AIに聞いても答えが出ないのは、問題が言葉になる前だから
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ChatGPTの入力欄を開いたまま、何も打てずに閉じる。あるいは「売上を伸ばす方法を教えて」と打ち、もっともらしい10項目を受け取って、結局なにも変わらない。
どちらの場合も、AIの答えが間違っていたわけではありません。
聞き方のコツを覚えれば直る、と考えたくなります。ただ、問題発見の古典と、ここ数年の生成AIの研究を並べてみると、つまずいている場所は質問文を書くより手前にあるようです。自分が何に困っているのかが、まだ言葉になっていない段階です。
AIが下げたのは「どう頼むか」の壁だった
2004年、カーネギーメロン大学のアンドリュー・コー氏らは、プログラミング未経験の40人がVisual Basic.NETを学ぶ様子を観察し、つまずきを6種類に分けました。
その1つ目が「設計の壁」です。研究者はこれを「コンピュータに何をさせたいのか、自分でもわからない」という言葉で表しています。残りは、どの機能を使えばいいか、どう組み合わせるか、どう使うかといった「やり方」の壁でした。
生成AIは、この「やり方」の壁を大きく下げました。関数の名前を知らなくても、普段の言葉で頼めば動くからです。
ところが、1つ目の壁は残っています。2023年にカリフォルニア大学バークレー校の研究チームが、プロンプト作りに不慣れな10人を観察した研究では、約半数が「ここで何をすれば良くなるのか」という段階から迷いました。著者らはこれを、コー氏らの挙げた壁と重なるものとして報告しています。
なぜAIを前にすると、この壁が目立つのか。マイクロソフト研究所のレフ・タンケレビッチ氏らは、2024年の国際会議CHIで発表した論考でこう説明しています。自分の手で進める仕事では、目的や意図の多くが言葉にされないまま済んでしまう。
たとえば目上の人にメールを書くとき、「丁寧な調子で」と自分に言い聞かせる人はいません。手が勝手に調子を合わせます。AIに任せると、その暗黙の部分を言葉にして渡す必要が出てきます。論文はこれを、自分の目的を自覚する力への負荷として整理しています。
私はここから、「何を聞けばいいかわからない」はAIが生んだ悩みではないと考えています。自分でやっていたときは見えずに済んでいた空白が、AIに頼もうとした瞬間に表へ出てきた。そう見るほうが実態に近いはずです。
問題とは、「望む状態」と「今の状態」のずれ
では、言葉にすべき「困りごと」とは何でしょうか。
システム開発の現場から問題発見を論じたドナルド・ゴース氏とジェラルド・ワインバーグ氏は、『ライト、ついてますか』で問題をこう定義しています。問題とは、望まれた事柄と認識された事柄の間の相違である。
この定義に従うと、問題を言葉にするには2つの点が要ります。自分はどうなってほしいのか。そして今、どうなっていると見ているのか。「何を聞けばいいかわからない」とき、たいていはどちらかの点が空欄です。
たとえば「資料作りに時間がかかる」という悩み。望む状態が「作業を半分の時間にしたい」なら、聞くべきは作り方の効率化です。「上司に一度で通したい」なら、上司が何を見て判断しているかを聞くことになります。
「そもそも作らずに済ませたい」なら、その資料の役割を別の手段で果たせないかが問いになります。
同じ悩みから、まったく別の質問が3つ出てきました。AIはどれにも答えられます。でも、どれがあなたの問題なのかは選べません。
細谷功さんは『問題発見力を鍛える』で、問題は事実そのものより、それを認識する私たちの頭の中にあると書いています。そしてAIにできないのは「問題そのものを見つけること」だとも述べています。望む状態は自分の頭の中にしかないので、AIの側からは補いようがないのです。
よく聞けている人ほど、自分の「解き方」を聞いている
2つの点がそろっていても、まだ落とし穴があります。
ゴース氏とワインバーグ氏の本には、こんな標語が出てきます。「解法を問題の定義と取り違えるな。ことにその解法が自分の解法であるときには注意」。
AIへの質問は、この取り違えが起きやすい場所です。たとえば「Excelで2つの顧客リストを照合する関数を教えて」と聞けば、AIは正確な関数を返します。
でも、困っていたのが「毎月、同じ顧客が二重に登録される」ことなら、照合は後始末にすぎません。登録の入口で重複を防ぐほうが、本来の答えに近いかもしれません。
質問が具体的で、答えも正確。それでも困りごとは残ります。質問文に書かれていたのは、自分がすでに選んだ解き方だったからです。
細谷さんは、「どうやって(How)」の問いは考える範囲を絞り込み、「なぜ(Why)」の問いは範囲を広げると整理しています。AIに「どうやって」を聞く前に、「なぜそれをしたいのか」を一度だけ自分に聞く。それだけで、質問の中身が解き方から問題へ戻ります。
小出しに聞くと、AIは早合点する
ここで、こう考える人もいるでしょう。整理できていなくても、とりあえず聞いて、やり取りしながら詰めればいい。
この進め方には、弱点が見つかっています。マイクロソフト研究所とセールスフォース研究所のフィリップ・ラバン氏らが、2026年の国際会議ICLRで発表した研究です。
研究チームは、コード作成や要約など6種類の作業について、最初から全条件を伝えた場合と、同じ条件を1つずつ小出しに伝えた場合を比べました。対象は主要な商用モデルを含む15のモデルで、模擬会話は20万回を超えます。小出しにすると、成績は平均39%下がりました。
目を引くのは、小出しにした条件を1通にまとめて渡すと、成績が一括で伝えた場合の95%まで戻ったことです。つまり落ちた原因は、情報の中身より、条件が会話のあちこちに散らばっていたことにあります。モデルは早い段階で足りない部分を勝手に仮定し、答えを出し急ぎ、その答えに引きずられていました。
ただし、この実験で「ユーザー」を演じたのは別のAI(GPT-4o-mini)で、人間の実際の会話ではありません。モデルの改良で差が縮む可能性もあります。それでも、困りごとが固まる前に聞き始めるとAIの早合点に付き合わされやすい、という傾向を知っておく価値はあります。
聞く前に、三行だけ書く
実務に落とすと、変えたいのは質問のうまさより、聞く前の順番です。
誤解:何を聞けばいいかわからないのは、質問力が足りないから → 欠けているのは、望む状態と今の状態という2つの点です。言い回しを磨いても、この空欄は埋まりません。
正しいアプローチ:AIを開く前に、次の三行を書く → 5分あれば書けます。
- 今、こうなっている(見えている事実)
- 本当は、こうなってほしい(望む状態)
- そのために、自分はこう解こうとしている(考えている解き方)
こつは3行目です。書いてみて、1行目と2行目をつなぐ道がほかにもありそうなら、AIに聞くべきは3行目の手順ではなく、2行目にたどり着く方法のほうです。
2行目がどうしても書けないときは、AIに答えを求めるのをやめて、質問役を頼む手もあります。「答えは出さずに、私の困りごとを整理するための質問を1つずつしてください」と頼めば、空欄を埋める作業を手伝ってもらえます。
やり取りで困りごとが固まったら、その会話のまま答えを出させず、要点を1通の依頼文にまとめてもらい、新しいチャットで聞き直します。ラバン氏らも、会話が迷走したときの対処として、この「まとめてからやり直す」を勧めています。
おわりに
AIは、あなたの頭の中にある「こうなってほしい」を覗けません。
答えが出ないとき、AIの性能や言い回しを疑う前に確かめたいのは、自分の困りごとが2つの点で書けているかどうかです。
次にAIを開く前に、三行だけ書いてみてください。3行目を書き終えた時点で、聞きたいことが変わっているかもしれません。
この記事で参考にした本
『問題発見力を鍛える』細谷功さん → 問題は頭の中の「あるべき姿」とのギャップであり、AIにできないのは問題そのものを見つけることだという視点。HowとWhyの問いの違い
『ライト、ついてますか 問題発見の人間学』ドナルド・C・ゴース氏、ジェラルド・M・ワインバーグ氏 → 問題を「望まれた事柄と認識された事柄の相違」と定義し、自分の解法を問題の定義と取り違えるなと戒める古典
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