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『マーケティングを学んだけれど、どう使えばいいかわからない人へ』西口一希さん|学ぶほど迷子になる理由

マーケティング・営業 ✍ 西口一希さん
約7分で読めます

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目次

本を読み、セミナーに通い、フレームワークもひと通り諳んじられるようになった。それなのに、いざ自分の仕事となると何から手をつければいいのか分からない。この奇妙なねじれに、心当たりのある人は少なくないはずだ。

西口一希さんは、この状態を「マーケティングの樹海」と名づける。学べば学ぶほど、かえって深く迷い込んでしまう森のことだ。西口さんはP&G、ロート製薬、スマートニュースで実績を重ね、経営相談を受けた企業は200社を超える。

その人物が差し出す結論は、拍子抜けするほど簡素だった。樹海を抜ける道具は最新の手法ではなく、「WHO(誰に)」と「WHAT(何を)」というたった2つの問いだけでいい、と。

本書はこの2語を軸に、散らかったマーケティング知識を一本の幹へ束ね直そうとする試みである。

なぜ学ぶほど「樹海」に迷い込むのか

西口さんは、迷子の原因を3つに腑分けする。第一に、言葉の定義が人によってバラバラなこと。「マーケティング」は販促を指す人もいれば、宣伝、リサーチ、分析を思い浮かべる人もいる。

同じ単語で別の話をしているから、議論が噛み合わない。第二に、手法(HOW)の際限ない増殖だ。マーケティングツールを一覧化した「カオスマップ」の掲載数は、2011年の約150から2022年には9932へと膨れ上がったという。

次々に生まれる「やり方」へ目を奪われるうちに、肝心の幹が視界から消えていく。第三に、スキルそのものの陳腐化。西口さんはP&G入社当時、紙で届くデータを表計算ソフトへ手入力するためブラインドタッチを必死に覚えたが、わずか1年後にはデータがデジタルで届くようになり、苦労して身につけた技は不要になったと明かす。

つまり、流行の道具を追う前に、時代が変わっても効く「ビジネスの原則」を押さえよ——これが本書の出発点だ。編集部として付け加えれば、ここで挙がる3つの原因は、どれも「情報が多すぎる時代」の副作用でもある。

学ぶ手段が豊かになったこと自体が、逆説的に人を迷わせている。だからこそ、増やす学びより、削ぎ落とす学びが要る。

WHO・WHATが先、HOWは後回しでいい

その原則が、WHO・WHAT・HOWという三層構造だ。誰に売るか(WHO)、どんな価値を届けるか(WHAT)。この2つが軸であり、広告もチャネルも価格も、あとから選べるHOW=手段にすぎない

順番を取り違えると、どれほど立派な手段を揃えても成果は出ない。

ここで西口さんは、定番フレームワーク「4P」の来歴を掘り起こす。Product・Place・Promotion・Priceの4P。その原型は1958年にロバート・ハローウェイ氏が示した図にあり、4つのPの中央には「C」——Consumer、つまりお客様が据えられていた。

ところが日本へ4Pが輸入される過程で、この中央のCが抜け落ちてしまった。お客様不在のまま「何を、どこで、どう、いくらで売るか」だけを議論する。

これこそが樹海の入り口だ、と本書は指摘する。

分かりやすいのが「朝マック」だ。朝10時30分までの朝マックに価値を感じるのは、通勤・通学の経路上に店舗がある人。郊外で近くに店のない人へ豪華な広告を打っても届かない。

WHO(通勤途中の人)とWHAT(朝に手軽なメニュー)が定まっているからこそ、電車内広告や通勤時間帯のスマホ広告という「効くHOW」が選べる。

手段の議論は、お客様を決めてからで遅くない。

価値は企業ではなく、お客様がつくる

本書は「価値」という言葉の常識もひっくり返す。「我が社は新しい価値を創造している」——よく聞く物言いだが、西口さんは、価値を企業が一方的に生み出すことはできないと言う。

企業に用意できるのは「価値になるかもしれない提案」まで。それを受け取ったお客様が「自分にとって良い」と認めて初めて、価値は立ち上がる。

牛乳の喩えが効く。どれほど「健康で美味しい」と訴えても、牛乳アレルギーの人にとって価値はゼロだ。逆にダイエット中の人へ「美味しいのに低脂肪」と差し出せば、多少高くても買われる。同じ商品でも、相手が変われば価値は生まれもし、消えもする。

その価値の中身を、本書は「便益」と「独自性」の2語で定義する。便益は「選ぶ理由・買う理由」、使えば便利になり悩みが消えるといったプラスのこと。

独自性は「ほかを選ばない理由」、代替品ではなくこれでなければならない理由だ。便益と独自性は片方だけでは価値にならず、両方が重なったときに初めて高い価値が生まれる

便益はあっても独自性がなければ価格競争に沈み、独自性はあっても便益がなければ一瞬話題になる珍品で終わる。1時間並んでも人が絶えないラーメン二郎は、「腹いっぱい満足できる」便益と「他店では味わえない量と濃さ」の独自性を、両方そろえた好例だと本書は言う。

N1分析——たった1人を掘ると、百万人が見える

では、便益と独自性をどう探すのか。ここで本書の看板メソッド「N1分析」が登場する。N1とは、実在するたった1人のお客様のこと。その人が商品を知ったきっかけ、買った理由、使い続ける理由を時系列でたどり、行動の裏にある本音(インサイト)まで潜っていく手法だ。

「1人に絞れば偏るのでは」「大勢に広告を打つほうが効率的では」という不安に、本書は逆だと答える。平均値ばかり眺めていると、誰の心にも刺さらない最大公約数の施策しか生まれない。

実在する1人が「お金を払ってでも欲しい」と痛切に感じる価値の裏には、同じように感じる人が何万、何百万と必ずいる。だから1人を深く理解するほうが、結局は大勢へ届く。

事例が具体的だ。ロート製薬の男性用ボディソープ「デ・オウ」は、たった1人への深いインタビューから生まれた。既存品はぬるぬるするので石鹸でゴシゴシ洗いたい、暑い日に女性へ避けられた経験からニオイを根本から消したい——そんな本音が「洗い心地+ニオイの徹底除去」というコンセプトへ結晶し、発売から半年で市場NO.1になったという。

スマートニュースの「クーポンチャンネル」も、どの店がいつクーポンを出しているか分からず損した気分になる、という1人の不満から生まれ、月間利用者1000万人突破の起爆剤になった。

なお西口さんは、仮説を磨く目安として20人ほどへのインタビューを挙げる。1人を掘っては仮説を立て直す、その反復こそがN1分析の実像であって、まぐれ当たりのひらめきではない。

成長フェーズごとに、狙うお客様は変わる

顧客理解が進んだら、ビジネスの成長段階に合わせて照準を動かしていく。本書はこれを3段階で整理する。0→1は創業期、最初の1人目のお客様を見つける段階だ。

世のヒット商品はすべて、特定の誰かが強く価値を感じる「ニッチ」から始まる。1→10は初期成長期、同じ価値を感じる人がどこにいるかを探して広げる。

ここで最も重要なのが「2回目の購入」で、初回から2回目の壁を越えられるかどうかが、将来の収益性を大きく左右する。10→1000は規模の最大化、確立した価値を新しい地域やECへ水平展開しつつ、別の便益・独自性を感じる新しい顧客層を掘り起こしていく。

象徴的なのがスターバックスだ。居心地のよい店内のイメージが強いが、世界全体では収益の8割以上がテイクアウトだという。待ち時間を嫌う持ち帰り客という別のWHOに応えることで、大きな収益を確保している。

西口さんは、長い実務のなかで「成長限界に達した商品」に一度も出会ったことがないと言い切る。売れなくなった定番も、WHOとWHATを捉え直せば、眠っていた成長余力が目を覚ます。

夜にパティを倍増させる「夜マック」で客単価を上げた事例や、作業服の店から一般客向けへ間口を広げたワークマンが、その裏づけだ。やや楽観的にすぎる断言にも聞こえるが、視点さえ変えれば市場はどこかに必ず残っている、という励ましとして受け取りたい。

ブランディングは「忘れさせない」ための記憶装置

最後は、誤解の多い「ブランディング」だ。おしゃれなロゴ、かっこいいデザイン、洗練されたネーミング。多くの人は、それらをブランディングそのものだと思っている。

だが本書は、それらは記号にすぎないと釘を刺す。ブランディングとは、お客様が満足した「結果」として後から生まれるもの。順番が逆なのだ。便益と独自性を実感していない人へどれほど立派なロゴを見せても、その記号は記憶にすら残らない。

本来の役割は、一度感じた価値をロゴ・色・名前として記号化し、記憶へ強く刻むことにある。人は満足した商品でも、時が経てば存在ごと忘れて離れていく。

この「忘却離反」を防ぎ、次に検討するとき真っ先に思い出してもらう——それがブランディングの仕事だ、というわけだ。逆側からこれを証明したのが、ロシアから撤退したマクドナルドを買い取った企業の話である。

メニューはほぼそのままなのに、ロゴと店名を一新した途端、あの「M」が呼び起こしていた価値の記憶が消えてしまった。記号が変わるだけで、積み上げてきた価値そのものが想起されなくなる

一方で注意したいのが、本書の言う「ダークサイド」だ。実際に提供できる以上の期待を広告で煽れば、一度は買ってもらえる。だが使った瞬間の「価値の再評価」で「期待外れ」と裁かれれば、二度目はない。

本当に優れた伝え方とは、誇張を使わず本物の便益と独自性を的確に届け、期待と使用体験を一致させることだと本書は説く。

本書が最後まで説くのは、マーケティングとは仕組みづくりのテクニックではなく「誰かのために価値を作り続けること」だ、という一点である。しかもこの視点は、マーケティング部門でなくても鍛えられる。

街の広告を見て「これは誰に、どんな価値を届けようとしているのか」を推理する。何かを買ったとき「なぜ他ではなくこれを選んだのか」を感情まで含めて言葉にする。

総務でも経理でも、自分の仕事の便益(誰かのためになるプラス)と独自性(自分ならではの特徴)を定義し直す。どれも今日から始められる訓練だ。樹海で迷ったら、手法を1つ増やすのではなく、いったん立ち止まって問い直せばいい。

自分は誰に、どんな価値を届けようとしているのか——その2つが定まれば、次の一手はおのずと見えてくる。


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