本文へスキップ
ブクドリ | BOOK DRIP
戻る

『「数字で考える」は武器になる』中尾隆一郎さん|統計はいらない。武器は「+-×÷」だけ

思考法・問題解決 ✍ 中尾隆一郎さん
約8分で読めます

※ 本記事はアフィリエイトリンク(Amazonアソシエイト)を含みます。

『「数字で考える」は武器になる』
目次

「数字に強くなりたい」と思って、統計の本を買って、3ページで閉じた。

私の話です。グラフも標準偏差も、わかった気にはなるけれど、月曜の会議では一度も使わなかった。

でも本書を読んで、思い違いに気づきました。仕事で効く「数字で考える力」は、高度な数学とはほとんど関係ない。著者の中尾隆一郎さんが武器にしろと言うのは、義務教育で習った四則演算、つまり「+・-・×・÷」だけです。

中尾さんはリクルートグループに29年勤め、社内講座「数字の読み方・考え方」の講師を11年、延べ1000人超に教えてきた人です。データ分析の最前線にいた人が、統計はいらないと言い切る。

この振り切り方にこそ、本書の凄みがあります。難しい手法を持ち出す本ではなく、「足し算と割り算で、判断と説得まで持っていけ」という本なのです。

図解

数字には「理解・判断・人を動かす」の三段階がある

本書を貫いているのは、数字には三つの段階がある、という視点です。「数字を理解する」「数字で判断する」「数字で人を動かす」。多くの人は最初の段階で止まります。

調査報告を聞いて「なるほど」と納得する。けれど、その数字をもとに判断して行動するところまで進まない。中尾さんは、ここを日本のビジネスパーソンの弱点だと指摘します。

「数字を理解」したけれど、その「数字で判断」しないケースが少なくありません。

リクルートが強いのは、数字で判断して、実際に動くからだ——そう断言する自信が、本書全体の温度を決めています。理解で満足してしまう自分に、地味に刺さる指摘でした。納得することと、それで賭けに出ることは、まったく別の行為なのです。

そして本書の構成自体が、この三段階を一段ずつ登る設計になっています。第1章は個人の作業スピード、第2章は分析の精度、第3章は経営者の利益視点、第4章は人を動かすリーダーシップ。視座が章ごとに上がっていく。以下、その骨格を順に追いながら、私なりの補助線を引いていきます。

速い人は「納期」ではなく「工数」で持っている

第1章のキーワードは「Speed is Power」。仕事が速いこと自体が武器になる、という考え方です。

ここで中尾さんが指摘する、生産性の低い人と高い人の差が本質を突いています。低い人はタスクを「納期(締め切り)」だけで持っている。高い人は、納期に加えて「工数(何時間かかるか)」で管理している。

「3日間で資料をつくってくれ」と頼まれたとき、納期だけの人は「金曜13時まで」としか持たない。できる人は、その仕事を「設計1時間」「資料収集1時間」「ドラフト作成1時間」「レビュー30分」「修正30分」と分け、それぞれに時間を当てる。

これが本書の言う「因数分解」です。数学用語ではなく、大きすぎて手がつかない仕事を、自分が扱える「荷物の大きさ」に小さく割ること。

あまりに大きな課題=仕事を与えられると、どうしてよいか分からず、途方に暮れてしまいます。(中略)扱える荷物の大きさに分解するのです。

工数まで分けると、スケジュールの空き時間にパズルのようにはめ込める。人に振れる部分も見えてくる。だから残業に頼らず前へ進める、という理屈です。

私がこの発想に唸ったのは、「分ける」が巨大な目標にもそのまま効くと示してくれるから。「1万時間練習して達人になれ」と言われると萎えますが、「100人に1人」の専門性を三つ掛け合わせれば「100万人に1人」になれる、という分け方なら手が届く。

同じゴールが、割り方ひとつで急に現実味を帯びます。

ただし速さの前に、そもそも「やるべき仕事か」を見極める必要があります。そこで登場するのがROI思考です。ROIとは投資対効果のこと。かけた時間やお金に対して、どれだけの成果が返るかの割合です。

中尾さんは冷たく言い切ります。重要でない仕事とは、要するにROIが小さい仕事だ、と。成果が見込めても、それ以上に時間を食うならROIは小さい。

やる前に潰せ、というわけです。

その見極めに使う具体的な道具が「フェルミ推定」。一見わからない数を、手持ちの知識と四則演算でざっくり概算する手法です。「日本全国の電柱は何本か」を論理的に弾くと約4000万本、という具合に当たりをつける。

中尾さん自身、アルバイトを別部署へ異動させる提案をしたとき、上司がフェルミ推定で「教育し直すコストの方が高い」と数分で計算し、その場で却下されたそうです。

着手する前に、やる価値を数字で潰す。これがROI思考の実戦的な使い方です。

「平均」を見たら、必ず「分散」を疑え

第2章は、数字の裏を読む話。ここに本書いちばんの名言があります。

世の中には2種類のバカがいる。「数字で何でも分かると思っているバカ」と「数字では何も分からないと思っているバカ」。

数字を信じすぎるのも、まったく信じないのも危ない。中尾さんが示す黄金比は明快で、正しく数字を使えば実態の約7割が掴め、残り3割は現場の経験や定性情報で補う、というものです。

数字は万能でも無力でもなく、7割の解像度を与える道具。この割合の置き方が、本書をただの数字礼賛から救っています。

その上で繰り返し警告されるのが、「平均」の罠です。営業組織の平均売上が380万円だとして、全員が380万円前後なのか、500万円組と100万円組の二つの山に割れているのか——実態はまるで違う。

後者なら、平均ぴったりの人はひとりもいないかもしれない。なのに平均だけ見て一律の対策を打つと、誰にも刺さらず的を外す。だから中尾さんは「平均値を見たら、必ず分散を確認する習慣をつけよ」と説きます。

「平均的な人」は実在しないことが多い——これを裏づけるのが、米軍の戦闘機の事例です。多数のパイロットの身体寸法を平均し、その平均値に合わせて座席や操縦桿を設計したところ、どの体格のパイロットにもサイズが合わず、不満が噴出した。平均という一点に最適化したのに、当の平均的な人間がどこにもいなかったのです。読んだあと、資料の「平均」という文字を見る目が確実に変わります。

数字を扱う前の段取りも実務的です。データを渡されてすぐ集計を始めるのは悪手で、まずそのデータが正確かを確認し、次にゴールから逆算して仮説(シナリオ)を立て、比較対象を見つける。

首都圏と関西、商品Aと商品B。比べることで「ここが課題では」という仮説が立ち、無駄な手戻りが減る。整理には「2軸思考」も効きます。商品を「売上」と「利益率」の二軸でプロットすれば、注力すべきものと撤退候補が一目でわかる。

線を二本引くだけで、複雑な状況に見通しが立つわけです。

経営者は「利益」を見て、固定費を嫌う

第3章で視座が一段上がり、経営者の数字の見方に入ります。ポイントは、経営者は売上やコストではなく「利益」で物事を見ていること。そして同じ利益を出すなら、固定費を嫌います。

経営者は同じ費用を使うのであれば、いかにして固定費を下げ、変動費の割合を増やすかということを考えている。

理由は単純で、売上が読めない状況で固定費が高いと、売れなかったときに即赤字になるから。だから自社で抱えず外注する、クラウドを使うといった形で固定費を変動費に変え、損益分岐点(利益がゼロになる売上ライン)を下げにいく。

アマゾンがマーケットプレイスでニーズを確かめてから直販に踏み込むのも、在庫という固定費リスクを最小化する動きだと説明されます。

利益視点でとくに意外なのが、大口顧客の話です。売上の大きい顧客は会社に貢献していると思われがちですが、営業工数や値引きまで含めて顧客別に利益を計算すると、赤字になっているケースが少なくない。

上位20%の顧客で全体利益の120%を稼ぎ、下位80%は実は赤字、という極端な構造すら起こりうる。売上という一つの数字だけを見ていては、決して見えない景色です。

KPI(重要指標)の扱いについても主張は明快で、管理する数字は最も重要な「1つに絞れ」と言います。指標が多いと現場のリソースが分散し、目的を見失う。

最も効く先行指標を一つに定めろ、と。さらに「短期業績」と「労働時間削減」のように一見相反するテーマも、視点の次元を上げる「アウフヘーベン(止揚)」で両立できると説きます。

KPIを一つに絞り、無駄な業務を根本から捨てれば、業績確保と残業削減は同時に進む。対立は多くの場合、視野が固定されていることが原因だ、という指摘は耳が痛いところです。

人は「お金に換算」された瞬間に動き出す

第4章は、数字で人を動かす話です。中尾さんが言うのは、数字は分析の道具であると同時に、人を動かす対話の武器でもあるということ。鍵は「見える化」、なかでもお金への換算です。

「無駄な会議を減らそう」と言っても人は動きません。でも、参加者の時給と人数と時間を掛けて「この1時間の会議に〇万円かかっている」と数字で見せると、危機感が生まれ、行動が変わる。

漠然とした問題を、誰でもわかるお金の言葉に翻訳するわけです。お金に換算するとROIが明確になり、人は自分から無駄を削ろうとし始める——ここが本書の核心の一つです。

説得には、自己紹介に数字を入れるのも効きます。「本をたくさん読んでいます」ではなく「年間100冊を18年」と言う。具体的な数字が信頼を生む。

ちなみに中尾さん自身、週2冊のペースで18年、2000冊以上を読み続けているそうです。伝え方の技術としては、「ポイントは3つあります」と先に宣言すると聞き手の頭に箱ができて理解が進む、という工夫も紹介されます。

人が並行して検討できる選択肢は4〜6個が限界なので、提示は3つに絞るのが効く。試食のジャムを十数種類並べるより3、4種類に絞ったほうが購入率が高い、という有名な実験も引かれています。

メンバーのやる気が落ちているときは、大きな目標を「1人あたり」「1時間あたり」へ単位を変えて見せる。すると「これならできそう」と思える。そして本書はこの一文で締めくくられます。

思考が変わると行動が変わる。行動が変わると結果が変わる。

数字の伝え方ひとつで人の思考が変わり、結果まで変わる。第1章の工数管理から始まった話が、最後は人を動かすリーダーシップに着地する——構成そのものが、この三段階を体現しています。

どんな人に効くか

この本がはまるのは、「数字が苦手な文系だから」と身構えてきた人です。算数で足りるとわかると、拍子抜けするくらい肩の力が抜ける。統計の本を買っては挫折してきた私のような人間には、福音でした。

逆に、すでに工数管理とROI思考で仕事を回せている人や、本格的なデータ分析・統計の手法を学びたい人には物足りないはず。本書はあくまで、義務教育レベルの計算を「武器」に変える本だからです。

それでも、私がこの本を推したいのは、数字を「理解で終わらせない」という一点に尽きます。難しいのは計算ではなく、その数字で判断し、人に投げかける一歩を踏み出すかどうか。読み終えて最初にやるべきは、目の前のタスクをひとつ、工数で分けてみることです。そこから景色が変わり始めます。


合わせて読みたい

『数字が苦手な人ほど、数字に騙される』 本書の第2章「平均を見たら分散を疑え」をさらに掘り下げたい人へ。データの読み方で判断がどう変わるかを3つの視点で整理しており、裏読みの技術と相互補完します。

『結局、仮説で決まる。』柏木吉基さん 本書が説く「ゴールから逆算して仮説を立ててから分析する」という考え方を、分析の専門家の視点でさらに鍛えてくれます。データを集める前に何をすべきかが腑に落ちます。

『孫社長にたたきこまれた すごい「数値化」仕事術』三木雄信さん 数字を「見える化」して現場から組織を動かす点が本書と響き合います。経営層を動かす数字の使い方を、もう一段現場目線で学べる一冊です。


この記事をシェア:

次に読む一冊

同じテーマを、もう一段深く考えるための一冊です。

思考法・問題解決『イシューからはじめよ[改訂版]』安宅和人さん|解くべき問題は、100個のうち2、3個『イシューからはじめよ[改訂版]』(安宅和人さん)の要約。頼まれた仕事に、すぐ取りかかる。データを集めて、資料を作って、夜遅くまで手を動かす。なのに返ってくるのは「で、結局何が言いたいの?」。