「いいアイデアが浮かばない」とき、私たちはたいてい、頭を抱えて天井を見上げます。
でも、その姿勢こそが間違いだとしたら、どうでしょう。
『THINK BIGGER 「最高の発想」を生む方法』は、コロンビア大学ビジネススクールのシーナ・アイエンガー氏による一冊です。『選択の科学』で「選択肢が多すぎると人は選べなくなる」ことを証明した、あの心理学者です。
本書の主張は、最初に聞くと拍子抜けするほどシンプルです。イノベーションとは「複雑な課題を解決するための、古いアイデアの新規かつ有用な組み合わせ」にすぎない。ゼロから何かを生み出す必要はないんです。
そして、その組み合わせを誰でも作れるように、6つのステップに落とし込んでいます。
こんな人におすすめ
- 企画会議でアイデア出しを任され、ホワイトボードの前で頭が真っ白になった経験がある人
- 自分は「右脳型」ではない、創造性とは縁がないと思い込んでいる人
- ブレインストーミングをやっても、いつも似たような案しか出ずに終わってしまうチームのリーダー
どれか一つでも心当たりがあれば、この本は「発想」という行為のイメージを根本から書き換えてくれます。
この本の核心――発明とは「組み合わせ」であり「選択」である
本書がまず壊そうとするのは、「創造性は一握りの天才に開かれた魔法のブラックボックスだ」という思い込みです。
著者は神経科学の知見から、「すべての思考は記憶の行為である」と言います。新しいアイデアに見えるものも、脳が記憶の断片を引っ張り出して組み合わせた結果にすぎない。
象徴的な例がヘンリー・フォードです。庶民が買える車を作るため、彼は同じ自動車業界の「動かない組立ライン」と、まったく無関係な食肉処理場の「動く解体ライン」を組み合わせました。これでT型フォードの組立時間は12時間半から90分台へ縮み、価格も大幅に下がりました。
「新しいアイデアなんてものはない。そんなものはありえない。私たちはただ、古いアイデアをたくさん集めて、頭の中の万華鏡のようなものに放り込むだけだ。」
マーク・トウェインのこの言葉が、本書の出発点です。
大事なのは、ただ組み合わせれば良いわけではない点です。数学者ポアンカレは「発明とは、無益な組み合わせを排除して、ほんのわずかしかない有用な組み合わせをつくること」と言いました。発明とは見抜き、選択することなんです。
ブレインストーミングでは、最高のアイデアは生まれない
多くの会社が信じているブレインストーミング。本書はこれをはっきり否定します。
理由は単純で、効果が研究で否定されているからです。ある実験では、個別にアイデアを出した人たちのほうが、集団でブレストした人たちより、創造的なアイデアの数が2倍に上りました。
著者の言葉が辛辣です。
「チームは作業には向いているが、思考には適していないのだ。」
集団になると、声の大きい人に引っ張られ、同調圧力が働きます。しかも参加者の頭の中にある知識の範囲内、つまり「箱の中」でしかアイデアが出ません。
だからThink Biggerでは、各ステップを「まず1人で行い、その後にチームで持ち寄る」というルールを徹底します。多様性が成果になるのは、それぞれが別々に探索した後なんです。
ついでに、よくある誤解も2つ崩されます。ひらめきはシャワー中にぼんやりして降ってくるのではなく、課題に集中して行き詰まった後の短い休憩に生まれる。そしてGoogleのような遊び心のあるオフィスは創造性に影響せず、むしろ刺激のない無地の壁のほうが思考を促す、というデータもあります。
最高の発想を生む6つのステップ
ここからが本書の中核です。創造のブラックボックスを開ける6つの手順を、順に見ていきます。
ステップ1:課題を選ぶ
正しい課題を選ぶことが、すべての出発点です。ある調査では、358社の意思決定の半数が「間違った課題を解決しようとした」せいで失敗していました。
まず課題を「HOW?(どうするか?)」という開いた問いに言い換えます。解決策を決めつける閉じた質問ではなく、答えを広く許す形にするんです。そのうえで「階層分析」を使い、課題をより大きな目的・より小さな目的へと上下させ、自分が本気で取り組めて(情熱テスト)かつ実現可能な「スイートスポット」を探します。
アインシュタインは「1時間あったら、問題を考えるのに55分、解決策を考えるのに5分使いたい」と言いました。それくらい、課題の定義に時間をかける価値があります。
ステップ2:課題を分解する
大きな課題はそのままでは大きすぎて解けません。だから複数の「サブ課題」に分けます。
ここで効くのが著者の専門領域です。人間が一度に把握できる項目は「7個プラスマイナス2個」。だからサブ課題は5つ以内に絞るのがコツです。
ジェフ・ベゾスはAmazon創業時、「何を売るか」「どこに拠点を置くか」といったサブ課題に分けて考えました。植物性代替肉のビヨンド・ミートも、「肉を使わずに肉タンパク質を作るには?」というサブ課題から出発しています。
ステップ3:望みを比較する
解決策を考える前に、関係者の望みを洗い出します。アイデアを出す「あなた」、対象となる「ターゲット」、競合や協力者などの「第三者」。この3者が何を望むかを「全体像スコア」として可視化します。
意思決定の前に基準を決めておくほうが、優れた決定ができる。これは研究でも裏づけられています。後づけの理由でアイデアに振り回されないための仕込みなんです。
面白いのは、ここで感情を排除しない点です。「あなた自身の望み(情熱)」が満たされなければ、どんな良い案も実行されない。著者は顧客第一の落とし穴をはっきり指摘しています。
ステップ4:箱の中と外を探す
各サブ課題について、「過去に誰かがどう解決したか」を探します。自分の専門分野(領域内=箱の中)だけでなく、まったく違う業界(領域外=箱の外)からも探すのがポイントです。
GEのロイド・トロッターは、ダイバーシティ推進のためにゼロックスやIBMを訪ね、成功法則を持ち帰りました。著者はこれを「他者の成功法則を臆面もなく盗む」と表現します。これが戦略的模倣、つまり成功の型を借りる行為です。
「経験は深みを与えるが、幅を狭める。外部者は深みが足りないが、幅が広い。」
専門家にこだわらず、門外漢の視点を取り込む。そのために、知り合いに紹介をもらいながら他業界の成功戦術を聞き出す「アイデアワーキング」を勧めています。
ステップ5:選択マップ
集めた戦術を一覧表にします。縦軸にサブ課題、横軸に領域内・領域外の戦術を並べる。これが本書の代名詞「選択マップ」です。
使い方は、各サブ課題から戦術を1つずつ選び、組み合わせて解決策の物語(ミニマップ)を作ること。ときにはサイコロや乱数で強制的に組み合わせます。違和感のある組み合わせからこそ、新しい価値が見つかるからです。
5行×5列のマップなら、組み合わせは5の5乗で3125通り。無限のアイデアではなく、制約の中で質の高い組み合わせを選ぶ。ここに『選択の科学』の哲学が効いています。
ステップ6:第三の眼
最後は、できたアイデアが他人にどう伝わるかをテストします。
人は「知識の錯覚」で自分の理解を過大評価し、同じ説明でも相手の頭には別のイメージが浮かびます。だから自分のアイデアを誰かに説明し、1〜2日後に「私が話したアイデアを、私に説明してくれない?」と頼む。この「プレイバック」で、伝わっていない部分が浮き彫りになります。
専門家に意見を聞くときは「成功するか?」ではなく「どこがよかったか? なぜか?」と尋ねる。判断や感情を排した問いのほうが、真に有用なフィードバックを引き出せます。
明日から何を変えるか
本書の手順は、今日からでも小さく試せます。
1. 解決したい課題を「〜するには?」の形で紙に書く 頭の中で悩むのをやめ、まず書き出します。「書くことは創造的な行為だ」と著者は言います。閉じた質問になっていないか、開いた問いに直しましょう。
2. その課題を5つ以内のサブ課題に割る 大きすぎる課題は分解する。7±2の限界を意識して、欲張らず5つまでに絞ります。これだけで探すべき先行事例がぐっと見えてきます。
3. 自分の案を誰かに話し、後日「説明し返して」もらう プレイバックを実際にやってみる。相手の再説明と自分の意図のズレが、改善点を教えてくれます。
おわりに
私がこの本でいちばん驚いたのは、「失敗は最良の教師ではない」という一節でした。すばやく失敗せよ、というシリコンバレー的な常識に、本書は真っ向から異を唱えます。
うまくいかない方法をいくら集めても、うまくいく方法にはたどり着けない。それより、すでにどこかで成功した戦術を探して組み合わせるほうが、ずっと速くて安全だというわけです。
天才のひらめきを待つのをやめて、過去の成功を集める側に回る。次に「アイデアが出ない」と固まったら、天井ではなく、誰かの成功事例を探しに行ってみませんか。
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