カチンとくる一言に、思わず言い返してしまった。あとで後悔した。
そんな経験がある人ほど、本書は救いになります。感情に流されるのは、あなたの性格が短気だからではありません。ただ、まだ「訓練していない」だけなのです。
著者のチャディー・メン・タン氏は、元Googleのエンジニア。同社で開発し大反響を呼んだプログラム「SIY(Search Inside Yourself)」を一冊にまとめました。
面白いのは、その手法が瞑想だという点でした。ただし神秘的な修行ではなく、神経科学で裏づけられた「心の筋トレ」として。順番に見ていきます。
こんな人におすすめ
- 会議でムッとして、つい感情的な反応をしてしまった経験がある人
- 自己啓発の「ポジティブに考えよう」が、どうにも続かなかった人
- 瞑想に興味はあるけれど、スピリチュアルな雰囲気には抵抗がある人
- チームの信頼関係づくりに悩む、管理職やリーダー
論理や根拠がないと動けないタイプの人にこそ、本書は刺さります。著者自身がそういうエンジニアだったからです。
この本の核心――EQは才能ではなく、鍛えられるスキル
本書の主役はEQ(情動的知能)です。
自分自身と他人の気持ちや情動をモニタし、見分け、その情報を使って自分の思考や行動を導く能力
ダニエル・ゴールマン氏の理論にもとづき、EQは5つの領域に分かれます。自己認識、自己統制、モチベーション、共感、社会的技能。この順番が、そのまま「自分の内側から外へ」広がる地図になっています。
驚くのは、EQが仕事の成否を強く左右する点です。EQは純粋な知力や専門知識より2倍も重要で、卓越したリーダーを際立たせる能力の8〜9割を情動面の能力が占める、という研究があります。
そして本書最大の主張がこれです。EQは生まれつきの才能ではなく、後天的に鍛えられる。根拠は脳の神経可塑性にあります。経験やトレーニングで、脳は物理的に構造を変える性質を持っています。
ロンドンのタクシー運転手が、2万5000の通りを記憶する訓練で空間記憶を司る海馬を大きくした例が紹介されます。脳は、使えば変わる。EQも同じだという話です。
土台は「心の筋トレ」――マインドフルネスとは何か
ではどう鍛えるのか。土台になるのがマインドフルネスです。
マインドフルネスとは、特別な形、つまり意図的に、今の瞬間に、評価や判断とは無縁の形で注意を払うこと
過去の後悔でも未来の不安でもなく、「今ここ」に注意を向ける。やることは拍子抜けするほど単純です。呼吸に注意を向け、気が散ったらそっと戻す。それだけ。
著者はこれを心の筋トレと呼びます。注意が逸れたことに気づいて引き戻す力、これをメタ注意(注意に対する注意)と言い、繰り返すほど鍛えられます。
ハードルは極限まで下げられています。
たった一息だけでいい。注意しながら一回息を吸って吐けば、その日は成功だ。
これが精神論でないことは、データが示しています。8週間のマインドフルネス・トレーニングだけで、不安が下がり、ポジティブな情動に関わる脳の部位が活性化し、なんとインフルエンザワクチンへの抗体産生能力まで伸びた。歩く瞑想やマインドフルな会話など、日常のあらゆる瞬間に拡張できるのも特徴です。
「私は怒っている」をやめると、感情は乗りこなせる
注意力が育つと、次は自分の感情を高い解像度で観察できるようになります。これが自己認識です。
ここで視点の転換が起こります。
情動は自分が感じるものにすぎず、自分ではないのだ
「私=怒り」ではなく、「私の体が、今、怒りを経験している」。感情を自分から切り離して、ひとつの生理現象として眺める。すると感情に飲み込まれず、対処できるようになります。これが自己統制です。
大事なのは、自己統制は感情を抑え込むことではない、という点でした。目指すのは「衝動から選択へ」の移行。著者が引くこの一節が核心です。
刺激と反応とのあいだには間隔がある。その間隔に、反応を選ぶ私たちの自由と力がある。
その間隔を作る道具がシベリア北鉄道(SBNRR)です。頭文字をとった5つのステップで、Stop(停止)、Breathe(呼吸)、Notice(気づく)、Reflect(よく考える)、Respond(反応する)。カチンときたら、まず止まって一息つく。たったこれだけで、反射は選択に変わります。
自己認識を深める道具として、ジャーナリング(書き出し)も紹介されます。失業者に毎日20分、5日間気持ちを書かせた研究では、8か月後の就職率が、何もしなかった群の27.3%に対して68.4%まで跳ね上がりました。書くだけで、これだけ違います。
「崇高な目標」が、いちばん長持ちする幸せ
第3のステップに入る前に、本書はモチベーションを扱います。
幸せには3種類ある、と著者は言います。快楽、情熱(フロー)、そして崇高な目標。このうち最も持続するのは、自分より大きく意味のあることの一部になる「崇高な目標」だと。
ここで意外な事実が出てきます。創造性が求められる仕事では、金銭的報酬がかえってやる気と発想を削ぐ。ダニエル・ピンク氏が紹介する「ロウソク問題」の実験では、報酬を与えられた人ほど創造的な課題の成績が悪くなりました。
だから著者は、仕事を自分の価値観や崇高な目標と「整合」させること、理想の未来を「想像」すること、そして障害を乗り越える「回復力」を育てることを勧めます。
思いやりは、最も効果的なリーダーシップだった
EQの旅は、自分の内面から他者へと広がります。第3ステップが役に立つ心の習慣の創出、つまり共感と思いやりです。
実践は驚くほど素朴です。
誰かに会うたびに、心の中で「この人が幸せになりますように」と願う
繰り返すうちに、優しさが心の習慣になる。本書いわく、繰り返し考えることがその人の心の傾向をつくるからです。
他者を理解するには、相手に全注意を向けて聴く共感的リスニングが要になります。著者は自分の注意を「他人に与えることのできる最も価値ある贈り物だ」と表現します。
ここで脳科学の道具も登場します。SCARFモデルは、人の脳が社会的な場面で報酬か脅威かを判断する5要素です。Status(地位)、Certainty(確実性)、Autonomy(自律性)、Relatedness(関係性)、Fairness(公平性)。
脳は報酬には近づき、脅威からは逃げる機械だから、相手のこれらを脅かさない配慮が信頼を生みます。
意見が対立したときの視点も鮮やかです。一方が間違っているとは限らない。暗黙の優先順位や情報の差で、双方が100%正しいまま衝突することがある。そう認識することが、解決の第一歩になります。
そして本書はリーダーシップの本質を一言で示します。
「私」から「私たち」への移行
エゴを手放し、他者の成長と組織全体の力を引き出す。これが、偉大な企業を築いた「レベル5」のリーダーに共通する姿勢でした。思いやりは道徳ではなく、最も効果的な戦略なのです。
明日から何を変えるか
本書の提案から、今日始められるものを3つに絞ります。
1. 毎日2分、呼吸だけに注意を向ける 寝る前でも出社直後でもかまいません。気が散ったら、自分を責めずにそっと呼吸へ戻す。心の筋トレはこの繰り返しです。
2. 強い感情がきたら「私は怒っている」を「体が怒りを経験している」と言い換える 言葉を変えるだけで、感情との距離が生まれます。そこに、反応を選ぶ余白ができます。
3. ムッとしたら、言い返す前にStop+深呼吸を1回 SBNRRの入口です。反応を一拍遅らせるだけで、衝動は選択に変わります。
おわりに
本書の手法は、個人の内面に働きかけるものです。劣悪な労働環境や構造的なハラスメントを、マインドフルネスだけで解決できるわけではありません。その限界は著者も承知のうえです。
それでも、自分の感情を乗りこなせる人が一人増えるたび、周りの空気は少し変わります。著者は、世界平和さえ一人ひとりの内側から始まると本気で考えています。
最後に、肩の力を抜かせてくれる一文を置いておきます。
世界を救うことを日々志そう。だが、それを成し遂げようと、むきにはなるまい。
まずは今日、2分の呼吸から。あなたの内側(インサイド・ユアセルフ)を探る旅は、それだけで始まります。
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『セルフ・アウェアネス』 EQの第1領域である「自己認識」だけを掘り下げた一冊。本書で土台と位置づけられた自分を知る力を、もっと精密に鍛えたい人に。
『ゾーンに入る EQが導く最高パフォーマンス』ダニエル・ゴールマン 本書がEQ理論の土台にした、提唱者ゴールマン氏による一冊。EQという知性の全体像を、源流から理解できます。


