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『もしも一年後、この世にいないとしたら。』清水研|「死」を見つめると、今日が輝き出す

キャリア・働き方 ✍ 清水研
約7分で読めます

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『もしも一年後、この世にいないとしたら。』
目次

「いつか時間ができたら、本当にやりたいことをやろう」。

そう自分に言い聞かせながら、何年やり過ごしてきただろう。私たちは明日が当たり前に来ると信じて、今日を雑に使ってしまう生き物だ。

『もしも一年後、この世にいないとしたら。』の著者・清水研さんは、精神腫瘍医という耳慣れない肩書きを持つ。がんと心の関わりを専門にする精神科医のことで、患者本人やその家族の心のケアにあたる職業だ。

著者がこれまで向き合ってきたがん患者は3500人を超える。人生に突然「期限」を刻まれた人たちが、絶望のどん底で何を見つけ、どう立ち直っていくのか。その現場で得た知恵を、まだ健康な私たちに手渡そうとするのが本書である。

死を見つめると聞くと身構えるが、これは暗い本ではない。むしろ「今、生きていること」のかけがえのなさに気づくための、もっとも強い手がかりを差し出す一冊だ。

図解

「死をみつめる」とは「どう生きるか」を考えること

本書の背骨にあるメッセージは、突き詰めれば一つだ。死をみつめることは、どう生きるかをみつめることと同じである──多くの患者がこの言葉を口にすると著者は言う。

終わりが必ず来ると腹に落ちた瞬間、何の変哲もない一日が急にまぶしく見えてくる。逆に言えば、私たちが今日を退屈に感じられるのは、死を視界の外に押しやれているからだ。

自分の人生がいつ終わりを迎えるのかは誰にもわからない。だからこそ、今生きている瞬間をかけがえのないものとして大切にしてほしい ──清水研『もしも一年後、この世にいないとしたら。』

「人生100年時代」が喧伝され、アンチエイジングが商品になる現代では、死は病院の奥へ隠され、できるだけ見ないものになった。だが死を意識しない暮らしは、どこかで足元が抜ける、と著者は静かに警告する。

豊かさが増すほど、私たちは「いつか」を信じて先送りを重ねてしまう。その逆説に本書は切り込む。

悲しみには、心を癒す仕事がある

つらいときほど人は強がる。「私は大丈夫」と笑ってみせる。だが著者は、それは回復を遠ざける、と断じる。

がんを告げられた直後、人は現実を受け止めきれず思考が止まったり、激しい怒りや悲しみに飲まれたりする。「なぜ自分が」と震えるのは、自分を守るための自然な反応だ。

ここで肝心なのは、その負の感情に蓋をしないこと。悲しみや怒りには、心を癒す積極的な働きがある。しっかり悲しみ、しっかり落ち込むこと自体が、喪失を受け入れる「喪の仕事(モーニング・ワーク)」になる。

大切なものを失った人は、茫然自失や怒りや悲しみという骨の折れる感情を通り抜けて、ようやく新しい現実を歩き出す。この過程を飛ばして無理に前を向こうとすると、かえって心が窒息してしまう。

そして著者はもう一つ、見落とされがちな事実を添える。人は「自分の悩みを誰かが理解してくれた」と感じられたとき、苦しみがふっと軽くなる、と。

子宮がんが進み家に引きこもっていた松川英子さん(62歳)は、幼くして両親を亡くし「人に心配をかけてはいけない」と自分に課して生きてきた。外来でその思いを涙ながらに吐き出したとき、彼女は「我慢せず弱音を吐いていいんだ」と気づき、家族や友人に本音を伝えられるようになる。

強がりを手放すことが、関係を取り戻す入口になった事例だ。

レジリエンス──折れる樹ではなく、しなる柳になる

がんを宣告されたら、人は恐怖に耐えきれず壊れてしまうのではないか。多くの人がそう想像する。だが実際には、ほとんどの人は壊れない。

人には「レジリエンス」という力が備わっているからだ。もとは物理学で「元に戻る」性質を指す言葉で、それが心理学に移って使われるようになった。

著者はこれを柳にたとえる。強風で根こそぎ折れる太い樹ではなく、吹かれてたわみ、また元に戻る柳。打ちのめされても、時間とともにしなやかに立ち上がる心の在り方だ。

進行性のスキルス胃がんになった岡田拓也さん(27歳)は、将来のために「今」を犠牲にしてストイックに生きてきた人だった。だから「10年後」を奪われたとき、激しく崩れる。

それでもカウンセリングを重ねるうち、最後は「最悪のくじを引いたけれど、今生きられることに感謝したい」と思えるまでに変わり、母に謝り、両親に感謝を伝えて穏やかに旅立った。

著者が2016年から開く「レジリエンス外来」では、1回50分の対話を4〜8回かさねる。そこで医師がする最も大切な仕事は、解決策を授けることではない。

十分に話を聴き、本人が気持ちを整理し、安心して悲しめる場をつくることだ。答えを与えるより、悲しむ場を守る。ここに本書のケア観が凝縮されている。

苦しみのあとに芽生える「成長」(PTG)

過酷な病は人を傷つけるだけだ──これも、必ずしも正しくない。苦難と向き合う過程で、以前とは違う世界観が育つことがある。これを心的外傷後成長(PTG)と呼ぶ。著者は5つの変化を挙げる。

1. 人生への感謝──「普通に暮らせることは当たり前じゃない」と日常が感謝の対象に変わる。 2. 新たな視点──先送りしていたこと、本当に大切なものの優先順位がくっきり見えてくる。 3. 他者との関係の変化──人工肛門をつけた長谷川忠之さん(45歳)は、苦手だった上司の気遣いに触れて「人間はあたたかい」と感じ、自ら人の輪へ入れるようになる。 4. 人間としての強さ──乳がんが転移した辻百合子さん(50代)は「娘の結婚式を見るまでは」と病と向き合い続け、「思っていたより自分は強い」と知る。 5. 精神的な変容──肝臓に転移した矢野裕子さん(48歳)は、娘の卒業式の帰り、満開の桜の下で家族と写真を撮り、人智を超えた神々しさを感じたという。

ここで著者は重要な釘を刺す。「成長しなければならない」と思う必要はまったくない。無理に前向きを目指すのは、傷ついた自分にさらに鞭を打つ行為だ。

PTGは目標ではなく、苦しみに正直に向き合ううち結果として芽生えるもの。この留保があるからこそ、本書のPTGは安易な「ポジティブ礼賛」に堕ちずに済んでいる。

「must」を手放し、「want」の声を聴く

多くの読者がいちばん刺さるのはここだろう。私たちは大人になるほど「こうあるべきだ」「もっと努力しなきゃ」という声に縛られていく。著者はこれを「must」の自分と呼ぶ。

一方で「これがしたい」「悲しい」「うれしい」という素直な心がある。これが「want」の自分だ。問題は、mustが強すぎてwantを押し殺すこと。息苦しい人は、この主従関係を逆転させる必要があると著者は説く。

がん治療の後遺症で外科医として働けなくなった石原英樹さん(48歳)は、「立派な外科医でなければ母に愛されない」という強迫観念で生きてきた。役割を失い「からっぽの存在」だと苦しむなかで、彼は気づく。

最高の医療を提供したかったのは「立派な自分」を確認したかっただけで、実は自分本位だった、と。そして「本当に困っている人の役に立ちたい」という本心へたどり着く。

では押し殺してきたwantをどう取り戻すか。著者がすすめるのは、大げさな決断ではなく日常の小さな実験だ。昼食を選ぶとき、カロリーや効率の計算を一度脇に置き、「今、何を食べたいか」だけで選ぶ。

目的を決めず書店をぶらつき、心がワクワクする本を探す。「行き当たりばったりでいい」という許可こそが、固まった心の声を解凍していく。

死の恐怖を、3つに分解する

漠然とした死の恐怖は、頭の中で一つの大きな塊になっている。だから余計に怖い。著者はそれを3つに切り分けることをすすめる。

一つ目は死に至る過程の恐怖、つまり痛みへの不安。これは緩和医療の進歩で、和らげる手段がかなり整ってきた。二つ目は残される家族や仕事といった現実的な問題。これは周囲と相談し、先送りしていた関係の修復に取り組むことで備えられる。

そして三つ目、自分が消滅する恐怖。これが最も根が深い。著者は精神科医ヤーロムの視点を引く。死後に無になることを恐れるなら、生まれる前も無だったことを恐れるべきだが、誰もそれは恐れない、と。

著者自身を支えたのは「人生は一回限りの旅である」という捉え方だった。どうせ終わりが来る旅なら、くよくよせず思いきりやればいい──そう思えたとき、恐れの先へ抜けられたという。

なお医療者の多くは「がんという死に方は悪くない」と考えるそうだ。苦痛を緩和でき、別れの準備をする時間も残されるからだ。

数字が映す、がんと今の日本

本書には現在地を示す数字が並ぶ。生涯でがんになる確率は男性62%・女性47%、ほぼ2人に1人。患者の3人に1人は15〜64歳の働き盛りで、がんは1981年以降ずっと日本人の死因第1位だ。

一方で患者全体の6割超が5年生存を達成しており、「がん=死」という図式はもう単純には成り立たない。

心への影響も無視できない。告知後にうつ状態になる人は5人に1人、告知後1年以内の自殺率は一般人口の24倍にのぼる。だから心をケアする精神腫瘍医の役割は重い。

そして家族もまた本人に劣らぬストレスを抱え、現場では「第二の患者」と呼ばれる。支え続けるには、家族自身が休み、自分をケアすることが欠かせない。

今日からできる、小さな一歩

本書から持ち帰れる実践は、拍子抜けするほど小さい。まず今日の昼食を、損得抜きで「今、本当に食べたいもの」だけで選ぶ。これがwantの声を聴く最小の練習だ。

次に、つらいとき強がらず「正直しんどい」と信頼できる誰かに口に出す。そして大事な決断の前に、こう自問する──「もしも一年後、この世にいないとしたら、自分はどちらを選ぶだろう?」。

全身転移を経験した岸田徹さん(25歳)が治療後に大切にした言葉が「一日一生」だ。普通の毎日を退屈だと思うのは、それを失っていないからにすぎない。今日一日をこうして過ごせることは、当たり前ではない。明日、何を食べたいか。その小さな問いから、自分のwantを聴き始めてみてほしい。


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