会議で「今月の数字が厳しい」という話が出た瞬間、値引きや広告出稿、営業のテコ入れといった打ち手の相談が始まります。手が動いている感覚があるから、誰も途中で止めようとしません。
だが、その相談が始まった時点で、何を解くべきかはまだ定まっていないことが多いです。『内田塾 ビジネス実践力』は、経営コンサルタントの内田和成さんが主宰する私塾の講義をまとめた一冊です。
郊外のフランス料理店が題材になります。昼はほぼ満席なのに夜は閑古鳥、毎月100万円を超える赤字という設定から、受講生たちが「何が問題か」を突き止めていく過程がそのまま収録されています。
読み進めるうちに落ち着かなくなるのは、受講生が最初に出す答えが、自分ならまず口にしそうな答えとほとんど重なって見えてくるからです。

「現象」を「課題」と呼んだ瞬間、打ち手は外れる
現象を課題と取り違えると、打ち手は外れます。本書がまず線を引くのは、目の前で起きていることと、解くべき問題の違いです。売上が落ちています。客が減っています。これらは観察すればすぐわかる現象であって、まだ課題ではないのです。
課題:現象の背後にある、「問い」の形をした本質。
「世の中で『課題だ』と言われていることのほとんどは、実は『現象』にすぎず、本質的な『課題』はその背後にあります。」
現象のまま打ち手に飛びつくのは、発熱の原因を調べずに解熱剤を飲むようなものだと本書は手厳しいです。
例のレストランでは、客層を5つに分けて洗い出すと、平日昼に通ってくるのは近所の主婦層だけだとわかります。高級店の原価構造のまま、実際に支えているのは日常使いの客層という、噛み合わなさが見えてきます。
厨房とフロアには高級店仕様の人件費がかかっているのに、昼にアルコールを飲む客はほとんどいません。店としての立ち位置そのものが定まっていないことこそが、夜が埋まらない本当の理由でした。
この一段深く掘る作業を飛ばす人は、実務でも珍しくありません。
課題を見つける入口になるのは、データそのものより先に湧く違和感だという指摘も印象に残りました。数字を眺めて終わるのではなく、「このやり方、なんだか妙だ」という感覚を言葉にしてチームに投げること。
ネットや配布資料だけをなぞった分析からは、誰でも辿り着ける手垢のついた結論しか出てきません。現場に足を運んで自分の目で確かめて初めて、他の人には見えていない論点が拾える、という姿勢が繰り返し語られます。
分解の軸は、きれいに揃わなくていい
ツリーは思考の棚卸しであり、軸が揃っていなくても描き進めるのが先です。課題が見えたら、次は分解の工程に入ります。頭の中にある論点を、目に見える形でツリーに出す作業です。
「イシュー・ツリーは”思考の棚卸し”。」
ここでよくある失敗が、ツリーの枝に「売上を伸ばす」のような打ち手をそのまま書き込んでしまうことです。課題と解決策が混ざったツリーでは、どこが深刻かという優先順位がつけられなくなります。
軸が思いつかないときの手順も具体的です。思いつく論点をまず書き出し、似たものをまとめ、それでも軸が立たなければ、売上とコスト、既存客と新規客といった定番の対立軸を借ります。
そして本書は、最初からきれいなツリーを目指さなくていいとも言い切ります。MECEに固執して手が止まるくらいなら、多少粗くてもラフに描き進めたほうがいい、という立場です。
切り口ひとつで景色が変わる例が続きます。未開拓の市場を見て、ある担当者は「商機がない」と判断し、別の担当者は「だからこそ商機がある」と正反対の判断を下す、という対比が本書には出てきます。同じ光景でも、どこを軸にするかで正反対の意味を持ちます。
価格帯の切り口も似ています。ある化粧品会社が格安の商品を投入した年、店頭には百倍近い値段の高級品も並んでいましたが、どちらも売れ続けました。決め手になったのは品質そのものの優劣ではなく、自社をどの価格帯に据えるかという位置取りでした。
ブランドの切り口では、一度「特定の層向け」という印象が定着してしまうと、それを塗り替えるのに大きなコストがかかるという教訓も語られます。チャネルの切り口では、若年層向けの販路をゼロから育てるのではなく、他社がすでに持つ顧客基盤を丸ごと取り込むという選択肢が紹介されます。
軸をどこに置くかを変えるだけで、同じ会社でも見えてくる戦略はまったく違うものになります。
コストを削っても、利益はわずかしか動かない
コストを削るより、結果を大きく動かす変数を先に見極めるほうが、利益は動きます。分解のあとに来るのが、数字で当たりをつける工程です。コストがどう動く性質を持つか、そしてどの変数を動かせば成果がどれだけ動くかを見極める考え方が扱われます。
ある化粧品メーカーの例が印象的でした。生産コストが売値に占める割合はもともと1割程度しかないため、そこを大幅に削っても、売値全体へのインパクトはごくわずかにとどまります。同じ労力を売上側に注いだほうが、よほど利益は動きます。
宿泊料金のシミュレーションも紹介されます。価格を上げるほど儲かるわけでも下げれば席が埋まるわけでもなく、売上が最大になる価格帯はどこかに山として存在し、計算しなければ見えてきません。
コスト側でも似た構造が語られます。生産量を倍にすれば原価は3割ほど下がり、さらに倍にすればもっと下がります。規模の経済が効く事業では、削る努力より量を取る打ち手のほうが、結果を動かす力が強いです。
コスト削減は常に正義だという思い込みが、数字ひとつで崩れる瞬間です。打ち手を選ぶ前に、どこに手を打てば結果が大きく動くのかを先に見極める姿勢が、本書のもうひとつの軸になっています。
資料より先に、伝え方を設計する
資料を作る前に、各ページの主張と伝え方を設計するのが先です。分析を資料に落とす段になると、本書はデータを集めてからスライドを組み立てるという、ごく普通の順番そのものを疑います。代わりに勧めるのが3段階のやり方です。
- 主張を置く:まず各ページに主張したい一文だけを置きます
- 並びを検証する:次にページの並びを組み替えて、初めて読む人にも話の筋が自然に通るかを検証します
- 根拠を集める:最後に、その一文を裏づけるにはどんな根拠が要るかを洗い出し、必要な分だけ集めに行きます
作業の総量はさほど変わらないのに、途中で「このデータは結局使わなかった」という空振りがごっそり減ります。
もうひとつ、内容をどれだけ磨いても、伝え方の設計を怠れば結果はゼロになるという指摘があります。準備の時間配分は、資料づくりに大半を使うのではなく、誰にどの順番で話すかの設計にも相応の時間を割くべきだという主張です。うまい人ほど、資料を仕上げる前にまず伝え方から考えるといいます。
聞き手が動く瞬間には2種類あるとも本書は整理します。意外な視点に驚く瞬間と、因果がすとんと腑に落ちる瞬間です。ロジックはあくまで信じてもらうための土台にすぎず、この2つの感覚が揃って初めて、聞き手は自分から動こうとします。
深夜に帰宅した夫が妻に「今何時だと思っているの」と聞かれ、「2時です」と正確に答えてしまう場面が例に挙がります。正しい答えですが、聞かれているのは時刻ではありません。
相手が本当に求めている応答に合わせる姿勢を、本書は繰り返し説きます。
全員に配慮した提案は角が取れて誰の心も動かさなくなるため、動かすべきキーパーソンを見極めて話を設計する、という割り切りも示されます。
後半の回では、実在する企業の未解決課題がそのまま教材になります。老舗百貨店グループを題材にした回では、若い世代を対象にしたアンケートで、話題になっているはずの店内イベントの認知度が軒並み低いという結果が示されます。
良い企画をやっているのに届いていない、という現象の奥にある課題を、受講生が自分の手で言語化していきます。別の回では実在企業の担当者が自社の悩みをそのまま持ち込み、他部署や他社の混成チームがその場で議論し、担当者から直接フィードバックを受けます。
正解が一つに決まらない題材を通じて理解を深めるという、この塾ならではの学び方です。
ただし本書が扱うのは、課題を見極め、分解し、伝えるところまでの思考の技術に限られます。組織内の利害調整や、相性が合わない相手との関係をどう組み替えるかについては実例がひとつ紹介される程度で、体系立った方法論としては薄いです。
数字の見極め方も、ケースでの使われ方が示されるだけで、理論的な裏づけを深く学びたい人にはやや物足りないでしょう。
明日から何を変えるか
打ち手を口にする前に、いま議論しているのは現象なのか課題なのかを自分に問い直しましょう。会議で出た「問題」をひとつ選び、それが観察できる事実なのか、解くべき問いなのかを声に出して確認してから発言してみます。
資料を作る前に、言いたいことだけを書いたページを紙に並べ、順番を入れ替えて流れを確かめます。中身を埋めるのはそのあとでいいです。
論点がバラバラなまま議論が進んでいると感じたら、その場で「これはどの軸の話をしているのか」と問い直します。混乱を無理に隠さず言葉にするだけで、議論の質は変わります。
この癖をつけるだけで、次の一手の精度は変わってきます。
指示された仕事はこなせても、自分で問いを立てる場面になると手が止まる人ほど、この一冊から得るものは大きいはずです。
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