世界的アパレル企業の原点は、東京でも大阪でもありません。
山口県宇部市。かつて石炭で栄え、のちに「シャッター街」と呼ばれるほど寂れた商店街。その一角にあった家族経営の小さな紳士服店が、ユニクロの母体です。
日経新聞記者の杉本貴司さんが書いた『ユニクロ』は、この落差そのものを問いにした一冊です。なぜ名もなき零細企業が、世界の頂点を狙えたのか。読み進めるほどに見えてくるのは、その答えが「天才のひらめき」でも「魔法」でもなかった、という静かな事実でした。

サクセスストーリーを期待すると、たぶん裏切られる
最初に言っておくと、この本は気持ちよく読めるサクセスストーリーではありません。むしろ逆です。
ページをめくるたびに出てくるのは、撤退、在庫の山、辞めていく人、隠された数字。著者は冷静に、ユニクロの歴史を成功と失敗の往復運動として描いていきます。
だからこそ、うまくいっていない人にこそ刺さる本だと私は思います。頑張っているのに成果が出ず、自分には才能がないと感じている人。会社が大きくなるほど現場が動かなくなったと感じているマネジメント層。
そして「現実的な目標」しか立てられず、何も変えられていない自覚がある人。そういう読者に向けて、本書は「成功者の自慢」ではなく「失敗の使い方」を差し出してきます。逆に、英雄譚を読んで気分よくなりたいだけの人には、この本の地味さは退屈に映るかもしれません。
天才ではなかった、という最大の発見
本書を貫く一番の驚きは、創業者・柳井正さんが「成功を予感させる若者」ではまったくなかった、という点に尽きます。
幼少期からのどもり症がコンプレックスで、人前で話す仕事の夢を断念。早稲田大学時代は麻雀とパチンコに明け暮れ、下宿の大家からは「寝太郎」と呼ばれていたといいます。卒業後に入ったジャスコ(現イオン)はわずか9カ月で退社し、友人のアパートに居候する無気力青年でした。
家業を継いだのも消極的な理由から。しかも経営に口を出し始めると古参社員が次々に辞め、最後に残ったのは最古参の浦利治さんただ一人だったといいます。この出だしの「ダメさ」が、本書の説得力を支えています。
転機は、孤独のなかでノートに自己分析を書き始めたことでした。柳井さんはそこで悩みを二種類に仕分けます。「いくら悩んでも解決できないこと」と「悩むまでもなく、すぐできるかもしれないこと」です。
普通は「悩み事は徹底的に考え抜くべきだ」と思います。柳井さんの発想は逆でした。前者は割り切って一切悩まず、後者にだけエネルギーを集中する。この単純で過激な線引きこそが、後の経営判断のすべてに通底していきます。
さらに彼は、日々の商売を「見える化」し、仕事の手順を一つずつ文章にしていきました。これが後のチェーン展開を支えるマニュアルの原型になります。
父・柳井等さんから受け継いだ「利は元にあり」という商売の基本も、この時期に効いてきます。利益を左右するのは売値ではなく仕入れ値だ、という発想です。地味な家業のなかで磨かれた感覚が、のちの世界戦略の土台になっていく。その連続性の描き方が、この本のうまさだと感じました。
「世界一」を宣言した、23店舗の会社
無名の地方企業が、なぜ世界の頂点を目指せたのか。本書はその鍵を、二つの「外からの学び」に見ています。
一つはビジネスモデルです。1986年、柳井さんは香港でカジュアル衣料チェーン「ジョルダーノ」の創業者ジミー・ライさんと出会い、SPA(製造小売業)という仕組みに衝撃を受けます。
SPAとは、企画から生産・物流・販売までを一社で一貫して行う形のこと。卸を通さないので中間マージンが消え、低価格が実現します。価格の主導権も売れ残りのリスクも他者が握っていた当時の日本の小売りの常識を、柳井さんは「自分にだってできるはずだ」と、全量買い取りのSPAでひっくり返しにいきました。
もう一つが思考法です。米ITTの元CEOハロルド・ジェニーン氏の経営書の一節が、彼の発想を決定づけました。
「本を読む時は、初めから終わりへと読む。ビジネスの経営はそれとは逆だ。終わりから始めて、そこへ到達するためにできる限りのことをするのだ」(ハロルド・ジェニーン『プロフェッショナルマネジャー』より、本書で引用)
ここから生まれたのが、本書で何度も繰り返される逆算思考です。「現実の延長線上にゴールを置いてはいけない」。この一文が、本書のエンジンになっています。
そして実際にやったことが常識外れでした。西日本にわずか23店舗しかない会社が「世界一になる」と宣言し、最初の計画では「3年で人口10万以上の都市に出店」「年率20%の成長」を掲げます。
柳井さん自身、それを「こいつアホじゃないかと思われるような非常識な目標。これがイノベーションのもとになる」と表現しました。
ここを読むと、目標設定における「常識」がいかに自分を縛っているかを思い知らされます。現実から積み上げるのではなく、非常識なゴールから現在を引き算する。順番が逆なのです。
フリースの大爆発と、その直後に来た「引き算」
ユニクロの名を全国区にしたのは、フリースです。
1998年、ファッションの中心地・原宿への出店にあたり、「ユニクロとは何か」を伝える代表商品としてフリースに的を絞りました。当時アウトドア用途で1万円以上が普通だったものを、海外の大量生産で1900円・15色という驚きの価格で売り出します。
仕掛けも非凡でした。クリエイターのジョン・ジェイ氏を起用し、テレビCMでは服の宣伝をしない。ミュージシャンなどが問わず語りをする映像で、最後に商品名と価格だけが出る。
普通は商品の魅力を直接伝えるべきだと考えます。この「語らない広告」は、年齢・性別・国籍・階級に関係なく誰もが良質な服を着られるという「服の民主主義」だけを届けました。マーケティングの読み物としても面白い章です。
結果は社会現象でした。フリースの販売数は1998年に200万着、1999年に850万着、そして2000年には2600万着に達します。一つの商品が二年で十倍以上に跳ね上がる光景は、なかなか壮観です。
ところが、ここに本書の論理がはっきり出ます。著者はユニクロの歴史を「足し算と引き算の積み重ね」として描きます。大成功(足し算)の裏には、必ず慢心や急拡大による失敗(引き算)がある、という見立てです。
フリースブームは去り、反動減が来ました。2001年8月期に4185億円だった売上は翌期に3441億円へ減少し、約900億円分の在庫を抱えます。
さらに深刻だったのが、組織の急拡大で蔓延した「大企業病」でした。「作ったものを売る」発想に陥り、本部の指示を現場がこなすだけの官僚主義になりかける。
そこで断行されたのが、「すべてをよりよく変える」全社改革ABC改革(All Better Change)です。狙いは「つくったものを売るのではなく、売れるものをつくる」への転換でした。
海外で連戦連敗、勝ち筋は「もっとユニクロにする」
私が一番ページをめくる手が止まらなかったのは、グローバル化のくだりでした。
普通、海外進出では現地の文化や好みに合わせ、価格を下げて売るのがセオリーです。ユニクロもそうしました。そして、大失敗します。
2001年に進出したロンドンでは、現地経営陣に任せきりにした結果、ユニクロの哲学が伝わらない「仏作って魂入れず」の状態に。在庫の山を抱えて多くの店を撤退させました。
中国・上海でも、当初は現地価格に合わせた低品質の服を売り、消費者にそっぽを向かれます。教科書通りにやって負けたのです。
転機は、発想の逆転でした。中国事業を率いた潘寧さんは「日本のユニクロをそのまま再現する」戦略に切り替え、事業を大成功に導きます。アメリカでも佐藤可士和さんが、あえて「カタカナのロゴ」を世界戦略に用い、クールな「日本発のグローバルブランド」として認知を広げました。
ローカライズして負け、「もっとユニクロにする」ことで勝つ。海外進出の失敗を通じて「ユニクロとは何か」を再定義した、泥臭いプロセスがここにあります。海外戦略に悩む人ほど、この逆転に唸らされるはずです。
同時に本書は、急成長の影も正面から扱います。急なチェーン展開のなかで店長に過酷な労働を強いた「名ばかり店長」問題です。
会社が「店長が主役」と掲げる一方、本部は細かいマニュアルと指示を押し付けていました。2010年頃には新卒3年以内の離職率が4〜5割、店長には月240時間の勤務が課される異常事態に。会社はのちに「本部が店舗の考える機能を奪っていた」と矛盾を認め、改革に乗り出します。
海外工場の労働環境問題でも、CSR担当の新田幸弘さんが調査を重ね、ミシンの折れ針データから長時間労働を隠す二重帳簿の存在を突き止めました。きれいごとだけでない記述があるからこそ、再生の物語に重みが出ています。
「つくったものを売る」から「売れるものをつくる」へ
本書がたどり着く到達点が、情報製造小売業という構想です。
ニューヨークの旗艦店戦略で「ユニクロとは何か」を世界に問うた柳井さんは、スマートフォンの登場に衝撃を受けます。そして掲げたのが、ITとデジタルで顧客のニーズをリアルタイムに吸い上げ、必要な服だけをデザイン・生産するモデルでした。
これは「つくったものを売る」から「売れるものをつくる」への、最終的な進化形です。商売の起点を企業から顧客へ移し、無駄な生産や在庫を減らす。
その実現のため、2014年には有明に延べ床面積11万平米(東京ドーム2.4個分)の巨大倉庫を建て、物流と情報を統合する有明プロジェクトを進めました。
たどり着いたコンセプトがLifeWear(ライフウエア)です。流行を追うファストファッションとは真逆の、ノンエイジ・ユニセックスの定番を大量に作る「究極の普段着」という思想です。
ここで、本書を群像劇として読むとさらに面白くなります。これは柳井さん一人の伝記ではありません。澤田貴司さん、玉塚元一さん、潘寧さん、佐藤可士和さん、そしてGUの柚木治さん。外から集った才能たちとの化学反応と衝突こそが、企業成長のダイナミズムを生んでいます。
象徴的なのが柚木さんです。野菜事業で2年弱に26億円の赤字を出し、辞表を出した彼に、柳井さんはこう言いました。「失敗を生かして10倍返ししてください」。
引き留められた柚木さんはGUの社長に抜擢され、「トレンドのど真ん中だけをやる」戦略で大成功します。失敗を罰ではなく財産として扱う本書の哲学が、人事に表れた名場面でした。
ただし、本書には限界もあります。労働環境問題や新疆ウイグル自治区の綿花問題(柳井さんが「悪魔の証明」と呼んだ論点)にも触れてはいますが、基本は経営陣の視点からの「課題解決のプロセス」として描かれます。
負の側面の批判的検証を本格的に期待すると、一定の物足りなさは残るでしょう。そこは差し引いて読むべき一冊です。
今日から動かすための3つの行動
本書の洞察を実務に移すなら、まずこの3つからでしょう。
一つ目は、「最終的にどうなりたいか」を先に紙に書くこと。現状の能力や延長線上で目標を立てるのをやめ、大きなゴールを書いてから、そこへ到達するために今月・今日やることを逆算してリスト化します。柳井さんが23店舗の時代に「世界一」を書いたのと、構造は同じです。
二つ目は、悩みをノートで二つに仕分けること。行き詰まったら「いくら悩んでも解決できないこと」と「悩むまでもなくできること」に二分し、前者は切り捨て、後者に優先順位をつけて手をつける。暗黒時代の柳井さんがやっていた方法そのものです。
三つ目は、失敗したら「なぜ」を問い詰め、仕組みに変えること。失敗を隠さず原因を深掘りし、次に同じ失敗をしないルールやマニュアルに落とす。失敗をデータに変える習慣です。
この本を閉じたときに残るのは、経営ノウハウよりもっと根っこの感覚でした。世界一になった会社は、世界一のひらめきで勝ったのではない。誰よりも多く失敗し、誰よりも失敗の理由を考え抜いた。1勝9敗。9つの引き算を、地道な足し算で塗り替えてきた——その事実が静かに効いてきます。
柳井さんは言います。「新しいことをやると失敗するものなんですよ。でも、失敗することは問題じゃない。失敗から何を得るか」。明日、現実の延長線上にない目標を一つ紙に書いてみたくなる。本書が私たちに渡してくる「希望」は、たぶんそこから始まります。
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