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『蹴球学 名将だけが実践している8つの真理』Leo the football|「気合」で勝てない時代の、人を動かす設計図

リーダーシップ・組織 ✍ Leo the football
約9分で読めます

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『蹴球学 名将だけが実践している8つの真理』
目次

強いチームの試合を観ていて、こう思ったことはないでしょうか。「選手の質が違うんだろうな」と。

その一言で納得してしまうと、強さの理由は永遠に見えてきません。質という言葉は便利すぎて、観察を止めるための装置になりがちです。

『蹴球学 名将だけが実践している8つの真理』は、その「質の差」に見える現象を、立ち位置と体の向きという、もっと細かく分解可能な要素に切り分けてみせる一冊です。

著者はサッカー戦術分析で日本一の登録者数を誇るYouTuberであり、自ら社会人チームの監督も務めるLeo the football氏。構成は木崎伸也氏が担当しています。

表向きはサッカーの本ですが、語られているのは「個人の頑張りに頼らず、論理で再現性をつくる方法」です。だからこそ、ピッチの外で組織を動かす人にも刺さる。本書を「戦術書」ではなく「再現性の設計図」として読むと、急に視界が開けてきます。

図解

この本が壊すのは「気合と才能」という言い訳

著者がまず標的にするのは、日本のサッカーに根強く残る「ミス待ちサッカー」です。

ミス待ちとは、知性にもとづく連動で相手を上回るのではなく、個人の資質や確率、あるいは相手のミスに賭けて何とかしようとする戦い方を指します。守備の約束事が個人の頑張りに委ねられ、同じ局面でも選手によってバラバラの対応が起きてしまう。

うまくいった試合の理由も、負けた試合の理由も、結局「気合」や「集中力」といった測れない言葉に回収されていく。

本書はその対極に「合理的なサッカー」を置きます。著者の定義は驚くほどシンプルです。合理的とは、運や選手の質に頼らない戦い方のこと。同じ状況で誰がやっても同じ結果に近づける、つまり再現できるかどうかが合理の正体だ、というわけです。

ここで私が膝を打ったのは、この定義が精神論の真逆にあることです。「もっと頑張れ」は再現性をもたらしません。頑張りは個人差が大きく、疲労で減衰し、本人にしか制御できないからです。

一方、立ち位置や体の向きは指示でき、共有でき、練習で固定できる。だから著者は、人を責める前に設計を疑う。この姿勢自体が、組織を率いる人への最初のメッセージになっています。

そして勝負の本質を、ディエゴ・マラドーナの言葉で言い切ります。

サッカーとは騙し合いのスポーツだ

真正面から力でぶつかるのではなく、相手が動こうとする方向、本書の言葉で言う「矢印」の逆を突く。この一点が、以降に並ぶすべての理論の土台になっています。

場所基準を捨てて、人基準で見る

本書の核心は、ここ数年すっかり定着した「5レーン理論」への批判にあります。

5レーン理論は、ピッチを縦に5分割し、決まったレーンに選手を配置していく考え方です。ペップ・グアルディオラが広め、現代戦術の象徴とまで言われました。ところが著者は、これを「場所基準」と呼び、限界を指摘します。

理由は守備側の進化です。現代では「同サイド圧縮」という守り方が一般化しました。ボールのあるサイドに守備者を集中させ、逆サイドを思い切って捨てて、マンツーマン気味に圧をかける。

こうなると、地図上の決まったレーンに立っているだけでは、もうフリーの選手を簡単には作れません。立つべき場所は、相手の出方によって刻々と変わるからです。

そこで著者はこう主張します。サッカーでは相手が動くのだから、人を基準に考えるべきだ。コーンの位置ではなく、相手の立ち位置と体の向きを基準にする。

固定された地図ではなく、動く相手との相対関係でポジションを決める。この発想の転換が、本書のすべての原則を貫いています。

これは流行の理論を否定するための否定ではありません。場所基準は入口としては有効だが、相手が賢くなった段階では一段抽象度を上げる必要がある、という成熟した議論です。型を覚えた人が、型から自由になるための本だと言ってもいい。

へその向きが「二択」を生む

最もミクロで、最も効く原則が「正対理論」です。

正対とは、ボールを持った選手が、対峙する相手にへそをまっすぐ向けて立つこと。相手を怖がって半身(横向き)になると、パスを出せる方向が片側に限られ、次のプレーを簡単に読まれてしまいます。

逆にへそを正面へ向ければ、左右どちらにも出せる。つまり相手に「二択」を突きつけられる。守備側は的を絞れず、一瞬反応が遅れる。たったへその向き一つで、攻撃側が主導権を握れるのです。

ここから受け手の立つべき場所も決まってきます。それが「Y字のポイント」。ボール保持者と相手を結んだ線を縦軸に置き、アルファベットのYの字を描いたときの分岐点に受け手が立つ。すると保持者は、相手が動いた方を見てから、空いた側へ出す「後出しジャンケン」ができます。

正対の申し子として挙げられるのが、アンドレス・イニエスタです。全盛期は密集地帯でも正対を繰り返し、するすると抜け出していきました。守備的な選手にも応用は効いていて、マンチェスター・ユナイテッドのリサンドロ・マルティネスは、近くの相手にへそを向けてパス方向を読ませず、受け手に時間の余裕を生み出します。

技術の話に見えて、実は「相手の判断を遅らせる」という情報戦の話なのです。

外で張ると、なぜ詰むのか

次は、観戦中に一番確かめやすい原則です。サイドバックは低い位置で外に張ってはいけない、と著者は言います。

これは直感に反します。普通は、相手から離れた大外で受けるほうが安全だと感じるからです。ところが著者は逆だと指摘します。タッチライン際でボールを受けると、ピッチを180度方向、つまり内側にしか使えません。

背中側はラインで、外には味方がいない。そこへ同サイド圧縮のプレスが来ると、パスコースが消え、あっという間に追い込まれる。一見安全な選択が、次の瞬間に自分を窮地へ突き落とすのです。

解決策は、ペナルティーエリアの幅くらいまで内側に絞った「ハーフフロント」に立つこと。ここなら内にも外にもパスが出せて、相手のプレスを自分でコントロールできます。

ミケル・アルテタ率いるアーセナルは、サイドバックをハーフフロントに立たせ、ビルドアップ時に「2-3-5」のような陣形をつくります。これでウイングをサポートでき、複数のコンビネーションが生まれる。

本書には「数字よりも大切なのは原則だ」という趣旨の指摘があり、これが効いてきます。フォーメーションの表記が4-3-3か4-2-3-1かではなく、ボールを持った瞬間に誰がどこに立っているか。

可変システムの本質を、立ち位置という言葉で説明しきっているのが見事です。

立つな、現れろ

3つ目は、ボールを持っていない選手の動きです。

相手のDFとMFの間、いわゆる「ライン間」でボールを受ければ大きなチャンスになります。ところが、最初からそこに立っていると、相手DFに存在を認識され、簡単に消されてしまう。良い場所ほど、居座ると無効化されるのです。

そこで著者が提唱するのが「Waiting Point論」です。いきなりライン間で待つのではなく、相手MFの2、3歩後ろの死角でいったん待機する。

その死角がWaiting Point。そして味方がパスを出せる瞬間に合わせ、スッと空きスペースへ現れる。この動きが「アピアリング」です。

ポジショニングが「どこに立つか」なら、アピアリングは「いつ顔を出すか」。空間だけでなく時間を設計するという発想で、フリーで受けられる確率が大きく変わります。

ブライトンは2023年のリバプール戦で、選手たちが常にこのY字のポイントへ現れようとし、パスをつないでゴール前まで迫りました。

著者はいい攻撃をこう定義します。自分たちの判断を速くし、相手の守備の判断を遅らせること。自分が速く動くだけではなく、相手の判断を遅らせて相対的なスピード差をつくる。速さを絶対値ではなく差分で捉えるこの視点は、ビジネスの意思決定スピード論にもそのまま使えます。

選手は完璧じゃない、だから組み合わせる

ここから話は個人技術から組織設計へと移ります。

著者は選手をポジションではなく「属性」で分類します。「オフザボーラー」「カットインシューター」「タイムクリエイター」といった、具体的なプレースタイルです。これを一覧化したのが「属性表」。

なぜ属性で見るのか。本書の言葉が鋭い。個性には長所だけでなく、このスペースは得意だがあのスペースは苦手という得意不得意も含まれる。つまり選手は完璧ではない、という前提に立つわけです。

だからこそ組み合わせが効きます。エース級ばかり集めても、得意エリアが被れば総和は伸びない。中盤に降りてくるFWと、その背後へ飛び出すMFのように、互いの短所を補い合う組み合わせこそが攻撃ユニットの火力を決める。

優秀な個を足し算するのではなく、欠点が打ち消し合うように噛み合わせる。これはチーム編成や人材配置に悩むあらゆる組織への、強烈な示唆です。

しかも属性は固定ではありません。リヤド・マフレズはグアルディオラの指導のもとで、得意の「カットインシューター」に加え「クロスランナー」の属性も発揮できるようになりました。人は配置の工夫と育成で、持ち札を増やせる。決定論で終わらせない点に、この本の誠実さがあります。

守備側にも常識を覆す技術が並びます。代表が「ポーク」。空中戦で跳ぶ直前、ファウルにならない範囲で肩を当て、相手の体勢を崩す予備動作です。レアル・マドリーのダビド・アラバは身長180cm。

自分より20〜30cm大きい相手にも、このポークで体格差を感じさせず競り勝ちます。体格という「質」さえ、技術と知性で一部は埋められる、という本書の主張を象徴する例です。

クロス対応では、ボールとマーカーを同一視野に収める「ロック」と、その背後を別の選手が埋める「T字」の原則が紹介されます。カタールW杯では全得点のうちクロス由来が前回大会の約2倍に増えたという数字もあり、地味な守備技術の重要度はむしろ上がっています。

シンプルにするほど、速くなる

攻守の切り替え、いわゆるトランジションの設計も独特です。

普通なら、難しい局面ほど細かいルールを用意したくなります。著者は逆を行く。原則をシンプルに保つほど選手の脳への負荷が減り、結果として切り替えが速くなる、と考えます。判断の選択肢を絞ることが、速度を生むという逆説です。

その思考ツールが「CPEの原則」。攻撃時の優先順位を、C(クリティカル=裏抜け)、P(ポイント=Y字のポイントに立つ)、E(エスケープ=バックパスで回避)の3つに絞り込む。

迷いを減らすことで判断が速くなる設計です。守備でも、グアルディオラはボールを失って5秒は激しくプレスし、超えたら引く「5秒ルール」を採用しました。

人体は数秒間ならクレアチンリン酸を瞬発的なエネルギー源にできる、という生理学的な裏付けまで添えられています。ラルフ・ラングニックの「8秒ルール」も同種の発想です。

直感や根性ではなく、身体の仕組みに合わせてルールを引く。ここでも一貫して、合理が貫かれています。

論理を捨てるべき瞬間もある

本書の懐の深さが出るのが、ここです。著者は合理性を絶対視しません。

圧倒的に質の高い選手がいるなら、あえて非合理なプレーを選ぶことにもメリットが生まれる、と認めます。突出した個がいれば、枠を外して相手の予測を裏切ったほうが効く場面があるからです。合理は手段であって目的ではない、という冷静さです。

ただし、重い前提が付きます。合理的なサッカーは全員が理解して初めて成立する。優れた仕組みも、組織全体に浸透しなければ機能せず、中途半端に取り入れたチームはかえって崩壊する、と警告します。

だから指導者の仕事はこうなります。選手と組織を観察・把握し、何を合理化して共有し、何を個人の判断に委ねるかを熟慮する。すべてを管理するのでも、すべてを自由にするのでもなく、組織の習熟度に応じて管理と自由の配分を決める。

これはサッカーに限らず、人を率いる全員に突きつけられる問いです。仕組みづくりに前のめりな人ほど、この章を読んでほしいと思います。

おわりに

この本を読み終えると、サッカーの見え方が「人の配置と体の向きの設計図」に変わります。質という曖昧な言葉に逃げず、観察の解像度を上げる体験そのものが収穫です。

著者は終盤で、日本はジャイアントキリングを目指す国ではなく強豪国を目指す国だ、と書きます。まぐれの一勝に酔うのではなく、再現性で世界と渡り合う。そのために「傍観者ではなく体現者でありたい」と。この一文は、観るだけの自分への静かな挑発でもあります。

気合でも才能でもなく、立ち位置と組み合わせで勝つ。次に試合を観るときは、まず一人の選手の「へその向き」だけを追ってみてください。半身で逃げているか、相手に正対して二択を迫っているか。それだけで、ピッチの上に設計図が浮かび上がってくるはずです。


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『とにかく仕組み化』安藤広大 本書の「ミス待ちサッカーからの脱却」は、個人を責めず仕組みを直すという発想そのもの。属人性を仕組みで置き換える話を、組織側から読み直せます。

『無印良品は、仕組みが9割』松井忠三 「合理=再現できる戦い方」という定義に共鳴する一冊。個人の才能でなく仕組みでV字回復を作った実例として、属性表やCPEの原則の狙いが立体的に見えてきます。

『失敗学のすすめ』畑村洋太郎 著者が説く「気合が足りないで片づけず、失敗を分解して解像度を上げる」姿勢の土台になる本。なぜ原因の言語化が組織を変えるのかを、失敗の構造から教えてくれます。


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