部下が不機嫌なのは、何か原因があるからではありません。「相手を遠ざけたい」「思い通りに動かしたい」という目的があるからだ。
アドラー心理学をビジネスに応用すると、職場の景色が変わります。岩井俊憲さんの『みんな違う。それでも、チームで仕事を進めるために大切なこと。』は、価値観が多様化しフラット化した現代の職場で、リーダーがどうチームをまとめるかを説いた一冊です。著者はアドラー心理学の第一人者で、20万人以上に研修・カウンセリングを行ってきた人物。
本書のスタンスは明快です。リーダーは部下を「裁かない・正さない・引っ張らない」。上下ではなく「横の関係」で接し、「正しいか」ではなく「建設的か」で判断する。この記事では、本書の5つの章とアドラー心理学の核心概念を、要素を落とさず整理します。

こんな人におすすめ
- 価値観の違う部下とどう向き合えばいいか分からないチームリーダー
- 「ぐいぐい引っ張る」昔ながらのリーダーシップが苦手な方
- 部下の機嫌や言動につい一喜一憂し、疲弊してしまう面倒見のいいリーダー
- 「働かないおじさん」や子育て社員のしわ寄せ問題に頭を抱えるマネジャー
この本の核心――「正しさ」ではなく「建設的か」で判断する
現代の職場は、年齢・性別・国籍・雇用形態が多様化し、組織もピラミッド型からフラットなネットワーク型へ移行しました。一方的な命令や強引な牽引は、もはやパワハラと見なされかねません。
そこで本書が最重視するのが「建設的」という視点です。アドラーが使った「useful」という言葉に由来します。
「『正しい/間違っている』『良い/悪い』は、判定・ジャッジになるだけで、解決にはなりづらいものです。仕事をすすめていくためには、『判定・ジャッジ』より、『解決策』です。」
たとえば「高品質のためコストをかけるべき」という人と「コストを抑えるべき」という人が対立したとします。どちらが正しいかを争っても結論は出ません。「会社に利益をもたらす」という共通目的に向け、落としどころを探るのが建設的な姿勢です。
「私は正しい」という正義感は、必然的に「間違っている敵」を生み、人間関係を分断します。それに代わる共生の判断軸が「建設的か・非建設的か」なのです。
そしてリーダーと部下の関係も捉え直します。
「リーダーと部下の関係は、役割の違いはあるけれど、人間の尊厳においては違いがない」
役割が違うだけで、人間としては対等な「横の関係」。だから引っ張るのが苦手でも、リーダーは務まります。
第1章――目的論と自己決定性
第1章は、リーダー自身のマインドセットを整える章です。
アドラー心理学の根幹に目的論があります。原因論が「なぜ(原因)」を探るのに対し、目的論は「何のために(目的)」を考えます。
「人の言動に必要以上に『原因』を探す必要はないのです。それよりも、『目的』を考えたほうが建設的です。」
不機嫌は「相手を遠ざける・拒絶する」ため、怒りは「相手を思い通りに動かす(支配する)」ための手段だと捉えます。原因を解説するより、「これからどうするか」を話し合うほうが前に進めます。なお怒りは「弱い立場」の相手に向かいやすく、その底には「不安だ」「心配だ」という本音が隠れていることに気づくと、無駄に振り回されなくなります。
もう一つの柱が自己決定性です。
「環境の影響は受ける。だが、決定打ではない」
「重要なことは、人が何を持って生まれたかではなく、与えられたものをどう使いこなすかである」
アドラー自身、くる病で思い通りに動かない体を抱えながら、それをバネに医学の道へ進みました。劣悪な環境でも、建設的な道を選ぶか否かは自分で決められる。劣等感も自己否定の材料ではなく、成長へのバネとして捉え直します。
第2章――私的論理をコモンセンスにチューニングする
第2章のテーマは価値観です。人は皆、独自の「心のメガネ」で現実を見ています。これを私的論理と呼びます。
「目の前で起こる現実・出来事をどのように意味づけるかは個人個人で異なります。」
価値観が違うこと自体は問題ではありません。問題は、その私的論理が周囲のコモンセンス(共通感覚)と極端にズレたときです。ズレを感じたら、より多くの人の視点や広い視点を借りて、感覚をチューニング(修正)していきます。
特に手放すべきは極端な認知です。「絶対」「必ず」という決めつけ、「みんな」「全部」という誇張、一度の失敗を「いつも」と捉える過度の一般化。
「リーダーになったら『べき』『ねばならない』をなるべく手放すようにしましょう。」
「本当に絶対か?」「みんなとは具体的に何人か?」と問い直し、事実を淡々と述べるコミュニケーションを心がけます。
第3章――課題の分離は「協力へのステップ」
第3章は、リーダーの心理的負担を軽くする章です。中心は課題の分離。
「『この行動の結末は最終的に誰に降りかかるのだろうか』と考えてみてください。」
部下のやる気のなさや不機嫌で、最終的に評価が下がるなどの結末を引き受けるのが部下自身なら、それは「相手の課題」です。リーダーが勝手に悩みすぎる必要はない。手出しをしすぎると、部下が自分で問題を解決する力が育ちません。
ただし本書は、課題の分離を冷たい突き放しとは捉えません。
「『課題の分離』は、あくまで『協力関係に進むための手続き』なのです。」
部下から相談があったり、仕事の遅れがチームに実害を及ぼす場合は共同の課題になります。その際もリーダーが答えを与えるのではなく、対等なパートナーとして「一緒に解決策を考える」スタンスをとります。
「『相手が何をどうとるか』が読みづらいなら、読まないままでいいのです。」
部下の感情を読みすぎて疲弊する「優しいリーダー」への、心を軽くするアドバイスです。
第4章――共同体感覚と、信頼・共感の技術
第4章は、安心・信頼できる職場づくり。鍵は共同体感覚です。
これは、自分のいるチームに「ここに居場所がある(所属感)」「仲間を信頼・尊敬できる(信頼感)」「仲間のために貢献したい(貢献感)」と思える感覚で、Googleが広めた「心理的安全性」と非常に近い概念です。ただしビジネスにおける共同体感覚は、単に仲良くすることではありません。
「ビジネスの場面で共同体感覚をもつということは、『信頼関係やパートナーシップがお互いにあるうえで、お互いの共通の目的のために、それぞれが「何ができるか」を考えること』です。」
ここで本書は「信用」と「信頼」を区別します。
「『信用』は、数字や根拠、条件に裏付けられて初めて成り立つものです。一方で『信頼』は、根拠がなくても信じるということです。」
リーダーはまず自分から、無条件に部下を信頼することから始めます。他者が協力的になるのを待たない。
そして同情と共感の違い。同情は相手と一体化してコントロール不能になる危険な状態です。
「『共感』は、『相手の目で見て、相手の耳で聞き、相手の心で感じること』です。」
共感は自分を保ちながら相手の立場を理解する、頭で考える「習得可能な技術」です。著者自身、経費節減中に豪華な花を飾った社長秘書を自分の論理だけで注意してしまい、後に「相手の視点で見る共感」の大切さに気づかされた経験を語っています。
なお、組織に最も害を与えるのはローパフォーマーではなく、能力は高くても「自分さえよければ」と考える、共同体感覚に欠けた利己的な人だと著者は指摘します。「働かないおじさん」も排除の対象とせず、チームの一員として信頼を寄せたうえで、しわ寄せ問題は共同の課題として解決を図ります。
第5章――目的・目標と、未来志向の問いかけ
最終章は成果を出すための技術です。まず「目的」と「目標」を分けます。
「『目的』とは『何のために』この仕事をするのか?です。『目標』は『どこに向かって』この仕事をするのか?です。」
目標(数値)だけでなく、その先にある目的(何のために)を提示し続けることで、チームの迷走を防ぎます。悩んだときこそ「そもそも何のためにするのか」を思い出す。
目標設定には「グ・タ・イ・テ・キ」の5要素を使います。グ(具体的)・タ(達成可能)・イ(意欲的)・テ(定量的)・キ(期限付き)。さらに目標は「究極目標」「達成目標」「当面の目標」「最低限の目標」とレベル分けし、部下の調子に合わせて使い分けることで、モチベーションの低下を防ぎます。
そして指導の核心が、問いかけの変換です。
「『なぜ』とできない理由を聞くよりも、『どうやって』できるようになるか、『何のために』できるようになりたいかを聞く。このほうが未来志向で、建設的です。」
ある経営戦略コンサルタントが「なぜなぜ攻撃」を繰り返し、現場が言い訳と過去の解説を強いられて疲弊し、改善にもつながらなかった事例が紹介されます。「なぜ」は過去の解説しか生みません。
仕上げに、リーダーに欠かせない要素として楽観性が挙げられます。
「建設的なリーダーに欠かせない要素があります。それは『楽観性』です。」
困難な状況でも「なんとかなる」と希望を持ち、部下の長所に目を向け、解決に向けて動く。それが建設的なチームの土台です。
明日から何を変えるか
本書の知恵を具体的な行動に落とします。
1. イラッとしたら「結末は誰に降りかかるか」と一呼吸おく 部下のルーズな態度に巻き込まれそうになったら、その結末を被るのが誰かを考えます。部下自身なら、ドライに「相手の課題」として切り離す。やりがちな失敗は、課題の分離を「冷たい無関心」で終わらせること。あくまで協力への手続きと心得て、相談されたら共同の課題に進みます。
2. 「なぜ」を封印し、「どうやって・何のために」で問う 部下のミスを見つけたとき、「なぜミスしたの?」を飲み込みます。代わりに「どうすれば次は防げると思う?」と未来志向で問う。注意するときは事実を冷静に伝え、「あなたには期待している」を必ずセットにします。
3. 「べき」「絶対」「みんな」を口癖から外す 自分の発言に極端な決めつけが混じっていないかチェックします。部下の「仕事が遅い」を「丁寧で細やか」と捉え直すように、否定的な面ではなく長所に目を向ける練習を重ねます。
おわりに
本書を一言で表すなら、「価値観が違うメンバーをまとめるための、ちょっぴりドライで優しい実践的リーダー論」です。
相手の課題に踏み込みすぎず適度な距離を保ちながら、お互いの違いを認め、「チームの目的のために何ができるか」を一緒に考える。裁かず、正さず、引っ張らない。それでもチームは前に進める。アドラー心理学は、そのための具体的な技術を与えてくれます。
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