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ストーリーが世界を滅ぼす ジョナサン・ゴットシャル

『ストーリーが世界を滅ぼす』ジョナサン・ゴットシャル|善人を怪物に変えるのは、いつも物語だ

健康・メンタル ジョナサン・ゴットシャル
約6分で読めます

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この本の全体像
『ストーリーが世界を滅ぼす』の図解

本の結論

物語は、人の気持ちを動かす天然の道具として、ほかのどんな伝え方よりも強力に働きます。

明日やること

強い怒りを感じたニュースやSNS投稿に出会ったら、反応を書き込む前に深呼吸を一回はさむ

効く悩み

  • SNSで炎上している投稿を見ると、理由のはっきりしない怒りや不安が湧いて消えない
  • データや根拠を示して説明したのに、相手がかえって意固地になった経験がある
  • プレゼンや広報でストーリーテリングを使う立場だが、その副作用を知らずに使っている

読むべき人

  • ニュースやSNSへの感情的な反応が起きる仕組みを、進化心理学の側から理解したい人
  • 説得や広報でストーリーの力を使う立場にあり、その効き目とリスクの両方を知りたい人

読まなくていい人

  • アルゴリズム規制や制度設計など、社会全体への具体的な処方箋を求めている人
  • 物語やストーリーテリングそのものを全面的に否定してほしい人
目次

タイムラインで燃え上がっている投稿をふと目にした瞬間、腹の底から一気に込み上げてくるあの怒り。それは本当に、自分自身の頭でじっくり考えた末にたどり着いた感情なのでしょうか。

進化心理学者のジョナサン・ゴットシャル氏は、この熱の正体を「物語」という一点に求めます。世の中では、相手の心を動かしたければストーリーを語れと教えられる場面のほうが圧倒的に多いです。

本書はその真逆の立場に立ち、人が物語によって思考をじわじわと乗っ取られ、気づかないうちに敵味方の陣営へ組み込まれていく過程を、脳科学や歴史上の出来事を横断しながら丹念に追いかけていく一冊です。

図解

私たちは「物語る動物」として一日の大半を生きている

物語は、人の気持ちを動かす天然の道具として、ほかのどんな伝え方よりも強力に働きます。賢い人と呼ぶより、むしろ物語をつむぎ続ける動物と呼ぶほうが人間の実態にずっと近いというのが著者の見方です。ニュース番組、連続ドラマ、SNSのタイムライン、夜に見る夢まで含めれば、日々のかなりの割合をすでに作られた物語の中で過ごしていることになります。

画面越しの誰かと接している時間の長さは、実際に顔を合わせて誰かと言葉を交わす時間をはるかに上回るという調査結果も紹介されます。

なぜ人はこれほどまで物語に時間を吸い取られるのか。理由として著者が挙げるのは、発する言葉であれ書く文章であれ、コミュニケーションという営みそのものが、聞き手や読み手を自分の望む方向へ引っ張っていくために存在するという見立てです。

そう考えると、物語は強力な道具になります。狩りの腕前がどれだけ優れていても、それを面白く語れない者より、狩りの腕は平凡でも語りに長けた者のほうが集団の中でずっと一目置かれるという、ある狩猟採集社会の話も本書は取り上げています。

物語は、理性の検問をすり抜ける

物語は、データを突きつけられたときのような反発を起こさせないまま、人の考えを変えてしまいます。本書でもっとも重い章が扱うのは、物語の世界に心が運ばれていく没入状態です。ある実験では、精神疾患を持つ人物をめぐる架空の物語を読んだ被験者ほど警戒心がすっかり緩み、客観的な事実による説明よりもはるかに強く影響を受けて、特定の政策への支持まで変えてしまいました。

データを突きつけられると人はかえって反発して元の考えに固執することがありますが、物語はこの防御反応そのものを起こさせないといいます。作り話だと頭ではわかっていても、体のほうは容赦なく反応します。

心拍数が上がり、汗をかき、瞳孔が開きます。あるホラー映画を見て受けた恐怖が、何年経っても記憶に残っていると答えた人が一定数いたという調査結果も、フィクションと現実を脳が完全には区別していないことを裏づけています。

「すぐれたストーリーテラーは主張の内容を精査し評価する脳のプロセスを巧みに回避する。」

その技術の核にあるのが、多くを説明せず情景だけを見せるという創作の作法です。何も説明しないからこそ、受け手は自分の中で空白を埋めようとし、そこに強い感情が生まれます。

逆に、感情もメッセージもすべて言葉で説明しきってしまった作品が、かえって没入を壊し、語り草の駄作になってしまった例も本書には登場します。露骨に主張を押しつけない語り手ほど、思想をドラマの中に忍ばせて受け手の無意識にしみ込ませることに長けている、という指摘も印象深いです。

強く心を動かされたニュースやSNSの投稿に出会ったら、反応する前に一度立ち止まり、そこで誰が悪者に仕立てられているかを書き出してみましょう。物語という語りの文法と、そこに含まれる生のデータとを切り分ける訓練になります。

この人の心を読む仕組みは、すでに実験や商業の現場でも応用され始めていて、寄付を呼びかける動画を見た人の心拍や発汗の変化を計測しただけで、実際に財布を開くかどうかをかなり高い確率で言い当てられたという報告も本書は紹介しています。

正しい物語ではなく、広まる物語が勝つ

物語の生存競争を決めるのは、正しさではなく広まりやすさです。物語同士の生存競争を描く章では、倫理や美学の点で優れているかどうかは問われないという構図が示されます。現代における最もわかりやすい例が、陰謀論です。ある陰謀論は19世紀に唱えられてから150年以上生き延び、今もアメリカの成人のうち少なくない割合がその内容を信じているといいます。

同じ構造を持つ別の陰謀論も、何百万人もの支持者を抱えています。否定する証拠が示されるたびに、それすら「陰謀の深さの証拠」として取り込んでしまうため、反証によってかえって強くなるという皮肉な性質を持ちます。

直感に反するようですが、地頭の良さはこの手の思い込みにおいて、むしろ足かせになってしまう場合すらあるといいます。賢い人ほど、お気に入りの物語を守り抜くための理屈を次々とひねり出し、崩れそうな世界観を精巧に補強する腕を持っているからです。

著者に言わせれば、人間は筋道立てて考える生き物というより、あとから理由をこじつける生き物に近いです。ある選択をする瞬間、頭の中では意識にのぼらないところですでに答えが出ていて、意識や理性の役目はその答えにもっともらしい物語をかぶせることだけ、という見立てです。

同じ歪みは、日々のニュースにも及びます。良い知らせより悪い知らせのほうが人の注意を強く引きつける性質があるため、穏やかな日常はそのままでは報じられにくいです。

トラブルが起き、悪者が名指しされ、土壇場で解決するという型に沿った出来事だけが選ばれて流れていきます。客観的な指標で見れば世界の多くの面が過去より良くなっているにもかかわらず、報道から受け取る印象がむしろ悪化しているように感じられるのは、この選ばれ方のせいだと著者は説きます。

この傾向をSNSのアルゴリズムがさらに増幅します。真実の情報より誤った情報のほうが何倍も速く広まり、感情を強く揺さぶる言葉を含む投稿ほど拡散されやすいという研究も紹介され、人々は自分の好みに合わせて組み上げられた別々の現実に、知らないうちに閉じ込められていきます。

共感は、敵への憎しみを燃やす燃料にもなる

物語が生む共感は、苦しみの原因とされた敵への憎しみを燃やす燃料にもなります。読者の常識をもっとも揺さぶるのがこの主張です。共感は無条件に良いものだという思い込みに対し、本書は物語が生む共感には裏の顔があると異を唱えます。

自分と近しい存在や似た境遇の相手にはやすやすと共感できる一方、その共感が濃くなればなるほど、苦しみの原因だと名指しされた「敵」への冷たい扱いを正当化する方向に働いてしまいます。

悪役が痛い目に遭う場面を見て覚える快感を、著者は独自の言葉で名づけ、正義の名のもとに誰かを追い詰めたいという欲求も、同じ心の動きから生まれると位置づけています。

ある地域の悲惨な事例では、身内の物語に強く入れ込んだ聴衆ほど、敵とされた側への同情を失っていったという分析も紹介されます。ある地域紛争では、集団の結束を煽る放送が、短期間で膨大な数の死者を生む一因になったと本書は伝えます。

ただし、物語は逆方向にも働きます。同じ地域で、対立していた集団同士の理解を深めることを狙ったラジオドラマが制作されたところ、物語を通じて「他者」に共感した聴取者のあいだで、部族を越えた信頼や対話による解決を支持する声が増えたといいます。

人を分断する道具にも、分断を縫い合わせる道具にもなりうるという、物語という技術そのものの両面性がここに凝縮されています。悪を自分とは無縁の怪物として切り離すのではなく、同じ環境に生まれていれば自分もそちら側になっていたかもしれないと想像すること。

これが、この章が読者に迫る結論です。

本書の限界

本書の限界は、鋭い解剖に比べて処方箋が個人の心構えにとどまることです。物語という現象そのものをここまで鋭く解剖しておきながら、そこから先に用意されている処方箋のほうはかなり控えめです。プラットフォームの仕組みを変えるとか、法律で規制するといった、社会の側に踏み込んだ具体案はほとんど出てきません。

最後にたどり着くのは、自分自身の思考の癖を知っておくという、個人の心構えのレベルにとどまる提案です。読み終えたあと、物足りなさを感じる読者もいるはずです。

ただ、判断のねじれを生んでいる原因が一人ひとりの頭の中の働き方そのものにあるという本書の立場からすれば、まずは自分自身の反応の仕方を見直すところから始めるという結論にも、それなりの筋がきちんと通っているとは言えるでしょう。


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『21 Lessons』ユヴァル・ノア・ハラリ 見知らぬ者同士が同じフィクションを信じることで大規模な協力が可能になったという著者の代表作の前提から出発し、その足場が崩れつつある今、何を拠りどころにすればいいかを考える一冊。本書と並べて読むと、同じテーマの光と影の両方が見えてきます。

『知性の罠』デビッド・ロブソン 知性が高い人ほど思い込みから抜け出しにくいという本書の指摘を、判断ミスの心理学から詳しく掘り下げた一冊。頭の良さがなぜ誤った確信の補強に使われるのかがわかります。

『スマホ脳』アンデシュ・ハンセン 人間の脳の作りは大昔から更新されていないという前提に立ち、それがスマホの通知にどう振り回されるかを描いた一冊。本書が扱うアルゴリズムの怖さを、脳内の仕組みの側からもう一段深掘りできます。

明日の1アクション

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