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『眠れなくなるほど面白い 図解 睡眠の話』西野精治|眠りの質は、最初の90分で決まる

健康・メンタル ✍ 西野精治
約7分で読めます

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『眠れなくなるほど面白い 図解 睡眠の話』
目次

あるバスケットボール部の選手10人が、40日間ある指示だけを受けました。「毎晩10時間、ベッドに入ること」。練習メニューも戦術も変えていません。

結果、80メートルの反復走は平均で0.7秒近く縮み、フリースローとスリーポイントの成功率はどちらも9%前後上がりました。2011年にスタンフォード大学が行ったこの調査が示しているのは、技術より先に睡眠を増やしたほうが結果に効く、という身も蓋もない事実です。

『眠れなくなるほど面白い 図解 睡眠の話』は、スタンフォード大学附属の睡眠研究所を率いる西野精治さんが監修した一冊です。見開き2ページごとに1つのテーマを置き、左側で解説し、右側を図解に充てる構成で、大学や研究機関発のデータを次々と繰り出していきます。

同じ西野さんが関わった『スタンフォード式 最高の睡眠』が「黄金の90分」を軸にじっくり掘り下げる本だとすれば、この本が力を入れているのは別の一点です。

眠りが足りていない人ほど、自分が足りていないことに気づけない。ページの大半は、この不穏な事実を裏付けるデータに割かれています。

監修者の西野さんは、日中に突然眠り込んでしまうナルコレプシーの研究者でもあります。2000年には、脳内で覚醒を保つ物質オレキシンをつくる神経細胞が失われることを、原因として突き止めた人物です。

正常な状態ではなく、機能不全のほうから睡眠を研究してきた人が書いている。そう思って読むと、各章の重みが変わってきます。

実用書としての顔も持っています。寝つきが悪い、二度寝してしまう、冷えて眠れないといった13の悩みに、寝具の選び方や照明、アラームの設定まで具体策を割り当てた章があり、気になる項目だけをつまみ読みする使い方もできます。

図解

こんな人におすすめ

「疲れているはずなのに、眠気も不調も自覚できない」。本書が繰り返し警告しているのは、この状態です。

自覚のないまま進む睡眠負債

本書がまず突きつけるのが、ペンシルベニア大学が2003年に行った実験です。健康な男女48人を、3日間完全に眠らせないグループ、毎日4時間睡眠を2週間続けるグループ、毎日6時間睡眠を2週間続けるグループ、毎日8時間睡眠を2週間続けるグループの4つに分けました。

4時間睡眠のグループは、14日目に「3日間まったく眠らなかった状態」と同じ水準まで注意力が落ちていました。6時間睡眠のグループも、10日目には「丸一日眠らなかった状態」に並んでいます。

ここからが本題です。本人たちには、強い眠気も、能力が落ちている自覚も、ほとんどありませんでした。脳は睡眠不足に慣れたわけではなく、自分の低下そのものを検知できなくなっていたのです。

この延長線上にあるのが、マイクロスリープ(1秒から数秒だけ意識が強制的に落ちる現象)です。夜勤明けの医師を対象にした、ウェスタンオンタリオ大学の実験もあります。

5分間、ごく単純な反応課題を繰り返させたところ、90回ほどの試行のうち3〜4回は、4秒近く反応が止まっていました。時速60キロの車なら、その4秒だけで70メートル近く進む計算になります。

本書は、睡眠負債を抱えた状態での運転を飲酒運転と同程度に危険だと位置づけていますが、この種の反応課題の結果を実際の事故率にそのまま結びつけるには、別途もう少し慎重な検証が必要だとも感じます。

自覚のズレは、入眠にかかる時間の感覚にも表れます。スタンフォード大学が2018年に行った測定では、寝つきが悪いと訴えていた55歳以上の被験者の実際の入眠時間は平均7分ほどで、健康な若年層(7〜9分)とほとんど変わりませんでした。

「1時間は寝つけなかった」という体感の多くは、脳がつくる見積もりの誤差にすぎないというわけです。自己申告に頼るアンケート調査で睡眠を測るときは、この種のズレが常につきまとうことも、あわせて頭に入れておきたいところです。

見えない代償は、社会にも及ぶ

個人の不調で終わらせないのが、本書の押しの強いところです。日本の睡眠不足による経済損失は、年間で見ると15兆円規模、GDP比にしておよそ3%にのぼるという試算が紹介されています。労働者の4割が6時間に満たない睡眠で働いている国での数字です。

東京在住者の平均睡眠時間は5.59時間で、ニューヨークや上海、パリ、ストックホルムと比べても、理想の睡眠時間との差が最も大きい都市だと本書は指摘します。差はおよそ1時間20分です。

放置された重い睡眠時無呼吸症候群の患者は、8年以内に4割が亡くなるというデータもあります。夜勤のある看護師が2型糖尿病を発症するリスクは、日勤だけの看護師よりおよそ2割高い。

どの数字も、本人の自覚とは関係なく積み上がっていく点で共通しています。もっとも、この手の経済損失推計は前提の置き方によって幅が出やすく、額面どおりに受け取るより、規模感をつかむための参考値として見るくらいがちょうどいいでしょう。

脳の掃除係、グリンパティックシステム

なぜ眠っている間に、これほど脳の働きが回復するのか。本書が挙げる仕組みの一つが、グリンパティックシステムと呼ばれる脳の老廃物処理経路です。

睡眠中、脳の細胞は体積をおよそ60%収縮させます。細胞同士の隙間が広がり、そこへ脳脊髄液が流れ込んで老廃物を洗い流す。アルツハイマー型認知症の原因物質とされるアミロイドβも、ここで排出される物質の一つです。

清掃のペースも段違いで、起きている間に比べて4倍から10倍のスピードで老廃物が運び去られるといいます。

もう一つ、本書が力を入れて否定しているのが「22時から2時のゴールデンタイムに眠らないと成長ホルモンが出ない」という説です。ブリュッセル自由大学が1991年に行った実験では、入眠時刻を深夜遅くまでずらしても、成長ホルモンの分泌量の70〜80%は変わらず最初のノンレム睡眠に集中していました。

効いているのは時刻ではなく、眠り始めてからの順番だということです。夜勤や残業で就寝が遅くなった日でも、最初の90分さえ深く眠れれば、この掃除と分泌の仕組みは動きます。

忙しい会社員にとっては、数少ない朗報といえるでしょう。

深部体温を動かす、入浴とマットレスの相性

眠気は気合いでは起きません。体温の動きで起きます。体の内部の温度である深部体温と、手足の表面温度である皮膚温度。この2つの差が縮まったときに、人は眠くなります。

これを利用するのが、就寝前の入浴です。布団に入る90分ほど前を目安に40度の湯船に15分浸かると、深部体温が一時的に約0.5度上がります。上がった分は反動で下がっていき、この下降のタイミングで布団に入ると、深いノンレム睡眠に入りやすくなります。

本書ならではの視点が、寝具の素材にまで踏み込んでいることです。2018年にスタンフォード大学が行ったある測定によれば、マットレスの硬さによって深部体温の下がり方に差が出ました。

通気性を確保しやすい硬めの寝具では、眠り始めてから体温がすっと下降していく一方、体を包み込むタイプの柔らかい寝具では熱が逃げにくく、下降の途中でむしろ体温が持ち直す場面すら確認されています。

包まれるような寝心地の良さと、熱を逃がしやすい構造とは、残念ながら両立しにくいようです。

もっとも、マットレスの測定は特定の製品どうしを比べた一つの結果にすぎず、世の中の低反発素材すべてに当てはまると決めつけるのは早計でしょう。買い替える前に、いまの寝具でどれくらい寝苦しさや蒸れを感じているか、まず自分の体感を確かめておくくらいの慎重さがちょうどいいはずです。

まとまった睡眠時間を確保しにくい人向けに、本書は分割睡眠という選択肢も紹介しています。夜にまとめて数時間、日中に小刻みに、というように分けて眠っても、それぞれの入眠直後に深いノンレム睡眠さえ確保できれば回復は成立する、という考え方です。

多忙な著名人の実践例も添えられており、8時間という総量にこだわりすぎている人には視野を広げてくれる一節です。

今夜から変える3つの行動

本書は13項目の対処法を並べていますが、まず手をつけるなら次の3つで十分です。

1. 就寝90分前を目安に、40度の湯船に15分浸かる 逆算して入浴の時間を決めます。湯船が難しい日は、42度前後のお湯に足だけ10分ほど浸ける足湯でも、近い効果が期待できます。

2. 朝はカーテンを開け放ち、数分でいいので日差しに当たる 噛みごたえのある食材を朝食に一品加えると、覚醒のスイッチがさらに入りやすくなります。

3. 12時から14時のどこかで、20分だけ仮眠を挟む 30分を超えないようタイマーをかけます。長く眠ると、夜の睡眠のほうが乱れます。

本書のなかで、もっとも引用したくなる一文がこれです。

「睡眠は敵に回すと恐ろしい相手ですが、味方につけると頼もしい伴侶である」

見開き2ページで完結する分、テンポよく読み進められる一方、一つひとつの研究がどんな条件で行われたかまでは踏み込みきれていません。サンプル数や被験者の年齢層といった細部は誌面の外に置かれているので、エビデンスの粒度を細かく確認したい人は、参照元の論文じたいに当たる必要があるでしょう。

それでも、この本の役割はそこではありません。自分が気づけていない不調がどれだけあるかを、数字の束で突きつけてくること。そこまでできれば、あとは今夜の入浴時間を90分前に動かすところから始めれば十分です。


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