相手の役に立つか、その一点だけ。いわれのない批判は無視して伝え続ける。

しかも伝え方には、何を言うか(What)だけでなくどう言うか(How)も効く。フリーターの友人に「就職しなよ」と正論をぶつけても反発されるが、一緒に夢を語った後で「この先どうするの?」と問えば、同じ言葉でも腹落ちする。理解と腹落ちは別物なのです。

そして本書でいちばん逆説的なのが「自己実現の呪い」。成長や自己実現を意識しすぎると、最大の成長機会である「他者への貢献」を見失ってしまう、というジレンマです。

本書のロジックはこうです。まず相手に貢献する。すると「配られるカード(仕事の機会)」が増える。経験が積み重なり、結果として飛躍的に成長する。

根拠もあって、人を育てるのは実務経験が7・上司の助言が2・読書研修が1、しかもキャリアの8割は偶然で決まる(スタンフォード大学クランボルツ教授の研究)。

成長を直接狙うのではなく、貢献の結果として手に入れる――この遠回りに見える道こそ本道だ、という主張は読後にじわじわ効いてきます。ただし「嫌なこと・嫌な人」からは逃げてよく、ただ未経験で「心地が悪い」だけのことからは逃げるな、という線引きが優しくて現実的です。自分を壊すものと、ただ慣れていないだけのものを、ちゃんと分けてくれる。

読み終えて

この本の根っこには、温かいメッセージが流れています。世界を大きなジグソーパズルにたとえれば、一人ひとりに「自分にしか埋められない欠けたピース」がある。やりたいことが見つからなくても、強烈な個性がなくても、誰かの期待に応えるその場所が、あなたの居場所になる。

井上さんは、これからを「ホールネス(全体性)」の時代と呼びます。社会が個人を成り立たせ、個人が社会を成り立たせる。自己表現に疲れたとき、「相手から始める」という発想は、ふっと肩の力を抜かせてくれる。

やりたいことがない自分を、責めなくていい。そう思えるだけで、読んだ価値のある一冊でした。自己表現の声に息苦しさを感じているなら、まずこの本を開いてみてほしいと思います。


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『マーケット感覚を身につけよう』ちきりんさん 「売れるもの」を見抜く感覚を養う一冊。本書の「市場を定義する」「相手が本当に欲しい価値を知る」を、市場を読む目という角度から鍛え直せます。

『THIS IS MARKETING』セス・ゴーディン 「成長しそうな最小の市場」を見つける原則を説いた本。本書のSTEP1「自分が貢献できる範囲で市場を選ぶ」と発想がそっくりで、相手起点のマーケティング観を補強してくれます。

『顧客起点マーケティング』西口一希さん たった一人の顧客から戦略を立てる手法。本書の「真実の一人の顧客」の声を聞くという考え方と直結し、相手を深く知る技術を実務レベルで学べます。


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