部下が不機嫌なのは、何か原因があるからではありません。「相手を遠ざけたい」「思い通りに動かしたい」という目的があるからだ。
そんな一文から始まると、思わず立ち止まってしまう人は多いはずです。岩井俊憲さんの『みんな違う。それでも、チームで仕事を進めるために大切なこと。』
は、アドラー心理学をビジネスの現場へ丸ごと翻訳した一冊。著者はアドラー心理学の第一人者で、20万人以上に研修・カウンセリングを行ってきた人物です。
年齢も性別も国籍も雇用形態もバラバラ、組織はピラミッド型からフラットなネットワーク型へ移った——そんな現代の職場で、リーダーがどうチームをまとめるか。
その問いに、心理学の言葉で正面から答えていきます。
本書のスタンスはタイトルにも表れているように明快です。リーダーは部下を「裁かない・正さない・引っ張らない」。上下ではなく「横の関係」で接し、「正しいか」ではなく「建設的か」で判断する。
一方的な命令や強引な牽引は、いまやパワハラと見なされかねない時代です。だからこそ「声が大きくない人」でもチームを前に進められる、別ルートの技術が要る。
この記事では、本書を貫く核心概念を章立てに沿って、出し惜しみせず整理していきます。

こんな人におすすめ
- 価値観の違う部下とどう向き合えばいいか分からないチームリーダー
- 「ぐいぐい引っ張る」昔ながらのリーダーシップが苦手な方
- 部下の機嫌や言動につい一喜一憂し、疲弊してしまう面倒見のいいリーダー
- 「働かないおじさん」や子育て社員のしわ寄せ問題に頭を抱えるマネジャー
核心は「正しさ」ではなく「建設的か」で判断すること
本書が一貫して最重視するのが「建設的かどうか」という視点です。アドラーの使った「useful」に由来する言葉で、ここに著者の発想の全体が凝縮されています。
「『正しい/間違っている』『良い/悪い』は、判定・ジャッジになるだけで、解決にはなりづらいものです。」(本書より)
たとえば「品質のためコストをかけるべき」という人と「コストを抑えるべき」という人が対立したとします。どちらが正しいかを争っても、結論は出ません。本書はそこで勝ち負けを決めるのをやめ、「会社に利益をもたらす」という共通目的に立ち返り、落としどころを探ることを勧めます。
私がこの章でハッとしたのは、正義感そのものへの指摘でした。「私は正しい」という確信は、必然的に「間違っている敵」を生んでしまう。職場の人間関係がギスギスする原因の多くが、実はこの正しさの応酬にあるのではないか——そう気づかされます。
そしてこの建設的という軸は、リーダーと部下の関係そのものも捉え直します。役割の違いはあっても、人間の尊厳においては違いがない。つまり対等な「横の関係」だというのです。
引っ張るのが苦手でもリーダーは務まる、という静かな救いがここにあります。
第1章 目的論と自己決定性――マインドセットを整える
第1章は、テクニック以前にリーダー自身の見方を整える章です。アドラー心理学の根幹にあるのが目的論。原因論が「なぜ(原因)」を探るのに対し、目的論は「何のために(目的)」を考えます。
冒頭の問いに戻れば、不機嫌は「相手を遠ざける・拒絶する」ため、怒りは「相手を思い通りに動かす(支配する)」ための手段だ、という捉え方になります。
原因を詮索するより、「これからどうするか」を話し合うほうがよほど前に進める。さらに本書は、怒りは「弱い立場」の相手に向かいやすく、その底には「不安だ」「心配だ」という本音が隠れていると指摘します。
これを知っているだけで、部下の感情に無駄に振り回されなくなる——この実感は、面倒見のいいリーダーほど効くはずです。
もう一つの柱が自己決定性です。「環境の影響は受ける。だが、決定打ではない」。アドラー自身、くる病で思い通りに動かない体を抱えながら、それをバネに医学の道へ進みました。
劣悪な環境でも、建設的な道を選ぶかどうかは自分で決められる。劣等感さえ、自己否定の材料ではなく成長へのバネとして捉え直す。リーダーがこの前提に立てているかどうかは、部下を見る目に確実に染み出していきます。
第2章 私的論理を「コモンセンス」にチューニングする
第2章のテーマは価値観です。人は皆、独自の「心のメガネ」で現実を見ています。同じ出来事でも、意味づけは一人ひとり違う。これを私的論理と呼びます。
価値観が違うこと自体は、まったく問題ではありません。問題になるのは、その私的論理が周囲のコモンセンス(共通感覚)と極端にズレたときです。
ズレを感じたら、より多くの人の視点や、より広い視点を借りて、自分の感覚をチューニング(修正)していく。これがリーダーに求められる姿勢だと本書は言います。
とりわけ手放すべきは極端な認知です。「絶対」「必ず」という決めつけ、「みんな」「全部」という誇張、一度の失敗を「いつもそうだ」と捉える過度の一般化。
「リーダーになったら『べき』『ねばならない』をなるべく手放すようにしましょう。」(本書より)
「本当に絶対か?」「みんなとは具体的に何人のことか?」と問い直し、評価を混ぜずに事実を淡々と述べる。これだけで、部下の受け取り方は驚くほど変わります。自分の口癖に決めつけが混じっていないか——ここは読みながら背筋が伸びるところでした。
第3章 課題の分離は「協力へのステップ」
第3章は、リーダーの心理的負担を軽くする章です。中心は課題の分離。判断の基準はシンプルで、「この行動の結末は、最終的に誰に降りかかるのか」と考えること。
部下のやる気のなさや不機嫌で、最終的に評価が下がるなどの結末を引き受けるのが部下自身なら、それは「相手の課題」です。リーダーが勝手に悩みすぎる必要はない。むしろ手出しをしすぎると、部下が自分で問題を解決する力が育たなくなってしまう。
ただし、ここが本書の繊細なところで、課題の分離は冷たい突き放しではありません。
「『課題の分離』は、あくまで『協力関係に進むための手続き』なのです。」(本書より)
部下から相談があったり、仕事の遅れがチームに実害を及ぼす場合は共同の課題へと移行します。その際もリーダーが答えを与えるのではなく、対等なパートナーとして「一緒に解決策を考える」スタンスをとる。
そして相手の感情が読みづらいなら、読まないままでいい、とも言い切ります。部下の機嫌を読みすぎて消耗してしまう「優しいリーダー」にとって、これほど心が軽くなる一言はないでしょう。
距離を取ることと見捨てることは違う——その線引きを言語化してくれる章です。
第4章 共同体感覚と、信頼・共感の技術
第4章は、安心して働ける職場づくりです。鍵となるのが共同体感覚。チームに「ここに居場所がある(所属感)」「仲間を信頼・尊敬できる(信頼感)」「仲間のために貢献したい(貢献感)」と思える感覚で、Googleが広めた「心理的安全性」と非常に近い概念です。
ただしビジネスにおける共同体感覚は、単に仲良くすることではありません。信頼関係を土台に、共通の目的のために「自分は何ができるか」を各自が考えること。
馴れ合いとは別物だ、という線引きが効いています。
ここで本書は「信用」と「信頼」を区別します。「信用」は数字や根拠、条件に裏付けられて初めて成り立つもの。一方で「信頼」は、根拠がなくても信じることだ、と。
そしてリーダーは、相手が協力的になるのを待つのではなく、まず自分から無条件に部下を信頼することから始める。順番が逆だと、いつまでもチームは動き出さない。
さらに同情と共感の違いも鋭い。同情は相手と一体化してコントロール不能になる危険な状態であるのに対し、共感は「相手の目で見て、相手の耳で聞き、相手の心で感じること」。
自分を保ったまま相手の立場を理解する、頭で考える「習得可能な技術」だと位置づけます。著者自身、経費節減中に豪華な花を飾った社長秘書を自分の論理だけで叱ってしまい、後に「相手の視点で見る」共感の大切さを痛感した経験を率直に語っています。
そして見落とせない指摘が一つ。組織に最も害を与えるのは、能力の低いローパフォーマーではなく、能力は高くても「自分さえよければ」と考える、共同体感覚に欠けた利己的な人だ、というのです。
だからこそ本書は「働かないおじさん」さえ排除の対象とせず、まずチームの一員として信頼を寄せたうえで、しわ寄せ問題を共同の課題として解こうとする。
この一貫した態度に、本書の優しさと現実主義が同居しています。
第5章 目的・目標と、未来志向の問いかけ
最終章は成果を出すための技術です。まず本書は「目的」と「目標」を分けます。目的は「何のために」この仕事をするのか、目標は「どこに向かって」進むのか。
数値目標だけでなく、その先の目的を提示し続けることで、チームの迷走を防ぐ。悩んだときこそ「そもそも何のためにするのか」に立ち返る、という指針です。
目標設定には「グ・タ・イ・テ・キ」の5要素が使われます。グ(具体的)・タ(達成可能)・イ(意欲的)・テ(定量的)・キ(期限付き)。さらに目標を「究極目標」「達成目標」「当面の目標」「最低限の目標」とレベル分けし、部下の調子に合わせて使い分けることで、モチベーションの底割れを防ぐ。
理想と現実の両方に逃げ道を用意しておく、現場的な知恵です。
そして指導の核心が、問いかけの変換です。
「『なぜ』とできない理由を聞くよりも、『どうやって』できるようになるか、『何のために』できるようになりたいかを聞く。このほうが未来志向で、建設的です。」(本書より)
本書には、ある経営戦略コンサルタントが「なぜなぜ攻撃」を繰り返した結果、現場が言い訳と過去の解説ばかりを強いられて疲弊し、肝心の改善にはつながらなかった事例が出てきます。
「なぜ」は過去の解説しか生まない。一方「どうやって」「何のために」は、視線を未来へ向ける。日々の声かけ一つで、部下の主体性は伸びもすれば縮みもするのだと突きつけられます。
仕上げに著者は、建設的なリーダーに欠かせない意外な資質として楽観性を挙げます。困難な状況でも「なんとかなる」と希望を持ち、部下の長所に目を向け、解決へ向けて動く。この土台があってこそ、ここまでの技術が生きる、というわけです。
どんな人に、どう効く本か――そして明日からの一歩
この本が刺さるのは、おそらく「引っ張るリーダー像」にずっと違和感を抱えてきた人です。声が大きいわけでも、カリスマがあるわけでもない。それでもチームを前に進めたい——そういう人に、本書は「横の関係」という別ルートを差し出してくれます。
一方で、強い指揮命令でトップダウンに動かしたい人や、即効の人心掌握テクだけを求める人には物足りないでしょう。本書は、相手を信頼することから始める、少し時間のかかる態度の本だからです。
明日からの行動に落とすなら、まず三つ。第一に、イラッとしたら「この結末は誰に降りかかるか」と一呼吸おく。部下自身が引き受けるなら相手の課題として切り離し、相談されたら共同の課題へ進む。
第二に、ミスを見つけても「なぜミスしたの?」を飲み込み、「どうすれば次は防げると思う?」と未来志向で問い、「あなたには期待している」を必ずセットで伝える。
第三に、「べき」「絶対」「みんな」を口癖から外し、「仕事が遅い」を「丁寧で細やか」と捉え直すように、否定ではなく長所へ目を向ける練習を重ねる。
どれも今日のミーティングから試せます。
おわりに
本書を一言で表すなら、「価値観が違うメンバーをまとめるための、ちょっぴりドライで優しい実践的リーダー論」です。
相手の課題に踏み込みすぎず適度な距離を保ちながら、お互いの違いを認め、「チームの目的のために何ができるか」を一緒に考える。裁かず、正さず、引っ張らない。
それでもチームは前に進める。アドラー心理学は、そのための具体的な技術を確かに与えてくれます。ここで紹介しきれなかった事例や言い回しの妙は、ぜひ本書のページでたどってみてください。
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