同じ仕事を毎日しているのに、「次は何をするんだっけ」と手が止まる。提出物に誤字が残る。気が重くて、簡単なメールを夕方まで放置してしまう。
そのたびに「自分は要領が悪い」と落ち込んでいませんか。
この本は、その落ち込みに正面から「違う」と言ってくれます。要領の良し悪しは生まれつきの能力でも性格でもない。仕事を進める「手順」を知っているかどうかの差にすぎない。F太さんと小鳥遊さんの『要領がよくないと思い込んでいる人のための仕事術図鑑』は、そう言い切るところから始まります。

この本が「あなたの本」になる瞬間
ビジネス書には、読みながら「これは成長したい人向けの一般論だな」と距離を感じる瞬間があります。この本には、それがありません。
メールを送った直後に「あ、添付忘れた」と血の気が引いた。上司に報告したら「で、結局なに?」と言われて頭が真っ白になった。何度もやっている仕事なのに毎回立ち止まってしまう。
そういう具体的な場面の記憶を持っている人にとって、本書は最初の数ページで「自分の本だ」に変わります。
そして著者の立ち位置が、本書のトーンを決めています。著者の一人F太さんは、ある職場で「要領が悪い」と評価されていたのに、職場を変えたら「要領がいい」と言われるようになった人です。
本人は何も変わっていない。変わったのは周囲の人と環境、つまり自分のやり方が機能する場所だったかどうか、それだけでした。もう一人の小鳥遊(たかなし)さんはADHD(注意欠如・多動症。
不注意や多動といった特性を持つ発達障害の一つ)と診断され、仕事のミスから休職や退職を何度も経験しながら、今は安心して会社勤めを続けている人です。
つまり書き手自身が、つまずきの当事者なんです。だからこの本のゴールは「圧倒的な成果を出して出世する」ことではない。「自分は、ここにいていいんだ」と思いながら当たり前に働き続けられること。
そこに照準を合わせている点が、ほかの仕事術本と決定的に違います。私はここに、この本の根本的な優しさを感じました。要領のなさを叱咤して矯正するのではなく、つまずく自分を前提として、その自分でも回る仕組みを一緒に組み立ててくれる。
読み手を一段下に見ない姿勢が、最後まで貫かれています。
すべての土台は「手順書をつくる」こと
この本に感心したのは、扱う悩みがバラバラに見えて、解決策の根っこが一つに通っていることです。
その背骨が「手順書をつくる」こと。著者は、不安や恐怖の正体を「見通しが立たないこと」だと整理します。頭の中がパンパンで全体像が見えないから、人は怖くなる。だから頭の中身を外に書き出して全体を見える化すると、仕事を「自分の支配下に置いている感覚」が戻ってくる。
手順書づくりは、出し惜しみせず書いておくと5つのステップにまとまっています。
STEP1 名前をつけて書き出す。 頭の中にフワッと浮かんだ「なんかやらなきゃいけないこと」に名前をつけ、タスクとして書き出します。「田中商店の件、どうだっけ」を「田中商店へ見積書送付」に変える、という具合です。
STEP2 タスクの手順を書く。 完了までの一本道を、仮の手順でいいので書き出します。正しい手順がわからなくても構わない。「仮でいい」と許してくれるのが、この本らしいところです。
STEP3 誰がやるべきかを明確にする。 今この瞬間、自分が作業すべき段階(自分ボール)か、相手の返答を待っている段階(他人ボール)かを区別します。
STEP4 仮の締切を入れる。 タスク全体だけでなく、手順の一つひとつに自分なりの締切を置く。最初は見当違いでもいい。ずれたら直す。それを繰り返すうちにスケジュール感が育ちます。
STEP5 最初の手順だけに注目する。 全体から目を逸らし、今すぐやる「最初の1つ」だけが見えるようにします。
手順書は、自分を動かす「プログラム」である。
この発想が秀逸です。プログラムが書いてあれば、次に何をするか毎回考えなくていい。書いてある通りに手を動かすだけ。やがて自動車の運転のように、頭で考えなくても身体が動くようになる。考えるストレスそのものを消しにいく、という設計思想なんです。
「印刷する」レベルまで刻むと、迷子にならない
手順書の効果を最大化するのが、究極の細分化です。手順を「これ以上できないくらい細かく」刻む。本書は「印刷する」「クリップで留める」レベルまで分けろと言います。
たとえば「経理から売上データをもらう」というタスク。そのまま置いておくと、いざ取りかかったとき手が止まります。これを「1. 経理に売上データの提供を依頼する」「2. 経理から売上データを受け取る」と行動レベルに割る。
すると別の仕事が割り込んできても「今は経理からの回答待ちだ」と一目でわかる。中断しても、迷わず再開できる。
ここで効いてくるのが、さきほどの「自分ボール/他人ボール」の区別です。責任感が強い人ほど、すべてを自分で抱え込んでボールを持ち続け、結果的に仕事を停滞させがちです。
だから本書は「仕事はボールを受け取ってパス」が基本だと言います。確認や依頼で早めに他人ボールに変えていけば、自分の手元に渋滞は起きない。仕事はパス回しで進めるもの、という比喩は地味ですが効きます。
「全部自分でやらなきゃ」という思い込みが、実は停滞の最大の原因だったと気づかされるからです。
「終わらせよう」とするから、終わらない
先送りの章は、発想がきれいに裏返ります。
「終わらせなきゃ」と思うほど、プレッシャーで手が止まる。だから本書は「終わらせる」を目標にするな、と言う。代わりに、手順書の最初の1つだけをやる。メールなら出だしの一文を書くだけ。それでいい、と。
支えているのは「作業興奮」という心理です。人は一度作業に手をつけると続けたくなる。だから「手さえ動かせば、終わったも同然」。着手のハードルを極限まで下げることが、先送りへの最大の対策になる。
さらに面白いのが、ツァイガルニク効果の使い方です。人は完了したことより、中断したことのほうが気になって記憶に残る。これを逆手に取り、終業時にあえてキリの悪いところで切り上げる。
すると翌朝、気になって自然と続きに手が伸びる。先送りしがちな着手を、心理の力で前倒しするわけです。そして進めたら自分を褒める。計画通りいかなかった日でも、テキストを1ページ読めたなら、それを評価して寝る。
歩みを止めないための仕掛けが、随所に仕込まれています。
要するに、根性で立ち向かうのではなく、自分という人間の心理特性を逆手に取って、勝手に動き出す導線を引く。意志の弱さを前提にして設計されているところに、私はこの本の一貫性を感じます。気合いを要求しないから、気合いが続かない日でも回る。それが本書の強さです。
ミスは人格ではなく「手順書のバグ」
ここが、多くの読者がいちばん救われる発想だと思います。
ケアレスミスや物忘れをしたとき、ふつうは自分を責めます。注意力が足りない、自分はダメだ、と。本書はそこを断ち切る。パソコンがエラーを出しても本体を責めないように、仕事でミスをしても自分の人格や能力を責めない。悪いのは「手順書のバグ」だと考える。
だから「ミスこそが最高の手順書をつくる」。添付ファイルを忘れたなら、メール送信の手順書に「添付を確認する」の一行を足す。ミスは落ち込む材料ではなく、手順書をアップデートするためのエラー報告になる。この一回の視点の転換で、自己嫌悪のループから抜ける足場ができます。
その思想は具体策にも貫かれています。記憶は意志で守れないと割り切り、メモアプリを脳の「外付けハードディスク」として使う。「記憶はなくとも、記録に頼る」というわけです。
誤字脱字も意志ではなく物理アクションで潰す。書いた文章を声に出す音読、そして印刷した文章を単語や文節ごとにペンで点を打ちながら読む「ドット打ち読み」。
目線の滑りが止まり、脳が読み飛ばしていた誤字が見つかります。どれも「気をつける」を当てにしていないのが共通点です。
集中も整理もメンタルも、「コントロール感」で整う
中盤の章は、扱うテーマこそ違いますが、根っこは一つです。仕事を自分の支配下に置いている感覚を取り戻すこと。
集中について本書は「集中は恋愛と同じ」と言います。相手(仕事)をよく知り、取りかかる前にコーヒーを一杯飲むような「ルーティン儀式」を持つ。そしてマルチタスクはあきらめ、今やるべき1つの手順だけを付箋に書いて目の前に置き、それ以外を視界から外す。
物理的に「今の仕事しか目に入らない」状況をつくります。
整理は、頭の中とデスクが連動するという前提に立ちます。完璧な分類を目指さず、迷ったものは「その他」フォルダへ。片づけは一気にやると「当分やらなくていいや」になるので「1回につき1つだけ」。
そして「使ったらしまう、開いたファイルは閉じる」までが仕事のワンセット。メンタルの守り方も独特で、誰かが人前で怒られているのを見たら「スポ根ドラマの放映中」と客観視する。
落ち込んだ日は無理に立ち直ろうとせず、まず十分に休む。心の痛みは火傷のようなもので、治るのに時間がかかると本書は言います。
「結論からいうと」を口グセにするだけで、伝わる
コミュニケーションの章は、即効性の高い実践技が並びます。本書の立場は明快で、コミュ力そのものより仕事の成果を出すこと。そのために伝え方を「公式」にしてしまう。
しゃべりだしの公式は「〇〇の件について、【報告・連絡・相談】なのですが、今よろしいですか」。最初に目的を宣言するだけで、相手が聞く準備を整えられます。
説明は判決文を参考に「結論からいうと〇〇です。というのも〇〇だからです」。「結論からいうと」を口グセにするだけで、伝え方の型が自動で整う。
締切の主導権もこちらが握ります。曖昧な「なる早」に焦らず、「金曜の午前中まででよいですか」と無理のない期限をこちらから提案する。メールは、相手が選ぶだけで済むクローズドクエスチョンにし、件名に「【ご相談】」「【返信不要】」と用件と対応の要否を書いて「予告編」をつくる。
相手の手間を減らすことが、結局は自分の仕事を前に進めます。
どんな人に効くか
この本は、上昇志向の強いハイパフォーマーには物足りないかもしれません。狙っているのは「もっと上へ」ではなく「安心して、ここに居続ける」だからです。
逆に、抜け漏れや先送りで自分を責めがちな人、ADHD傾向や不注意で職場に居づらさを感じている人にとっては、お守りのような一冊になります。性格を変えろとは一度も言わない。
手順を整えるだけでいい、と繰り返す。「自分はそのままなのに、いつの間にか、気にならなくなる」。本書のこの一文が、すべてを物語っています。
明日の仕事で、まず一つだけ。気が重いタスクの「最初の1手順」を書き出してみる。本書を読んだあとなら、その一歩の意味がきっと変わっているはずです。
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