本文へスキップ
ブクドリ | BOOK DRIP
戻る

『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』壇俊光|技術に罪はない、を証明した7年半

AI・テクノロジー ✍ 壇俊光
約12分で読めます

※ 本記事はアフィリエイトリンク(Amazonアソシエイト)を含みます。

『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』
目次

ニュースで「サイバー犯罪者」と呼ばれた人物が、実は屋形船の隅でイチゴケーキを箸で頬張る大の甘党だった、と聞いたらどう思うでしょうか。

私たちが「Winny事件」という言葉から思い浮かべる像は、たぶんほとんど間違っています。著作権侵害を蔓延させた天才ハッカー、という報道のイメージ。本書を読むと、それが警察と検察とメディアの合作だったとわかってきます。

『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』は、ファイル共有ソフトWinnyの開発者・金子勇さんが逮捕されてから、最高裁で逆転無罪を勝ち取るまでを、弁護団事務局長だった壇俊光さんが当事者の視点で書いたノンフィクションです。

裁判記録であり、密室の取り調べを告発する社会派ドキュメンタリーであり、そして一人の純粋すぎる技術者の伝記でもある。3つの顔を同時に持つ、ちょっと類を見ない一冊です。新しいものを世に出す立場の人ほど、読むと背筋が伸びると思います。

図解

「技術そのものに罪はない」という、当たり前で重い問い

本書を貫く主張は一つに尽きます。技術が悪用されたという結果だけで、その技術を作った行為まで罪にしてはいけない、ということです。

検察は、金子さんが「著作権侵害を蔓延させる目的」でWinnyを作った、と主張しました。これに対し弁護側は、車が殺人に使われても自動車メーカーが殺人幇助に問われないのと同じだ、と反論します。道具の悪用と、開発者の意図は、切り離して考えなければならない。

ここで言う「幇助」とは、他人の犯罪を手助けする行為のことです。本件では「Winnyを開発・公開したこと」が、利用者の著作権侵害を助けたといえるのか、が最大の争点になりました。

この問いは、決して20年前のIT界隈だけの話ではありません。包丁を作る人、暗号技術を実装する人、そして今なら生成AIのモデルを公開する人――道具を生み出す側はみな、その道具が誰かに悪用される可能性を内包しています。

「作った者が結果まで負う」となれば、誰も新しいものを作れなくなる。本書の争点は、イノベーションそのものの自由が問われる問題なのです。

著者の壇さんには、この戦いに身を投じる原点がありました。優れた技術を持ちながら、法を知らなかったために特許を奪われた父の姿を見て、弁護士を志したといいます。「闘う力が欲しい」という言葉が、本書の執念の源に流れています。テーマと書き手の動機がここまで深く結びついている本も珍しい。

金子勇という人を知らないと、この事件はわからない

事件を理解する前に、まず金子勇という人物を知る必要があります。報道が描いた像と、本物があまりに違うからです。

1970年生まれ。小学生のとき、本屋で『ゲームセンター嵐のベーシック入門』を立ち読みして暗記し、電器屋の店頭のマイコンでゲームを作ってしまう。そのクオリティが高すぎて、店から「デモで使わせてほしい」と頼まれ、店頭に人だかりができたといいます。

開発スタイルも常識外れでした。電動ベッドのリクライニングを起こしてはプログラミングをし、2日間で8時間ほどしか眠らない。人間の生活サイクルが25時間周期である、という説を地でいくような暮らしです。

コンピュータがない場面でも、紙に機械語を書いて頭の中でプログラムを組む「ナシコン」を実践していた、というから尋常ではありません。2001年には経済産業省の「未踏ソフトウェア創出事業」を通じて、その異常な開発速度が広く知られるようになります。

では、なぜWinnyを作ったのか。動機は「そこに山があったから登った」という一言に尽きます。利益でも、犯罪の助長でもなく、純粋な技術的好奇心。金子さんにとってWinnyは「私にとっての表現」でした。プログラムを便利な道具ではなく、自分の思想を込めた作品として捉えていたのです。

その純粋さは、逮捕後も変わりませんでした。接見室で壇さんと、Winny2の掲示板におけるデジタル認証を使った管理方法を議論し、その場で新システムの基本設計を始めてしまう。これを見た壇さんは、彼がWinnyを作った理由を直感的に理解し、「一緒にやろう」と同志になります。

人柄も愛すべきものでした。食事は「辛くない・熱くない・食べにくくない」という「ご飯三原則」を持つ保守派なのに、大の甘党。GPSレシーバーや電動アシスト自転車、戦闘機やアニメに熱中する、純粋なオタク気質。

一方で、ドラクエを「数値をいじったら終わり」、テトリスを「見て作り方が解ったので家で1時間くらいで作った」と言ってのける。遊ぶ側ではなく、作ってなんぼの根っからの職人だったのです。

この人物像を知らずに「サイバー犯罪者」と呼ぶことが、いかに乱暴だったか。本書はまずそこを正します。

Winnyが「世界最先端」だった理由

Winnyは、中央サーバーに依存しないP2P(ピア・ツー・ピア)技術を使ったファイル共有ソフトです。P2Pとは、特定のサーバーを介さず、ネットワークに参加する端末同士が対等に直接データをやり取りする方式のこと。

その中でも、特定の役割を集中して担うサーバーを一切持たない「ピュア型P2P」でありながら、大規模なネットワークを安定して動かせた点が画期的でした。当時の世界の同種ソフトと比べても、設計思想として頭一つ抜けていたといわれます。

技術的なハイライトは「クラスタ機能」です。検索キーワードなどの嗜好が近いユーザー同士が、ネットワーク上で自動的に近い位置へ移動していく。サーバーがなくても効率的に検索できるようにする、巧妙な仕組みです。

ほかにも、条件に合うファイルを自動で取得する「自動ダウンロード」、複数の端末から同時に取得する「多重ダウンロード」、ダウンロードしたファイルがそのまま送信元になる「キャッシュ機能」などを備えていました。

そして金子さんが本当に見ていたのは、もっと先でした。デジタル認証と暗号化を組み合わせ、お金を払った人だけが鍵をもらえる、コンテンツホルダーにメリットのある流通システム。

Winnyは、その壮大な構想の技術的検証の入り口にすぎなかった。皮肉なことに、彼が思い描いていたのは「権利者を守りながらコンテンツを流通させる仕組み」だったのです。

一度署名した調書は、もう覆せない

ここからが、読者の身に最も引き寄せられる教訓です。

金子さんは2004年5月10日、著作権法違反幇助の容疑で京都府警に逮捕されました。日本の刑事司法の恐ろしさを知らなかった彼は、警察に協力的すぎたのです。

最も問題視されたのが「申述書」への署名でした。担当の警部補は、金子さんに「Winnyの開発をしないという誓約書を書いてもいい」と言って誘導し、実際には「著作権侵害を蔓延させてネット社会の枠組みを変える」という内容を書き写させます。

金子さんは「蔓延」という言葉を使ったことすらなく、後の法廷で「蔓延って言葉使わないので、良く見ないで書き写していたら漢字間違えちゃって」と証言しました。

書かされた本人が漢字を間違えるほど、それは彼の言葉ではなかったのです。

ここで知っておくべき現実があります。捜査側は被疑者を有罪にするための証拠として調書を作る。だから被疑者に有利なことは書かれない。そして、納得いかない内容でも一度署名すると、法廷では「自分が喋ったもの」として扱われ、覆すのは極めて困難になります。

背景にあるのが「人質司法」です。日本では無罪を主張すると、検察が保釈に反対し、裁判所も「口裏を合わせる恐れがある」などの理由で却下することが多い。

逮捕・勾留による身柄拘束はまず23日間避けられず、無罪を争えば数ヶ月から1年以上、拘置所に閉じ込められたままになります。早く出たい一心で、つい署名してしまう。

その心理を捜査側は熟知している。

「ここでは、どんな調書に署名しても、裁判所で正しいことを喋れば、裁判官は信用してくれると思っていませんか?」という弁護人の問いかけは、私たち全員への警鐘です。後で口頭で説明すればわかってもらえる、という油断こそ、いちばん危ない。

ネットの義侠心が、戦いを「みんなのもの」に変えた

事件は、個人の裁判では終わりませんでした。

逮捕の翌日、ある支援者が壇弁護士に電話をかけ、2ちゃんねるの住民を中心とした支援金の口座開設を提案します。金子さんは掲示板で「47氏(よんなな氏)」として知られていました。

Winnyの開発を宣言したのも2002年4月1日、2ちゃんねるのダウンロード板。名前の由来は、当時流行していた「WinMX」のアルファベットを1文字ずつずらしたもの、という遊び心です。

結果は驚くべきものでした。2004年5月14日の1日だけで、105名から合計123万円が振り込まれ、最終的な寄付は1,600万円を超えます。

マスコミが警察発表をなぞるだけのなか、ネットの人々は自ら意見を述べ、義侠心で動いた。著者は「この事件の本当の依頼者は彼らだったのかもしれない」と述懐しています。

この支援を知ったことが、金子さん自身を変えました。当初は自分の保身さえ二の次で、「私が有罪になって世の中が良くなるなら、遠慮無く有罪にしてもらって良いですから」とまで言っていた人が、「私は、自分のためじゃなく、みんなのために戦います!」

と宣言する。事件の意味が、彼の中で個人の問題から日本の技術者全体の戦いへと転換した瞬間でした。集まった寄付は、500万円の保釈金や、長期の裁判を戦い抜く力になります。

法廷にパソコンを持ち込み、専門家が一刀両断する

弁護側の立証は、論理だけでは終わりませんでした。

金子さんは法廷の被告人質問で、自作のフライトシミュレータ「NekoFlight」や、光のドップラー効果を可視化した「StarBow」を実演します。

プログラマーの創作への想いを、IT技術を知らない裁判官に直接プレゼンするためです。「プログラムを外から眺めているだけではわからない」想いを、司法の場で見せる。

このとき、法廷中であるにもかかわらずパソコンを触りたがって弁護士に注意される、という場面まであります。彼にとってプログラミングは呼吸と同じだった。保釈されたときには「パソコンができないくらいなら、拘置所に戻ったほうがまし!」と言い放ったほどです。

専門家の証言も決定打になりました。「日本のインターネットの父」こと慶應義塾大学の村井純教授が証人に立ち、「(Winnyが幇助なら)日本にインターネット引いてきた俺が幇助じゃん」と語ります。

警察の検証調書については「これではインターネットにつながりません。こんなの大学1年生の2回目の授業で説明することです」と一刀両断にしました。

捜査の技術的な杜撰さが、専門家の一言で露わになる場面です。

反対尋問の技術も光ります。証人が予測しない角度から質問を重ねて矛盾を引き出し、警察官に著作物性の判断基準を問い詰めて「覚えていない」を連発させ、証拠能力を排除していく。地味ですが、見事な論理的弾劾でした。

弁護も検察も主張していない根拠で、有罪になった

ところが、第一審の京都地裁判決は奇妙なものでした。

検察が最大の武器にしていた「著作権侵害を蔓延させようと意図していた」という点は、供述の信用性がないとして退けられます。本来ならこれで無罪のはずでした。

しかし裁判所は、弁護側も検察側も主張していなかった証拠を、自ら持ち出します。著作権関係団体ACCSのアンケート調査で「ファイル共有ソフトの92%が著作権侵害に使われている」という結果です。

そして「Winnyもファイル共有ソフトだから違法に使われている」という理屈で、罰金150万円の有罪判決を下しました。

著者がこれを「チート」のような判決と表現する理由がわかります。当事者が争ってもいない論点で勝敗が決められたのですから、被告側は反論の機会すら奪われた格好です。一審判決を受けて著者がこぼした言葉は、責任を他者に向けず自分に向けた「力不足」でした。当事者の悔しさが滲む一節です。

統計学が、不当な有罪を崩した

控訴審(大阪高裁)で、弁護団はこの92%という数字そのものを攻めます。

経済学者の田中辰雄先生が証人として立ちました。地裁の根拠になったACCSのアンケートは、利用者の記憶に頼る手法であり統計学的に不適切だと指摘します。そして自ら実証研究を行いました。10台のパソコンを使い、5人が目視で120万件ものサンプルを集めたのです。

結果は報道のイメージを覆すものでした。市販の音楽CDや映画DVDのそのままのコピーは、全体の約3〜4割にとどまる。さらに、Winnyによって正規品の売上が減る効果はなく、むしろ宣伝効果でわずかに増えることすらあった、と主張します。

「みんなが違法コピーに使っている」という印象が、いかに実態とずれていたか。

技術の有用性も立証されました。ある企業の技術者が、Winny技術をベースにしたコンテンツ配信システムについて証言します。Winnyのような技術を使えば運用コストを下げられ、そのシステムでは著作権侵害も情報漏えいも起こっていない。

Winnyの技術が負荷分散や耐障害性に優れることが、現実のビジネスで示されたのです。道具は使い方次第である、という当たり前の事実が、ようやく法廷に届きました。

2009年10月8日、裁判長は「原判決を破棄する。被告人は無罪」と逆転無罪を言い渡し、取り調べを違法と断じて調書を証拠から排除しました。

最高裁が認めた、たった一つのこと

検察は上告します。提出された上告趣意書は全文116ページ、弁護側の答弁書も100ページを超えました。その後、最高裁からは1年半、何の音沙汰もありません。

2011年12月20日、最高裁は上告を棄却し、金子さんの無罪が確定します。逮捕からここまで、実に7年半でした。

判決理由は「例外的な程度ではない著作権侵害について故意がない」というもの。決め手になったのは、控訴審で弁護団が主張した「開発者もWinnyの現実の利用状況を認識していない」という点でした。だから犯罪を助長する意図、つまり幇助の故意が否定されたのです。

技術を作った行為そのものは、罪ではない。当たり前に聞こえるこの結論を勝ち取るのに、7年半かかった。その重みを、この本は静かに伝えてきます。

この本が描かなかったこと、そして残した宿題

本書には限界もあります。著者自身が弁護人という当事者なので、視点はどうしても弁護側に寄ります。著作権を侵害された権利者側の被害の実態や、当時の音楽・映像産業が抱えていた危機感は、深くは描かれません。

読むときはこの一面性を踏まえる必要があります。フェアに事件を理解したいなら、権利者側の文献と併読するのが望ましいでしょう。

そして本書が突きつける重い文脈があります。日本の警察は、P2P技術が世界的に台頭するなか、いち早く「開発者自身」を逮捕しました。結果として、日本からP2Pの技術開発は急速に失われていきます。

「日本が海外のサービスを模倣するだけになってずいぶん経つ」という一節は、技術立国だったはずの国の停滞を静かに告発しています。一人の技術者を萎縮させることは、その分野全体を萎縮させることなのだ、と。

本書から持ち帰れる行動を、最後に3つ挙げておきます。

一つ目。契約書や公的な書類に、安易に署名・押印しない。専門家が言うからと迎合せず、内容が自分の意図と事実を100%反映しているかを確認し、不明点があれば弁護士などに相談してから署名する。一度サインしたら覆せない、という前提で向き合うことです。

二つ目。専門外の壁にぶつかったら、その分野のトップを探して理論武装する。村井純教授や田中辰雄先生のような専門家を見つけ、協力を仰ぐ。最強のチームを組むことが、巨大な相手に対抗する唯一の道です。

三つ目。新しい技術が出たとき、悪用リスクだけで「悪」と決めつけない。今なら生成AIがまさにそうです。リスクに目を奪われて規制を急ぐ前に、その技術が持つ社会全体の利益を冷静に評価する視点を持ちたい。

最後に、本書のなかでも印象に残る一節を置いておきます。「人は死ぬ。しかし、プログラムは死なない。」金子勇さんは2013年に亡くなりましたが、彼が証明しようとした「技術に罪はない」という事実は、コードと判例として、いまも残り続けています。


合わせて読みたい

『プロセスエコノミー』尾原和啓 完成品ではなく「作る過程」にこそ価値が宿る時代を論じた一冊。Winnyを「私にとっての表現」と呼んだ金子さんの創作姿勢と重なり、技術者がなぜ作るのかという問いを別角度から照らしてくれます。

『非クリエイターのためのクリエイティブ課題解決術』齋藤太郎 専門外の難題を「なんとかする力」を扱った本。IT技術を法廷で立証するという不可能に近い壁を、専門家を集めて突破した弁護団の戦い方と響き合います。

「良いアイデア」で起業した人が、だいたい失敗する理由 優れた技術やアイデアが、必ずしも社会にすんなり受け入れられるわけではない現実を扱ったコラム。技術の正しさと社会の受容のギャップという、Winny事件の核心ともつながるテーマです。


この記事をシェア:

次に読む一冊

同じテーマを、もう一段深く考えるための一冊です。

AI・テクノロジー『ソフトウェア・ファースト』及川卓也|DXの本質は「手の内化」だった『ソフトウェア・ファースト』(及川卓也)の要約。世界の時価総額ランキング上位50社。平成元年には、そのうち32社が日本企業でした。