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『トップアスリートが実践 人生が変わる最高の呼吸法』パトリック・マキューン|深呼吸するほど、酸素は届かない

健康・メンタル ✍ パトリック・マキューン
約8分で読めます

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『トップアスリートが実践 人生が変わる最高の呼吸法』
目次

「疲れたら深呼吸しろ」。私たちはこの助言をほとんど疑いません。

けれど、じっとしているだけの健康な体でも、血中の酸素飽和度はすでに95〜99%まで満たされています。酸素を運ぶヘモグロビンの座席は、ほとんど埋まっているということです。

だとすれば、大きく息を吸い込んだとき体の中で本当に動いているのは何か。パトリック・マキューン氏の『トップアスリートが実践 人生が変わる最高の呼吸法』が突きつける答えは、吸う量ではなく吐く量でした。現代人は「吐きすぎ」ている、というのが本書の立脚点です。

図解

こんな人に読んでほしい

タイトルにアスリートとありますが、想定読者はもっと広い一冊です。

どれも「気合いが足りない」「体力がない」の一言で片づけられがちな悩みです。本書はここに、呼吸の量という第三の変数を持ち込みます。

「もっと吸う」ではなく「減らす」という逆張り

多くの呼吸法は「深く、たっぷり吸おう」と説きます。マキューン氏の主張はその真逆です。吸う量を絞るほど、細胞に届く酸素は増える。

著者自身が最初の被験者でした。幼少期から重い喘息と不眠に苦しみ、薬と吸入器が手放せない生活だったといいます。1997年、旧ソ連の医師コンスタンチン・ブテイコが考案した呼吸法と出会い、日々の呼吸を静かな鼻呼吸へ切り替えたところ、喘息の発作と不眠が引いていきました。

その後は職を辞してブテイコ本人に師事し、オリンピック金メダリストを含む5000人以上の指導実績を積んだとされています。

同じ「呼吸」を扱う本でも立ち位置は割れます。ジェームズ・ネスター氏の『BREATH 呼吸の科学』が人類の呼吸史をたどる読み物だとすれば、本書はそのまま今日の生活に落とし込める実践メニュー集です。

ウィム・ホフ式が意図的な過呼吸で限界を突破させる方向だとすれば、本書は日常の過呼吸を鎮める方向へ舵を切っている。同じ呼吸系の自己啓発書でも、ベクトルはほぼ正反対です。

一つ留保を挟むなら、この理論の土台は著者自身の闘病体験と、指導してきた個々の事例の積み重ねにあります。大規模な無作為化比較試験で検証された治療法ではない、という前提は覚えておいた方がいいでしょう。

満席の体に、さらに詰め込む意味はあるのか

ここで前提から崩されます。

安静時の血中酸素飽和度は、健康な人ならすでに95〜99%。深く吸ったところで、物理的に上乗せできる余地はほとんど残っていません。

では何が足りないのか。二酸化炭素です。1904年、デンマークの生理学者クリスティアン・ボーアは、血中の二酸化炭素濃度が上がるほどヘモグロビンが酸素を手放しやすくなる現象を見つけました。

ボア効果と呼ばれるこの仕組みでは、二酸化炭素は排出すべき老廃物ではなく、酸素を組織へ受け渡す合図として働きます。大きく吸って一気に吐き出すと、その合図まで一緒に捨ててしまい、脳や筋肉に届く酸素はむしろ減ります。

数字で見ると、安静時に体が必要とする換気量は毎分4〜6リットル。ところが慢性的な過呼吸に陥った現代人は、その2〜3倍にあたる毎分10〜15リットル以上を吸い込んでいるといいます。

慢性的なストレス、座りっぱなしの生活、加工食品、暖房の効きすぎた室内、話す量の多さ。原因として挙げられるのは、どれも現代の生活習慣そのものです。

本書が紹介する30代女性の例が象徴的です。検査では異常が見つからないのに安静時心拍数が90前後まで上がり、動悸に悩んでいました。観察の結果わかったのは、数分おきに大きなため息をついていたこと。

ため息を我慢する(出てしまったら10秒息を止める)ことと、1日6回の軽い呼吸練習を続けたところ、1週間で動悸が消え、心拍数は60〜70台に落ち着いたと本書は報告しています。

サプリも運動量の追加もなく、「吸いすぎ」を一つ減らしただけだったという点が興味深いところです。ただし単発の体験談であり、動悸の原因は個人差が大きいので、そのまま自分に当てはまると考えるのは早計です。

鼻呼吸というスイッチ、BOLTという物差し

本書がもっとも手軽で効果が大きいと位置づけるのが、鼻呼吸の徹底です。

「人間の鼻は呼吸のためにあり、口は食事のためにある」

鼻には空気を温め、加湿し、異物を濾過する機能があります。ここまでは広く知られていますが、本書が強調するのはその先です。鼻の奥の副鼻腔では、血管と気道を広げ殺菌作用も持つ一酸化窒素(NO)が絶えず作られており、これは鼻を通して吸ったときにだけ肺と血液へ運ばれます。

口呼吸ではこの経路が丸ごと働きません。カロリンスカ研究所の研究者らが行ったハミング実験では、静かに息を吐くだけの場合と比べ、鼻歌を歌ったときの副鼻腔からの一酸化窒素放出量が15倍に増えたと紹介されています。

鼻呼吸は口呼吸より気道の抵抗が5割ほど大きく、息苦しく感じやすいのも事実です。ただしその抵抗があるからこそ自然に呼吸量が抑えられ、ボア効果を通じて体内に取り込める酸素が2割増える、というのが本書の理屈です。

この鼻呼吸の徹底度を測る物差しが「BOLTスコア」です。鼻から静かに吸って吐き、吐ききったところで鼻をつまみ、「そろそろ吸いたい」という最初のはっきりした欲求が出るまでの秒数を数える。

限界まで我慢する耐久テストではありません。健康な大人の目安は40秒とされますが、現代人の多くは20秒に届かないといいます。この数値が示すのは体力ではなく、脳の呼吸中枢が二酸化炭素にどれだけ過敏に反応するかです。

本書が紹介する経営者の事例は極端です。ストレスから暴飲暴食と飲酒が重なり、体重120キロ、2型糖尿病と高血圧を抱えていた男性のBOLTスコアは、わずか8秒でした。

鼻呼吸の徹底、1日4回以上の軽い呼吸練習、就寝時の口テープ、禁酒を4週間続けたところ、スコアは27秒まで伸び、睡眠の質が上がり、血圧と血糖値が下がって薬の量も減り、体重は20キロ近く落ちたと記されています。

もっとも、これは複数の生活習慣を同時に変えた結果であり、呼吸法だけの効果を切り分けられる話ではありません。糖尿病や高血圧の治療を自己判断で中断してよい根拠にもならない点は、はっきり書いておきます。

応用編――持久力、メンタル、そして体重まで

後半は、鼻呼吸とBOLTスコアを軸にした応用が続きます。

まず持久力です。息を吐いたあとしばらく止めながら歩く練習を繰り返すと、体が一時的な低酸素状態を経験し、脾臓に蓄えられていた赤血球が血中へ放出されます。

加えて赤血球を増やすホルモンEPOの分泌が高まるとされ、本書はこれを「無料で合法な”高地トレーニング”」と表現しています。比較として引かれるのが、高地生活・低地練習を組み合わせた長距離ランナーの研究で、赤血球量や最大酸素摂取量が上がり、5000メートル走のタイムが平均で10秒以上縮んだという結果です。

ここでの注意点は、息止めトレーニングそのものに一定の負荷とリスクが伴うことです。喘息や心疾患などの持病がある人が自己流で強く行うのは避けるべきだと本書自身も釘を刺しています。

次にメンタルです。呼吸が過剰になると脳への血流が落ちて神経が過敏になり、その過敏さが不安を呼び、不安がさらに呼吸を乱す。悪循環はどこから断ち切ってもいいというのが本書の立場で、切りやすい入り口として呼吸量のコントロールが挙げられます。

一流選手ほど呼吸の気配を消していく、という指導者の言葉も引用されており、静かな呼吸と落ち着いた集中状態の結びつきを重視しています。

体重の話もあります。テレビを見ている時間とデスクワーク中に鼻呼吸を守り、吸う空気の量を意識的に減らしただけで、食事制限なしに14キロ減量し維持している女性の例が紹介されています。

本書が挙げる仕組みは、呼吸量の適正化で体内のpHバランスが整い細胞の酸素利用効率が上がること、そしてストレス反応が鎮まることで加工食品への衝動的な欲求が薄れることの二つです。

体重の増減には代謝や食習慣など呼吸以外の要因も大きく関わるので、この一例だけで因果関係を確定できるものではありません。それでも、意志力に頼らず欲求そのものが小さくなるという発想は、従来のダイエット論とは毛色が違います。

夜間については、就寝時に口を医療用テープでそっと閉じ、寝ている間も鼻呼吸を保つ方法が紹介されています。慣れないうちは日中に短時間貼って慣らすことがすすめられ、実践した女性が数日で中途覚醒なく眠れるようになった例が添えられています。

19世紀の画家が、授乳後に赤ん坊の唇を閉じさせる先住民の習慣を記録していたという逸話も引かれ、根拠は古くからあったと補足しています。

子どもの章では、口呼吸が続くと舌が上あごから離れて骨格の発達を支える力が弱まり、歯並びや気道の広さに影響するという主張が展開されます。気道と顔の発達を専門にする矯正歯科医自身が、長年口を開けて走り続けていたことに気づき、夜間の口テープと走行中の鼻呼吸に切り替えて数週間で適応した逸話も収録されています。

ここは因果関係の一部が仮説段階にとどまる分野でもあるため、専門家の見解と本書の主張は分けて受け止めたい部分です。

もう一点、本書は激しい運動と慢性的な過呼吸を長年続けたアスリートの平均寿命が、軍人や政治家より短いという統計を引き、心臓への負担と結びつけています。

ただしこれは職業間の平均寿命を比較した観察データであり、生活習慣や遺伝、統計の取り方など他の要因が入り混じるため、過呼吸が寿命を縮めると断定する材料としては弱い、と割り引いて読むのが妥当です。

散弾銃で片肺を失いながら鼻呼吸中心の走法でアイアンマンレースを完走した男性の話も収められており、こちらは極端な回復例として読むのがよさそうです。

今日からできること

本書が最後にまとめる実践は、どれも道具もお金もほとんどいりません。

朝起きた直後、静かに吐ききってから鼻をつまみ、「吸いたい」という欲求が出るまでの秒数(BOLTスコア)を測って記録する。毎朝同じ条件で測れば、変化の有無が見えてきます。

夜は医療用テープを唇に一本、縦に貼って鼻呼吸のまま眠る。抵抗があるなら、まず日中の20分から慣らします。

日中は椅子に座り、胸とお腹に手を当てて、いつもより控えめな量の空気を鼻から吸い、静かに吐く練習を1日3〜4回、数分ずつ行う。

「大きく息を吸いたくなるのが、自分の呼吸量が減っていることを示す唯一の証拠だ」

本書はこの息苦しさを失敗の合図ではなく、呼吸中枢が調整されている途中のサインだと位置づけています。とはいえ、持病のある人や強い息苦しさが続く場合は無理をせず、通常の呼吸に戻すか医療者に相談するのが安全です。

健康法としての手軽さと、医学的な効果検証がまだ発展途上であることは、切り離して捉えておきたいところです。

サプリもジムの会費も要らない。口を閉じるだけで生活の中に高地トレーニングの時間をつくれる、という着眼点そのものが、この本の一番の発明かもしれません。


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