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10年前のAIロードマップ、外れたのは「順番」だった

AI・テクノロジー
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目次

AIが言葉を使いこなすのは、ロボットが家事をこなせるようになった後。2015年、東京大学のAI研究者はそう見通していました。

その研究者は松尾豊さんです。同年に出した『人工知能は人間を超えるか』で、ディープラーニングを「人工知能研究における50年来のブレークスルー」と位置づけました。そのうえで、技術がどの順に進み、社会のどこから使われていくかを段階で示しています。

それから10年あまり。2026年の私たちは、画像を見分けるAIも、翻訳するAIも、文章を書くAIも日常的に使っています。一方で、家で洗濯物をたたんでくれるロボットは、まだ身近にありません。

当時の見通しを今の事実と並べると、当たったところと外れたところがはっきり分かれます。そして外れ方には、技術の予測を読むときに使える型がありました。

2015年の段階図は「認識、運動、言語」の順だった

まず、当時の見通しを確認しておきます。

松尾さんは、ディープラーニングの本質を「特徴表現学習」と呼びました。特徴量とは、データのどこに注目するかです。それまで人間が設計していたこの注目点を、機械がデータから自分で見つけられるようになった。ここが突破口だという整理です。

その先の発展を、松尾さんは段階で描いています。2016年に総務省の会議で示した資料では、次の順に並んでいます。

  1. 画像から特徴量を取り出す
  2. 映像やセンサーの情報を組み合わせて認識する
  3. 自分の行動と観測をセットで学び、行動計画を立てる
  4. 外界と試行錯誤して、外界の特徴を引き出す
  5. 高次の特徴量を言葉とひもづける
  6. ひもづいた言語データを大量に取り込み、知識を獲得する

資料はこの流れを「認識」「運動」「言語」とまとめ、人間の発達と同じような技術進化だと説明しています。子どもが目で見て、体を動かし、やがて言葉の意味をつかむのと同じ順番で、AIも進むという見立てです。

根拠もはっきりしていました。過去のAIは、記号を現実の対象と結びつけられない壁にぶつかってきました。「シマウマはしまのある馬」という定義を持っていても、実物を見てそれだと分からなければ意味を理解したことにならない。これがシンボルグラウンディング問題です。だから先に見る力と動く力を育て、その上に言葉を載せる。筋の通った設計図でした。

社会への広がりもこの順に対応しています。画像による診断や広告が先に来て、自動運転や物流が中ほど、家事や介護がその次です。翻訳、教育、秘書、ホワイトカラー支援は最後に置かれていました。

当たったこと、外れたこと

10年後から見ると、中身の多くは当たっています。

ディープラーニングが突破口になる、という中心の主張はそのとおりになりました。2016年9月には、Googleの翻訳がニューラルネットワーク方式に切り替わり、同年11月には日本語にも広がっています。翻訳、秘書、ホワイトカラー支援という最終段の応用先も、今では生成AIの主な使い道そのものです。

外れたのは順番でした。

2022年11月30日、OpenAIはChatGPTを公開しました。当初はテキストだけを扱うモデルで、誰でもブラウザから試せました。段階図で最後に置かれていた言葉のAIが、ロボットの行動や家事より先に、世の中へ一気に広がったわけです。

段階図の中ほどにあった自動運転はどうだったか。たとえばWaymoは2020年10月、アメリカのフェニックス近郊で、運転手のいない配車サービスを一般向けに始めました。ただし当初の営業範囲は約50平方マイルの区域に限られていました。技術として走ることと、社会に行き渡ることの間には、言語AIとはまるで違う距離がありました。

順番の逆転は、中身の作り方にも及んでいます。松尾さんの設計では、言葉は見る力や動く力にひもづけてから学ぶものでした。実際の大規模言語モデルは、テキストを大量に読んで先に言葉を身につけています。2023年3月に公開されたGPT-4は画像も入力できるモデルになりましたが、これは言葉が先にあって、そこへ画像が加わった形です。

予測した本人も、速さには驚いていたようです。総務省の資料には、2014年9月に作った見通しを2015年8月に「あまりに早いので修正」し、同年12月にもう一度修正した経緯がそのまま載っています。

順番を決めたのは、学習の材料の安さだった

なぜ言葉が先に来たのか。岡野原大輔さんの『大規模言語モデルは新たな知能か』を読むと、理由が見えてきます。

大規模言語モデルがしているのは、次に来る単語の予測です。文章の続きを当てさせるこの問題は、人間が正解を付けなくても、すでにある文章からいくらでも作れます。岡野原さんの言い方を借りれば、学習問題をタダで無限に作れる。そしてウェブには、人類が書きためた膨大なテキストがすでにありました。

さらに2020年1月には、データ量、モデルの大きさ、計算量を増やすほど誤差が規則的に下がる、という法則が報告されます。どれだけ投資すればどこまで性能が上がるかが、事前に読めるようになりました。GPT-4の技術報告にも、計算量が1,000分の1以下の小さなモデルの結果から、一部の性能を予測できたと書かれています。

ロボットはそうはいきません。行動と観測のデータは、実際に体を動かして集めるしかないからです。たとえば物をつかむ動作を1万回学ばせたいなら、機械に1万回つかませる必要があります。壊れれば修理し、置き場所が変われば集め直しです。

つまり技術の進む順番を決めたのは、人間の発達の順序よりも、学習の材料をどれだけ安く大量に手に入れられるかでした。テキストは安く、実世界の行動データは高い。この差が、10年の順番をひっくり返しました。

実はこの答えのヒントは、松尾さん自身の資料にも書かれていました。2015年12月版の段階図の隅に、こんな注記があります。

2-3年の産業化のラグがともなう。(ハードが関係するとさらに遅くなる。社会制度が関係するともっと遅くなる。)

ハードも制度もほとんど絡まないチャットAIは、公開と同時に誰でも使えました。車体と交通のルールが絡む自動運転は、限られた区域から始めるしかありませんでした。振り返ると、この小さな注記のほうが、本体の段階図よりも正確に10年を言い当てていました。

技術の見通しを読むときに、どこを見るか

ここから、私たちが技術の予測を読むときに使える視点を取り出してみます。

よくある誤解は、予測を「当たったか、外れたか」の一言で片づけることです。2015年の段階図を「言語が最後と言ったから外れ」と切り捨てると、ディープラーニングが突破口になる、ホワイトカラーの仕事に入ってくる、という当たった部分まで一緒に捨ててしまいます。

代わりに、次の3点を分けて見ることをおすすめします。

1. 「何が起きるか」と「どの順で起きるか」を分ける

中身の予測は、技術の原理から導けるぶん当たりやすい。順番と時期は、原理の外の事情で動きます。たとえば「AIが経理の仕事を変える」は中身の話で、「5年以内に」は時期の話です。前者に納得しても、後者は割り引いて読めます。

2. 学習の材料がどこから来るかを見る

その技術を育てるデータは、すでにどこかに大量にあるのか。それとも、これから実世界で集めるのか。前者なら進みは速く、後者なら遅くなります。たとえば社内文書を読ませる仕組みは材料が手元にありますが、熟練者の手作業を学ばせる仕組みは、作業の記録を取るところから始まります。

3. ハードと制度がどれだけ絡むかを見る

ソフトウェアだけで届けられるものは速く広がります。機械を作って置き、法律や保険を整える必要があるものは、技術ができてからも時間がかかります。松尾さんが注記に書いたとおりです。

おわりに

松尾さんは本書で、AIをめぐる議論が混乱するのは、すでに実現したことと、もうすぐ実現しそうなことと、実現しそうもないことが混ざっているからだ、と書いています。

10年後の今読むと、この指摘は予測そのものにも当てはまります。一つの見通しの中にも、原理から導いた部分と、順番や時期の見積もりと、ハードや制度の事情が同居している。それを分けて読めば、外れた予測からも使える部分を拾えます。

予測を出した本人が、1年あまりのうちに2回書き直していたことも覚えておきたいところです。次にAIの未来予測を目にしたら、結論の年号より先に、その予測が何を材料に進む技術の話なのかを確かめてみてください。


この記事で参考にした本

『人工知能は人間を超えるか』松尾豊 → ディープラーニングを特徴表現学習として捉え、認識から言語へ進む段階を描いた2015年の見通し

『大規模言語モデルは新たな知能か』岡野原大輔 → 学習問題をタダで無限に作れる仕組みと、投資と性能の関係を読めるようにした法則


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