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『世界で一番やさしい考え方の教科書』榊巻亮さん|「よく考えて」の中身を、認知・思考・行動の循環で解く

思考法・問題解決 ✍ 榊巻亮さん
約7分で読めます

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『世界で一番やさしい考え方の教科書』
目次

「もっとよく考えて」。この一言に、返す言葉を失った経験はないだろうか。会議の回し方も資料の作り方も一通り覚えた。それでもアウトプットの質が上がらない——。原因は案外はっきりしている。肝心の「考える」の中身を、誰も具体的に教えてくれないからだ。

『世界で一番やさしい考え方の教科書』は、ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ社長の榊巻亮が、その「考える」という曖昧な行為を分解してみせた一冊である。

社会人8年目の鈴川葵が「請求書の標準化」プロジェクトでつまずきながら成長していくビジネス小説の形をとっており、読み手は葵に自分を重ねながら、自分の思考のクセに気づかされていく。

編集部として惹かれたのは、才能やセンスの話に逃げず、「考える」を誰でも再現できる手順まで下ろしきろうとする姿勢だ。物語のはじめ、葵は会議でエース営業から「違和感がある」と言われ、それを勝手に「反対された」と脳内変換してフリーズしてしまう。

言われたことだけをこなす「作業ロボット」から抜け出せない、多くの人が身に覚えのある地点から話は動き出す。

「考える」は認知・思考・行動が回り続ける循環である

本書の主張は、拍子抜けするほどシンプルだ。「考える」とは頭の中で一度きり行う作業ではなく、認知する・思考する・行動するという3つのプロセスがぐるぐると回り続ける流れである、というものだ。

仕事ができる人が無意識にやっている頭の動かし方を、榊巻はこの循環として言語化し、誰でも真似できる形に落とし込んでいく。

ここで一つ、多くの読者の思い込みが外される。ロジカルシンキングやMECE、ロジックツリーといった道具は、考えるための武器だと思われがちだ。だが著者はコンサルタントの立場から、それらを考える作業そのものにはほとんど使わないと言い切る。

あくまで考えた結果を整理し、相手に見せるための「仕上げのツール」だという位置づけだ。フレームワークは考える技術ではなく、考えた後に伝えるための技術だ、という割り切りが本書の背骨になっている。

「論理的」の定義もひとひねりある。漏れなくダブりなく構造化された状態ではなく、「なぜその答えにたどり着いたのかが、はっきりしている状態」を指す。

道筋さえ共有できていれば、たとえ結論がイマイチでも他人と一緒に直していける——このゴールの置き方は、正解を一発で当てにいく発想からの解放でもあって、実務では効く。

ただし裏を返せば、最終的な結論そのものの質は別途担保が要るということでもある。そこは読者の側で補って読みたいところだ。

物語には葵の後輩・土屋も登場する。「特に疑問はありません」と受け身だった土屋が、自分なりの問いを持って仕事に向き合った途端、生きた提案を出せるようになる。

考える力は器用さの問題である以上に、仕事を「やらされ」から「自分で進めるもの」へ変える原動力でもある——この副筋が、手順の話に終始しがちな本書に体温を与えている。

小説仕立ての親しみやすさは、本書の入り口を大きく広げている。その一方で、方法論としての骨格はやや薄いと感じる読者もいるだろう。ただ、それは欠点というより設計思想だと思う。

榊巻は「考える」を教科書的に定義しきるより、葵の失敗と立ち直りを追体験させることで、読者の体に手順を沁み込ませようとしている。だから読み手の側には、物語から型だけを抜き出して自分の仕事へ移し替える一手間が残される。

逆に言えば、その一手間を惜しまない人にとっては、これ以上とっつきやすい思考の入門書はそう多くない。

認知は「傾聴」ではなく「質問」で深める

いい思考は、正しいインプットから始まる。材料が歪んでいれば、どれだけ論理的に積み上げても答えは狂う。だから榊巻は「認知」を出発点に置き、これを3つに分ける。

相手の言葉を自分の解釈を挟まずそのまま受け止める「言葉の認知」、発言の主語や目的を明らかにして事実と思い込みを切り分ける「状況の認知」、相手が結局何を言いたいのかを本人以上にうまく語れるまで汲む「意図の認知」だ。

面白いのは、認知の肝を「傾聴」ではなく「質問」に置いている点である。黙ってじっくり聞いているだけでは、必要な情報は取りきれない。こちらから積極的に問いを投げて情報を取りにいく——その質問力こそが認知を深める、という主客の逆転だ。

訓練法として挙がるのが「ありのまま議事録」。要約も補足もせず発言を一言一句そのまま書き取ることで、人が無意識にやってしまう都合のいい脳内変換を止める。

地味だが、確かに効きそうな作法である。

物語では、葵が「請求書指定の顧客は50%」という上司の言葉に「それは顧客数ですか、契約数ですか」と問い返す場面が象徴的に描かれる。曖昧だった状況が一気に整理され、上司から「スッキリした」と感謝される。

たった一つの質問が、その場全体の認知の解像度を引き上げた瞬間だ。聞き上手であることと、認知が深いことは別物なのだと気づかされる。

思考は4つのStepで、頭をオーバーヒートさせずに回す

初めての複雑な課題でも脳がパンクしないための手順が、思考の4Stepだ。第1に、いきなり考え始めず「何について考えるべきか」を疑問形で書き出す。

ToDoリストならぬ「Thinkリスト」である。第2に、その問いに考える順番をつける。途中で別の問いに気を取られる「思考の脱線」こそ混乱の元だからだ。

第3に、答えを出す。ここが肝で、正解のない世界で一発100点を狙うと手が止まる。だから20点、30点のボロボロの仮案でいいので、とにかく紙に書き出す。

作中では一問10秒で書けと、瞬発力の訓練まで勧められる。第4に、書いた仮案に「具体的には?」と「なぜ?」を交互にぶつけ、言葉の解像度と結論に至る論理を同時に引き上げていく。

途中で新しい疑問が湧いても、そちらへ引きずられないことが要点だ。湧いた問いはThinkリストに追記して一旦脇に置き、元の思考へ戻る。この「脱線の制御」が頭の中の渋滞を防ぐ。

そして本書がここで突きつける事実が鋭い。書かずに頭の中だけで考えているとき、脳は実は停止していてただ悩んでいるだけであり、文字にして形になったものだけが思考だ、と榊巻は言い切る。「考えている」と「悩んでいる」の境界を、紙に書いたかどうかで引く。

この線引きは乱暴なようでいて、多くの人の空回りの正体を的確に突いている。頭を抱えて唸っている時間の大半は、実は思考ではなかったわけだ。

遅いのではなく「足踏み」している時間が長い

思考は必ず行き詰まる。本書はこの状態を「思考の足踏み」と呼ぶ。ここに、目から鱗の指摘がある。考えるのが遅いのは頭の回転が遅いからではなく、足踏みしている時間が長いからだ。走る速度ではなく、休んでいる時間が問題——だとすれば、足踏みの時間さえ削れば誰でも思考は速くなる。

頭の良し悪しという動かしがたい問題を、時間管理という手をつけられる問題へ置き換えるこの転換が、本書でいちばん実用的なところだと感じた。

足踏みのサインは体に出る。ペンが止まる。資料のフォントサイズや図形の位置を意味もなく微調整し始める。こうした手癖が「脳が止まった」合図で、人が集中して考えられるのは20分が限界だとする「20分ルール」も置かれている。

止まったら、外から刺激を入れて脳を再起動する。方法は3つ、話す・集める・休むだ。

なかでも力点が置かれるのが相談である。相談を「完成品の出来を採点してもらう場」と捉えると、一人で抱え込んで時間を浪費する。そうではなく、20点段階の仮説を早めに見せて「一緒に考えてもらう」共創の場だと捉え直す。

上司を採点官ではなくチームの仲間と見る、その一手が思考のスピードを大きく変える。相談の前に「今どんな状態か・どこまで考えたか・何が分からないか」を、情報収集の前に「何が分かっていないか・何が分かれば完了か・集めた情報をどう使うか」を先に整理しておく——この準備の型まで具体的に示すのが、本書らしいところだ。

横の思考=洞察が、未知の仕事を切り開く地力になる

認知・思考・行動は、目の前のゴールへ一直線に向かう「縦の思考」だ。榊巻はもう一本、「横の思考(洞察)」という軸を立てる。洞察とは、起きた出来事から一歩踏み込んで、他の場面でも使い回せる教訓を引き出すこと。

あえてゴールから脇道にそれ、「ここから得られる学びは何か」と問う。この寄り道が脳の基礎体力を底上げし、思考力を何倍にも高めるという。

葵の例がわかりやすい。他部署から頼まれた仕事にやる気が出ないという身近な葛藤から、彼女は「人は明確なメリットか、やらないと困る切迫感がないと動かない」という教訓を引き出す。

そしてそれを本業に応用し、標準フォーマットが浸透しない問題に対して「移行状況を見える化して3割を先に動かす」「移行後の事務作業を外注できるメリットを見せる」という施策を打ち、成果へつなげていく。

目の前の一件を解いて終わりにせず、次に効く原則へ変換する——この習慣の有無が、地力の差になるという筋書きだ。洞察には手がかりもある。「これを抽象化すると何が言えるか」「相手の立場に憑依すると」「原因や要因は何か」「そこから得られる教訓は」といった定番の問いを当てるだけで、ただの出来事から学びを掘り出せる。

背景には時代の読みがある。ネットで誰でも調べられる今、「知っていること」自体の価値は下がった。情報をどう解釈して教訓を引き出すか、その洞察にこそ価値がある——横の思考は、知識社会への一つの答えとしても据えられている。

読み終えると、指示待ちの「作業ロボット」から自分で問いを立てて周りを巻き込む人への葵の変化が、絵空事ではなく手順の帰結として腑に落ちる。まずは明日、何か一つ考え始める前に、答えるべき問いをノートに書き出すこと。

頭の中で悩むのをやめて文字にする、その一歩からしか、この循環は回り出さない。


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