会社が幸せにすべき相手の順番で、株主は5番目です。1番目は社員とその家族。
「顧客第一」「株主至上」が常識とされる中で、この主張は強烈です。坂本光司さんの『日本でいちばん大切にしたい会社』は、6000社以上の実地調査から生まれた経営書。著者の結論はシンプルです。企業の真の目的は業績向上ではなく、関わるすべての人を幸せにすることであり、利益や成長はそのための手段にすぎない。
しかもこれは理想論ではありません。本書は理念を圧倒的なレベルで実践し、結果として持続的な好業績を上げる5社を詳述します。この記事では、中心となる経営フレームワークと5社の事例を、要素を落とさず整理します。

こんな人におすすめ
- 「会社は誰のためにあるのか」を問い直したい経営者・幹部の方
- 利益至上主義に違和感を覚え、働く意味を見失いかけているビジネスパーソン
- 中小企業の経営者で、規模や立地の不利を感じている方
- 社員満足と業績の関係を、感覚ではなく実例で理解したいリーダー
この本の核心――会社は「社会の公器」である
本書の出発点は、所有をめぐる根本的な問い直しです。
「会社は経営者や株主のものではありません。その大小にかかわらず、従業員やその家族、顧客や地域社会など、その企業に直接かかわるすべての人々のものなのです。」
会社は経営者の私物ではなく「社会の公器」である。だから経営判断は「儲かるか」ではなく「正しいか」で下すべきだと著者は言います。
「儲かるか・儲からないかと、お客様にわかるか・わからないかではありません。その行動や考え方が正しいか正しくないか、本当にお客様のためになるかならないか、その一点で判断すべきなのです。」
そして業績の位置づけも明確です。
「業績を上げるのは会社を継続させるための手段なのです。本当にいい会社とは、継続する会社です。」
成長や業績を目的化すると、不況時にリストラをしたり、嘘をついて誰かを犠牲にしたりする。会社を継続させ、雇用を守り続けることこそが真の目的なのです。
中心フレームワーク――「五人に対する使命と責任」
本書の核は、会社が幸せにすべき対象を優先順位で示した「五人に対する使命と責任」です。順番にこそ意味があるので、5つすべてを押さえます。
1番目:社員とその家族 最優先される理由は明快です。
「お客様を感動させるような商品を創ったり、サービスを提供したりしなければいけない当の社員が、自分の所属する会社に対する不平や不満・不信の気持ちに満ち満ちているようでは、ニコニコ顔でサービスを提供することなどできるわけがないからです。」
顧客満足(CS)の前提として従業員満足(ES)がある。社員の家族まで「大切な仲間」と捉えます。
2番目:外注先・下請企業の社員 彼らを「社外社員(制服が違うだけの仲間)」と位置づけ、一方的なコストダウンや無理な納期を強いません。
3番目:顧客 社員が新たな価値を創造し、顧客を感動させること。
4番目:地域社会 地元住民から「わが町の誇り」と思われる存在になること。
5番目:株主 上位4者を幸せにした結果として、自然に実現されるもの。この順番を間違え、株主や目先の利益を最優先にすることが、企業の失敗につながります。
もう一つの軸――「五つの言い訳」を捨てる
業績不振を外部のせいにする経営者が陥りやすいのが、次の「五つの言い訳」です。要素をすべて挙げます。①景気や政策が悪い、②業種・業態が悪い、③規模が小さい、④ロケーション(立地)が悪い、⑤大企業・大型店が悪い。
著者の指摘は容赦ありません。
「企業経営に関しての問題の九九・九パーセントは内、つまり会社の内部にあると考えています。」
「景気は与えられるものではなく、創るものです。お客様が喉から手が出るほどほしい商品を創り、提案すればいいのです。」
不況を克服し好況を持続させる唯一の経営資源は「人財」である。著者はそう断言します。
5社の事例――理念が業績に変わる現場
理論を実践する5社を、それぞれの教えとともに見ていきます。
日本理化学工業(チョーク製造/神奈川)――働くことの四つの幸福 社員の約7割が知的障害者。50年以上、障害者雇用を続けています。きっかけは、ある禅寺の和尚の言葉でした。
「幸福とは、①人に愛されること、②人にほめられること、③人の役に立つこと、④人に必要とされることです。そのうちの②人にほめられること、③人の役に立つこと、そして④人に必要とされることは、施設では得られないでしょう。この三つの幸福は、働くことによって得られるのです」
施設でのんびり暮らすより、働いて必要とされることが人間の幸福だと気づいた。同社の哲学は「人を工程に合わせるのではなく、工程を人に合わせる」。人に仕組みを合わせる柔軟さが、強みを生みます。
伊那食品工業(寒天メーカー/長野)――年輪経営 「会社は社員の幸せのためにある」を理念に掲げ、48年間連続増収増益を達成しました。その秘訣が年輪経営です。木の年輪のように、流行や景気に乗った急成長を追わず、毎年地道に着実に成長する。
「無理な成長は追わない」
寒天ブームで注文が殺到した際も「社員に無理な残業をさせられない」と一度は注文を断ろうとしました。経営者は社内に「100年カレンダー」を掲げます。
「一〇〇年先でも価値ある企業として存続していることを考え、経営の舵取り・決断をするようにしています。」
同業者と価格競争(喧嘩)をしない「戦わない経営」も特徴です。
中村ブレイス(義肢装具製造/島根)――辺鄙な立地でもオンリーワン 「日本でいちばん辺鄙な場所」とも言える過疎地にありながら、世界中から顧客が集まり、全国から若者が就職を希望します。秘訣は、社会的弱者が尊厳を失わずに生きることを支える、本当に必要とされるものづくりへの特化です。
「オンリーワンをめざすということです。この世になかった商品、他社ではできない商品、しかも、お客のニーズとウォンツのある商品を創り続ければ、敵などできるわけがありません。」
著者は弱者の定義にも踏み込みます。「がんばりたくてもがんばれない人々が真の弱者で、がんばれるのにがんばらない人々は偽物の弱者だ」。
柳月(菓子メーカー/北海道)――心を結ぶ経営 「お菓子を通じて人と人との心を結ぶ」を理念に、母親が買いやすいワンコインで3個買える価格と高品質を両立。超繁忙期でも一人ひとりの事情に寄り添い、同業者ともWIN-WINの関係を築いて地域全体を盛り上げます。
杉山フルーツ(果物店/静岡)――シャッター街の右肩上がり 大型店撤退で寂れた商店街にありながら成長を続けます。良い果物だけを徹底選別し、「遠方の母に思いを届ける」といった顧客の事情に寄り添うきめ細かいサービスを実践。独自の「生フルーツゼリー」をどこにも卸さず自店で売ることでオンリーワンの店になりました。
「お客様の喜ぶ姿を自分の目で確かめるのが、私たちの最大のモチベーションです。」
なぜ「人に優しい会社」が強いのか
5社に共通するのは、効率よりも人の心を重視する姿勢です。そして「感動」こそが原動力だと著者は言います。
「感動は人間に一〇〇パーセント以上の力を出させるのではないでしょうか。」
人件費は削るべきコストではなく、社員の幸福を実現するための生活費。多くの企業が避ける「責任が重く手間がかかる仕事」や、高齢者・障害者などの真の弱者が求めるニーズにこそ、オンリーワンの市場が眠っています。「いい会社」とは経営上の数字ではなく、関わるすべての人々が「いい会社だね」と言う会社のことなのです。
明日から何を変えるか
経営者でなくても実践できるアクションに落とします。
1. 自分の「五つの言い訳」を自己点検する うまくいかない理由を、景気・他部署・予算・立地など外部のせいにしていないか、日々の発言を振り返ります。やりがちな失敗は、環境批判を「分析」と思い込むこと。問題の99.9%は内側にあると仮定して、自分にできる打ち手を探します。
2. 「第一の顧客=社員・同僚」への貢献から始める 顧客満足を追う前に、共に働くメンバーや協力会社が気持ちよく働ける環境づくりや声かけを行います。相手の背景にある家族や生活まで想像して接する。それが感動を生むサービスの土台になります。
3. 「100年視点」で意思決定する 選択を迫られたら、「短期的には得だが、長期的に見て誰かを犠牲にしたり信用を損なったりしないか」を自問します。消費者としても、安さだけでなく「応援したい会社」の商品を意図的に選ぶ。それが大切にしたい会社を増やします。
おわりに
本書を一言で表すなら、「働くことの本当の喜びと、人に優しい会社の強さを教えてくれる、人生と仕事の道しるべ」です。
社員を大切にすれば、その社員が顧客を感動させ、顧客が会社を支え、地域が誇りに思い、結果として株主も報われる。この連鎖は綺麗事ではなく、6000社の調査と5社の実例が証明する経営の現実です。会社は誰のために存在するのか。その問いに立ち戻るたびに、本書は静かに方向を指し示してくれます。
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