8時間寝ても、なぜか疲れがとれない。そんな経験はありませんか。
その答えは「睡眠時間」ではなく「最初の90分」にあります。眠り始めの最も深い眠りさえ深く保てれば、たとえ全体が短くても睡眠の質は最大化される。本書はそう言い切ります。
『スタンフォード式 最高の睡眠』は、世界一の睡眠研究所と呼ばれるスタンフォード大学で、30年以上にわたって睡眠を研究してきた西野精治さんの一冊です。
睡眠を「単なる休息」ではなく、日中のパフォーマンスを最大化する武器に変える。本書を貫くのは、そういう積極的な視点です。
こんな人におすすめ
毎晩しっかり寝ているはずなのに、午前中から頭がぼんやりする。そんな違和感を抱えている人に、まず読んでほしい本です。
- 忙しくて、これ以上睡眠時間を増やすのが現実的に難しい人
- 週末の寝だめで、平日の睡眠不足を取り返せると思っている人
- 寝つきが悪く、ベッドに入ってから何十分も眠れないと感じている人
- 午後になると毎日のように強い眠気に襲われる人
量ではなく「最初の90分の質」で決まる
本書の主張は一言で言えます。睡眠は時間ではなく、最初の90分の質で決まる。
たくさん眠るほど良いわけではありません。量だけを求めてだらだら眠ると、かえって体調が崩れることもあります。食事や仕事と同じで、睡眠も「量より質」がグローバルスタンダードだと著者は言います。
この発想の良いところは、忙しい人を見捨てない点です。睡眠時間を増やせないなら、最初の90分を深く眠ることに集中すればいい。スタンフォードの研究という裏付けがありながら、解決策があくまで現実的なのです。
ではなぜ私たちは人生の3分の1も眠るのか。著者は睡眠の役割を5つに整理します。脳と体を休ませる、記憶を整理して定着させる、ホルモンバランスを整える、免疫力を上げて病気を遠ざける、そして脳の老廃物を取り除く。睡眠はこの5つの仕事を同時にこなす、体の総合メンテナンス時間なのです。
5つ目の「老廃物の除去」は、近年わかってきた働きです。アルツハイマー病の原因物質とされるアミロイドβは、眠っている間に脳から排出されます。睡眠を制限したマウスでは、このアミロイドβが溜まりやすくなったという実験もあります。
眠りを削ることは、こうした脳の掃除の時間まで奪う行為だと考えると、軽視できません。
「睡眠負債」という、自覚なき借金
本書がまず警告するのが「睡眠負債」です。単なる寝不足ではなく、気づかないうちに借金のように積み上がっていく睡眠の不足を指します。
「いってみれば、気づかないうちにたまる眠りの借金、それが睡眠負債なのだ。」
怖いのは、自覚がないまま脳と体を蝕む点です。睡眠負債は数秒間の無意識の眠り「マイクロスリープ」を引き起こします。本人は起きているつもりでも、脳波上は完全に眠っている。これは脳を守る防御反応であると同時に、交通事故や重大なミスの引き金にもなります。
健康への影響も具体的です。睡眠を制限するとインスリンの分泌が悪くなって血糖値が上がり、糖尿病を招きます。食欲を抑えるホルモン「レプチン」が減り、食欲を増す「グレリン」が増えて太ります。
交感神経の緊張が続いて高血圧になり、うつ病や不安障害のリスクも上がる。寝不足は気合いで乗り切れる類のものではなく、静かに病気の土台をつくっていくのです。
そして多くの人が信じている対処法は、効きません。
「週末の寝だめごときで、睡眠負債は解決しない。」
ある実験では、毎日わずか40分の睡眠負債を返すために、14時間ベッドに入る生活を3週間も続ける必要がありました。一度ためた借金は、簡単には返せません。1〜2時間の寝坊で体のニーズに応える程度なら問題ありませんが、それで日頃の不足が帳消しになるわけではないのです。
日本人の事情はとくに深刻です。東京の平日平均睡眠時間は5.59時間で、世界の主要都市と比べて飛び抜けて短い。「寝だめしたい」という感覚そのものが、脳からのSOSサインだと著者は言います。
ちなみに「短時間睡眠の達人になればいい」という考えも危険です。少ない睡眠で健康に過ごせるショートスリーパーは、訓練でなれるものではなく、時計遺伝子の変異による「遺伝」だと、著者は研究で示しています。
ほとんどの人はその遺伝子を持たず、無理な短時間睡眠は健康とパフォーマンスを損なうだけ。多くの人にとっては、最低でも6時間以上が目安です。
なぜ「最初の90分」が黄金なのか
本書の最大の核心が「黄金の90分」です。
「レム・ノンレムの周期にかかわらず、睡眠の質は、眠り始めの90分で決まる。」
少し言葉を補います。眠りは、脳が活動しているのに体は休む「レム睡眠」と、脳も体も休む「ノンレム睡眠」を繰り返して進みます。寝ついた直後に訪れる最初のノンレム睡眠は、一晩で最も深い眠りです。この段階の人は、起こそうとしてもなかなか起きません。
この最初の深いノンレム睡眠の間に、3つのことが起きます。自律神経が整い、成長ホルモンが大量に分泌され、脳のコンディションがリセットされます。
1つ目は自律神経です。眠りが深まると、活動時に優位な交感神経が弱まり、休息時の副交感神経が優位になります。このスムーズな交代によって、脳も体も深く休めます。
2つ目は成長ホルモンです。
「グロースホルモン(成長ホルモン)がもっとも多く分泌されるのも、最初のノンレム睡眠が訪れたとき。」
このホルモンは細胞の修復や代謝の正常化、アンチエイジングに関わります。一晩の分泌量のうち実に70〜80%が、この最初の周期に集中する。つまり最初の90分を逃すことは、修復のゴールデンタイムをまるごと逃すことを意味します。
3つ目は脳のコンディショニングです。まだ謎の多い領域ですが、うつ病や統合失調症の患者は最初の90分が乱れている、という事実が知られています。深いノンレム睡眠が嫌な記憶を整理・消去するという見方もあります。
逆に、最初の90分でつまずくと、どれだけ長く寝ても自律神経が乱れ、ホルモンの分泌に狂いが生じます。睡眠時無呼吸症候群やうつ病があると、この黄金の90分が得られにくくなることも指摘されています。
だから著者は、どうしても深夜まで仕事がある日でも、徹夜はすすめません。まず眠ってしまい、最初の90分が終わる入眠100分後あたりに一度起きて作業する。そのほうが頭が冴えます。
なお「睡眠は90分の倍数がいい」という俗説は、本書がきっぱり否定します。睡眠周期は90〜120分と個人差があるため、倍数にこだわる意味はありません。大事なのは、あくまで最初の90分です。
眠りを生む2つのスイッチ「体温」と「脳」
黄金の90分を手に入れるには、入眠時に2つのスイッチを操作します。
1つ目は、体温のスイッチ
人は、体の内部の「深部体温」が下がり、手足の「皮膚温度」が上がって、その差が縮まるときに眠くなります。覚醒時は深部体温のほうが2℃ほど高いのですが、入眠時にはこの差が縮まります。
「スムーズな入眠に際しては深部体温と皮膚温度の差が縮まっていることが鍵なのだ。」
ここで効くのが入浴です。40℃のお風呂に15分入ると、深部体温が約0.5℃上がります。大きく上がった深部体温は、その反動で大きく下がろうとする。元に戻るまでの時間が、ちょうど90分なのです。
「寝る90分前に入浴をすませておけば、その後さらに深部体温が下がっていき、皮膚温度との差も縮まり、スムーズに入眠できる」
時間がなければ「足湯」でも代用できます。足は驚くほど熱を逃がす力が強く、血行を良くして熱放散を促せば、入浴に近い効果が得られます。室温の管理も忘れてはいけません。夏は熱がこもると眠りを妨げ、冬は寒すぎると血行が悪くなる。快適な温度に保つことが熱放散を助けます。
逆に、靴下を履いたまま寝るのは逆効果です。足からの熱放散が妨げられ、深部体温が下がりにくくなります。足が冷たくて眠れない人は、靴下で温めてから脱いで寝るのが理にかなっています。
2つ目は、脳のスイッチ
脳は退屈すると眠くなります。この単調な状態を、本書は「モノトナス」と呼びます。
「基本は、寝る前は何も考えないこと。いってみれば『眠りの天才は頭を使わない』のだ。」
寝る前にスマホや仕事で脳を興奮させると、入眠のスイッチが切れません。脳は「いつものパターン」を好みます。いつものベッドで、いつもの時間に、いつものパジャマで寝る。このルーティンが、脳に「もう寝る時間だ」と安心させます。
注意したいのが「フォビドンゾーン(進入禁止域)」です。普段の就寝時刻の直前、2時間ほど前は、脳が眠りを拒否してかえって眠りにくくなる時間帯です。早く寝ようと前倒ししても寝つけないのは、このため。普段どおりの時刻に入眠を合わせるほうが、結局はうまくいきます。
「眠り」と「目覚め」は2つで1つ
本書のもう一つの柱が、覚醒の戦略です。良い睡眠が良い覚醒をつくり、良い覚醒がまた良い睡眠を呼ぶ。
「睡眠(寝ている時間)と覚醒(起きている時間)は2つで1つ。」
だから、夜眠れないときは夜の習慣だけでなく、朝の過ごし方も見直します。
まず、起床のスイッチを入れるのが朝の光です。光を浴びると、眠りを促すホルモン「メラトニン」の分泌が抑えられ、脳が覚醒します。
「ベッドから出たら、天候にかかわらず朝の光を浴びる。これは何があっても欠かしたくない行動習慣だ。」
次に、咀嚼です。朝食をしっかり噛むと、三叉神経から脳へ刺激が伝わり、一日のメリハリがつきます。朝のシャワーや冷たい水で手を洗って体温差をつくるのも、活動モードへの切り替えに効きます。
目覚め方にも工夫があります。アラームは「2つの時間」でセットします。起きたい時間の20分ほど前に微音で短く、本命の時間に通常のアラームを。浅いレム睡眠のタイミングで自然に起きる確率が上がります。スヌーズを何度も繰り返すのは避けましょう。
日中の過ごし方も、夜の睡眠に響きます。カフェインは覚醒に役立ちますが、血中濃度が半分になるのに約4時間かかります。就寝の数時間前からは控え、夜遅くはデカフェに切り替える。アルコールは少量なら寝つきを助けますが、量が多いと眠りを浅くするので、寝る2〜3時間前までに済ませます。
そして見落としがちなのが夕食です。
「夕食抜きは、眠りと健康にとってまさに『百害あって一利なし』なのだ。」
絶食すると、覚醒を維持する物質「オレキシン」の分泌が促されて眠れなくなります。食事をするとオレキシンの働きが落ち着く。夕食は就寝1時間前までに済ませるのが理想です。
午後の眠気は、敵ではなくチャンス
午後2時ごろに襲ってくる眠気。これは「アフタヌーンディップ」と呼ばれ、ランチを食べても抜いても、体内時計の影響で必ずやってきます。霊長類に共通する現象で、人間も進化の過程で昼寝をしていた名残だと考えられています。
著者は、この眠気との付き合い方に視点の転換を提案します。
「『眠気=排除すべきもの』という意識を、『眠気=チャンス』とスイッチしてみる。」
我慢するのではなく、20分程度の仮眠(パワーナップ)をとる。短い眠りで脳を回復させたほうが、その後のパフォーマンスは上がります。GoogleやNikeといった企業でも推奨されている方法です。
ただし、寝すぎは禁物です。ある研究では、30分未満の昼寝をする人は認知症発症率が習慣なしの人の約7分の1だったのに対し、1時間以上の昼寝をする人は発症率が2倍も高くなりました。
仮眠は20分程度にとどめるのが鉄則です。あくまで「ベターザンナッシング」であり、細切れの睡眠で睡眠負債を完全に返すことはできません。
眠気を覚ましたいときは、冷たい水で手を洗う、ガムを噛む、コーヒーでカフェインをとるといった方法も有効です。会議で積極的に発言するのも効きます。会話は強力な覚醒スイッチになります。
明日から何を変えるか
本書のメソッドから、まず手をつける3つに絞ります。
1. 就寝の90分前に入浴を済ませる 逆算してお風呂の時間を決めます。忙しい日はシャワーか、寝る直前の足湯でも代わりになります。
2. アラームを2つの時間でセットする 起きたい時間の20分前に微音で1回、本命の時間にもう1回。浅い眠りのタイミングで起きるチャンスをつくります。
3. 朝起きたら、天気に関係なく光を浴びる まずカーテンを開けて外の光を入れます。良い覚醒が、その夜の良い睡眠の第一歩になります。
おわりに
本書を締めくくるのは、こんな一文です。
「人生の3分の1を変えれば、残りの3分の2も動き出す」
睡眠は人生のおよそ3分の1を占めます。そこを削って残りを頑張るのではなく、そこに投資することで残り全部が動き出す。
今夜、寝る90分前にお風呂を出る。それだけで、明日の頭の冴えが変わるかもしれません。
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