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『未来の年表』河合雅司|少子化対策が成功しても、日本の人口は減り続ける

思考法・問題解決 ✍ 河合雅司
約10分で読めます

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『未来の年表』
目次

「少子化対策がうまくいけば、いずれ人口減少は止まる」。私はずっと、そう信じていました。だから出生率を上げる政策のニュースを見るたびに、少しだけ安心していたのです。

ところが本書を読んで、その安心が根拠のない楽観でしかなかったと気づかされました。たとえ出生率が改善しても、生まれてくる子どもの数は増えない。理由は拍子抜けするほど単純で、子どもを産む年齢の女性そのものが、もうとっくに激減しているからです。

『未来の年表 人口減少日本でこれから起きること』は、人口問題を長く取材してきたジャーナリスト河合雅司さんが、これからの日本に起きることを「カレンダー形式」で並べた一冊です。何年に何が起きるかを年表に落とし込んだことで、人口統計という退屈になりがちなデータが、自分の暮らしを直撃する具体的な予定表へと姿を変えます。

この記事では、本書の警告と処方箋を、出し惜しみせずに整理していきます。読み終えるころには、「少子高齢化」という言葉が、もうニュースの中の他人事には聞こえなくなっているはずです。

図解

この本が突きつけてくる「いつか」の正体

人口減少というテーマがやっかいなのは、誰もが「大変だ」と知りつつ、自分の生活と結びつけられない点にあります。漠然と不安なのに、具体的に何が困るのかを答えられない。本書は、その曖昧さを年号で打ち砕いてきます。

たとえば次のような人に、本書は鋭く刺さるはずです。自分が定年を迎えるころ社会がどうなっているのかを一度も具体的に想像したことがない人。親の介護がいつか来るとわかっているのに、何の準備もしていない四十代・五十代。

採用難や市場縮小に直面し、これまでの事業モデルが続くのか不安を抱える経営者やビジネスパーソン。

これらはどれも、「いつかやろう」で先送りされ続けてきたテーマです。本書の最大の功績は、その「いつか」が西暦何年なのかを名指ししてくる点にあります。抽象的な危機は無視できても、日付のついた危機は無視しづらい。

年表という形式そのものが、強力な説得装置になっているのです。

名もなき危機に名前を与える「静かなる有事」

本書を貫くキーワードが「静かなる有事」です。私はこの言葉だけでも読む価値があったと思っています。

戦争や大地震は、ある日突然やってくる。だから人は身構え、備える。ところが人口減少はまったく違います。昨日と今日とで、目に見える変化はほとんどない。だから誰も気づかず、対策も延々と後回しにされる。

著者はこの事態を、真綿で首を絞められるようなものだと表現します。

「ゆっくりとではあるが、真綿で首を絞められるように、確実に日本国民1人ひとりの暮らしが蝕まれてゆく――。この事態を私は、『静かなる有事』と名付けた。」

名前のない危機は、議論の俎上に載りません。「なんとなく不安」は政策にも家計の判断にもなりにくい。だからこそ、見えない脅威に名前を与え、輪郭を描いてみせること自体が、この本の狙いなのだと私は受け取りました。当事者意識は、対象が言語化されてはじめて生まれます。

少子化は、もう「止められない」

本書が最初に壊しにくる常識が、冒頭でも触れた「出生率さえ上がれば出生数も増える」という思い込みです。

合計特殊出生率とは、1人の女性が生涯に産む子どもの数の推計値です。人口が長期的に減らない水準は2.07とされますが、2015年の実績は1.45にとどまりました。仮にこの数字が多少改善しても、肝心の「産む母親の数」が先に減ってしまっているのです。

数字を並べると、その残酷さがはっきりします。出産期にあたる25〜39歳の女性は、2015年に約1087万人。これが2065年には612万人へと、ほぼ半減すると推計されています。

著者はこれを「折り紙を半分に折るのと同じ」と言い表します。親2人から子が1人なら、世代を追うごとに人数は半分、また半分と細っていく。

出生数で見ると、1949年の269万人から、2016年にはついに100万人を割り込み、2065年には55万7000人まで落ち込む見通しです。

つまり人口減少は、努力で逆転できる問題ではなく、すでに過去の出生数によって織り込み済みの「確定した未来」なのです。ここを認めるかどうかで、すべての議論の前提が変わります。

私たちは「止める」ではなく「どう着地させるか」を考える地点に、もう立っているわけです。

量だけでなく「中身」が変わる、高齢化の二段階

次に本書が指摘するのは、高齢化の中身が変質するという論点です。著者はこれを「高齢者の高齢化」と呼びます。

単に高齢者が増えるのではありません。高齢者の中でも、医療と介護を最も必要とする75歳以上の層が増え続けるのです。元気な前期高齢者が増えるのとは、社会へのインパクトがまるで違います。

団塊世代(1947〜1949年生まれ)が全員75歳以上になる2024年には、国民の6人に1人が75歳以上になります。2025年には認知症の人が730万人規模に達する見通しで、これは65歳以上のおよそ5人に1人にあたります。

ここで顕在化するのが、老老介護とダブルケアです。老老介護は、介護する側も高齢者という世帯。ダブルケアは、子育てと親の介護が同時にのしかかる状態を指します。

晩婚化・晩産化が進んだ結果、2016年時点でダブルケアに直面する人は約25万人に上っています。子どもが小学校に上がる前に親の介護が始まる、という事態が珍しくなくなるわけです。

支え手の負担を、著者は「肩車型社会」と表現します。やせ細った若者ひとりが、丸々太った高齢者ひとりをかつぐ姿。かつての「胴上げ型」「騎馬戦型」から、ついに肩車へ。頭数が減るだけでなく、1人あたりの医療・介護コストも膨らむという二重の重さが、ここには潜んでいます。

「病院に行けば助かる」という前提が崩れる

危機は年金や医療費といった社会保障の話だけでは終わりません。私たちが当たり前だと思っている生活機能そのものが、働き手不足によって維持できなくなっていきます。

象徴的なのが、2027年に予測される輸血用血液の不足です。ここで多くの人が誤解しているのですが、輸血用血液は交通事故などの救急で大量に使われると思われがちです。実際にケガで使われるのは3.5%程度に過ぎず、約8割は、がんや白血病といった病気の治療に使われています。

高齢化でがん患者が増えれば、輸血の需要は跳ね上がる。一方、献血の主な担い手である若者は減っていく。需要と供給が逆向きに動く以上、「病院に行けば助かる」という前提は静かに崩れていきます。医療技術が進歩しても、それを支える血液という資源が足りなければ意味がない、という指摘は鋭い。

同じことが住まいでも起きます。人口が減るのに、世帯数はむしろ増える。未婚や死別による「ひとり暮らし世帯」が急増するからです。その結果、2033年には全国の住宅の3戸に1戸、約2167万戸が空き家になる見通しです。

しかも空き家の約6割は共同住宅で、大都市の老朽マンションがスラム化する懸念まで指摘されています。資産だと思って買ったマンションが、負債に転じかねないということです。

いちばん危ないのは地方ではなく「東京」

本書で私が最も意表を突かれたのが、ここでした。「高齢化=地方の問題」という常識を、著者は真っ向から否定します。

地方では、もう高齢者の実数はそれほど増えません。すでに若者が流出しきった結果、「高齢化率」という割合が高く見えているだけだからです。分母の若者がいなくなれば、率は自動的に上がります。

これからの本当の危機は、むしろ都市部にあります。高度成長期に地方から若者を大量に吸い上げてきた東京圏では、その世代が一斉に高齢化する。だから高齢者の絶対数が爆発的に増えるのです。

「医療や介護のニーズが、高齢化率よりも高齢者数によって決まると考えれば、これから高齢者対策に追われるのは地方ではなく、大都市部であることが分かるだろう。今後の高齢問題とは都市問題なのだ。」

その帰結を、著者は「東京医療・介護地獄」と呼びます。病院も介護施設も需要に追いつかず、高齢になっても適切なケアを受けられない人が大量に出る。「都会に住んでいれば医療も介護も安心」という常識が、ここでひっくり返ります。住む場所の選択を、根本から問い直させる視点だと思います。

なぜ2042年が「日本最大のピンチ」なのか

世間でよく語られるのは「2025年問題」です。しかし本書がもっとも警戒するのは、2042年です。

2025年は団塊世代が全員75歳以上になる年。これに対し2042年は、就職氷河期を生きた団塊ジュニア世代(1971〜1974年生まれ)が高齢者となり、65歳以上人口が約3935万人とピークを迎える年です。

恐ろしいのは、この世代に非正規雇用が多いことです。低年金のまま高齢期に入り、ひとり暮らしの高齢者が大量に生まれる。一方で支え手である勤労世代は、2025年比でさらに1256万人も減る。社会保障の維持が、この年に限界を迎えるという見立てです。

働く世代を直撃するのが介護離職です。団塊ジュニア世代が50代に入ると、親の介護が本格化する。施設も介護スタッフも足りず、在宅介護を背負って仕事を辞める人が出る。

介護離職は毎年およそ10万人。育児と違って介護は終わりが読めず、職場でも言い出しにくいと著者は指摘します。キャリアの最盛期に、突然「降りる」選択を迫られる人が続出するわけです。

ここで「AIや外国人労働者で穴を埋めればいい」と考える人は多いでしょう。私もそう思いました。しかし著者はそこにも釘を刺します。AIの実用化は労働力減少のスピードに間に合わない可能性が高く、そのAIを作るIT人材自体が2030年に最大79万人不足する。

外国人の大量受け入れも、治安や社会の分断という別の重い課題を抱え込む。安易な切り札は存在しない、という冷静な現状認識です。

「縮むことは、負けることではない」という処方箋

ここまで読むと、正直、絶望的な気分になります。ところが本書の後半は、むしろ希望の書です。著者は「日本を救う10の処方箋」を示します。

その核心が「戦略的に縮む」という発想です。

「拡大路線でやってきた従来の成功体験と訣別し、戦略的に縮むことである。」

人口増を前提にした拡大路線の成功体験と訣別し、減少を前提に国そのものを作り替える。豊かさを諦めるのではなく、小さくとも質の高い国を目指す転換です。

具体策をいくつか紹介しましょう。まず、高齢者の定義を75歳に引き上げること。日本老年学会は、いまの高齢者は10年前より5〜10歳若返っているとして、65〜74歳を「准高齢者」と位置づける提言を出しました。支えられる側だった層を、支える側へ回す発想です。

次に、24時間社会からの脱却。著者は「便利」や「無料」は、誰かの過剰な頑張りや犠牲の上に成り立つと言います。実際にヤマト運輸は、労働力確保が難しくなり再配達の時間帯を縮小しました。消費者の側が「ある程度の不便さ」を受け入れる意識改革が欠かせません。

さらに、産業を「少量生産・少量販売」へ転換すること。大量生産・大量消費の途上国型モデルを捨て、匠の技を生かした高付加価値で勝負する、いわばイタリアモデルです。住む場所も同じで、非居住エリアを明確にし、人々が市街地に集まって暮らすコンパクトシティ化が提案されています。

少子化対策としては、第3子以降を産んだ世帯に1人あたり1000万円規模を給付するという大胆な案も登場します。財源は、生涯に使った社会保障の公費分を死亡時の遺産から国に返す「社会保障費循環制度」。

野心的ですが、政治的な実現ハードルは相当に高く、理想論にとどまる懸念は正直あります。著者自身も、これを万能薬として描いてはいません。提案の現実味に濃淡があることを、読み手の側も冷静に踏まえておきたいところです。

今日からできる、3つの個人的な備え

国家レベルの処方箋を、自分の暮らしに落とすとどうなるか。私は次の3つに集約できると考えました。

第一に、将来も人が住み続ける地域を見極めて、住む場所を決めること。郊外の限界集落化や地価下落を見越し、インフラとサービスが維持される地域を選ぶ。住宅を買う前に、その町の20年後の人口を一度調べてみる。これだけで判断はかなり変わります。

第二に、親が元気なうちに、介護の段取りを話し合っておくこと。介護休業制度の中身、兄弟姉妹の役割分担、在宅介護とリモートワークの両立。介護が始まってからでは遅い。今のうちに家族会議を一度開いておくだけで、いざというときの選択肢が違ってきます。

第三に、価格ではなく「自分にしか出せない価値」で働く力を磨くこと。少量生産・少量販売の時代に求められるのは、代替されにくい専門性です。誰でもできる仕事を、自分の付加価値が乗る仕事へ少しずつ寄せていく。

どれも「意識する」だけでは足りません。日付を決めて、調べる、確認する、相談する。そこまでやって初めて、静かなる有事への備えになります。

人口減少を、私はずっと「ニュースの中の話」として聞き流してきました。けれどこの本は、それを「自分が住む場所」「親の介護」「働き方」の話に変えてしまいます。

著者が言うのは、長生きそのものが悪いのではなく、超高齢社会への対応を間違えているだけだ、ということ。取り組みを少し変えれば、社会はまったく違うものになる。

縮むことは、負けることではない――その意味を、ぜひ本書のカレンダーで確かめてみてください。


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