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『「フェルミ推定」から始まる問題解決の技術』高松智史さん|計算で終わらせない、ビジネスの武器としての推定術

思考法・問題解決
『「フェルミ推定」から始まる問題解決の技術』

「日本にコンビニは何軒ありますか」と聞かれて、ほとんどの人は黙ります。

データを知らないからではありません。知らない数字を、自分の常識から組み立て直す回路を持っていないからです。本書は、その回路をビジネスの現場で使える戦略の武器に作り変える本です。

著者の高松智史さんはBCG出身、現在は「考えるエンジン講座」を主宰しています。一冊を通して語られるのは、フェルミ推定をコンサル面接の小道具で終わらせず、新規事業・市場分析・KPI設計までつなげる思考の型でした。

図解

こんな人におすすめ

特に向いているのは、こんな場面で困っている人です。

精神論ではなく、明日から机の上で動かせる手順がほしい人に効きます。逆に、フェルミ推定を「面接の脳トレ」として軽く触れたい人には濃すぎるかもしれません。本書は最初から、計算の先にあるビジネスの判断を見据えています。

この本が問うていること

著者がもっとも強く拒むのは、「相手の気持ちになって考えよう」のような抽象的なアドバイスです。

そう言われた瞬間、人は何をすればいいのかわからない。だから行動が変わらない。

代わりに、本書は「まず最初にこれをやる」「このパターンを暗記する」という具体の指示で語られます。著者の言い方を借りると、巷の本が「安全運転しましょう」と言うところを、本書は「運転中は携帯電話の電源を切りましょう」と言う。これがプラクティカル(実用的)という言葉の中身です。

そのうえで著者は、フェルミ推定を次のように再定義します。

フェルミ推定 = 未知の数字を、常識・知識を基に、ロジックで計算すること

ポイントは「常識・知識を基に」のところです。突飛なデータを引っぱってくるのではなく、自分がすでに知っていることだけを組み合わせて、納得できる式を組み立てる。それが「答えの無いゲーム」を戦う基本姿勢になります。

A面・B面で構成された思考の練習場

本書はA面とB面の二部構成です。

A面前半(1〜12問)では、ボルダリング、DVDレンタル、美容院など身近なテーマで因数分解の基礎を練習します。A面後半(13〜24問)になると、事業家視点が入ってきて、ターゲット設定・プライシング・未来予測まで踏み込む。B面(7問)は問題解決と成長戦略への接続です。

ただ問題を解くだけの本ではありません。著者が口を酸っぱくして言うのは「まず自分で解いてください」です。解説を読む前に手を動かし、解きづらさを感じることで、解説の吸収率がまるで変わるからです。

そしてもう一つ、「違和感こそメモる」。要約ノートはいらない。自分が引っかかった一行だけを書き留めておけば、それが思考を伸ばすきっかけになる。読書術としても示唆的なルールでした。

答えの無いゲーム、3つのルール

本書を貫く哲学が、この3つです。

1. プロセスがセクシー 正解そのものよりも、そこに至るプロセスが洗練されているかを問う。セクシーなプロセスから出てきた数字は、それだけで説得力を持ちます。

2. 2つ以上の選択肢を作り、比較感で選ぶ 1つの式を絶対視しない。複数のアプローチを並べて、より良いものを選ぶ。比較できる材料を持つこと自体が、答えの無いゲームでの強さになります。

3. 議論(時に炎上)が前提 独りで完成形を作ろうとしない。チームで叩き、ぶつかり、磨いていく。フェルミ推定の式は、議論の土台として置かれているのです。

この3つを腹に入れておくと、市場規模を出した瞬間に「この数字は合っているか」と不安になる呪縛から解放されます。問うべきは、数字の正誤ではなく、プロセスの質。それが本書の出発点です。

因数分解に「現実」と「ビジネスモデル」を投影する

本書の中心概念が、現実の投影とビジネスモデルの反映です。

ボルダリングの市場規模を「日本の人口×やる人の割合×単価」で計算すると、割合が0.5%や1%といった極端に小さい値になります。これを著者は筋が悪いと呼びます。論理は通っているけれど、扱いづらいし、ビジネスモデルを反映していない。

筋の良い式は、こうです。

「ボルダリング施設数×1施設あたり会員数×月会費」

施設のオーナーは月会費でストック収入を取りたい。マイナースポーツだから熱狂的なファンが友人を連れてくる。そうした収益構造とリアルな広がり方を式に組み込みます。算出値は約343億円。数字そのものより、式の構造がビジネスを語っているのが伝わるはずです。

DVDレンタル市場(推定で約47.7億円〜50億円)の例も鮮やかでした。Netflix・Amazonに食われた「オワコン」市場をどう捉えるか。著者は「昔の全盛期と今を比較する」「他媒体への移行という変化を式に入れる」と提案します。延滞金で稼いでいたビジネスモデルまで踏み込むと、ただの市場規模算出が「失われた市場の構造解剖」に変わります。

フチドリ思考と辻褄思考、2つの解像度装置

地味ですが、効くのがこの2つです。

フチドリ思考は、お題の輪郭をくっきりさせる技術です。

「美容院の売上高」と聞かれたら、ぼんやり全国平均を出さない。「とある表参道にある美容院」と具体化する。表参道なら、近所の住人ではなく、遠くからわざわざ来るおしゃれな人が顧客です。だからアプローチは商圏方式ではなくキャパシティ方式(席数×回転数×単価)になる。算出は約4.2億円〜6億円。

逆に、さいたま新都心の住宅街の美容院ならどうか。商圏方式の方が筋が良くなります。同じ「美容院」でも、フチドリ次第で式の組み方がまったく変わるのです。

辻褄思考は、出てきた数字を逆から検証する技術です。

「もしこの数字が正しい現実だとしたら、世の中はどうなっているか」と考える。算出した銭湯の市場規模が約1,310億円〜1,500億円なら、1人あたり年に何回行く計算になるか。生活実感と合うか。違和感があれば、式に戻って組み直す。

数字の気持ち悪さを放置しない。著者がいちばん強調するのが、この感度でした。

「田の字」で議論の単位を作る

セグメンテーションの章で出てくるのが「田の字」です。

縦軸と横軸を引き、4象限に切る。ただし軸は形ではなく値で決める。4象限ごとに値(=実態の数字や行動)が大きく違うように軸を選ぶ。形だけ整った綺麗なマトリクスは、著者に言わせるとポンコツのセグメンテーションです。

銭湯であれば「都会/地方」と「住宅街/オフィス街」で切る。商店街のある住宅街には銭湯が多い。オフィス街には少ない。リアルな情景が浮かぶような切り方をすると、市場規模の精度が一段上がります。

田の字の使い道は、市場規模だけではありません。新規事業のターゲット選定でも効きます。右上の象限にコアユーザーを置き、「まずはここから攻める」と決める。すべての層を一度に狙うのではなく、議論の単位を絞り込むための装置として機能します。

「不」を換算する事業家の視点

A面後半で出てくるのが、不の換算です。

不満、不便、不快、不都合、不幸。日常に転がっているこれらを年間何回くらい発生しているかで数えて、解消サービスとして金額化する。たとえばスカッシュなら、コートが空いているか毎回探す不便、一緒にやる相手がいない不幸。これらを換算すると、現在の市場規模約350億円の外側に、潜在ポテンシャルが見えてきます。

ここが事業家の視点です。

普通の市場規模算出は「いま顕在化している市場」を測ります。一方、不の換算は「まだ世の中にない市場」を見積もる。新規事業のタネを論理的に発見するための、強力なフレームでした。

コントローラブルな変数に論点を絞る

B面の核心が、ここです。

著者はマッチングアプリの例を出します。1ヶ月にデートできる回数(推定で約2.3回)を因数分解すると、「自分のスワイプ回数」「相手のスワイプ率」「マッチ後にデートをオファーする割合」「相手が応じる割合」などの変数が出てきます。

このうち、自分の努力で動かせる(コントローラブルな)のはどれか。

スワイプ回数とオファー割合は自分次第。一方、相手のスワイプ率と応諾率は相手依存(アンコントローラブル)です。動かせない変数を嘆いても仕方がない。動かせる変数にエネルギーを集中する。それが論点を絞るということでした。

著者はこう言い切ります。

マネージャーの仕事は「論点を絞る」こと

業務の成果が伸びないとき、人は「全部やる」に逃げがちです。立地が悪い、天気が悪い、景気が悪い。並べ始めるとキリがない。けれど、そこに集中しても結果は変わらない。

因数分解で要素を出し、コントローラブルかどうかで仕分け、絞られた変数に資源を投下する。フェルミ推定の手順そのものが、戦略立案の手順になっていく。本書のクライマックスはここにあります。

暗記ドリブンという学び方

学習論として強烈なのが、暗記ドリブンです。

「理解してから暗記する」のが普通の学び方ですが、目に見えない思考の技術ではこれが機能しないと著者は言います。なぜなら、間違っているかどうかが自分では判別できないからです。自転車の乗り方なら転べばわかる。家電の操作なら動かなければわかる。でも因数分解は、ロジックが通っていれば本人は正しく見えてしまう

だから先に、著者が提示するセクシーな解答(型)を丸暗記する。ボルダリングならこの式、銭湯ならこの軸、と引き出しに入れておく。実践で使ううちに、後から理解が追いつく。これが暗記ドリブンの考え方でした。

リファレンス思考もこれに連なります。新しい問題に出会ったら、ゼロから考えない。「あの過去の問題に似ているから、そのアプローチを真似しよう」と過去のストックから引く。型を持っている人ほど、未知の問いに強くなれるのです。

明日から使える4つのアクション

本書を実務に落とすなら、この4つから始めるのが現実的です。

1. 1日1回、街の店をフェルミ推定する 通勤途中で見かけた美容院、カフェ、フィットネスジム。需要側(顧客数×単価)と供給側(キャパシティ×回転数)の2パターンで式を組み、どちらが筋が良いかを口に出す

2. 出した数字に辻褄思考をぶつける 「これが正しいなら、自分は年に何回そこを使う計算か」「家族や友人の利用感覚と合うか」を必ず問う。数字の気持ち悪さに気づくアンテナが立つようになります。

3. ターゲット設定で田の字を描く 営業先や顧客分類を、年齢や性別ではなく値に差が出る2軸で切る。購買頻度×客単価、利用シーン×利用頻度など。コアユーザーを右上に置いて、優先順位を可視化します。

4. KPIをコントローラブルかどうかで仕分け直す いまチームで追っている指標を全部紙に書き出す。動かせる変数と動かせない変数に分けて、動かせるものだけにエネルギーを集中する

増やすほど続きません。1番から始めて、習慣になったら次に進むくらいでちょうどいいです。

おわりに

本書を読み終えて残るのは、計算式そのものではありません。

知らない数字を前にしたとき、ロジックで逃げずに考える姿勢。出てきた数字を、現実の解像度として扱う姿勢。動かせる変数だけに集中する姿勢。

著者はこう書いていました。「ロジカルシンキングよ、さようなら」。

枠組みに当てはめて満足する論理思考から離れ、自ら枠組みを作りにいく。その出発点がフェルミ推定だったというのが、本書の最大のメッセージです。市場規模を出すための本ではなく、ビジネスの解像度を上げるための本でした。

明日の会議で「で、市場規模どれくらい?」と聞かれたら、Webの統計を貼る前に、一度自分の式で組み立ててみてほしい。その瞬間から、本書の効果は確実に立ち上がってきます。


合わせて読みたい

『仮説思考』内田和成 本書の「2つ以上の選択肢を比較感で選ぶ」「答えの無いゲームを戦う」という哲学を、コンサル現場の意思決定論として体系化した一冊です。情報が揃うのを待たず、限られた素材で先に仮説を立てる作法を補強できます。

『答えのないゲームを楽しむ思考技術』青木真也 本書のキーフレーズ「答えの無いゲームの戦い方」と同じ問題意識を、格闘家の視点から論じた本です。プロセスの納得感に賭けるという姿勢が、ビジネスとは別ジャンルでどう成立するかを見ると、本書の3つのルールがより立体的になります。

『論点を研ぐ』則武譲二 本書のクライマックスである「コントローラブルな変数に論点を絞る」を、より上流で扱った一冊です。フェルミ推定で因数を出すところから、解くべき問いを定義するところへ視線を上げたい人に向いています。


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